第15話 道端会談 その3 滅亡へのカウントダウン

 その美少女の声は低く、暗く、言い知れようの無い憎しみが含まれていることが、誰の目に見ても明らかであった。


 サンバル・ボンゴレイ。

 その胸は豊満であり、まるでネコ科の肉食動物を思わせるような眼光を持つ、覇気のある美少女である。

 肌の露出が大きい服装をしており、ミヤビとは違う小惑星の出身と言うのがそこからも見て取れた。

 その美少女が挑発的に、そして感情的に口を開いたのである。


「我々パッシネルはこんな連中と話し合うつもりは無い。そもそも敵意すら持っていなかった我々の友を一方的に、それも無残に殺しておいて、対等だと言うのがまず間違っている。私は許すことなど出来んぞ?」

「おやめなさい、サンバル」


 ミヤビは自重を促した。が、サンバルは聞かない。


「そもそも、こうも対話を望むのはキューエトラのミヤビだけだ。エウロズとクーレルはこの者たちを許す必要は無いと言っている。交戦派が3票だ。今まで黙ってはいたが、対話でこうも我々の敵対感情を育てることしか出来ないのでは仕方が無いだろう?」

「……本当なのですか、クファル」

「ええ。私達エウロズはこのような野蛮な文化など、とっとと滅ぼしてやるのが良いと思います。友好など不可能、となれば有望そうな者だけを捕獲して、残りは絶滅させましょう。私達が地球に住みつくのはそれからです。クーレルのほうからは、通信ですでに意見を聞いております。ミルトルスの方々は傍観を決め込んでいるようですが」


 にぃぃと笑いながら、発言したのは、金色の髪を持つ天使の様な容姿の美少女であった。


「……ヴィルボリーの方々に交戦の意思はないようですが、それでも、そうすると?」

「ええ、一方的に、呆気なく、そして慈悲も無く。彼らがネーコスを死なせた様にです。彼女は全ての小惑星の、誰もが友と思える大切な人でした。命の償いをさせてやりましょう」


 この言葉に誰よりも驚いたのは、今まで発言をすることも出来ずに、ただただ会談で交わされた言葉を聞いていたユルリであった。


「あ、あの」


 ユルリは、美少女達が一斉に自分を見るのを感じて、言葉をつぐむ。

 だが、それでも言った。


「ネーコスさんは……! 今、ネーコスさんが、死んだって」

「そう言う貴様は何者だ?」


 サンバルが鼻で笑いながら言う。


「ユルリと言います。ネーコスさんに、友達になろうよって言われて。その、ネーコスさんの友達です」


 ユルリは怖気づきながら言ったが、その様子のどこが面白かったのか、美少女たちは一斉に笑った。


「こいつ、その程度の美しさで何を言うのか。地球人のユーモアには驚かされるぞ」

「いえ、その地球人の言った事は本当です。そして、彼女の隣にいるリップルは私の友です」


 ユルリを援護したミヤビがの言葉を聞くなり、サンバルは横目でちらりとリップルを見る。


「……なるほど。少しはまともな美しさがある。だからか。ネーコスの友だった者、それから自分の友がいるからと。だからこのヴィルボリーを滅ぼしたくないと」

「ええ。正直に言いましょう。その通りです。ですが、それは私の個人的な感情です。が、もちろん、それだけが理由ではありません。ネーコスは誰とでも友達になれた人です。彼女が望んでいたのは、平和なのです。だから、私は、争いなど望まずに物事を……」

「分からない話だ。だったら、そいつらを保護すれば良いだろう? そのリップルと、ネーコスの友だった奴を。そしたら、他の奴らは気兼ね無く滅ぼしてやれるじゃないか」

「そう言う問題ではないのです! それではネーコスの考えていた理想をないがしろにしています!」


 ヴィルボリーの人々は全く会話に入れずにいた。

 自分達の命運は、ミヤビただ一人の意見で保たれているのが分かったが、それをどのタイミングで、どんな言葉で援護すれば良いのか。


「そうは言うがな。……バニール! キューエトラ代表補佐、ネーコスの姉であったお前はどう思う? この総代表の平和バカさを」

「私は……」


 今までヴィルボリーの人々を睨みつけるばかりだった美少女、バニールは、言った。


「ネーコスがどう思っていたかなんて、関係ないです。私は始めからこいつらを皆殺しにしてやりたいと思っていました……!」

「決まりだな」


 ミヤビは驚愕の表情で、信頼していた腹心の部下を見た。


「バニール、あなた! なぜです! 一時の感情に振り回されて……! ネーコスはそんなこと望んでいませんよ!」

「あなたに、何が分かるんですか!」


 普段はおとなしいバニールの剣幕にミヤビがたじろぐ。

 自分を『お姉様』と慕ってくれていた少女の面影は、そこには見つけられない。


「たった一人の家族を殺された私の心を、あなたが分かるって言うんですか! それに、ネーコスを死なせたのはあなたです! あなたも地球人と同罪です! そんな人にはもう、私は従えない!」

