第17話 戦火再び
「町もこれまでか」
トレント・ガイムルは屋敷の窓から混乱する町の人々を見ていた。
何しろ、ようやく昨晩の攻撃による被害に対し、具体的な復旧が始まろうとしていたこの状況での封鎖である。
あてにしていた他の町からの流通が途絶えてしまったことに大きな不安を抱えてしまったのだ。
加えて町長らは現在の状況だけ伝えて、町の人々にこれから町がどうなるかの説明をしていない。
これではいつ暴動に発展してもおかしくないとガイムルは思った。
「覚悟を決めねばならない」
そう呟くように言ったトレントに、屋敷の使用人が声をかける。
「旦那様。キャメールのロムッヒ様からお電話です」
「そうか。部屋に回してくれ」
「かしこまりました」
トレントは自室の扉に鍵を掛けると、電話を取った。
「お待たせしました。トレントです。どうしましたか、大佐」
『ガイムル君、君の意見を聞きたい。現在、他の町に駐留していたキャメールの部隊がヴィルボリーに向かっている。が、恐らく歯が立たんだろう。しかし、ヴィルボリーの残存戦力と力を合わせれば、市民の脱出の時間を稼ぐことぐらいは出来るかもしれない。町からの脱出を市民に促すべきだと思うか?』
トレント・ガイムルはこの質問に対して即答しなかった。
『……ガイムル君?』
「いえ、すみません。しかし、知らせては暴動の恐れがありませんか? 少なくとも市民はパニックになります。モノルド町長はそれを恐れてしまっている」
『ああ。しかし、このままでは全ての住人が死ぬ』
全滅。
宣告どおりなら、今夜、ヴィルボリーの人々が全て虐殺されてしまう。
未来のある子供や若者も、人々の暮らしを築いてきた大人たちも、全てが。
トレントはそれを思うと胸が痛んだが、しかし、どうすることも出来なかった。
「パニックも仕方無しですか」
『うむ。すでに、町の復興支援のために物資を運んでいた部隊が町のすぐ近くまで来ている。だが、彼らと連絡が取れん。なんとかして連絡を取れれば、連携して時間を稼ぐ作戦を立てたい』
「……連絡が取れないとは?」
『昨晩の光の後、無線通信機の調子が悪いのだ。もしかすると何かの影響が町に残っているのかもしれない。有線の電話はこうして出来るので幸いだが』
ロムッヒ大佐の焦りようは明らかであった。
「彼らの到着予想時刻は?」
『あと数時間と言ったところだ』
「そうですか。少し考える時間をください」
『なるべく速く頼む』
トレントは電話を切ると、使用人を呼んだ。
時間をくれと言ったものの、腹の内はすでに決定している。
「ネズコフとリップル。それからユルリを呼んでくれ」
「かしこまりました」
――
一方、電話を切ったロムッヒ大佐は、すぐそばにいた航空隊の青年と話していた。
「君はどうするかね、大尉?」
「どうするかと言いますと?」
「君達の航空隊ならば、町からの脱出も容易いだろうと言っているのだ。死ぬのは年寄りだけで良い」
テイグル・アンダーパレス大尉。
先日、ガイムル邸で巨人目撃の報告を大佐に一蹴された軍人である。
キャメールの航空隊のエースパイロットであり、指揮官でもある彼は、その精悍な顔立ちに恐れも見せずに言った。
「自分だけがどうして生き延びられましょうか」
「しかし、君はまだ若い。これからも続くだろう戦いを考えると、敵の実態を知る戦士が一人でも生き残っていた方が良いと言っているのだ」
「いえ、私は死ぬならこの町と共に死にます。昨晩です。部下は町を守ろうと、飛行機ごと体当たりして散ったのです。自分はそれを制止することが出来なかった。さらには光の直撃も免れて生き延びてしまった。今度は私も、町を守るために命をかけましょう。昨晩、死んだ兵の想いのために」
「そうか。良くぞ言ってくれた。君の力を貸りるぞ」
「ハッ!」
敬礼をする大尉。と、そこで女性仕官が部屋に入ってきた。
「失礼します。ヤムラス・ミーグ中尉です」
「ミーグ中尉か。何か?」
ヤムラス・ミーグ中尉は女性ながらも腕の良い女性パイロットである。
キャメールは元々、物資の輸送を主にした軍隊であり、機械化と戦力増強が図られたのは数年前ではあるが、各方面から様々な戦士が集められていた。
ミュータント退治に名を馳せたロムッヒ大佐と今は亡きグラル少佐。
他の町にいたアンダーパレス大尉は、迎撃を始めとした空戦で敵国の戦闘機を50機は落としている。
このヤムラス・ミーグ中尉もエアロバティックス――曲技飛行の見事な操縦技術を買われて声をかけられた女性パイロットであり、彼女もまた、多くの敵機を大尉と共に撃墜した凄腕の戦闘機乗りでもあった。
そのミーグ中尉が、大尉に向けて言う。
「自分が補給部隊と連絡を取りましょうか?」
