第20話 生きていた遺跡

(……王子様? 私を助けに来てくれたの?)


 これはタークスを見たリップル嬢の感想である。

 最も、暮らしていたヴィルボリーは、代表である市長はいれど王の居ない『都市国家』の一つであるので、実際に『王子様』などと言うのは身近に感じるものではない。

 しかし、近隣にはデッコイと言う王族の文化がある『王国』があり、何よりも彼女が夢中になって遺跡調査に勤しむきっかけとなった物は、旧世紀の遺跡から発掘さた遥か昔の絵物語に描かれていた『王子様』なる素敵な男性のイメージなのである。

 王子様が危機に陥った姫を救うために白馬に乗って現れると言う女の子の憧れや理想を詰め込んだ少女にとってのヒーローのような存在であるのは、この時代においても変わりは無かったのだ。


 とは言え、当のタークスはロングパンツに袖をまくった長袖と言うスタイリッシュで無駄の無い服装をしていて、リプッルが知っている物語に出てくるような、ゴージャスさは身にまとっていない。

 だが、リップルの目から見れば、機械の中から現れたその少年は自分と言うヒロインの危機を救うために白馬に乗って現れた王子様そのものだった。

 何しろ、美少年なのである。

 さらさらとこぼれた髪を風に晒して、タークスは言った。


「もう一度言う。食べ物をくれ」

「く、食い物だぁ? お前、空人じゃないのか?」

「空人? 何を言っているんだ? いや、この際、何でも良い。頼む。食べ物を、何か」


 タークスと名乗った美少年はその場に膝を付き、頭を下げた。

 これには敵意丸出しだったネズコフも、思わずたじろぐ。


「な、なんだってんだ、こんな下出に出るなんて」

「……あの、これ、食べ物」


 声にギョッとしたネズコフは、いつの間にか車から降りていたユルリが車に積み込んでいたパンを差し出しているのを見た。

 その目は泣き腫らしており、とてもまともな判断が出来るようにはネズコフには見えない。

 ネズコフは険しい表情でそれを咎めようとした。


「ユルリ、お前、勝手に」

「私が許可したのよ、ネズコフ。失礼でしょ。助けてくれたのよ。食べ物くらいあげましょうよ」


 すぐさまフォローに入ったリップルの声に、ネズコフはすぐさま言葉を切って、へこへこと笑う。


「そ、そうですね! 恩人ですもんね! ほら、ユルリ、はやくパンを渡せ、この人、お腹ぺこぺこなんだぞ!」


 たいした身の変わりようであった。

 しかし、美少年はパンとユルリを見て、眉をしかめる。


「お前、ユルリと呼ばれていたな? 何故泣いているんだ?」

「え?」


 ユルリは見つめられてドキッとした。

 暗闇の中でさえ認識できるタークスの、なんとハンサムなことか。

 とは言え、憔悴しきって悲しみの渦の中にいるユルリにとって、その精神に覚えた感情は体の外には見えてこない。


「……いや、良い。編んでいる髪にはハッとしたが、それ以外はなんと冴えないことだ。微妙な少女――微少女だな」

「え?」


 あんまりな言葉に、聞き間違えたかと思ったユルリだったが、こんな扱いにはもう慣れっこだった。

 編んでいた髪――ミヤビ・ハーゼビィに髪の毛を編んでもらったことを思い出したユルリは、風呂にも入っていないことを思い出す。

 同時にネーコスの顔や、ミヤビの辛らつながらも柔らかくて優しい手つきを思い出して、涙がボロボロとこぼれた。

 全て消え去った、素敵な遠い過去を想った涙である。


「いや、すまない。私も言い過ぎた。しかしこんな言葉なんかでそんなボロボロ泣くもんじゃないぞ? 笑えばお前も美しいはずだ」


 すぐさま謝罪の言葉を美少年。


「いえ。そうじゃないんです。言葉に傷ついたわけじゃ……」

「……不思議なことを言う? しかしユルリ、これは食べられるものなのか?」


 タークスは受け取った食料を持ち上げると、匂いをかいだ。

 パンを食べ物と認識していない。

 ユルリは、目の前の美少年が、心の底から疑問を抱いているのが分かった。

 すぐさまリップルが言葉を投げかける。


「地球の食べ物です。パンって言います」

「地球の食べ物? これが? 一体、どんな種類の虫を調理すればこんな物体になるんだ?」

「む、虫? 違います。これは麦から作ったパンです」

「ムギ? やはり聞いた事は無いな。地球の物品か」


 少年はユルリの手からパンを受け取ると、おずおずとそれにかぶりつく。


「……柔らかい。それに噛むと途端に甘くなる。気に入った!」


 と、リップルが車を降りて、美少年――タークスの前まで近づく。


「あの! 助かりました。私、リップル・G・ガイムルと言います。すみません。宇宙から来たと聞きましたが、タークスさんはどこから来たのですか?」

「言っても分かるとは思えないが、月のキューエトラだ」

「キューエトラ?」


 聞き覚えがあった。

