第3話 美しき地球
『ミヤビ様。先ほどの場所にあったのは旧世紀の遺跡のようですが、あれでは使い物にはならないでしょう。大部分は地面に埋まっていたようでしたが』
歩く二体の機械巨人――DOLLのコックピットで、ミヤビとバニールと呼ばれた二人の美少女パイロットがそれぞれの通信機器で言葉を交わしている。
音声は外部に出力していないので、地球人に聞こえる心配は無い。
『そうですか。あなたのDOLL、ヴォーパルの情報収集能力なら、と思ったのですが。いえ、こちらも『かわいい
しかし、この地球の美しさの、なんと雄大なことか。
ミヤビは広大な大地を感じて、その大きさに感動せずにはいられなかった。
白の混じった水色の空には天井も、壁も無い。
それに何よりも緑の木々である。
木材など、宇宙では超高級品で、ミヤビは目撃したことはあれど、触れたことなど一度も無いのだ。
それに、降下時に見えたあの青く広いものは海と言った巨大な水たまりだろう。
早くコックピットを降りてみたいものだと、ミヤビは想い描く。
ああ、あれが全て水だったのだとしたら、飛び込んだらどんな気分なのだろう。
とは言え、今はやるべきことをやらなくてはならない。
ミヤビは音声の外部出力のチャンネルを開き、言葉を発した。
『地球の方。まだこの方角で良いのですか? 町への方角は?』
「う、うわぁぁぁ! また喋った!」
どうやら、まだDOLLそのものが言葉を発していると思っているらしい。
『落ち着きなさい。方角はこのままで良いのですか?』
「は、はい」
手の上の少女の答えに、ミヤビは満足する。
だがその時であった。
『ミヤビ様! 前方、数キロ先に熱源反応!』
『なんですって? 美しいの?』
『いえ、感知したことの無い反応です! もっと良く聴いてみます!』
バニールの搭乗しているDOLL、ヴォーパルは特殊な改造の施してある機械である。
最先端の各種センサーを搭載しており、諜報能力に長けている機体なのだ。
特筆すべきは音の収集能力である。
宇宙では伝説的動物となっている『ウサギ』が持っていたという長い耳を模した超次元聴覚センサー搭載型の特殊収音装置は、物体に遮られていなければ指定した範囲の音源、例えば、数キロ先の針が落ちた音のみを選別して拾うことも可能としているのだ。
もちろん、通常通りの収音機能も充実している。
そのヴォーパルの聴覚センサーが、パイロットであるバニールが今まで聞いたことの無い音を、彼女に伝えているのである。
『高速で接近中です! これは、DOLLでしょうか? 足音とは違うようですが、良く分かりません!』
『まさか、地球人の機械かしら?』
ミヤビは先ほど空を飛んでいた不可思議な物体を思い出す。
あれは、ミヤビが過去の文献で見た『飛行機』と呼ばれていたものでは無かったかと。
羽ばたかず、何やら回転している推進装置で空を飛ぶ様は、地球に住むと聞かされていた『鳥』ではなく、空を飛ぶ機械に見えたのだ。
その機械はミュータントとDOLLの戦闘を上空で観察したかのように飛ぶと、地平の彼方へ向けて飛び去った。
自分達の宇宙船とは違った原理で空を飛んでいたようだが、そのスピードは中々のもののようだったとミヤビは思う。
(しかし、今来ると言う機械。空を飛ぶ機械とは違うようね)
ミヤビは自然と笑った。
(まったく、地球は面白い。想定した物以上のことが次々と)
全く、見たことも聞いたことも無い出来事の連続である。
だが、未知の体験がこうも連続して現れては、興味よりも畏怖の感情を生み出すことがある。
今のバニールがそうであった。
『み、ミヤビ様? 何で笑うんです?』
『ふふ、バニール。わくわくしませんか?』
『私、わくわくって言うよりか、怖いです』
『落ち着きなさい』
ミヤビは冷静に言った。
『動揺してはDOLLも怯えましょう? 安心しなさい。あなたとあなたのDOLLの美しさは私が保証します。何があってもきっと切り抜けられるはず。今はしっかりと耳を澄ませなさい』
『は、はい!』
『とは言え、心配するのも分かります。念のため、母船と他の機体にも連絡をしておきますか。ふむ。一番近くにいるのはネーコスですね。彼女とあなたなら何が起ころうと美しく対処出来るはずです』
壁面より伸びた小型ディスプレイを操作するミヤビ。
そして目視。前方からやって来たのは箱型の物体である。
あれがバニールの言う熱源反応なのだろうか。
『……なんですか? あれは?』
ミヤビはそれを観察する。
まだ遠いので良くは分からないが、何やら四角い箱状の物が地面の上を這っている様だった。
それも高速で移動している。
『小惑星の探査機に似ていますね。キャタピラ? いえ、もっと原始的な。車輪ですか、あの推進装置は?』
『ミヤビ様。何やら、手の上の地球人が騒いでます。何かを伝えようとしているように見えます。あの物体について何か知ってるのでしょうか?』
見ればミヤビのDOLLの上で、保護した二人の少女の内、三つ編みの髪型をした少女の方が声を上げているようだ。
ミヤビはその少女に注目し、言った。
『地球の方。あれはなんですか?』
「車です! きっと私を迎えに来たんだわ!」
しかし、見る見るうちに接近したその箱は、DOLLと距離を持って停止した。
そして箱から出てきたのは一人の青年である。
「リップルお嬢様! そんなところで何やってんです?」
その声は男のようであった。
(男?)
ミヤビは意味ありげに笑む。
と、手の上の地上人がDOLLに向かって言った。
「あの! 降ろしてください! 顔見知りです! 説明しますから!」
『……良いでしょう』
ミヤビのDOLLは、三つ編みの少女を乗せていた手を地面に下ろした。
すぐさま飛び降りて、その三つ編みが暴れまわるほどの勢いで駆け出す少女。
「ネズコフ! この役立たず! 何をしているかですって? 私達を置いて逃げ出したあなたを殺しに来たのよ!」
「そ、そんな! こうして戻って来たでしょう?」
「どうせ周囲への言い訳のために、私達の遺品でも探しに来たんでしょう! 絶対に許しません! この事はきちんとお父様に報告しますから!」
「し、しかし、あんな場所でいきなりミュータントが出たんです! 大型だったし……俺だって死にたくありません! だったら逃げ出したくもなるでしょう? それに今だって手の上にいるお嬢様方に気づいてこうして近づいてきたんですよ?」
「だから何! この巨人達がいなかったら、私もユルリも食べられて、ミュータントのウンコになってたのよ! 本当なら死んでたの! あなたのせいでね!」
言い争う声は止みそうに無い。
と、ミヤビのDOLLが動き出した。
方膝に地面を設置した跪く体制である。
「お、お嬢様? そう言えばあの巨人は何なんです?」
「だから言ってるでしょう! 私達を助けるためにミュータントと戦ってくれた巨人です! 良い巨人なんです! それよりあなたは自分の心配でもしなさい! 絶対に許さないんだから!」
再度繰り広げられた騒がしさの中、DOLLの下腹部――コックピットのハッチが開いた。
何事かと驚愕した地球人の二人は思わず息を飲み、次にはあっけに取られて言い争いを忘れてしまう。
中から現れたのは、煌々と光り輝くような美しさを纏った、絶世の美少女だったのである。
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