第9話 愚かな生き物 その4 夜を焼く 

「ば、バカな……! なんだ、あの動きは……!」


 今まで仕留めてきたミュータントとはまるで違うとグラル少佐は思う。

 これはもしや、出撃前にロムッヒ大佐が冗談のように示唆していた、隣国、デッコイの新兵器なのだろうかと。

 グラル少佐は気を強く持った。


(しかし、何であろうと、ここであれを倒さねば市民が危険にされされる!)


 だがしかし、どうすれば勝てるのか、そのイメージがグラル少佐にはまるで沸かない。


「こんな奴が相手だと知っていれば、また違う戦い方があったものを……! おのれ……!」


 せめてこれが夜でなく、昼であったら。

 せっかくの開けた地形で航空隊と連携をとり、こうも接近せず、遠距離から一気に攻めていれば。

 ――グラル少佐はその思考を打ち消した。

 今現在の状況で戦術を考えねばならない。

 こうであったら良かった、などと夢想する暇など無いのだ。


「しょ、少佐! 後退しましょう! 危険です!」

「バカ者! 下がってどうするか! ここで止めねば、町が危険に晒される! 人々の平穏を守らずにして、なんのための軍隊か!」

「し、しかし!」


 その直後である。

 上空より複数の戦闘機が飛来し、ミヤビのDOLLに向けて機関銃の掃射を始めたのだ。

 細かな火花がその装甲に咲き乱れ、怯んだ敵の姿に、グラル少佐は歓喜する。


「航空隊か! 良く来てくれた! 勝機はまだあるぞ!」


 だがしかし、喜んだのも一瞬だった。


「少佐! 空を見てください! 十一時の方向です! 何かいます! ……でかい!」

「なんだ、あれは……!」


 月の光を覆い隠す巨大な飛行物体。

 ミヤビの要請によってこちらに向かっていた、大気圏航行能力を持つ巨大な宇宙船である。

 それを見たグラル少佐は笑った。


「クックックック……アハハハハハハハ! 見ろ、曹長! まるで空を飛ぶ城だ! 馬鹿馬鹿しい! わ、私は理解したぞ! これは夢なのだよ! とても現実とは思えん!」

「しょ、少佐! ミュータントが、来ます!」

「ッ! ダメか! ……大佐! 後は頼みましたぞ! 必ず、町を! ヴィルボリーを守ってください! 大佐ー!」


 その声は誰にも届かず、グラル少佐の乗った戦車はミヤビのDOLL、ナデシコの剣によってもたらされた復讐の炎に飲み込まれた。


「地上戦力はこれで全て?」


 ミヤビは、周囲を見回す。

 ネーコスを殺した地球人たちは、全て炎の中だ。

 そして闇の中、持ち主を失ったまま跪いているDOLL、キャトル。

 バラバラに吹き飛び、炎に飲まれたネーコスの死体は、もはや何処にあるのかも分からない。


(ネーコス。誰とでも仲良くなれる貴女あなたがいれば、全て上手く行ったはずだったのに、これからどうすれば。……リップルとユルリは無事ですか?)


 だがしかし、それ以上の探索は不可能だった。

 地球人が持ってきた照明を積んだ大型車両が照らしているとは言え、こうも夜の闇が深くては探しようもない。


(……いえ、今は、空から襲ってくる敵に対処しなくては。あの攻撃力ではDOLLにかすり傷を付けるだけで精一杯のようですが……今のナデシコの装備では太刀打ちできませんね)


 文字通り剣が届かないのだ。

 と、そこでミヤビは通信機から届いたバニールの声に気づき、通信を開く。


「来たのですね、バニール」

『ミヤビ様! これはどうなされたのです? 何が起きているのですか?』

「地球人の攻撃です。説明は後で。皆に伝えてください。一時、撤退します」

『し、しかし、空を飛ぶ機械がこちらを攻撃してきてます! どうすればいいですか?』


 バニールの慌てように空を見たミヤビは、空を飛ぶ戦闘機の数が増し、母船に群がる羽虫のように攻撃を始めたのを目撃する。

 だがしかし、あの程度の機関銃で何が出来るのだろうか。


「落ち着きなさい。そのまま後退ですよ、バニール」

『……? ミヤビ様! 何故お一人なんですか? 姿が見えないようですが、ネーコスはどこです? キャトルは隠密モードで潜んでいるのですか?』


 キャトルは暗闇の中で沈黙している。

 ミヤビは言葉に詰まったが、隠すことなど出来ようも無かった。


「……残念なことですが。貴女あなたの妹は、死にました。地球人の、突然の攻撃で。彼女は、DOLLのコックピットの外にいたのです」


 涙を抑えようとしたが、無駄だった。

 まぶたを閉じても、何をしても雫は流れ続ける。


『……え? 何を言って……あ、あの。嘘ですよね? そんな、冗談……ミヤビ様、なんで、泣いてるんです? 嘘だって言ってください! ――キャッ!』


 言葉を遮った爆発音と、短いバニールの悲鳴。

 見れば戦闘機が母船に衝突し、炎を上げて爆散していた。


 続けて船に急接近する戦闘機が数機。


「そんな、まさか……」


 特攻の二文字が脳裏をかすめ、ミヤビは首を振る。

 しかし、再び船上で弾けて吹き上がった炎を見れば、それらの爆発が操縦の誤りによる激突で起こされたのではなく、故意の体当たり攻撃によって生まれたものだと確信せずに入られなかった。

