文芸部の甘~い?恋バナ

無月弟(無月蒼)

文芸部の甘~い?恋バナ

「田村君、これを見て」

 そう言って大森部長はパソコンを見せる。

 僕等文芸部は四人という少数で活動しているけど、何かする時は大抵部長の一言から始まる。けどパソコンを見ようにも、部長が眼前に顔を突き出していて見る事が出来ない。

「先輩、顔近いです」

「あ、ごめん」

 大森部長は僕を男として見てないのか、時々距離感が女子に対するそれになる事があるから困る。歳が二つ離れているせいだろうか?同じく男子部員で二年の水野先輩にはそうでもないのに。

気を取り直してパソコンを見る。画面に表示されていたのは小説投稿のサイト、そして。

「短編恋愛小説コンテスト。何ですかこれ?」

 そこにあったのはコンテストの告知だった。短編恋愛小説を募集して、それを審査員やユーザーが評価し、評価が高かった作品は本になって出版されるという内容だった。

「というわけで、皆でこれに応募してみよう」

 いやいや、何がというわけなのだろうか?「部長、皆でってことは私達も書かなきゃいけないってことですよね」

 横で話を聞いていた有田先輩が尋ねてくる。

「そうだよ。皆で書いたら一つくらい本に載るかもしれないじゃない。うちの部員が書いた話が本になるだなんて名誉じゃない」

 そんな簡単なものではないだろうに。僕と有田先輩はそろって嘆息する。

「諦めろ。部長が言いだした事を俺達が止められた事があったか」

 水野先輩はとっくに諦めているらしい。

「そうは言いっても、恋愛小説ですよね。ちょっと難しいかも」

「まあ、確かにな」

 僕等は今まで何度か小説は書いたことがあったけど、恋愛小説は書いたことが無かった。その理由は単純、僕等文芸部員は恋愛経験がほとんどゼロだったからだ。恋愛経験が乏しくても描けない事は無いかもしれないけど、マイナス要素であることは確かだろう。

「恋愛小説って言っても色々ありますからね。片思いの話もあれば遠距離恋愛の話もありますし。部長は何を書くつもりなんですか?」

 発案者なのだから当然何か案があるのだろう。だけど大森部長は口をつぐんだ。

「まさか、案が無いとか言いませんよね」

「そ、そんなこと無いよ。沢山あり過ぎて困ってるだけだよ」

 おそらくそれは半分本当で半分嘘だろう。大森部長はこれでも無類の本好きで、恋愛小説も星の数ほど読んでいる。アイディアは豊富にあるだろう。だけどそのアイディアをまとめるのが苦手なのだ。有田先輩や水野先輩も同じことを考えているようで、冷めた目で部長を見る。

「そんな目で見ないでよ!そうだよ、案なんてないよ!私なんて読むだけの人だよ」

 僕等の視線に耐えきれなくなってうとう白状した。部長、前に小説書いた時も時間かかってたからなあ。しかも内容もクセが強すぎると水野先輩に言われてたっけ。

(僕は結構好きなんだけどな)

