第8話 愚かな生き物 その3 美しき復讐者

 ――


「目標! いまだ健在!」

「また命中しなかったか! ええい、次弾の装填を急げ!」


 砲撃を加えたのはキャメールの戦車隊。指揮はグラル・ハーゼビィ少佐であった。

 彼はロムッヒ大佐の腹心の部下であり、大型ミュータントの退治で名を馳せた歴戦の強者である。


「目標の近くに見えた一般車両は無事か? 民間人が襲われる前に、なんとしても仕留めろ!」


 なんと言う皮肉だろうか。

 接近した彼ら戦車隊が攻撃の決断に至ったのは、ミヤビとネーコスのDOLLをミュータントと誤認したことはもとより、近くに止めてあったリップルの車を救おうとした、良識ある軍人の判断だったのである。


「それですが少佐。先ほどの車両は砲撃の第二射が、近くに着弾して……! 爆発に巻き込まれたかもしれません!」

「なんだと? 砲手は何をやっている!」

「しかし、少佐! こうも暗くては……!」


 スコープを覗いたグラル少佐は、横転した車を認める。

 火は上がっておらず、損傷は小さい。

 もし人が乗っていたのだとしたら、生きているだろうか。


「くっ、人の一人も救えずに何がキャメールの戦車隊だ! 何としても助け出すのだ! しかしミュータントめ、よくも人里に降りてくる!」


 グラル少佐はミュータントの恐ろしさを知っている。

 ミュータントは、千年前にこの世界を破壊しつくしたエネルギー『かわいいちから』によって発生した生物群である。

 このエネルギーは、大破壊の後もこの世界に残留し、野生生物を変質化させた。

 先祖がえりを起こしたかのように変化した生物もおり、古代に生息した恐竜やらなにやらも出現した地球は、溢れんばかりの生命によって混沌を極めた時代を迎えたと言う。


 そして、生態は逞しく、体躯は巨大化し、生息地域が拡大化した種族が多く生き残った。

 そうして地球の自然体系そのものが、丸っきり違う別物と化したのである。


 最も、これらの真実の詳細は人々には伝わっておらず、ミュータントは現存する脅威――対処せねばならない問題として広く認識されているのみだ。

 そして、文明崩壊後の人間はこれらの生物と戦って歴史を紡いで来たと言っても過言ではない。

 そして、復興が進んだ今もなお、依然としてミュータントは人類の脅威であるのだ。


(町には入り込ませんぞ!)


 少佐はグッと歯を噛み締めると、改めて決意を固めた。

 奴らの中には、が多いと爆発的に増殖するタイプがいるのである。

 侵入を許し、壊滅した町も少佐は知っているのだ。


「刺激したくは無かったが、ライトの使用を許可する! 通信士! 伝令を!」

「ハッ!」


 戦車隊に随伴していた、大型の照明を積んだ数台の車両がその機能をフルに発揮させた。

 複数の光線が暗さを払い、その標的の姿を露にする。

 だがしかし、そこにいた巨人は、ミュータントと呼ぶにはあまりにも美しかった。


 白い曲線で形作られた、まるで鎧を着た女性のようなシルエット。

 目があり、完全なる二足歩行でゆっくりと歩みを進めながら真っ直ぐ戦車隊を凝視している。


「少佐! かなりの大型です! 自分はあのタイプのミュータントを見たことがありません! 新種でしょうか?」

「分からん。しかし、なんだあれは?」


 手に構えているのは、緩やかな反りを持つ、濡れるようなやいばつるぎである。


「美しい……?」


 グラル少佐は思わずこぼれた言葉に口をつぐむ。

 と、その瞬間、巨人が進撃を始めた。

 弾ける様な疾走である。

 ミヤビのDOLL、ナデシコがその強靭な脚力を持って闇夜に躍り出たのだ。


「真っ直ぐ来るか! ええい、新種だろうが何だろうが、ヴィルボリーの地は踏ませてやるなよ! キャメールの戦車隊魂を見せてやれ!」


 戦車隊は闇夜にエンジンを噴かせ、ミヤビのDOLLを周囲から追い込もうと進撃を始めた。

 一方で、それを迎え撃つミヤビはコックピットで戦車を分析している。


「キャタピラ? 破壊力のある砲を積んだ形。移動砲台のようなものですか? 機動力は中々、攻撃力も十分ですか」


 ミヤビはマイクスタンド型の操縦桿を強く握った。

 操縦桿とは言うが、これは触れている者の脳波をダイレクトに機体の生体ユニットとリンクさせる、アンテナのようなものである。

 もちろん、マイクスタンドと言う形である必要は全く無い。

 この操縦桿は個々のパイロットの趣味で様々な形態を持ち、美しさを表現するパフォーマンスの小道具としても機能するのだ。


「いかに破壊力が高くとも、当たらなければ意味がない。撃たれると分かっていればそんなもの、当たるものですか! 私は……私達は美しいのです! そうでしょう、ネーコス?」


