第7話 愚かな生き物 その2
「ユルリ、私と友達になってよ」
ついにはっきりと告げられたネーコスの決定的な言葉に、ユルリは動揺した。
ユルリにとって、こうまで嬉しいことがかつてあっただろうか。
学者だった両親を亡くし、リップルの屋敷に引き取られてから八年。
住み込みで働きながらも、同い年のリップルとは友達として話せる中だったが、それでも主従関係という間柄が邪魔をして心の底から分かり合えているとは言いがたい。
そして、ユルリにとって友達と呼べるのはそのリップルだけなのだ。
どうしようかとまごつくユルリだったが、そうも言ってられない。
美しい少女、ネーコスは怖気づいている。
否定されるのが怖いのだろう。
ユルリは、今こそ自分も勇気を出すべきだと、その返事を返した。
「う、うん! 私でよかったら喜んで!」
「やったー!」
抱きついてくるネーコスを支えきれずに倒れるユルリと、押し倒す形で倒れこんでしまったネーコスは笑う。
そんな二人を見ていたミヤビは思った。
ユルリは彼女の友達になるにはふさわしい美しさを持つとはいえないが、それも良いだろうと。
相手の美しさにとらわれないこの考え方がネーコスの美しい部分でもあるのだ。
(この決定を否定してはいけませんね。もしかすると、この二人の関係が地球人と宇宙民の、友好の証になりうるかもしれない)
そうしてまだ起き上がっていない二人を微笑ましく見守るミヤビだったが、思いついたようにしてネーコスに言った。
「ネーコス。私はバニールと連絡を取ってみます。こちらに向かっているとなれば無駄足になるでしょう。陽も沈みましたし、一度帰投してもらいます」
言うなりコックピットに向かうミヤビに「はーい」と答えるネーコス。
そして、一人ぼっちでぼんやりと見ていたリップルも、思い出したようにして言った。
「そうだ! 野宿するなら車に装備があります。元々泊りがけで遺跡の調査をしていたので、そのまま積んでありますから。火でも起こしてお茶でも飲みましょう。ちょっと取ってきますね。ユルリ、手を貸して」
「分かりました」
ユルリがリップルに連れられて離れた場所にとめてある車に向かい、ネーコスは一人ぼっちになった。
それでも宇宙には無い『お茶』と言うものも楽しみで、自然とネーコスの顔には笑みがこぼれる。
起こすという『火』と言うのも面白そうだ。
「地球っていいところだなぁ。面白いのがいっぱいあって。帰って来てよかったー」
一方、ミヤビはそうしてウキウキとしているネーコスの様子をDOLLのコックピットから眺めながら、バニールとの通信を開始した。
『ミヤビ様、会談は失敗に終わったんですね?』
「ええ、少し急ぎすぎました。それより、地面で規則正しく並んでいる植物は踏んでいませんね? あれは地球人達が作った、食糧生産のための畑だそうです。ともかく、バニール達は一度帰投してください。我々も明日、母船に戻ります」
『ふふ、ミヤビ様。このバニール、そう思ってすでに母船を呼び出してあります。実は先ほど我々の帰投は完了し、母船でそちらに向かっています。このまま母船でお迎えに行きますね。すぐに到着できるものと思われます』
「まぁ、それは美しいことですね!」
ミヤビは手を叩いて喜んだ。
「そうだ、あなたたちも野宿しましょう! 皆で野宿です!」
『野宿、ですか?』
「ええ、地球の空気を感じて夜を過ごしましょう。ネーコスも乗り気で」
とその時、ミヤビの視界に何かが割り込んできた。スリープモードに入っていたミヤビのDOLLが突如起動し、ミヤビの脳波に干渉してきたのである。
「な、何を、突然……!」
警告信号。
それは、バニールのヴォーパル程の諜報能力を持たないミヤビのDOLLですら察知出来た、迫り来る熱源の反応であった。
ミヤビのDOLL、ナデシコと呼称される機体はパイロットの脳波コントロールに重きを置いた、運動能力高上機である。
DOLLの初期型……開発されてから間もない時代に作られた傑作機の一つで、新しい技術を使って改良を加えた、ミヤビの古くからの愛機でもある。
が、美しいミヤビの魅了力を反映させることに特化した機体であり、脳波の反応能力こそ高いものの、それ以外の機能は他のDOLLよりは劣る。
唯一、通信機器は高性能なものを積んではいるが、言ってしまえばそれだけである。
そのため、陽が沈み、夜の闇が降りてきた今となっては、彼らの接近に全く気がつけなかったといってもいい。
暗くなっていたので分からなかったのだ。
それが全てであり、接近され、ようやく事態を察知したミヤビのDOLLが、パイロットにその存在を教えたのである。
ミヤビのDOLL、ナデシコの視線。そのおよそ数百メートル先。
接近したヴィルボリーの軍隊、キャメールの戦車隊が持ち上げた砲塔が、一斉にミヤビとネーコスのDOLLを差している。
