第6話 愚かな生き物 その1

 リップルが去った後、電文を持った仕官が客間に訪れた。

 ヴィルボリーに駐留中の戦車隊。その指揮権を持つ指揮官、ロムッヒ大佐に会う為である。


「大佐。大型ミュータントの目撃が多数あるとのことです」

「ほう? 群れで大移動でもしているのかね?」


 ガイムル家の家長、リップルの父であるトレントはその知らせを聞いて、先ほど娘が言っていた話を頭の中で反芻させていた。


『空人様なんです。巨人を操って、私をミュータントから助けてくれたんです。もう、こっちに向かっています。是非、対話の席を設けて欲しいと言っていました』


 ロムッヒ大佐は鼻で笑った。

 最近の子供は想像力がたくましい。

 空人などおとぎ話の中だけの存在で、いるわけがないのだ。

 そして、こちらに向かっているのはミュータントに違いない。そうであるのならば、町は大変なことになる。


「詳しく聞かせたまえ!」

「ハッ。報告はこちらに」

「ふむ。農耕地域の道を先行した二匹がヴィルボリーに向かっている? その後を追うようにしてさらに多数が進行中と。ふん! 面白いではないか! 軍事訓練には飽きていたところだよ。戦車隊に伝えろ! まずは町に近づいているというミュータントを二匹、仕留めて見せろ!」

「しかし、先ほどの話にあった空人を名乗る者の巨人では?」


 口を挟んだのは航空隊の大尉である。

 大尉に大佐は憤り、言葉をたたきつけた。


「大尉は何を言う! 空人など、いるはずがないだろう? 仮にその二匹が機械の巨人だと言うのなら、デッコイの軍事行動ではないか! どちらにせよ、攻撃しなければならぬ! 町を戦火に晒せるものかよ! ミスターガイムル、そんな分けで急用が出来た。これにて失礼させていただく!」


 大佐はでっぷりとしたおなかを揺らしながら、急ぎ足で部屋を後にした。

 大尉もガイムルに一礼すると部屋を出て行く。


「何事も起こらなければ良いが」


 トレントは窓際まで歩くと、陽が落ちていく空を眺めてそう呟いたが、この先どうなるかはその部屋にいるものには誰にも分からなかった。


 ――


 一方、リップルはミヤビと合流していた。


「信じてもらえませんでした。私が子供だから」

「……あなたほどの美しさを持つものの言葉に耳を貸さない人間等、思いつきませんが。そうですか。いえ、私たちも急ぎすぎました。リップル、どうやら私達はあなたと言う人間と予期せぬ幸運な接触を取れたため、少し逸ってしまっていたようです」

「いえ、そんな」

「ユルリもご苦労様でした」


 ユルリは一礼する。


「さて、ネーコス、どうしましょうか」

「んー、ここにいても仕方ないかもしれませんが、一度帰るにしても母船は遠いですよね。いっそのこと、帰るのは明日にしてここで野宿って奴でもしますか?」

「ふふ、野宿ですか? 地球ならではですね」


 笑う異邦人達に、リップルとユルリは焦って言う。


「いけません! そんな、空人様が野宿だなんて」

「野宿はいけませんか?」


 心底不思議そうに言うミヤビに、リップルは言葉を無くす。

 ミヤビはそんなリップルに言うのだった。


「私達は宇宙から来ました。宇宙には何もありません。常に物が不足しているため、管理を徹底して必要以上の消費を抑えなくてはならなかった。でも、地球は様々な物が豊富にあります。空気、水、土、植物、動物。全てが珍しくて仕方が無い。野宿はこんな美しい星に私達が帰ってこれたのだと言うことが実感できる、良い機会だと思ったのです」