 そんな事を思っていると有田先輩が言った。

「アイディアが無いならすぐには書けませんね。よく考えもせずに書いて駄作を作りたくはないでしょ」

「それはそうだけど……」

とりあえず今日はどんな話を書くか考えてみよう。その方向で話がまとまりかけたけど、大森部長が閃いたように言った。

「そうだ、皆で恋バナでもしてみない」

「恋バナ?」

「そう。話しているうちに何か良いアイディアが浮かぶかもしれないよ」

 そうは言うけど、僕等は恋愛経験が乏しい。いや、全く無いわけじゃないんだけどね。僕も、あとたぶん有田先輩も。

「何か恋バナしてよ有田さん。気になる片思いの相手の話で良いから」

「なっ?そんな人いませんよ!」

 有田先輩は頬を赤くしながら水野先輩の事を気にしている。多分そう言う事なのだろう。

「部長、有田が困ってるんで、そのへんでやめといて下さい」

 水野先輩の助け舟で解放される有田先輩。

「……ありがとう」

「いいよ。それより、部長こそ何か恋バナは無いんですか?」

「私に恋愛系のネタがあると思う?今まで本ばっかり呼んで来た女だよ」

「そうですね。聞いた俺がバカでした」

「そう言う水野君はどうなの?」

「俺ですか?」

 水野先輩は考え込み、有田先輩が祈るような目でそれを見る。「無いですね。ネタにできるような事は」

 それはつまり、ネタにできないようなことならあるという事だろうか。水野先輩は見た目も面倒見も良いからモテそうだし。

「じゃあ最後、田村君!」

「えっ?」

 つい油断していた。指名された僕は言葉に詰まってしまう。部長は期待のこもった目で僕を見ている。

「何か無い?甘い初恋とか気になる人とか」

「そんなの無いですよ。先輩だって知っているでしょう。僕も部長と同じく本の虫だってことを。恋愛なんてする暇ありませんよ」

「ええー、無いのー?」

「まあ、全く無いわけじゃ無いですけど…」

「本当?」

 さっきまでとは打って変わって表情が明るくなる。大森部長だけでなく有田先輩まで身を乗り出して僕の話を聞こうとしている。今までロクな恋バナ無かったからなあ。

「いや、本当に大した話じゃないですから、聞いても面白いかどうか」

「そんなの聞いてみないと分からないよ」

「聞かせて。大丈夫、笑ったりしないから」

 いや、できれば話したくはないんだけど。だけど恋バナという甘い餌を前にした女子2人の勢いは止まらない。水野先輩に助けを求めようとしたけど、現実は無常だ。

「諦めろ」言葉をかけられる。こうなっては腹をくくるしかない。僕は人生で唯一の恋の話を語り始めた。


 小さい頃から本が好きだった。字が読めるようになってからは保育園にある絵本を全て読み、誕生日やクリスマスプレゼントにも本をねだっていた。

 小学校に上がってからは図書室に通うようになった。大量に並んだ本の一つ一つが宝石の方に輝いて見え、そこに住みたいとさえ思ったほどだ。

 だけど一人でひたすらに本を読む僕の姿は、周りの人には良く映らなかったようだ。

「お前、いつも本ばかり読んでて変な奴だな」

 何度そう言われただろうか。だけどそう言われても、僕は本を読むのが好きなのだから仕方がない。逆になんでみんなが興味を持たないかが不思議だった。

しだいに話す人が少なくなっていき、気がつけばまたいつも一人で本を読んでいた。

 それからどれくらい時が流れただろう。相変わらず本を読んでばかりの僕は、この頃には最低一日一冊は本を読まないと落ち着かないという活字中毒になっていた。

 暖かな春の日の昼休み、今日どの本を読むかはもう決めていた。昨日借りた小説の同シリーズで、最近僕はこの作者にハマっていた。

 今日は金曜だから、沢山借りて行って休み中は家で堪能しよう。七、八冊手に取ったところで、伸ばしていた手が別の手に触れた。

「あ、ごめん」

 同じように本棚に手を伸ばしていたのは、僕と同じくらいの背丈の女子。互いに慌てて手を引っ込める。

「どうぞ」

 そう言って彼女に譲った。本は好きだけど、譲り合い精神が無いわけじゃない。彼女は嬉しそうに本を取ったけど、それから僕の手にしていた大量の本に目を向けてきた。

(もしかして、彼女もこのシリーズが読みたかったのかな)

 もしそうなら悪い事をした。ちょっぴり惜しかったけど、一人占めするのは申し訳ない。

「良かったら何冊かいる?」

「え、良いの?ありがとう。じゃあ一冊だけ」

 彼女は僕の持っていた本を吟味する。一冊しか借りないのだから真剣になっているのだろう。その気持ちはよく分かる。彼女は最後の二冊で迷ったけど、ついに一冊を選んだ。

「じゃあ、コレにする」

 彼女に本を渡し、これでサヨナラだ。手にした本を借りようとその場を離れようとしたのだけど。

「ごめん、やっぱり別のと交換して」

 彼女に腕を掴まれた。どうやら最後まで悩んでいたもう一冊がやっぱり読みたくなったらしい。

「それなら二冊とも譲るよ。これだよね」

 差し出した途端、彼女は笑顔になる。

「本当、ありがとう」

 そう言う彼女を見て、きっとこの子は僕と同じく本が好きな人なのだと思った。そしてその満面の笑みに、僕は珍しく女の子の事を可愛いと思ってしまったのだ。

 彼女と会ってから三日後の月曜、僕はまた図書室を訪れていた。借りていた本は全部読み終わったし、また新しく借りようとしたのだけど、そこでまた彼女と出会った。

「この前は本を譲ってくれてありがとう。君もあのシリーズ好きなの?」

 グイッと顔を近づけて話す彼女に、僕は思わず後ずさりする。

「あれって面白いよね。特に主人公とヒロインの掛け合いが」

「確かに。でも一番好きなのは別キャラかな」

 僕はサブキャラクターの一人を上げ、彼女は興味深そうに僕の話を聞いてくれた。

「そっか、確かにそっちも良いね。ねえ、どの話が一番面白かった?」

 グイグイ本の話をしてくる。やはり彼女は相当な本好きらしく、最初は同シリーズの話だったけど話は次第に広がって行き、気がつけば今まで読んだ本の話や、どんなジャンルが好きかまで話していた。