『ミヤビ様ー! 何か来ましたよ! 何でしょう?』
遠く、黒い戦車のシルエットを捉えたネーコスののん気な声に、ミヤビは外部音声で答える。
「……さぁ、何でしょうか。暗くて姿かたちも良く判明できませんが」
だが、ミヤビは、せめてその時に気づくべきだった。
気づいたとしても何も出来なかったかもしれないが、それでも。
だが、もう遅い。
次の瞬間、それら戦車隊の砲塔が火を噴き、吠えた。
ミヤビが異変に気づくのに数秒。
そして、砲撃と認識したのはその砲弾が地面に着弾した後だった。
「なっ! 何? 何だというのですか! これは!」
轟音と衝撃。もうもうと立ち上る黒煙。
そして、ミヤビは周囲の現状に気づいた。
「……ネーコス? ネーコス!」
リップルやユルリのことも気がかりだったが、砲弾が着弾した場所を見てミヤビは顔を青ざめ、つい叫ばずにはいられなかった。
「ネーコス! 返事をなさい! ネーコス!」
DOLLを立ち上がらせて探すミヤビ。
「くっ、センサーが役に立たない! 私のDOLLでは探せないと言うの?」
だがしかし、突然に突風が吹いた。
クリアになる視界。
そうして煙が吹き飛ばされた後、
「ネーコス! あなた……!」
ミヤビのDOLLの眼下、よろよろと立ち上がろうとして、立ち上がれずに崩れ落ちる美少女……だった者。
起き上がれないのも当然である。
美しかった彼女の、自慢にしていた華麗な左足が千切れて、離れたところに転がっているのだ。
「ネーコス! そんな……! 今助けます! 死んではダメよ!」
外部音声で思わず叫んだが、ネーコスはあさっての方向を向いたままだった。
だが、ミヤビはその原因に気づく。
全身に火傷を負っているばかりか、彼女の両の耳と目から、血が流れていたのだ。
砲撃の轟音で鼓膜が破れ、弾けた破片が目に突き刺さったための負傷である。
『な、何が、起き、たの? き、きこえない、なにも、みえないよ…… ぃ、ぎ、痛い……! いやだ、地球に帰れたのに。友達も、出来たのに、こんな……おさ、かな……』
ミヤビに聞こえたのはそれで全部だった。
手を伸ばしたミヤビのDOLLの指の先、届かなかった十数メートル先の地面を二撃目の砲撃が直撃し、その場所にいたネーコスの
「いやぁぁぁぁぁぁ! ネーコス!」
紅く輝く炎と毒を内包した黒煙が彼女の全てを奪い去って行く。
唯一つ、形を持ったまま弾けて空中に飛んだネーコスの焼けた腕が、地面に落下して炎に飲まれて、また消えた。
「ネーコスッ! そんな! あなた、なんで!」
ミヤビはパニックに陥っていた。
地球降下の時でさえ取り乱さなかった、ミヤビらしからぬ動揺だった。
「なんでよ! ネーコス!」
とは言え、ミヤビは理知的な美少女である。
混乱の一瞬の後には冷静になり、状況を理解していた。
何者かによる警告なしの攻撃、そしてネーコスの死。
(……何者かですって? そんなの決まってるじゃない!)
ミヤビは自嘲した。
こんな醜悪な真似をするのは同族では到底ありえない。
ともすれば犯人は分かっていた。
「……あれは、地球人の戦闘機械ですか? これが……千年もあの暗黒の空間で耐え忍び、決死の思いで帰還して対話を望んだ我々に対する、地球人の返答だと? よくも……!」
ミヤビは激怒した。
「あの子は……! 無邪気で! それが誰よりも美しかった! 容姿よりも、心が純粋で、真っ白な美しさを持っていた! そのネーコスをよくも……!」
彼女によって操られたDOLLは腰の鞘から自らの武器を抜く。
そして、ミヤビは涙を流しながらも、それでも美しくあろうとコックピットの中で顔を上げた。
上着――かつてジョシコウセイと呼ばれていた民族たちが身につけていたと言う、ありとあらゆるシーンで着用されたとされる服の、ボタンを外す。
ひとつ、ふたつ。みっつ。
そうして脱いだ上着は下へと落とされ、そのままミヤビは手を組んで静かに黙祷をささげた。
白い服に首もとの赤いリボンがきらめく。
それでも、神聖さを感じさせるかのような、静粛な美しさがそこにあった。
そして、それによってミヤビのDOLL――ナデシコの美しき機体に、魅了力エンジンによって生み出されたエネルギーが駆け巡る。
「……私の失敗だ。あの子を、護衛として連れてくるべきではなかった! 誰よりも地球を楽しみにしていたからと、そうして選んでしまった! バニールのヴォーパルなら、撃たれる前に気づけたと言うのに!」
涙のしずくがコックピットのステージの上に強かに落ちた。
ナデシコは鞘から抜いた剣を持ち、強靭なる足で闇夜に躍り出る。
「絶対に許すわけには行かない。流された血の代償は支払ってもらうぞ、地球人!」
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