 それは地球に住むリップルやユルリには無い感情だった。

 だが、このミヤビの感嘆した声の様子はどうだろう。

 美少女は地にある全ての物に愛おしさと美しさを感じ、感動しきった心を隠そうともせずに、にこやかに笑んでいる。


「へへ、そんなわけで、野宿だよー。ねぇ、ユルリ、町に行ったら、私にお魚食べさせてよ」

「う、うん」

「約束だからね」


 そう言ってニコニコしているネーコスもまた美しい。

 心の邪気など全く無い、純真さそのものの、穢れなき心である。


「さて、リップル、あなた方はどうしますか?」

「私……私もここで野宿します」


 これに慌てたのはユルリと、車で待機していた青年、ネズコフであった。

 ネズコフは車から降りて、リップルを止めようと言葉を発する。


「い、いけませんよ! お嬢様!」

「何がいけないって言うの? 私の話を誰も聞いてくれなかったあんな家……ううん、それは言い過ぎかもしれないけれど、今日は帰りたくないんです!」

「そんな! じゃあ、俺はどうすれば良いんですか?」

「ネズコフ、あんたは歩いて帰りなさいよ! あんたが車に乗って行ったら、私たちの足が無くなりますからね!」

「そんな! 町まで何キロあると思ってるんですか?」

「入り口まで10キロも無いわよ。ま、お屋敷まではもっと遠いと思うけどね」


 平然と言うリップルの言葉に、ネズコフは心の底から絶望した顔で応えた。

 リップルはそれに追撃するかのように言う。


「明日、ユルリの運転で帰るから。お父様にはそう伝えて頂戴。ほら、さっさとキーをユルリに渡しなさいよ」

「わかりました! わかりましたよ!」


 鍵を投げたネズコフと投げられた鍵をキャッチしたユルリは、複雑な表情で目を合わせた。


「その、大変ですね」と言うユルリと「うるせえ、お前が歩けば良いのによ」と言うネズコフ。

 それに対して「すいません」と謝ったユルリにリップルが怒った。


「ユルリ、あんた何謝ってるの? 言い返しなさいよ! あんた、ネズコフに殺されかけたの忘れたの?」

「で、でも」

「チッ、何だってんだ。悪かったとは思うけど、ユルリごときにヘコヘコするなんて俺はごめんだぜ。あ、お嬢さまにはもちろん従いますよ! へへへ……」


 その言葉に「ネズコフ! あんた!」と誰よりも怒りをあらわにするリップルだったが、そのタイミングで言葉を挟んだのは意外にもミヤビであった。


「先ほどから聞いていれば、男ごときが何を言っているのです? これを許すのですか、ユルリは? その感情に値するのなら怒りも、報復も許されますよ。許すつもりがないのなら怒りなさい、ユルリ」


 それを聞き、言葉に迷うユルリ。この少女は元来、感情を表に出すと言うことが苦手である。


「報復なんて、そんな。その、大丈夫です。私、許しますから」

「まぁ、当然だよな」


 へらへらと笑うネズコフに、ついにリップルの怒りが爆発した。

 が、それよりも怒りの頂点に達したミヤビとネーコスの方が早かった。


「黙りなさい! ユルリ、これは許してはいけません! いえ、私たちも黙ってはいられない! ネーコス!」

「……はい。さっきから我慢してたんですよ。私のお友達に良くもこんな態度をとれるものだよね?」


 そして、ネーコスは目をギラリと輝かせると、笑った。

 残酷な笑みだった。

 ネーコスはその笑みのまま言うのだ。


「おい、男。お前、殺していいか?」


 殺気。

 本気の感情が空気を伝わり、ネズコフはたまらずに逃げ出した。

 全力疾走だった。

 リップルとユルリは腰を抜かしてその場にしゃがみ込む。


「……男ごときが。次に顔を見た時、奴は問答無用で殺す」


 ぼそりと言ったミヤビの声は、リップルにもユルリにも聞こえていた。

 しかし、ユルリは目の前に差し出された手に驚き戸惑い、それどころではなかった。


「ユルリ、ほら、大丈夫?」


 ネーコスだった。

 先ほどの殺気が嘘のように消え、にこやかに笑いながらユルリの手を引き、起こす。

 ……そう言えば、先ほど、この少女はなんと言っていた?


に良くもこんな態度をとれるものだよね?』


 ユルリはそれを思い出して、ネーコスの顔を見つめる。


(友達?)

「……だめかな?」


 そう言ったネーコスの俯いた美しい顔をみて、ユルリは「えっ?」と声を漏らしていた。

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