第2章 右手に剣を 左手には花束を
第10話 一夜明けて
リップルとユルリが目覚めたのは、夜明けとほぼ同時だった。
「お嬢様、無事ですか?」
「……朝?」
ネズコフの声で目を覚ました二人は、ほとんど何も覚えていない。
いや、突然爆発が起き、分けもわからないまま車の中に二人で隠れたのは覚えている。
そして、再度の爆発で車が横転し、そこで気を失ったのだ。
だがしかし、車は横転した形跡――割れた窓ガラスや歪んだ外面などを見る限りは認められたものの、なぜか元の位置に戻っている。
そして、何よりも不思議だと思ったのは、傷の手当の形跡であった。
「何、これ?」
不思議な手当てだった。
何やらシートが張られていて、その周辺の皮膚が、まるで張り換わったかのように美しく輝いているのだ。
とは言え、張られている場所以外の傷は酷く痛み、自分たちはやはり、ただ事ではないことに巻き込まれたのだと言うことが理解できていた。
「リップルお嬢様、これ、もしかして」
「そうね、ユルリ。私もミヤビ様達だと思う。美しいもん」
DOLLなら横転した車も元に戻せよう。彼女達ならば、この不思議な治療にも納得できる。
とは言え、彼女達はいったいどこに行ってしまったのだろうか。
車外から再び声がかかる。
「お嬢様、ユルリも。一度町に帰りましょう。今、車、動くか見てるんで、ちょっと待っててください」
「ネズコフ、あなた、何があったか分かるの?」
リップルの問いに、ネズコフは答えた。
「いえ、俺も良くわかんないんですよ。昨日はお嬢様に言われたとおり町まで歩いてましたよ。でも、戦車と空人様とが戦い始めたみたいで。爆発がお嬢様方の方で何度も起きてたんです。それ以外は、俺にはなんとも」
「戦車?」
「キャメールですよ、多分。で、俺じゃ、とてもじゃないけどあんな爆発が起きたりなんだりの場所には近づけません。そしたら、空をすごい光が走って。……信じられますか? 夜なのに、昼みたいになったんですよ。で、光はヴィルボリーの方に向かって行って、町が赤くなってました。俺は町に戻ることも出来ずにそれをただ見ていましたが、じっとしていることも出来なかったんで、とりあえずここに戻って来たって分けです。もちろん、お嬢様が心配だったもんで」
ご機嫌取りのように言うネズコフだったが、町に帰れなかったと言うのは怖かったからなのだろう。
その表情からそれは透けて見えていた。
「そんなわけで、お嬢様が無事で俺は嬉しいですよ。ついでにユルリもな。じゃあ、帰りましょう。エンジンかけてみますね。多分いけます。出しますよ!」
そうして車は町への帰路に着いた。
車の振動。疲れ果ててしまっている三人は口数も少なく、リップルなどはウトウトと眠りこけていた。
それでも途中、残骸と化した戦車や、地面に出来た爆発の形跡の横を通り、一同はとんでもない事が起きたのだと言う事を理解しつつある。
「なんで、こんなことに? 何があったの?」
ユルリは戦いの痕を見ながらそう呟いたが、それが分かるものなどいない。
ただただ、昨晩に仲良くなった人々の安否を思うだけである。
「……戦車と巨人、戦ったんだ。ネーコスさん、大丈夫だったかな?」
「きっと大丈夫よ。ミヤビ様も一緒にいたんだろうし」
町に入ると、さらに、三人の想像以上の光景が広がっていた。
各地で残骸と化した建築物。
大通りで家族の名を呼びながら探し回る人々。
黒焦げとなった場所も見受けられ、大火事が発生したのは容易に想像できた。
すでに鎮火しているようだが、それでも、被害は甚大のようである。
「こんなの、酷すぎる。どうして? 誰がやったの? 何が起きたの?」
だが、分からない。
何が起きたのかが、どうしても理解できない。
何か良くないことが起きた、分かるのはただのそれだけだった。
「お嬢様、お屋敷は無事みたいです」
「良かった。じゃあ、お父様も無事なのよね?」
「きっとそうですよ」
車が屋敷に到着すると、すぐさまリップルは車外に出た。
話題に挙げたばかりの人物、ガイムル家の家長、トレント・ガイムルがその場にいたからである。
「お父様!」
「リップル、無事だったか!」
親子は再会し、お互いの生存に対しての幸運を喜んだ。
「リップル、昨日の空人の話を聞かせてくれないか? 今から、緊急で開かれている会議にお前も来て欲しい。ユルリとネズコフも空人と名乗った人々と会ったのだね? 君達も来てくれ」
「会議?」
