第5話

 というわけで、俺たちは桃子が住んでいるマンションに向かうことになった。俺のマンションに戻ることを考えると少し遠回りになるが、まあ、そんなことを言っている場合でもあるまい。

 護衛の意味合いだろうか、先頭は桃子、次に俺、しんがりはシュワちゃんが務めた。しかし二人共、護衛らしい素振りは特に見られず、俺たちは完全に、深夜徘徊をする怪しい高校生三人組になってしまっている。


「聞いてくださいよ先輩、酷いんですよ、アイツ!」


 桃子は歩きながら、左手の親指を思いっきり立てて後ろを指した。ちょうどそこにはシュワちゃんがいて、首を傾げている。


「何か気に障るようなことをしたかい、モモちゃん?」

「だって私が頑張って怪物をとっちめたって、おいしいところはぜーんぶあんたが持ってっちゃうじゃない! バキューン! って止めを刺して!」

「それは仕方ないよ、モモちゃん。僕と君とでは、与えられた能力が違う」

「う……。でも、でもでも、やっぱり最後だけ取っていくのはずるい!」

「いやだからそれは」


 俺はあからさまにため息をつき、


「なあ、じゃあ一番戦闘で役に立たない俺の立場はどうなるんだ?」

「え? 先輩も戦いたいんですか?」

 

 桃子が目を丸くして振り返る。


「ん、そ、そう訊かれると……」


 俺は返答に窮した。今の問いかけは、ズバリ俺の迷いを象徴しているように思えたのだ。

 

 俺の迷い。それは、一言でいえば自分の存在意義を見出したいということだった。勉学は人並み、運動は中の上。平凡極まりない。しかも、両親は長期海外出張で不在。

 子供じみた考えだろうが、俺は誰かに認められる『何か』を模索していた。他人に自慢できる『何か』を。

 いじめには遭わなかった。かといって友達もいない。適当に可でも不可でもない役職を押しつけられて、それを淡々とこなす。そんな自分を変えたいと、心のどこかでは思っていたのだろう。そのきっかけが、『戦い』の中にあるのではないか。


 早い話、冒険がしたかったのだ。

 そしてその鍵は、今俺の前後を歩いている二人が握っていると言っても過言ではない。

 いつの間にか、『無難に生活を送りたい』という気持ちが揺らぎ始めていた。


「先輩? 滝川せんぱーい」

「ん? あ、おう」

「着きましたよ、私のマンション」


 気づけば、俺はあるマンションを前にぼんやりと佇んでいた。回転式の扉があり、その向こうのメインエントランスに桃子とシュワちゃんが立っていた。

 随分高級なお宅ですこと……。俺のマンションとどっこいだ。

 俺が一歩足を踏み入れると、僅かに出力調整された温風が流れてきた。


「なあ、お前の家って、今からお邪魔しても大丈夫なのか?」

「あっ、ええ。私、家族と同居はしてませんから」


 その時、ふと桃子の瞳に暗い影がよぎったように見えた。気のせい、だろうか?


「それより、早く情報提供の手続きをした方がいいんじゃないかい? あんまり遅くなると滝川くんも困るだろうし」

「あ、いやあ、うちも一人暮らしだから」


 俺がやんわりとシュワちゃんの好意を遮ると、


「そっ、か」


 と桃子が呟いた。シュワちゃんは何とも言えない顔つきで、俺とモモを見比べている。


「まあ、皆問題がないなら行きましょう。三〇二号室です」

「りょーかい」


 シュワちゃんは勝手知ったる様子でエレベーターを呼び、俺と桃子を待っている。


「ささ、先輩もどうぞ」


 促されるまま、俺もエレベーターに乗り込んだ。 


         ※


 桃子の自宅は3LDKの、とても学生一人の身分で扱いきれる広さではないと思われた。

 一旦リビングに通された俺とシュワちゃんは、そこに適当に荷物を置き、何とはなしに奥の部屋に引っ込んだ桃子を待った。リビングにあるのは、カーペットと四角いテーブル、小ぶりな薄型テレビだけ。

 右隣には襖があり、羽虫の飛行音を重苦しくしたような低い音が聞こえてくる。何かあるのか? 俺の『冒険』と関わりがあるのか?

 そうやって俺が部屋を観察し、考えていると、


「何か観るかい? ニュースでも」

「……」

「滝川くん?」

「え? あ、ああ、別にいいだろ」


 俺が考え込んでいることを察してくれたのか、それ以上シュワちゃんは声をかけてはこなかった。するとちょうど、桃子がバスルームから戻ってきた。


「お待たせ」


 中学校の制服は泥だらけで、ところどころ破れている。


「桃子、フィックスで直してやろうか?」

「いえ。それより早く電子の部屋に行きましょう」


 え? 同棲相手がいるのか!? 『電子』って、さっき話題に出てきた奴だが……?

 俺とシュワちゃんは立ち上がり、桃子に連れられて入り口右側の襖に向かった。


「電子、入るよー?」


 襖をノックする桃子。反応はない。


「ま、いいや。先輩もシューターも、さっさと入ってください」


 襖が勢いよく引かれ、勢いよく開く。すると、


「ほわあ!」


 桃子が慌てて身を引いた。

 熱風が、凄まじい勢いでこちらに流れ込んできたのだ。一体この襖の向こうで何が起きているのだろうか。


 俺はそっと、僅かな隙間から顔を覗かせた。すると途端に、熱風とともに光の奔流が目に飛び込んできた。

 部屋は基本、真っ暗だ。しかし、あちこちで小さなランプが輝き、点滅を繰り返している。

 そうか。この熱風は、電子機器による発熱なのだ。視線をあちこちに遣ってみると、俺は精密機械の森の中に、一人の人影を認めた。


「ん?」


 幼い女の子と思われる人影が、回転椅子に座り込み、複数のスクリーンと向き合っている。指は、左腕と右腕、それぞれ別々のキーボードを叩いている。とんでもない速さだ。

 これ以上桃子に急かされるのも癪だったので、俺は思い切って襖の向こうに踏み込んだ。すると、


「むっ! 何奴!」


 女の子が振り返った。中肉中背で、やはりまだ幼い。髪は金髪のツインテール。

 目にはスノーゴーグルのような、七色に光を反射する眼鏡をかけている。首から下は忍者のような和装束を纏っていた。

 彼女は警戒心丸出しでその場で飛び跳ね、部屋の奥にあったベッドの上に着地した。


「拙者の庵に何用じゃ!」


 言うが早いか、女の子――ああ、こいつが電子なんだな――は何かを投擲してきた。


「うっ!?」


 俺は一瞬怯んだが、何のことはない、プラスチック製のおもちゃの手裏剣だった。ドアに刺さることもなく、ぺたんと落っこちる。


「くっ! 拙者の必殺手裏剣、ウルトラトルネード・マーク6をかわすとは! 只者ではあるまい!!」


 それが忍者の技名かよ。何だか、とんでもなく面倒くさい展開に巻き込まれているぞ。すると、桃子がパチンパチンと手を鳴らした。


「はいはい、そこまで」


 ずかずかと踏み込む。


「これはモモ嬢! たった今怪しげな男がそこに!」


 いや、現在進行形でいるんですけど。


「この人は滝川竜介先輩。フィクサーなの。さっきあんたが調べてくれたんじゃない」

「……あ?」


 電子は木刀を構えようとして取り落とし、


「おお、お主が滝川竜介殿でいらっしゃったか!」


 掌を返したように、ただしテンションはそのままで、ベッドから下りてこちらに近づいてきた。

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