第2話 DOLLの出撃

 地球。


 大破壊より千年の時を経た今、地球の文明は復興の兆しを見せていた。

 人類は生き残っていたのである。


 とは言え、各地で眠る廃墟と化した数多くの遺跡。

 そして『ミュータント』と呼称された巨大生物群が、旧世紀のそれとは全く異なる自然体系を作り上げていると言う、以前とは異なる在り様を示す魔の惑星と化していた。

 だが、そうした厳しさの中でも人々は火を使い、家を建て、電気を利用することを思い出し、ついには石油や石炭など、化石燃料を利用するまでに復興したのである。


 しかし、争い続けるさがを持った人類は、戦うための武器を持たずにはいられない哀れな生き物であった。


 今、太陽の下を一機の戦闘機が飛んでいく。


 翼で風を切り、エンジン音とプロペラの音を響かせ、全速力で飛行しているのだ。

 そうして飛行機雲が尾を引き、白い線を残した青い空の下。

 地下に埋没した旧世紀の遺跡が地面に露出しているその場所で、高さにして10メートルはあろう巨人が、ほぼ同サイズの獣と対峙していた。


 その巨大な体躯に相応しい大きさの剣を構えたまま、獣との距離をじりじりと詰める。

 巨人は、先ほど地球に降り立った少女が操縦する、巨大な人型兵器――機械である。

 そして、そのコックピットは人間で言う下腹部に位置していた。


「これがミュータント……! 地球にはまだ負の遺産が残されていると言うわけですか。それにしても、降りて早々、重力下でDOLLの実戦をすることになろうとは」


 パイロットの美少女はコックピットの中で微笑む。

 大気圏突入と言う苦難を乗り越えた先にあったこの戦闘を、宇宙から帰って来たばかりの自分達への挑戦と受け取っているのだろう。


「しかし、この程度の苦難。乗り越えなくてはいけませんね」


 長い濡羽色の黒髪がさらりと揺れて、薄めの唇から甘い吐息がこぼれた。

 服は、大破壊よりもさらに昔、古き時代のとある国で覇権を握っていたと言うジョシコウセイと呼ばれていた者達の民族衣装を再現し、彼女の美的センスでアレンジした専用の戦闘服である。


 そして、コックピットと言えば聞こえは良いが、そこには椅子も無い。

 あるのは、大きな円形の床と、それを照らすスポットライト。

 まるで小さなステージのような空間であった。

 彼女はそこで、まるでマイクスタンドのような形の操縦桿そうじゅうかんを持って佇んでいるのだ。


せてあげます。私の魅了力みりょうりょくを」


 少女はグッと腰を落としてしなを作ると、そのたわわな胸を強調して、視線をコックピットに据え付けてあるカメラの一つへと向けた。

 悩殺のポージングである。

 すぐさまスポットライトが、その艶やかな身体からだの曲線美を様々な色の光で彩り始めた。

 それに感応するかのごとく、DOLLの全身にエネルギーが行き渡り始め、その手に持った剣が光を纏い始める。


「ふふ、良い子ね。たぎっているのが分かるわ……でも、まだ慌てちゃダメ」


 少女は唇に細指を当てると、カメラに向かって妖しげに笑んだ。

 もちろん、これらの行為には全て理由がある。


 DOLLは、視覚や聴覚など様々な感覚を持つ特殊な生体ユニットを積んでおり、それらを美的に刺激することによって生み出される超自然的エネルギーを動力に変換する『魅了力エンジン』で動いているのだ。

 そして、生体ユニットが認識するパイロットが美しければ美しいほど、そのエネルギーは爆発的に生産され、DOLLの機体性能はその真価を発揮する。

 パイロットの外見的美しさは、DOLLの性能そのものに直結する重大なファクターなのである。


 とは言え、パイロットがポージングするだけでは操縦することは出来ない。

 DOLLはコックピットのステージに立つ美しきパイロットの脳波とリンクして、始めて自由自在に動き回れるのだ。


 そして、今。

 突如として間合いを詰めた巨大な怪物、ミュータントの凶悪な爪がDOLLに迫った。

 突撃である。


「……! 来ますか! ミュータント!」


 パイロットである美少女は、瞬間的に自分の右足を前に出すと、舞った。

 優雅に、それでいて可憐に。顔は妖しく、それでいて上品さは失わずに、艶やかだった。


 スポットライトが彼女を美しく魅せようと踊り出す。


 それらのパフォーマンスの最中でも、美少女は脳波によって繋がっているロボットの目――我が物のように見ることの出来るDOLLの視覚で、迫り来るミュータントの姿を認識し、意識はDOLLの全神経機器とシンクロしていた。