「町を攻撃した者達への対応についてだ。君達の意見が聞きたい」
会議。
屋敷に入ることもせずに、一同はそのままトレントと共に役場の会議場へ向かった。
正直、三人はくたくたに疲れきっていた。夜通し歩いていたネズコフなどは、もう、一歩も歩きたくなかったとすら思っている。
それでも、トレントは三人から情報を聞き出そうと質問を投げかけていた。
「リップル。空人と名乗った連中だが」
「昨日は、話も聞いてくれなかったのに」
「……急に信じられる話ではなかったのは、お前にも分かるだろう?」
「でも、本当だったんだから」
「そのように思えるよ。もっと早くに話を聞くべきだった」
会議は役所の、一室ですでに行われていた。
到着と同時に町長――モノルド・モリナガの話が聞こえてきたので、四人は部屋の入り口でその言葉を聞きながら立ち止まる。
「しかしです。それが、その、デッコイからも非難声明が出されているのですよ。国境を越えて侵入した巨大な人型の機械に対して、厳重な抗議をすると。外交担当者は、こちらも同様の機械に攻撃されたと返答したそうなのですが」
そこでトレントらの出現に会議室の人々が気づいた。
「ガイムル君、遅いぞ」
「すみません。屋敷で働く者たちと共に町の救援に出向いていたもので、連絡を受け取るのが遅れました」
言い訳がましくもある。
が、トレント・ガイムルの普段から行っている善行や、町に対しての貢献度の高さがそれを納得させた。
「いや、良い。かけたまえ。そちらのお嬢様方は?」
トレントは紹介する。
「娘のリップルと、屋敷で働いているユルリとネズコフです。ユルリは娘の世話係兼、運転手見習い。私の遠縁でもありますネズコフは運転手兼、車の整備士をしております」
「ほう、それで?」
「娘達の話を聞いてください。昨晩、攻撃してきた者たちに心当たりがあると。何でも、空人と名乗る者たちと接触したと言うのです。巨人を操り、見たこともないようなテクノロジーを見せていたらしいのです」
「空人? 何を言っているのかね?」
「リップル、話せるか?」
町長は眉をしかめる。
とは言え、信じられない光景は昨晩に見ていた。
今はなんにしても情報が欲しい。
「あの……トレント・H・ガイムルの娘、リップル・G・ガイムルです。昨日のことです。遺跡の調査をしたくて、機械に詳しい二人についてもらって、町の西にある廃墟地帯に行っていたんです。その時、大型ミュータントに襲われて、食べられてしまうところでした。その時、空人を名乗る人たちに助けてもらったんです。あの方達は、剣を持つ巨人を操って大型ミュータントを倒しました」
「剣を持つ巨人?」
「はい。機械のように思います。その後、巨人の手に乗せてもらって、町に向かっていたのですが、私は途中でネズコフの運転する車に乗って先に町に戻ったんです。会談の場を求めているので用意して欲しいと言っていたので、それを伝えるために」
会議室の一同は一言漏らさずにそれを聞いたが、内容はほとんど信じられなかった。
町長が言う。
「私の耳には入ってませんね。それにしても会談の場ですか。結果として、その相手から町は攻撃されたのですが、それはどういう事ですか?」
「わ、私にはわかりません」
「分からない? 町は大変な被害にさらされました。死傷者の数もまだ把握できていない。あなた達が攻撃者を町に呼び込んだというのなら、これは大変なことではないですか?」
モノルド町長は言ってから言い過ぎたのが分かった。
「私は」
リップルは涙をボロボロとこぼす。
「わ、分かりません。本当に、何が起きたのか分からないんです。攻撃者だなんて、信じられない。良い人達に見えたんです。私のことを、友達だと」
「いえ、言い過ぎました。リップルさん、問題は彼らが何処から来たか、何をしに来たのか、です。何か聞いていませんか?」
「宇宙から来たと言っていました。空よりもずっと上にあって、存在を受け入れて欲しいと」
「空よりも? ああ、それで空人ですか」
到底信じられる話ではない。
だがしかし、信じられないような話はすでに現実となっている。
巨人によって、最新鋭の戦車が敗北し、町は強烈な光で焼かれたのだ。
モノルド町長は答えに困り、言葉の行き先を変えた。
「キャメールの方、今の話をどう思いますか?」
会議には軍人も出席している。
あのロムッヒ大佐もその一人であった。
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