 ミヤビは走るDOLLの目を通して、天空にある月を見た。

 満月だった。

 ああ、彼女も……ネーコスも本当ならこの月を見上げて楽しく生きていたはずなのだ。

 ネーコスの無邪気で朗らかな笑いを思い出すその度に、ミヤビの涙は枯れることなく流れ続ける。

 そして、自分のその顔を流れる、抑えようもない感情の雫が自分を美しくしているのがまた皮肉に感じられた。


(こんな悲しい美しさなんて間違っている。でも、それでも!)


 DOLLの――ナデシコの機体に魅了力がたぎるのを感じて、ミヤビは叫んだ。


「我こそは美しき復讐者! ミヤビ・ハーゼビィである! 無残にも殺された我が盟友、ネーコスの無念のために、貴様らを討つ!」


 芝居がかっていたが、言うなればこれもDOLLのパイロットの戦い方である。

 美しくあるために、彼らは歌い上げるように言葉を放つのだ。

 DOLLの生体ユニットはそれに感応し、動力たる魅了力エンジンはさらなる力を生み出す。


 ――しかし、因果な物である。

 ミヤビ・ハーゼビィと名乗ったその名は敵の戦車隊の指揮官、グラル・ハーゼビィ少佐と同じ姓だった。

 かつて、分かれた地球と宇宙。

 祖を同じとした人類の、戦わずにはいられない悲しみを背負った生物の、愚かなさがの象徴とも読める事柄。

 最早、お互いの命を賭した戦いは止めようもない。


 突如として火を噴く戦車の砲塔。

 ナデシコがすぐさま跳び退いたおかげか、着弾が逸れてあさっての方向で爆発が起きる。

 とは言え、ミヤビのナデシコにとっても、その砲弾の回避は酷く難しいものだった。

 何しろ、ミヤビは地球に降りてすぐにDOLLで戦った相手――重力下で初の実戦であったミュータントが繰り出して来た爪とは比べ物にならないほどの距離から、一方的に、それも鋭い速度で襲撃してくるのだ。


(だが、読める! その砲身を見れば軌道は!)


 ミヤビのナデシコは次の砲弾もかわすと、次に撃ってくる戦車の気配を近くに感じて、まるで踊るようにステップを踏むと高く跳んだ。


「イヤァァァッ!」


 着地と同時に踏みつけたナデシコは、その戦車の真上に剣を打ち下ろす。

 殺意が突き刺さった標的はすぐさま内から炎を吹き上げて沈黙した。

 飛びのく巨人。


「こんなものですか! ……ッ!」


 ナデシコは眼前を猛進する戦車の射線を認めると、すぐさま体を捻って逃れた。

 発射された砲弾は当たらない。


 コックピットの中のミヤビはマイクスタンド型の操縦桿を握り締め、それを軸にしながらステージの上で舞った。

 可憐かつ華麗。

 スポットライトに照らされるミヤビは悲哀さを湛えながらも、それでも凛とした美しさに満ち溢れている。

 スカートが僅かに翻りつつも、その中身は決して露呈させない。

 そして、緩やかに体を回転させながら舞うミヤビの目からは、ネーコスの死を偲ぶ涙は流れ続けている。


 そうして、その美しさに呼応したナデシコの剣が光りを放ち、地面を払うように薙ぎ払われたその剣は、鉄の戦車をあっさりと両断した。


「次です!」


 しかし、ナデシコの振るう剣の、なんと恐ろしき切れ味だろうか。

 これはかつて、古代東洋で使われていたと宇宙に伝わっていたサムライソードと呼ばれた武器を模して作られた、DOLL用の近接戦闘用の武器である。

 とは言え、ただの剣ではない。

 パイロットの魅了力に反応し、刀身が触れるものを分断する魅了力文明の技術のすいを集めた結晶なのだ。


 そして、そのミヤビの操るナデシコの、まるで舞踏するかのごとき美しき戦いぶりを見て、グラル少佐は戦慄していた。

 次々と炎に飲まれていく指揮下の戦車たち。

 その光景は、まるで悪夢のようであった。

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