第16話 町の包囲

「すまぬ」


 会談後、ロムッヒ大佐は目に涙を浮かばせながら謝罪した。

 失意のまま車に乗り込もうとしているヴィルボリーの面々の前でである。


「私の判断が全ての原因だ。私は町を守る立場にありながら、ヴィルボリーに危機を呼び込んでしまった。自分を抑えることが出来なかったのだ。すまぬ」


 その謝罪は昨晩の攻撃のことも含まれていた。

 しかし、町を守る軍人としてはしごく全うな行動ではあったが、結果としてこうなっては謝罪するより他はなかったのだろう。

 この男は実績と実力から裏づけされた傲慢さを持つ人間であったが、それらを裏切る形としてもたらしてしまった今回の結果に対しては素直であった。

 それに対し、トレント・ガイムルは慰めの言葉を返す。


「……いえ、そもそも彼女たちは、分かりあうことなど出来ない人々だった。あれでは和平に成功したとして、我々に待っているのは恐らく、支配と一方的な管理です。それも彼女達の価値観で。どのみちこうなっていた可能性はあります」


 だが長話もしていられない。


『何をしているか地球人! さっさと車輪の機械に乗り、町に帰れ!』


 巨大な影が迫り、地面を暗くしている。


「行きましょう。あれに攻撃されたのではひとたまりも無い」


 だがしかし、呆然と美少女達を見ていた人物がいた。

 リップル嬢である。


「ミヤビ様……!」


 遠く、気を失ったミヤビ・ハーゼビィが運ばれていく。

 まるで死した屍を運ぶようにも見えたが、まだ生きていると言うのは、意識を失いながらも損なわれていない彼女の美しさを見れば十分信じられるものであった。


『連れ帰れば死んだ方がましだったと言うような目には遭ってもらうつもりだがな』


 先ほどのサンバルの言葉が甦り、リップルは耐え難い衝動に駆られていた。


(……なんとかして、助けないと。ミヤビ様を助けるためなら、私の命なんて)


 しかし、今にも飛び出そうとしていたリップルだったが、自分の腰を掴んで来た他人の体温を感じて思いとどまる。


「だめ。リップルお嬢様」


 ユルリだった。

 涙で顔をグシャグシャにして、ひたすらすがりつく様にしてきた小さい頃からの友達が、必死になって自分を引きとめようとしている。

 それを思えば、ミヤビを想う気持ちがいくら強大でも、リップルは引き下がるしかなかった。


「ユルリ、リップル、何をしている。早く車に乗りなさい」

「はい、お父様……」


 止めと言わんばかりに父から車にのれとの催促がかかる。

 悔しいという感情がリップルの心を苛んだ。

 だが、結局はどうすることも出来ず、車に乗り込むことになったリップルは、涙を滲ませると言った。


「私、悔しい。あんな人達にミヤビ様が」

「今は耐えるんだ」


 耐える。だが、それでどうする?

 命を絶やすとの宣言をされたばかりである。


「生きていれば、いつか」


 父の呟くようにして吐かれたその言葉を、娘は聞く。

 酷く残酷だった。怒りと悲しみを中心に様々な感情が混ざり合った複雑な心境が滲み出ていた。

 これから行く町は、明日には全て燃やされて消失される。

 たった一日だけ生きていて何が出来るかなど、誰にも分からなかった。


 とは言え、そのまま動かないのは危険である。

 ヴィルボリーの人々を乗せた3台の車は加速を始め、一刻も早くその場から離れようとその速度を上げ始めた。

 が、すぐさま、車を追い抜いて走り行く多数のDOLLが窓の外に見えると、落ち込んでばかりもいられない。


 トレント・ガイムルはそれらDOLLの速度に驚いていた。


「巨人はあの速度で走れるのか! しかし、奴ら、なぜ町に向かっている?」

「いえ、左右に分かれました。恐らく町を包囲するつもりでしょう。宣言通り、一人も逃さないつもりだ。キャメールで対処できれば良いのだが、ああも早くては、戦車でも戦うのは難しい。何か手を考えなければ、我々は……」


 全滅。

 ロムッヒ大佐が切った、言葉の先は、誰もがイメージできる簡単な物であった。

 もはや町は絶体絶命である。


「……町に着いて、どうしましょう。市民の皆さんにはお知らせしなければならないでしょうね。何も知らないで街を出ようとして巨人に踏み潰されてしまうかもしれません。しかし、夜になれば全て焼かれてしまうとなると、どう説明すれば」


 モノルド町長はそう呟いていたが、トレントは窓の外に注目していた。


(遅い巨人もいる? なるほど、速いものは包囲を優先して回り込んだか。となると、遅いのは城側に?)


