第14話 道端会談 その2 遠い平和

 さらに言うと、その後のミヤビの発言も、地球の民の印象を最悪の方向へ持っていった。


「先ほど聞きました文化が違うと言う言葉。どうやらそのようですので、まず始めに言っておきましょう。私達が住んでいる宇宙では、美しくなければ生きることすら出来ない。宇宙では、魅了力をまともに発揮できない男など生きる価値が無いのです」


 この発言にヴィルボリーの人々は大いに動揺した。


「男に生きる価値が無い? では、あなた方は女性だけなのですか? し、しかし、それではどうやって、子孫繁栄を?」

「確かに、子を作る時は利用しています。が、それだけです。男など、ただの資源でしかない。いえ、愛玩動物として飼われている個体もいましたね。とにかく、女性優位などとは、まるで考えたこともありませんでした。優劣等、付けるのも汚らわしい。男は少数、それも才能や容姿に類まれなる美しさを持つ者、優秀な子を作れそうな個体を残して管理し、後は市場に出されます。もちろん、食料としてではありません。人肉食は危険がありますし、何より美しくない。私たちは禁忌として扱っています」


 しかし、どちらにせよ地球の常識からは考えられない考え方であった。

 理解しろと言うほうが無理である。


「市場? わ、我々には、理解が出来そうもありません」

「お互いに認め合おうとおっしゃったばかりでは?」

「しかし……そちらは我々の社会を認めてくださいますか?」

「こうして話をしています。私たちは平和を求めた花束には十分に応えていますよ? 剣に持ち換えるなら、こちらはいつでも構いませんが?」


 ミヤビの挑発的な物の言い方に、ヴィルボリーの人々は一斉に青ざめた。


「い、いえ、ヴィルボリーに戦闘の意思はありません」

「ええ、それはエイカー氏から聞いております。昨晩は不幸な接触であったと」


 ミヤビ達は表面的には静かなものだったが、その内面からにじみ出る感情の落胆ぶりはその声と表情に紛れていた。

 失望。それから怒りと悲しみ。


(これは野蛮人どころの話ではない。こんな美しい星に、どうしてここまで醜悪な者たちが住んでいるのですか? 畜生が権利を振りかざし、自由にしている。なぜ男などがこうも繁栄しているのです? ネーコス、あなたならこれを見てどう思いますか? どうすれば良いと思いますか?)


 ミヤビは一人思案したが、答えが出るわけも無い。

 ネーコスは、ミヤビら宇宙民の中でも変わり者であった。

 誰からも好かれ、どこの誰とでも友達になれると言う極めて特別な、心に美しさを見出せる存在であったのだ。

 ミヤビはネーコスの心を思い出し、必死に自重した。


(……いえ、今は平和を。ネーコスの友だった者が住む町。私の友、リップルの住む町です。今は。今だけは……何があっても、この町とだけは)


 ミヤビはゆっくりと口を開いた。


「そもそも、私達はここに戦いに来たのではないのです。争いなど、美しさとは対極をなす最も醜い交渉です。まずはこうして会談を設けたかった。これは戦いが始まる前、昨日、陽が落ちる前に、先行したリップルを通して伝えたはずですが? 何故こうなってしまったのでしょうか」

「我々はあなた方のメッセージはまともに聞くことは出来なかった。あなた方の目にどの様に写っているかはまだ分かっていませんが、我々から見ればリップルは子供です。その子供が話した内容がおとぎ話そのものだったのです」

「そちらでの、リップルの社会的地位は低いと?」

「それもありますが――」


 ミヤビの、辛らつな言葉に対し、トレント・ガイムルは冷静に言葉を続けた。


「――あなた方は自分達がどれだけ我々の常識から逸脱している存在なのかを分かっていない。巨大な機械巨人、空飛ぶ城、夜を焼く光。全て、我々が目にした事のないものであり、目にしては脅威と認識しなければならなかった。空人と言う名称も、おとぎ話の、想像上の存在だとすら思っていたのです。突然話を聞かされて、その存在を信じることなど出来ませんでした。我々はまず、あなた方の存在そのものを信じるところから始めなければならなかったのです」

「それでも、私達はあなた方の目の前にいます」


 ミヤビは言い返す。

 強く、地に着いている足に力を入れ、宣言するように。


「実在たる肉体を持ち、私たちはここにいるのです。地球に帰ってきたのです。認めてください。私達の存在を」


 モノルド町長がすぐさま返事を返す。


「……ええ。それはもちろん。そう言えば、隣国のデッコイでも機械巨人の目撃情報があるようですが、それもあなた方ですか?」

「デッコイ? ああ、連絡を聞いています。クーレルの方々が接触した人々ですね?」

「クーレル?」

「そうです。小惑星クーレル。宇宙にあります。いえ、千年より昔、元々は違う名前だったようですね。地球の近くに運ばれてきた時に改名されたようですが」


 ミヤビは改めて自己紹介することにした。


「私達がこの地球に帰ってきた目的を話しましょう。私達の目的は、地球の調査です。人が住んでいるか、人が住める星に戻っているのか、資源がどれだけ回復しているのか。その調査です。可能であれば、現地の人々とコンタクトを取り、友好的な関係を築くように命じられています。私は小惑星連合、地球調査団総代表のミヤビ・ハーゼビィ。月の都市、キューエトラからやって来ました。ここにいる私の仲間は皆、宇宙から来た帰還民です。小惑星パッシネル、ミルトルス、エウロズ、クーレル、そして月のキューエトラ。これらの人々が協力し合い、地球に帰ろうとしています」


