第4話 美少女、大地に立つ
「地球の方、言い争いは美しくありません。何事も美しく、です。それにしても……地球の重力。思ったよりも重いものですね」
長い黒髪を掻き揚げ、話した言葉を聞いてもまだ呆然としている地球の少女達に対してミヤビは言う。
「どうしました?」
だが、リアクションは返ってこない。
「……言葉を忘れてしまったのかしら? 地球の方々?」
「い、いえ、その、あまりにも綺麗な方なので、つい、見とれて」
地球人の顔は二人とも赤くなっていた。
「あらあら」
ミヤビは上品そうに笑う。
「悪い気はしません。あなたも地球人にしてはなかなか美しいですよ。名前を聞いてもよろしいかしら?」
「あ、ありがとうございます! 私、リップルと言います! リップル・G・ガイムルです!」
ミヤビから美しいと言う言葉を引き出した三つ編みの少女、リップルであったが、それもそのはずである。
このリップルは、先月開かれた町のお祭りでの余興、美少女コンテストで見事優勝した少女なのだ。
だがしかし、その町一番の美しさを称えられていたリップルだったが、ミヤビを前にするとその美しさも霞んでしまう。
次元がまるで違うのだ。
リップルはミヤビから目が離せない。
見れば見るほど美しい……染み一つ無い肌。その白さは輝いているようであった。
その白さに映えるのは、艶のある長い黒髪。流れるように繊細で、痛みなどまるで見られない。
鼻は小さく、スッキリとしていて、目は少し細めだが上品だ。
意志の強さを湛え、まっすぐに少女を見据えている。
服は、リップルが今まで見た事が無い服である。
紳士が着る礼装の様でいながら、どことなく親しみやすい、独特かつ魅力的なデザインの服だと感じた。
と、そこへもう一体のDOLL、バニールのヴォーパルが慌てて音声を発した。
外部出力である。
『ミヤビ様! コックピットの外に出るなんて、何て無謀な!』
「バニール! あなただって抗体ナノマシーンは摂取したのでしょう? 大丈夫ですよ!」
『しかし、万が一と言うこともあります! ナノマシーンが対応できない病気があったりしたら』
バニールはそこで言葉を失った。
ミヤビが笑っているのである。
クスクスと。
それがたまらなく美しいのだ。
「バニール! 地球はとっても美しい所ですよ! ああ、帰って来て良かった! なんて美味しい空気! 心地よい風! 柔らかな地面! あなたも降りてみなさいな!」
『私は……』
まごついているバニールから視線を地球人に戻したミヤビは、まだ固まっている地球人達に言った。
「申し遅れました。私はミヤビ。宇宙からやって来ました。私達との交渉のテーブルを用意していただきたく思います。まずはあなたの町の代表者から」
リップルは不思議そうに言葉を返す。
「宇宙?」
ミヤビは上空を指差した。
「空のずっと上ですよ。私達はそこから来ました」
「空……じゃあ、ミヤビ様は。
「空人?」
リップルは語る。
「昔話です。空のずっと上に人が住んでいて、いつの日か地上に帰って来るって言う」
「ふむ。大変興味深いお話ですね」
空人。
いつか地上へ帰る……それは宇宙へ避難した者達のことではないだろうか。
何がどうやって伝わったのだろう。
とにかく、例え御伽噺であろうと、自分達の存在が示唆される内容の話が残っていたのはとても面白いとミヤビは思った。
「そんなお話があるのなら、空人と名乗るのも面白いかもしれませんね。ではリップル。あの自動車、中々のスピードのようですし、先に町へ帰って町の代表者との対話の席を用意してください。地球に帰って来た我々の存在の受け入れを希望していると伝えていただきたいのです。対話はそのための交渉であると。私達はもう一人の案内で後から向かいます。よろしくお願いしますね、リップル」
「は、はい! ……ユルリ、あなた、失礼のないようにご案内するのよ!」
そう言ったリップルの、言葉の先にその少女はいた。
ミヤビらに保護されたもう一人の少女である。
彼女は、怯えながら未だにDOLLの巨大な指の間に隠れていた。
「ユルリ! あなた、ちゃんとご挨拶はしたの?」
「す、すいません」
リップルの叱責におずおずと前に出てきた少女。
そして、そのユルリと呼ばれた少女を見てミヤビは笑った。
そんなミヤビがこぼした笑みをDOLLの瞳越しに知ったバニールだったが、バニールにはミヤビがなぜ笑ったのかが十分に分かった。
地球人には分からなかったが、それは
ユルリと名乗った少女のまるで貧相な体。小さな背。顔にまるで似合わない巨大なメガネ。服も薄汚れていて、土だらけだ。
ぼさぼさのロングヘアーはろくに手入れもしていないのだろう。
まだ子供のようだが、その無頓着な容姿は、あまりにもミヤビ達らの美の観点から大きく外れていたのである。
「……野蛮人め」
「え?」
「いえ、なんでもありません。それよりリップル。あなたには期待していますよ。是非、仲良くしてくださいね。あなたは地球で出会った、私の初めての友人です」
「は、はい。光栄です! ……ネズコフ! あなた、いつまで呆けてるのよ! 早く運転なさい! 一刻も早く町長や皆にミヤビ様のことを教えるのよ!」
思わずこぼれたミヤビの言葉に反応したリップルであったが、ミヤビの上品な笑みにごまかされ、何を言ったのかを良く確かめないまま、車に乗り込んだ。
車は間もなく発進し、町に向かって走り出す。
「さて、ユルリ、と言いましたか?」
「は、はい……」
問いに返したその言葉も自信なさ気である。
ミヤビはユルリから興味を失った。
こんな美しさのかけらも無い少女と行動しなければならないとはと、内心、自嘲すらしていた。
ミヤビがもしこのユルリと宇宙で出会ったのなら、会話もしたくないような相手と鼻で笑うばかりだっただろう。
「また私のDOLLの手に乗せます。ゆっくり歩きますので、案内をよろしくお願いしますね」
と、その時、突然もう一体のDOLLが現れた。
その巨体が一体どこから現れたのか、突然出現したとしか思えない登場だった。
DOLLから元気な少女の声が聞こえて来る。
『ミヤビ様ー! 地球人との接触が上手く言ったようで何よりですー!』
「見ていたのですか? ネーコス」
『ええ! こっそり見ていましたとも! 聞いていましたとも! すぐ近くで美しく隠れていましたとも! しかし私のキャトル、隠密モードが地球では予想以上に働きますよ! 調子良いです!』
キャトルと言うのはこの新手のDOLLの名前らしい。
バニールのヴォーパルやミヤビのDOLLよりも細身で、僅かに前傾姿勢を取っている。
「バニール! 皆を招集なさい! 今日、交渉の場が設けられたのは幸運です! 出来るだけ出席しましょう!」
『了解です!』
それらの全てを見ていたユルリ――地上人の少女だったが、呆気に取られて何も反応が出来ない。
「どうされましたか? ユルリさん?」
「い、いえ、すごいなって。こんな大きな物が動くなんて。実は私、機械とか好きで」
「ふふ、そうですか。でも残念ですが、あなたにはこれを動かすことは出来ないと思いますよ」
「そ、そうなんですか?」
ミヤビは無視した。
「ネーコス! あなたには私の護衛を命じます! バニールは町の座標を送りますので、皆と合流後に向かうように! ユルリ、良いですわね?」
ユルリは頷くしかなかった。
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