「いや、止めたまえ。それは危険だ」
大尉の返事は即答である。
しかし、ミーグ中尉は強気だった。
「危険? 滑走路が無くとも、私なら着陸して見せますが?」
「いや、中尉。君の腕を信用していないわけではない。刺激したくないのだ。町から飛行機が飛んでは奴らも警戒する。いざと言う時の奇襲に支障をきたすかも知れない。そうですね、大佐」
「ああ、その通りだ、しかし……」
しかし、連絡を取らなくては、みすみず補給隊の全滅を見ていることになる。
「なんとかして連絡をとらなければな」
大佐はそう言うと、役所の方角を見やった。
「町長はどうしてるだろうか。決断してくれれば良いが……」
――
役所では大勢のマスメディア関係者が押しかけ、混沌の場と化していた。
新聞社員に、フィルムと大きな撮影機械を担いだカメラマン達である。
彼ら、彼女たちは現状以外をはっきりと説明せずに役所の入り口を締め切っている町長らに向けて、罵詈雑言の言葉を叫び続けていた。
「……どうやら、帰ってくれそうもありませんね。どうしましょうか」
「町長。いっそのこと、全て話してしまっては?」
「そ、それは、いけません。町がパニックになります。せめて、何かうまいやり方を考えないと……」
「で、ですよね。でも、どうすれば」
モノルド町長とエイカー・フミカールは町長の部屋で疲れきってしまっていた。
「私にはもう、どうしたらいいか分かりません。エイカー君、君はどうしますか?」
「え?」
「一か八か、町の脱出を試みてみるとか、そう言うことです」
エイカーは諦めにも似た表情で、それに答えた。
「行けないです。ヴィルボリーには家族がいます。それに、弟が昨晩の光で大怪我を。とても動かせそうにありません」
「そ、そうですか」
「町長はどうなんですか?」
モノルド町長はフフッと笑った。
「運よく一人で生き延びても、意味が無いです。その、僕には家族がいません。こんな時に支えてくれる家族でもいれば、と思いますが。女性と縁が無くて」
町長は情けない顔を見せていた。
選挙に出馬した時は隠し通していた顔である。
町長の地位は、彼の友人たち――トレント・ガイムルのような有識者の協力はもとより、彼の真摯さが勝ち得たものであったが、それでも、優しさと弱さの二つを隠し持っている彼が選挙で勝つためには、大変な苦労があった。
「今だから言いますけど、私、町長のこと、嫌いじゃありませんよ」
「エイカー君……」
エイカーは笑った。
「嫌いじゃないです。お父さんみたいだなって、今でも思いますから」
「お、お父さんですか?」
モノルド町長のときめいた心は、再び心の底に閉じこもった。
もちろん、父と娘と言えるほどの年齢は離れてしまってはいるので当然だ。
だがしかし、エイカーの言った言葉にモノルドは大きく動揺した。
「……町長はお父さんです。今も、昔も。だから、死ぬ時は一緒にいましょう」
(あきらめてはいけない)
だがしかし、モノルドはそれを言うことがどうしても出来ない。
手段が何も思い浮かばないのだ。
と、その時、遠くで爆発の音がした。
「……なんでしょう?」
「分かりません」
答えはすぐに職員が町長の下へ届けに来た。
「町長! 町の復興支援のためにここに向かっていたキャメールが機械巨人の攻撃を受けているそうです」
「な、なんですって?」
部隊の存在は大佐より聞いていたが、到着時刻が大きく早まったと言うことだろう。
町長は爆発の音がしている方角へ視線を動かした。
――
町の郊外、巨人を目にしてやはりミュータントと誤認した補給隊の護衛が砲撃を開始していた。
砲が地面をえぐり、土を巻き上げ、炎と爆音を呼んで黒煙を立ち上らせる。
これにはたまらず、セナン・サマードワのDOLLがイエーユ・モーラックのDOLLに通信を送っていた。
「ちっ、撃ってきやがったぞ! どうするイエーユ」
『もちろん、殲滅あるのみです。なるべくなら、中の人間は生かしたいところですが、あの砲の破壊力を見ると、簡単には行きませんか。しかたありませんね』
DOLL達が武器を構え、戦闘態勢をとった。
『パッシネル代表補佐、イエーユ・モーラックより各機へ! 敵戦闘機械の持つ砲身の向きに注意せよ! 発射されてからかわせると思わないように! 大丈夫です、我々は美しいのです! 私達のDOLLはその美しさで、圧倒的な速さで動けます! 各自連携をとりつつ地球人の戦闘機械を殲滅せよ! 攻撃用意! GO!』
イエーユの通信と突撃を皮切りに、周囲のDOLL達は一斉に、舞いながら走り出した。
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