 それは、道端会談で、ミヤビが言った言葉である。


『私は小惑星連合、地球調査団総代表のミヤビ・ハーゼビィ。月の都市、キューエトラからやって来ました』


「じゃあ、ミヤビ様と同じところから来たのね」

「ミヤビ? ああ、地球調査団の代表になったとか言う奴だな。そうか、すでに奴らと接触したのだな」


 美少年は手を大きく振って言葉を続けた。


「奴らに気を許すな。今見た限りじゃ、地球じゃ男も人間として扱われるんだろ? そう言う文化を見たら奴ら、何をするか分からないぞ」

「もう、大変なことになってる」


 ネズコフは吐き捨てるように言った。


「今夜、俺たちが住んでる町が、光で焼き払われるんだ」

「町を焼く光? ……奴ら、魅了力キャノンを使う気なのか? いや、そうか。昨晩の光はキャノンか! 地球でなんてことを……!」

「いや、でも、話は後にしたほうが良さそうです! こうしちゃいられない!」


 ネズコフは思い出したようにして言った。


「町から追いかけてきてる機械巨人がいるんですよ。距離は離したつもりだけど、ずっと追いかけてきてるみたいなんです。走行に手間取ったり、休もうとすると近づいてくるんです」

「機械の巨人? DOLLか?」


 美少年は激しくうろたえた。

 それもそのはずである。

 なにやら、タークスが先ほど乗っていたボール型の機械が僅かに発光し、タークスに危機を知らせているようなのだ。


「くそ! 来てるぞ! 私のRag-DOLLが警戒している! お前ら、早く私のRag-DOLLに乗れ!」

「え?」


 タークスの言葉に三人は驚きつつ、その指示に従った。

 Rag-DOLLと呼ばれた機械は立ち上がれば全長7m。今は座り込んでいるので4mか5mか。

 突然、建造物にも見えるそれに乗れといわれても、若干の恐ろしさはあった。


「狭いが我慢しろ! 全員乗れるはずだ! 潜るぞ!」


 狭いと思ったのは入り口だけだった。

 一人ずつでしか出入りが出来ないそのトンネルを潜ると、コックピット――DOLLのそれと同じく、小ステージのようになっているその空間は、全員が立っていられるほどの広さを持っている。

 そしてRag-DOLLと呼ばれたボール型の機械は、両の手を前方で合わせると回転し、凄まじい速さで地面を掘り始めた。

 操縦桿を握っているタークス以外のメンバーは、それを知ることが出来ない。


「な、何? 何が起きてるの?」

「このRag-DOLLは資源発掘用を改造したものだ。足は遅いが鋭い速さで地中を掘れる。幸いここは土の地面のようだからな。地下に逃げるんだ」

「逃げる? このボールの機械なら、戦えるんじゃないのか? さっきのミュータントみたいに……」

「ちっ、簡単に言ってくれる。戦闘訓練を積んだDOLLに、非戦闘用のRag-DOLLで戦えるわけ無いだろ!」


 ネズコフの言葉に、辛らつな言葉を返すタークス。


「ネズコフ。戦っても勝てないのなら、逃げても何しても生き延びなきゃ」

「分かってますよ、リップルお嬢様。でも、地面を掘るなんて……外が見えないんじゃ不安にもなりますよ。逃げられると思いますか?」

「……私に分かる分けないでしょう」


 険悪になりかけている空気にタークスが口を挟んだ。


「安心しろ。夜は暗いんだ。相手が探索用のレーダーでも積んでなければ大丈夫……ん? なんだ? 空洞?」


 タークスが壁から伸びて来たタブレットで何かを確認した。

 真下に何らかの反応があるらしい。

 その慌てていようが美しい横顔を見て、リップルが言う。


「空洞って、地面の中に、穴があったんですか?」

「いや、これは……何かが埋まっているようだな。建造物? しかし、金属反応どころじゃない。エネルギー反応があるぞ。なんだこれは! おい、リップルとやら。ここにこんなものがあるなんて、知っていたか?」


 美少年のうろたえに、おずおずとリップルが答えた。


「ここ、遺跡地帯なんです。この辺一帯、大昔の建物だとか、機械だとかが埋まっているとかで。地表にも調べられるものがいくつかあって。それを調べていたこともあります。もしかしたら、地面に埋まってた遺跡なのかも」

「遺跡? センサーの反応が不自然すぎる。掘って近づかないと認識できないとは、隠蔽するシステムでも働いていたのか? ……くそ、まずい! ドリルが脆い部分に触ってしまったか! 崩れるぞ!」


 その言葉が吐かれた瞬間、コックピットの中に得体の知れない浮遊感が出現した。


「きゃああああああああ!」


 RagーDOLLが岩盤を突き破って下に落下したらしい。

 地面にぶつかったショックはそれほどでもなかったが、激突した衝撃がコックピットの壁に伝わってきた。

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