「バニール、そんな……」


 と、そこで、周囲の美少女達が、一斉に腰に下げていた筒の様な物を持ち上げ、ミヤビに向けていた。

 地球人が使うピストルに似たそれが武器であろうことは、ミヤビのうろたえ様を見れば一目瞭然だった。


「サ、サンバル! こ、これは、何の真似ですか? この会談では武器の携帯は禁止したはず!」

「もはや従う者はいないと言うことさ。貴様には総代表の座は荷が重かったということなのだよ」


 サンバルが宣言した。


「その座から引きずりおろさせてもらうぞ、ミヤビ!」


 空気が裂ける様な異様な音と共に複数人の持った筒から光の筋が発射されて、ミヤビを直撃した。

 ミヤビはグッとうめきながらも、倒れまいと机に手をつく。

 外傷は無い。

 だが、安らかなる意識の喪失がもたらされた事は、ミヤビの様子を見れば一目瞭然だった。


「ば、バカな、こと、を。ネ、ネーコスの、ことを、思えば、こんな……リップ、ル」


 ミヤビは椅子を転がしながらよろめき、言葉を呟きながら地面に倒れ込む。

 それからピクリとも動かずに、ミヤビは沈黙した。


「そ、そんな、ミヤビ様! いやああああああ!」


 叫んだのはリップルである。

 彼女はヴィルボリー側の席から猛然と立ち上がり、ミヤビの元へ向かおうとした。

 が、出来なかった。

 ミヤビの周囲を取り囲んでいる美少女達の威嚇である。


「動くな! 立ち向かうならば容赦しないぞ、地球人!」


 しかし、その時に至っては、立ち上がったのはリップルだけではなかった。

 ヴィルボリーの人々が一斉にリップルを守ろうと動いていたのだ。

 リップルは自分の肩を掴む父の声を聞く。


「それが答えですか! あなた方はあくまで我々ヴィルボリーに敵対感情を持つと……!」

「くくく、仕方が無いだろう? 戦いを始めたのはお前達だ」

「しかし、回避も出来た。それを!」

「知ったことかい!」


 トレント・ガイムルは、そもそも彼女達とは相容れぬ存在だったのだと感じずにはいられなかった。

 女性ばかりの社会。人を市場で取引する宇宙。美しいこと以外のことはまるで無価値と思う人々。

 密かに武器を持ち込んでいたと言う事は、会談の場を壊したのも計画性があった可能性すら感じる。

 何よりも、仲間に平然と攻撃するその精神だ。


 全てが自分達と違いすぎる。

 容姿は美しいのに、まるで怪物か、悪魔のようだとトレント・ガイムルは感じたのだった。


「ミヤビ嬢を何故撃ったのです! それがあなた方の言う美しさか!」

「安心しな。こいつはショックガンだ。ミヤビは死んでいない。眠っただけだよ。もっとも、連れ帰れば死んだほうがましだったと言うような目には遭ってもらうつもりだがな」

「や、やめて! もう止めてよ!」


 声は、ユルリのものだった。

 悲痛な声だった。

 耳をふさぎ、目もつぶり、発狂したかのような取り乱し方だった。


「もう、止めてください! こんな……酷いです……! どうして、こんな乱暴なことしか出来ないんですか! 嫌! もう、嫌だよぉ……! ネーコスさん……!」


 涙がボロボロと、まるで似合っていないメガネの隙間から流れた。

 昨日からの疲れはピークに達し、ユルリはもはや何も考えずに泣き喚くしか出来なかった。


 サンバルはそれを指差し、笑う。


「くっくっく、アハハハハハハハ! 見ろ、あの地球人を。ガムシャラに泣いている! 美しさのかけらも無いではないか! まるで野蛮人だ!」


 笑いながら、それでも言った。


「そう言えば、隣の。リップルとか言ったな。我々は一度同胞が友と認識した相手を見捨てない。そこの泣いている奴も含めてだ。私達と一緒に来れば保護してやる。幸い、お前は地球人の中でもまともな美しさを持っているようだからな。もちろん、拒否すればそれはそれで構わんぞ。醜い連中と一緒に死にたく無ければ選べ」


 とは言え、サンバルは心の中ではこう思っていた。


(迎え入れると言えど、対等ではないがな。まぁ、地球にいる間は私がやるよ。どんな声で鳴くのか、早く聞かせて欲しいものだ。宇宙に連れ帰った後は、飼っている男達と遊んでやる。男同士でさせるのにも飽きていたところだからな。そこのメガネの奴も混ぜて一緒にさせてやるから安心しろ)


 リップルはそんなサンバルの言葉に、返した。


「私は……絶対に行きません! あなたたちの仲間になるなんて、絶対に嫌です。友が大切だと言いながら、あなた方は私の友達を笑いました! 醜いのは、あなた方の心だと思います!」

「……何?」


 美少女たちは一斉に顔色を変えた。


「ユルリを……友達を亡くして悲しんでいる子をこうも侮辱するなんて! 私は、あなた方を本当に醜く思う! 野蛮だなんて、どっちのことよ! 戦うことしか考えないあなたたちなんて、平和を望んだネーコスさんやミヤビ様と比べたらちっとも美しくない!」

「……良い気になるなよ、小娘!」


 サンバルが吠えた。


「良く聞け、ヴィルボリーの畜生共! 私達は決めた! リップルとユルリを含めて、町は壊滅させる! とは言え、美しき我々のDOLLを貴様らのような醜い者共の血で汚すのも忍びない! 今夜、日付が変わると共に、町に向けてキャノンを発射する! 今度は町の全てが炎に飲み込まれ、生き残るものは一人もいないと思え! 逃げ出す猶予はやるが、町から離れる者は片っ端からDOLLで殲滅させてもらう! さっさと町に帰って、他の連中に伝えるんだな! 会談は終了だ!」


 最後に付け加えられた言葉は、ヴィルボリーの人々をとことん追い詰めるには十分だった。


「死後は全員でネーコスに詫びを入れろ! 絶望を存分に味わえ! 地球人!」

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