 ヴィルボリーの人々は話を飲み込めていない。

 ミヤビは構わずに言葉を続けた。


「私達の文化は、宇宙で発見された魅了力みりょうりょくと言うエネルギーに依存しています。このエネルギーは、美しきものから離れると、僅かな時間でしか力を保てない。そのため、無人機での探査はほぼ不可能でした。直接、人が地球に降りる必要があったのです」

「しかし、調査と聞きましたが、あなた方は高度な戦闘力を保持していると見受けられる。我々と戦うためでないと言うのなら、今この場所を取り囲んでいる機械の巨人らは何でありますか?」


 発言はムロッヒ大佐である。

 ミヤビはそれを鼻で笑うと、言った。


「DOLLはあくまで対ミュータント用です。そのために開発もされました。宇宙では人と人の争いを考える余裕など無いのです。地球に新しい生物群、それも巨大で人類の天敵となりうる危険な生物群が発生したことは、最後に宇宙に上がった人々が持ち込んだデータによって認知されていました。あなた方も、ミュータントと呼ばれる生物と戦うために戦力を持っているのではないのですか?」


 一理ある。

 しかし、ムロッヒ大佐は地球では人間同士で戦うこともある、とは言えなかった。


「なるほど。理解はできました」

「それは良き事です。他に質問は?」

「では、一つ。あなた方はなぜ宇宙とやらに住んでいたのですか? なぜ今更地球へ来られたのですか?」

「何故……?」


 かわいいハルマゲドンのことを地球が忘れてしまっていることを、ここで宇宙から来た美少女たちは知った。


「……地球には記録が残っていませんか? 大破壊です。我々の持つ情報では、およそ千年前だと記録されています。かつて、行き過ぎた文明と、強大すぎる力を扱いきれなかった人類が、地球の文明を崩壊させました。それらを地球から離れ、宇宙に脱出することで回避した人々の末裔が、私達です」

「大破壊。なるほど、その時に地球から逃げ出して宇宙に住み着いたと言うことですか? しかし、大破壊などあったのでしょうか。今現在、地球には人が住んでいる。我々のように、文化を持った人々がです。かつて我々より進んだ文明が築かれていたなど、おとぎ話としてはありますが、そんな話は……」

「伝わっているなら理解しなさい。それが事実です」


 ミヤビはついつい強まる口調に、自分でもいけない事だと思った。

 美しく振舞わなければと、自分を律しようとした。


 ……だが、ダメだった。

 どうしても地球人の、それも普段見ることの無い醜い男共が、自分たちのことを侮辱しているのではと思ってしまうのだ。

 宇宙に逃亡した卑怯者の子孫だと。


「良いですか? 私が話すことは、全て真実なのです。そして私達の祖は、私利私欲のために地球を見捨てて逃げ出した人々ではありません」

「ほう? 違うとおっしゃいますか」


 そして、ここで発言したヴィルボリー側の人物も問題だった。

 内心、イライラしているのはムロッヒ大佐も同じだったのである。

 男を――人間を市場に出して物として取引するなど聞いては、落ち着いてはいられなかったのだ。

 最も、彼自身は必死に自重しようとしていたが、彼の傲慢かつ剛直な性格からして、どうしても軽蔑のような感情が言葉に混じってしまっていた。


「自分達だけで安全な場所に逃げたと言うことでは? 私にはそう聞こえましたが? そうでもなければそうも歪まないでしょうな」


 自重せよと、両隣の者がムロッヒ大佐を慌てて抑えようとしたが間に合わなかった。

 そして、ミヤビもそれに反応すまいと努力しようとしたが、我慢できなかったのである。


「宇宙など安全ではない。誰が好き好んで暮らしますか。あんな、何も無い空間など。私達の祖先が魅了力を発見し、それが普及するまで、水、空気、食料、何もかもが足りなかった。作り出せなかった! 私達の歴史は、全てが命がけだったのです! 千年の間に、地球から離れた人間がどれだけ死にたくないと願ったか――いくつの小惑星コロニーが滅んだか分かりますか? 宇宙に上がったにも関わらず、どこにも受け入れてもらえずにそのまま果てるより選択肢のなかった人々を乗せた船が、いくつ地球の周りを回っていると……!」


 その時、席を立った者がいた。


「ミヤビ。私はもう限界だ。男ごときが。それもこうまで醜い連中が私達を侮辱する。こんな奴らと対等な交渉をするなど、愚か以外の何物でもない」


 パッシネル代表、サンバル。

 昨晩、魅了力キャノン発射の指示をした美少女である。

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