第5話 おとぎ話
どこか疎外感を感じていたユルリだったが、道中、DOLLの手の上でミヤビからの質問攻めに合っていた。
ユルリが住んでいる町の規模、社会形式、町の人口。
何よりユルリが驚いたのはこの質問である。
『男はどれくらいいるの?』
それがなぜ気になったのかは分からない。
ただ、ユルリはミヤビのその質問が、どこか必要以上に意味のある質問に聞こえたのであった。
「えと、男女比は、分かりません。多分、半分くらい?」
ユルリが住む町、ヴィルボリーの人口はおよそ八万。
半分と言うことは約四万と言うことになる。
『そう。若い男もたくさんいるのよね、もちろん』
冷静ながらどこかうわずった口調。先ほど目にした美しさから離れた雰囲気を感じて、ユルリは何かとんでもない失敗をした気分になった。
と、そんなユルリの心情をよそに、ミヤビは付近を流れる川を確認したらしくネーコスに向けて外部音声チャンネルを開いたまま通信を始めた。
『ネーコス、川がありますよ』
ミヤビに
『み、ミヤビ様! これは川と言うより、海ではないんですか! たくさん水がありますよ!』
たくさんとは言うが、小川である。
水は綺麗だが、そこまで広くは無い。
『海は地球に降りた時に見たではではないですか。もっとたくさんの水があるのが海です』
『そうなんですか? んんー! 何でもいいです! 私、川に触ってみたいです!』
少し考え込んだミヤビは、DOLLの歩みを止めると地面に跪かせ、そのコックピットを開いた。
「ちょうど良いですからね、休憩にしましょう」
それを聞くなりネーコスのDOLL、キャトルも跪いてそのパイロットが外に出て来る。
彼女は美しかった。
茶色のショートカットに好奇心を湛えた大きな目。
スレンダーボディ。バストのサイズはお世辞にも大きいとは言えず、尻も小さい。
が、スラリとした足の美しさが映えるホットパンツを着用しており、何よりも健康的な肌の色が太陽の光を浴びるその様は、体現された健康美そのものだった。
地面に到着後、ネーコスは大きく伸びをすると、川に向かって一直線に走り出す。
「わーい! ミヤビ様! 何か水の中にいますよ! これがお魚って奴ですか! すごい美しいです!」
「恐らくそうです。水面もキラキラしていますね」
「入ってみても良いですか?」
溢れんばかりの無邪気さを隠しもせずに、ネーコスと呼ばれる少女は朗らかに笑っていた。
「ネーコスさんは、その、魚、好きなんですか?」
おずおずと聞いたユルリだったが、ネーコスはへへへっと笑い、魚を指差して答える。
「私、地球に降りたら、お魚って言うのを一杯食べるのが夢だったんだ! 食べ物になるんでしょ? あれ!」
「え、ええ。町に行ったら、多分、食べられると思います」
「ほんとに?」
「は、はい」
目を輝かせるネーコス。そして、初めて空人が楽しげに会話してくれたと内心喜ぶユルリだった。
とは言え、元来、ユルリは口下手の少女である。それ以上の言葉が続かないのは彼女自身にとっても残念ではあったが、次の言葉を待っていたネーコスは会話が途切れたのを感じるやいなや、あっという間にユルリから視線を外し、次には川に指を触れさせていた。
「つ、冷たい! すごい!」
「ネーコス、飛び込んではいけませんよ。……ユルリさん。あなた、少し顔でも綺麗にしたらどうですか?」
ユルリは汚れていたかしらと顔に手をやったが、触るだけでは分からず、流れる川の水面に自分の顔を映してみる。
揺らめいてよく見えなかったが、確かに汚れているような気がした。
すぐさま、じゃばじゃばと顔を水で洗うユルリ。
その姿を興味深そうに見るミヤビとネーコス。
「御覧なさいネーコス。奇麗にしろと言っただけで惜しげもなく水を使う。特別美しいわけでもないのに、です。水が豊富であると言う証拠です」
「……そうですね。お魚も一杯食べてるんだろうなぁ」
良くは分からないが、この不快さは何なんだろうとユルリは思った。
ここは川で、綺麗にしろと言えば水を使うのは普通ではないか。
何より、美しくないなんて、言われなくても分かっている。
胸も無い、背も無い、お尻も小さい。顔は人並み、くらいだとは自分では思いたいのだけれど……