 良く見れば、DOLLと呼ばれていた機械巨人は、全て違う形状をしている。

 些細な違いしかない機体もあるが、脚の形状や体の細さ等、色を含めて、全て特色があるものばかりだった。

 そして、その形状からして個々の性能は分かりやすく見た目に現れているようであった。


 ――


 一方、車を追い抜いて先を走る、足の速いDOLLのコックピットでは、パイロットの美少女達による秘密の会話が繰り広げられていた。

 会議の結果に対して誰もが思うところがあったようで、それぞれが他の者に聞かれないように配慮された秘匿の回線で通信を交わしている。

 その中でも怒気を露にしている美少女が一人いた。


『サンバルの悪趣味変態女が! こんなことが美しいと本気で思っているのか!』


 セナン・サマードワ。

 パッシネル出身の美少女であり、パッシネル代表の座をサンバルと争った美少女である。

 彼女はサンバルのやり方に大きな不満を持っていた。


『でも、セナン? 地球人との戦いは避けられないでしょう? 貴女は反対なの?』

『そんなわけないだろう? 反対ならこうしてDOLLを走らせるものか! だが、この町だって、貴重な資源を要してはいる。絶滅はやりすぎだって言ってるんだ!』

『奴らはネーコスを殺したけど?』

『それは分かるさ。決して許せるものじゃない。だが、だからといって絶滅させてどうする? 殺してしまうだけで怨念返しになるのか? それに地球にはあの町以外にも人が住んでいるんだぞ? そいつらとの交渉も考えなきゃいけない』


 ネーコスの死がもたらした怨恨は深い。

 とは言え、いくらかは冷静な者も宇宙民にはいたのである。


『力を誇示した上での交渉となったのならば、支配と服従の要求をするべきだったんだよ! クーレルの連中のようにな! 今後のことも考えるのなら、それが正解だ! このタイミングなら、あっさり了承を得られたかもしれないのに馬鹿サンバルめ!』

『しかし、クーレルとデッコイの交渉も難航しているようだけど?』

『奴らは奴らで極端すぎるのさ! どうせ無理難題でも出したんだろうな! 上手いやり方というのを考えて交渉すれば、地球人が作る旨いメシも食えると言うのに、どいつもこいつも!』


 食事のことを考えたセナンの怒りは頂点に達した。


 自分を抑えるようにして携帯食料の蓋を開けると口に放り込んだが、いつもと同じ、変わらない食感がセナンの口の中に広がる。


 不味くは無い。

 だが、地球の広大な自然と、食材になりうる動植物を見たセナンにとっては、地球での食事は何よりも楽しみであったのだ。


 何しろ、宇宙民の食事は昆虫食なのである。

 それらは宇宙でも飼育がしやすいよう改良された虫達であり、栄養も豊富だ。

 食感もエビのようなプリプリとしたものから、とろとろとクリーミーなものまであるが、それでも食のバリエーションとしては貧相であり、また、その調理もシンプルなものに限られてしまう。

 何よりも宇宙では調味料が圧倒的に不足していて、一度に食べる量も制限されているため、恵まれた食生活を送れているとは言い難いものなのだ。


 何よりも、昆虫は見た目が美しくなかった。

 生まれた時から食しているとは言え、いかに栄養豊富だろうが、努めて美しく見えるように調理されていようが、養殖場で蠢いている姿を目にした事がある者が他の食料を食べてみたいと思うのも仕方が無いことなのである。


 ――セナンと通信していた美少女も、それには同意的なようで、ほのかな笑いを漏らした。


『ふふ、そうだね。私も地球の食べ物、食べてみたいな。……それに、絶滅はやり過ぎって言うのは私も同意です。ここは私の独断と言う形で、少し命令を変えるとしますか』


 その場のDOLL達は、町の裏側の包囲を任された指揮官――セナンと通信していた美少女からの命令を聞いた。

 今度は秘匿ではない、その場にいるものが傍受できる通信である。


『パッシネル代表補佐、イエーユ・モーラックです。これより町の封鎖を開始します。町から出ようとする車輪の機械などはすべて破壊するように。ですが、人間は極力殺さないようにしてください。全て貴重な資源です。機械から引きずり下ろし、町から逃がした後は、決して町に入れさせないようお願いします。歩行者、その他の乗り物に乗っている者も同様に扱ってください。異議がある者は、作戦終了後に訴えを出すように』


 再び秘匿回線でセナンと通信を始める美しき指揮官。


『セナン、これで良い?』

『ありがとう、イエーユ。こうしたほうがより美しい。生き残りがいれば、他の町にだって、私達の美しさが伝わる。そう思うだろ?』


 イエーユはその声を聞きながら思った。


(セナン・サマードワ。感情的になりやすい我々パッシネルの中、しかもこの状況にありながら色々と考えを巡らせられる。今後も、注目させてもらおう)


 こうして町の封鎖は始まった。

 だが、不幸にも町の境界線を通りがかったものは、幸運にも町から脱出できることとなったのである。


 ――


 しかし、ヴィルボリーの町。

 モノルド町長は帰るなり、自分達を敵視する強大な勢力が町を包囲したと発表し、町から出るものは攻撃されるので出ないようにと言う警告を発していた。


 人々に知らされたのはそれだけだったが、しかし、町は混乱を極めていたのであった。

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