 夢中になって話しているうちにチャイムが鳴る。本を借りるのをすっかり忘れていたけど、早く教室に戻らないとまずい。

「ごめんね、借りるの邪魔して」

「ううん、本の話が出来て楽しかった」

 これは本当だ。考えてみれば、今までこんな風に夢中になって本の話が出来る人なんていなかった。彼女と会うのはこれで二度目だけど、波長が合うのか、時がたつのを忘れて話すことができた。

 図書室を出た所で、彼女が聞いてきた。

「ねえ、名前教えて。また本の話したいんだけど、ダメ?」

「それは……別に構わないけど」

 そう言うと彼女の表情が明るくなる。やっぱりこの子の笑った顔は可愛いや。

「名前は田村。クラスは一年二組」

「やっぱり一年生なんだ。去年までは見かけなったからそうだと思った」

 という事はこの人は先輩なのだろうか。まずい、童顔だからつい一年生だと思ってタメ口を聞いてしまっていた。だけど彼女は気にする様子も無い。

「私は三年の大森。文芸部部長をやってるよ」

 彼女、もとい大森先輩はそう言って笑う。それが僕の遅い初恋、大森先輩との出会いだった。


……話し終わった。相手の名前とか文芸部部長とかはぼかしたけど、どうやら有田先輩も水野先輩も相手がだれか気づいたらしい。当然だろうけどね。

恐る恐る大森部長を見る。先輩は頬を赤く染めながら僕を見ていた。そして。

「……凄い」

 瞬間、ガシッと僕の手を握る。だからこういうスキンシップはやめて下さいって。

「感動したよ。田村君、そんな素敵な恋バナがあったんだね。どうして今まで教えてくれなかったの?」

 有田先輩と水野先輩が混乱した様子で僕等を見る。二人とも、大森先輩の鈍さを舐めてはいけません。この先輩と来たら僕の気持ちに全然気付いてくれないんですから。顔を赤らめていたのも自分の事だと気づいたのでは無く、僕の話を聞いて感動したかららしい。

 こうやって話したのもこうすれば気付いてくれるかもしれないと、半ばヤケになっての行動だったけど、無駄だったようだ。

 大森部長はこの話が僕と部長の話だと気づく様子も無く、目を輝かせながらとんでもないことを言ってきた。

「田村君、その話を元に小説を書こう」

「嫌ですよ!」

 そんな恥ずかしいマネ僕には出来ない。

「だって、もしそれで本になったら相手の子が読んで気付いてくれるかもしれないよ。その子、本好きなんでしょ」

 気づいてくれるわけが無い。だって今気づいて無いもん。おそらく大森部長は中学の頃の話とでも思っているのだろうけど、春にこの学校で起きたことです。

 見るに堪えられなくなったのか有田先輩が部長をなだめ、水野先輩はそっと肩を叩いた。

「なあ、本当にアレが好きなのか?」

「僕自身何故好きなのかは分かりません」

 図書室での一件の後部長に誘われて文芸部に入って今日まで一緒に活動してきた。僕なりにいろいろアプローチしてきたつもりだけど、どうやら部長の頭の中は僕以上に本の事しかないようで、気付いてくれる様子はない。

 僕等はこの話は小説にしないという事を説得し、部長もしぶしぶ納得してくれた。

「仕方ないか。それじゃあ次は、どんなシチュエーションで胸キュンするかでも考えよう」

「まだそんな事やるんですか?」

 僕等は驚いたけど、大森部長はどうやら本気のようだ。

「当然だよ。だって私達の作った小説が本になるチャンスなんだよ」

 本当にこの人は本中心の頭をしているようだ。けどそう言うなら仕方がない。

「分かりました。胸キュンシチュレーションですね」

 大森部長が言う限り、僕は逆らおうという気にはなれない。惚れた弱みというやつだ。

 この鈍い部長の事がどうして好きなのか時々分からなくなるけど、恋は理屈では語れないのだろう。この恋を成就させるのは、小説を書きあげるよりも難しい気がする。

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