そうしてユルリが自分に対しての卑下の言葉を頭でぐるぐると回転させて数秒後、気がつくと、ミヤビがユルリの背後に立ち、細く美しい指でユルリの髪に触れていた。
「あなた。体はどうしようもないですけれど、せめてその野暮ったいメガネはおやめなさい」
「で、でも、これ、母の形見なんです」
「形見?」
「私が小さい頃に死んだんです。父も一緒に死んで、それからリップルお嬢様のお屋敷に世話をしてもらって、それで」
ミヤビは鼻で笑った。
「形見なのは分かりましたが、わざわざ身に着けて美を損なうことはないでしょう? 何か入れ物に入れて保管したりすれば良いのでは?」
「か、かけていると、一緒にいられるような気がするんです」
「……面白いことを言う」
ミヤビは、今度はくすくすと笑った。
「美しさを知らないかわいそうな子。せめて髪でも編みなさい。私が編んであげます」
「あ、うう」
ユルリは本当なら怒りたかった。
自分が大事にしているものを汚された気がしたからだ。
でも、過程はどうあれ、自分ごとき小娘の髪をミヤビのような美しい少女が触れている。
それを思うだけで、顔がどこまでも熱くなり、赤くなっていった。
「いいなー。私も髪伸ばそうかな」と言うネーコスの声と、「あなたは今の髪型が一番似合ってますよ。ネーコス」と言うミヤビの優し気な言葉がそれに続いた。
――
一方その頃、『空人光臨』の報を携えたリップル嬢はすでにヴィルボリーの町に帰還していた。
屋敷に着くなり父を探したが、客人来訪のために客間にいるとのメイドの声に返事をする間も惜しんで走り回る。
だがしかし、その情報を伝えた客間の人々の反応は厳しいものだった。
「空人? おとぎ話の?」
「大型のミュータントと戦っていた謎の巨人については我が隊の戦闘機からも報告が上がっていますが……」
「しかし、空人などと。とても信じられんよ。その子供の冗談ではないのかね?」
「わ、私はもう、十六です! 子供じゃありません!」
リップルは自分を子供と侮った失礼な客人の言葉に反応して、後悔した。
それこそまさに子供が言いそうな言葉だったからだ。
「リップル。ユルリと遺跡を調べてみたいと言うので遠出は許可したが、帰るなりこの騒ぎは何だ?」
「で、ですが、お父様、本当なんです」
「……にわかには信じがたいな」
リップルの父――名家であるガイムル家の家長、トレント・H・ガイムルは娘の発言に対して好意的ではなかった。
今いる客人を見てもそうだ。
ロムッヒ大佐はヴィルボリーに駐留している軍隊、『キャメール』の戦車隊を指揮している軍人である。
軍人はふんぞり返り、リップルの発言に対して『こちらも巨人の報告が上がっている』と言った飛行隊の軍人を鼻で笑っていた。
「貴様もおかしなことを言っていたな、大尉? 巨人だとか言っていたか?」
「ハッ、巨人です。機械のように見えたとのことですが」
「人型の兵器とでも言うのか? 馬鹿馬鹿しい。足があって歩く機械等、その存在も疑わしいが、戦術的にも戦略的にも全く価値があるとは思えんよ! どうせミュータントと見間違えたのだろう? そんなもの、あるわけが無い。良いか? 兵器と言えば時代は戦車だよ、君!」
ガッハッハと笑い、全てを否定するロムッヒ大佐はこうも言った。
「今は隣国のデッコイが戦争の準備を始めていると聞く。空人と名乗ったそいつらも斥候か何かかも知れん。もし巨人が機械なら、デッコイの新兵器と言う可能性もありうるのだ。交渉の場を、等と言っているようだが、私としては断固反対だ。絶対に認めんぞ。地位のあるものがのこのこ出向いたところで暗殺でもされてみろ、町を守っている私の責任問題にもなる。町長に話を通すのもダメだ。私の権限で断固拒否する」
リップルは絶望した。
ミヤビに、なんと言えばいいのだろう。
「……失礼します!」
リップルはその場にいる人々の視線から逃げるようにして部屋を出るとネズコフを呼び出し、車を発進させて町を出た。
こちらに向かっているだろう、ミヤビに謝罪するためである。
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