 脱出装置などは無いようで、ナデシコのセンサーが燃えながら落下する断末魔のパイロットを捉ると、ミヤビは激しく憤って叫んだ。


「命を粗末にして……! どうしてそんなに死を求めるのですか! ネーコスだけでなく、自分達の命まで!」


 船にダメージはまるで無い。

 だが、彼らはまるでそうしなければならない使命を帯びているかのごとく体当たりを仕掛けている。


『……ミ、ミヤビ様、ネーコスは本当に? し、死んだんですか? そんな、だって、あんな良い子が。なんで』


 通信機から聞こえるバニールの声。

 ミヤビは再び流れた涙を払わずに、言った。


「バニール。気を強く持ってください。私も、あの子には死んで欲しくなかった」

『……あの子は、美しく死ねましたか?』

「それは……」


 なんと伝えればいいのだろうか。

 火に焼かれ、火傷だらけになった肌。

 目からも、耳からも血を流し、誰もが褒めて自分でも自慢していた美しい足をもぎ取られて、最後には肉体の全てを粉々に吹き飛ばされてしまった。

 理由はない。意味もない。

 命は、地球人の突然の攻撃で一方的に奪い去られただけである。


 そんな彼女の死を、どうして美しい死だったと言えようか。


『ああ……! そんな! あんまりです。あんなに、あんなに地球を楽しみにしていたのに! 地球に降りたら、一緒に遊ぼうって! 美味しい物一杯食べようって約束もしてたのに!』

「バニール! 落ち着いて……!」


 だが再び振動の音が通信を通してミヤビに伝えられる。

 死を覚悟した者の体当たりの爆発は、空を飛ぶ戦闘機械の数だけ起きるのだろうか。

 その時、通信に割り込んで音声を伝えてきた者がいた。


「誰です?」

『……キューエトラ代表のミヤビに告ぐ。こちらパッシネル代表のサンバル。私達がいくら美しかろうと、もはや我慢の限界だ! すでに他の代表の決も採った。我が艦は地球人に反撃する! すでに魅了力の充填は完了した。ミヤビはキャノン発射のショックに備えろ!』

「キャノン?」


 ミヤビは戦慄した。


「待ちなさい! キャノンでは威力が」


 しかし、言葉は途中で遮られた。

 機関銃の掃射が再びナデシコを襲ったのである。

 戦闘機は空から鉛玉の雨を浴びせ、ナデシコの表面に火花と共に細やかな傷をいくつもつけると、再び上昇して闇夜に姿を隠す。


「くっ、地球人! おやめなさい! このままでは手遅れに……!」


 そしてミヤビは見た。

 想像も出来ないような非常事態が起きた時のために搭載していた母船の戦闘力。

 まさか使うことはないだろうと思っていたその主砲が、艦内にいる全ての乗組員の美しさ――巨大な建造物を空に浮かせ、航行することすらも可能にしている強大なエネルギーを集中させて、闇夜に光球を孕ませるのを。


 ミヤビは思わず叫んだ。


「いけない! 総代表権限で命令します! 今すぐ中止せよ! これは美しくない! 今すぐ中止せよ!」


 だが、声は届かない。

 超高濃度の魅了力による様々な物質への干渉が始まり、通信機から音声の乱れは究極を極めて、連絡がほぼ不可能となったのだ。


 どうやら最大出力のようである。

 そして、一度集中し、引き絞られた闇を焼く光の矢は、遠く離れたミヤビにはどうすることも出来ず、結局はそれを見守るしかなかった。


 ピンク色の輝きをまとったその力の奔流は、空を明るく燃やしながら、十機以上の戦闘機をまとめて巻き込み、空を切り裂くようにして敵機が飛来して来た方角へ飛ぶ。

 ヴィルボリーの方角である。


 町の上空を通過した光の束は空気の層を貫きつつ、剥がれ落ちるように剥離した光の一筋が空中で拡散を始めた。

 それらのエネルギーは、まるで流星のように地に降り注ぎ、ヴィルボリーの町のいくつかの地点で爆発を生みだすと、その後に起こした炎の風で町の家々を焼き始める。


「なんと言うこと……!」


 ミヤビは次第に収束していく光と、再び落ちてきた闇。

 そして僅かに見える、燃える町の赤い光点を見て、嘆き悲しんだ。


「どうして、こうなってしまったの? 何がいけなかったの? 教えてください、ネーコス……」


 ――こうして宇宙から地球に帰って来た『空人』と、地球に住まう人々との戦いは始まってしまった。

 かつて文明を滅ぼした『かわいい力』とは種類は違えど、千年の時を経て再び夜の暗闇を照らした破壊の光。

 美しい星は何も答えず、ただ、戦いの行方を見守るのみである。


 そして、ミヤビらが戦った場所より、さらに離れた地でその光を見つめる少年が一人。


「夜なのに明るい? 何の光だ? 地球の自然現象とは思えないが」


 それは、美少女と見間違うほどの美しさを持つ美少年であった。

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