 パイロットの肉体、そして脳波で繋がっているDOLLの機体。

 美少女の意識はDOLLの全身を巡り、彼女の美しさに反応して強靭な脚力を発揮したDOLLは怪物の攻撃を難なくかわして剣を構え直す。


 この間、僅か数秒。

 生体ユニットへの美的パフォーマンスと、機械の脳波コントロールの全てを同時にこなして

 これが魅了力エンジンを搭載したロボット、DOLLの操縦なのだ。

 だが、見事にDOLLを操作して爪をかわした美少女であったが、その表情は少し不満気になっている。


「宇宙での模擬線でもわかっていたけれど……! 実際の距離は遠く離れているのに錯覚してしまうものね。どうしても慣れない」


 錯覚。スケールの違いによる距離の認識違いである。

 DOLLは巨体であり、当然、人間であるパイロットのそれとは異なる大きさであるが、脳波でリンクされているパイロットは、その巨大な体を人間サイズの脳で動かさなければならない。

 パイロットは自分を美しく魅せながら、DOLLの手を自分の手を動かすのと変わらない感覚で動かし、DOLLの目で見た光景は自分の目で見たかのように脳へ送られる。

 そのため、パイロットが自分の感覚で数十センチ程と認識して避けたとしても、実際には数メートルも距離が離れていると言った場合があり、全く無駄な動きをしてしまう事があるのだ。


「もう少し美しくやってせたいわね。でも、もう良いわ。バニール! そろそろ手を貸しなさい!」

『はい! ミヤビ様! このバニール、華麗に加勢いたします!』


 通信機の交信。

 何処に隠れていたのか、新たな巨人が走ってきた。

 頭部にウサギのような長い耳を持つ巨人である。手にはミヤビのDOLLの持つ片手剣とは違う、大きな両手剣を装備していた。


『コンビネーションで攻めるわよ!』

『はい! お姉さま!』


 哀れ。

 怪物はひるんだ隙に腹部にウサギ耳の剣を受け、次には顔面を叩き割られていた。

 絶命である。

 怪物は断末魔の声も上げずに、地面に倒れ込んだ。


『大変美しいお手際! お見事です、ミヤビ様!』

『ふふ、バニール。あなたのフォローゆえの美しさです。どうもありがとう』


 通信機を通して笑い合う二人。

 そして、眼下。物陰で怯える二人の地球人に気づき、ミヤビと呼ばれた美少女が外部出力の音声で語りかけた。


『地球の人、大丈夫ですか? 怪我はありませんか?』

「は、ははは、はい!」

『無事、助けられたようで良かった。あのような醜き怪物に人が食べられるなんて美しくありませんからね』


 そう、今の戦いはミュータントンに襲われてあわや捕食寸前となっていたこの地球人の二人を助けるためだったのだ。

 地球人は、服装と髪型から見れば、二人とも女の子だろう。

 一人は上等な生地のワンピースを着た少女で、髪型は三つ編みだ。

 遠目から見ても若々しい外見をしている。

 もう一人は薄汚れたスカートにTシャツを着て、眼鏡の少女だ。

 髪はぼさぼさのロングヘア―で、くしを通したことも無さそうだ。


(美しさに差がありますね。三つ編みの方は上流階級ですか? 眼鏡の方は小間使いか何か? いえ、今はどうでも良いですね、そんなことは)


 美少女の、助けられて良かったと言う今の言葉に嘘は無い。

 今の地球に住む人間は、宇宙から降りて来た美少女たちにとって、いずれ接触しなければならない人々であるのだ。

 これ幸いにと、美少女は怯える地球の少女達に語り掛けた。


『安全なところまで送りましょう。住んでいる町の場所を教えてください。あなた達にも家はあるのでしょう?』

「あ、あります!」


 地球人――三つ編みの少女がそう答えた。

 もう一人、眼鏡の少女は口をパクパクと開けて三つ編みの少女にしがみついていたが、何も喋れないようだ。

 まるで巨人が喋っていると錯覚でもしているのだろう。

 どちらにせよ、この少女二人は極度の緊張状態にあるようだった。


『案内して頂けないかしら? 手に乗せてあげますね。どちらの方角になりますか?』


 持ち上げられ、巨人の手に乗せられた地球人の少女達は降りることも出来ずに、ただただ怯えながらおずおずと方角を指し示す。

 こうして二体のDOLLは、救出した地球人の案内で町を目指すことになったのであった。

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