(10)除草は根こそぎで

 ケインが団長室に出向き、バイゼルに報告をしているところに、前触れ無くクリフが現れた。


「クリフ殿、ご苦労だった。即座に連中の申請書類を提出してくれたから、すぐに署名を確認できて、随分手間が省けたからな」

 挨拶を済ませてすぐに、バイゼルが感謝の言葉を述べた為、彼は些か恐縮気味に答えた。


「内務省の重要度の高い公文書は、本来は主席秘書官が管理する事になっていますが、当人が面倒くさがって、殆どを次席秘書官の私に任せていましたから。どこにどんな書類があるか、完全に把握しておりましたので、大した手間ではありませんでした。……だけど兄さん、良くその話を覚えていたね」

 最後は兄に向き直っての台詞だった為、ケインは苦笑いしながらそれに応じた。


「聞いた時は、確かに雑談の中の一つだったが、何かに使えるかもしれないと思ったからな。こんな形で役に立つとは、想像していなかったが」

「全くだね。それにグリーバス公爵達は、手駒をあっさり切り捨てたくせに、自分達が切り捨てられるとは微塵も疑っていなかった辺り、残念度が甚だしいよ」

 呆れ気味に肩を竦めてみせたクリフに、バイゼルも重々しく頷く。


「元々、後宮襲撃の件だけで、黒幕まで辿れるとは思っていなかったからな。デニスがあの誓約書を持ち出してくれて、本当に助かった」

「あれが表に出なかったら、ラグランジェは素知らぬふりで、今後も公爵達を使って、色々ちょっかいを出してきた可能性がありますし」

 そのケインの意見を聞いたバイゼルは、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。


「だが今回のこれで、大使のジャスパー伯が、はっきりと連中を切り捨てたからな。『切り捨てざるを得ない』と言った方が正しいが。いざとなったら切り捨てられると分かっている相手と、好き好んで手を組む様な物好きな奴は、そうそういないだろう」

「全く、その通りですね」

 相槌を打って、共に笑い出したケインだったが、ここでクリフは、ここに来た本来の用件を口にした。


「それで兄さん、実は今回の働きに免じて、俺は王太子補佐官に抜擢されたんだ。その初仕事で、ここに出向いたわけだが」

「そうなのか? 時間を取らせて悪かった」

「関係のある話だったから、構わないさ」

 そして兄に向かって笑いかけてから、クリフは真面目な顔で、バイゼルに向き直った。


「バイゼル殿。正式発表はもう少し先になりますが、国王陛下と王太子殿下は、今回の処分として、この様に考えておられます。つきましては、滞りなく諸手続を済ませる為に、公爵達の身柄を、半月はこちらで確保しておいて貰いたいそうです」

 そう告げたクリフが恭しく差し出した書類を、バイゼルは受け取りと同時に目を通しながら、事も無げに返答した。


「承知した。連中が素直に真実を口にしない為、半月程の拘束も、止むを得ませんな。精一杯、おもてなし致しましょう。勿論、普通の罪人とは区別して、三食提供致します」

「ありがとうございます」

 双方真顔でのやり取りに、ケインは思わず苦笑いしてしまった。


「真実を口にするも何も、ラグランジェ以外の裏で操っていた国など皆無ですから、背景など吐きようがないし、どうとでも拘束期間を長引かせられますね。それで陛下達は、どうなさるおつもりなんですか?」

 渡された指示書の内容が気になったケインが、何気なく尋ねてみると、バイゼルはここで秘密にしておかなくても良いと判断したのか、あっさりその内容を語って聞かせた。


「シュレス伯爵領、リドニア伯爵領、マース伯爵領は没収して、王家直轄領になる。そしてパーデリ公爵領、グリーバス公爵領、ドレイン侯爵領の一部を割いて、先程の領地を没収かれた伯爵達に、改めて下賜される事になる」

 それを聞いたケインは、頭の中に国内の地図を思い浮かべ、納得したように頷いた。


「三伯爵領はそれぞれ隣接している上、ラグランジェ国に向かう街道沿いですから、この機会にしっかり押さえるつもりですね……。しかしそれでは、伯爵達ばかりに負担が大きいかと。公爵達は自領を割くだけで、活動拠点は変わらないわけですし」

 しかしその疑問に対して、バイゼルが何か言う前に、クリフが答えた。


「パーデリ公爵、グリーバス公爵、ドレイン侯爵の三人は、それぞれ領地を入れ替える事になるんだ。しかも伯爵達に譲り渡す土地の方に、これまで各家で領地での活動拠点にしていた地域が含まれているから、かなり大変だと思うよ? 色々な意味で」

 その台詞に持たせた含みを、ケインは正確に読み取った。


「なるほど。伯爵達は譲り受けた館をそのまま使えるが、公爵達は一から拠点を築く必要が出て来るか。加えて領地の家臣は、代々その地域に根ざしている者が殆どだ。領主と一緒に移動する家臣は、多くは無いだろう」

「多くないどころか、あの連中の普段からの人望の無さを思えば、付いて行く人間はかなり少数だと思うな」

「違いない。これで暫くは、悪巧みを企む余裕など無さそうだ」

 そして兄弟で楽しげに笑ってから、クリフはバイゼルに頭を下げた。


「それでは、宜しくお願いします。早速、諸々の手続きに入るように、殿下から命じられておりますので」

「ああ、ご苦労だった。連中は責任を持ってお預かりするし、有象無象が押しかけて来ても、こちらで排除しておく」

「宜しくお願いします」

 力強く請け負ったバイゼルに対して、クリフは再度一礼してから騎士団長室を出て行った。そして再び二人きりになってから、ケインがいかにも安堵した風情で感想を述べる。


「これで取り敢えず、今回の騒動は、無事に決着が付きそうですね。あれだけの騒ぎが起きながら、死者が一人も出なかったのは幸いでした」

「ああ……、うん。まあな。暫くは少しばかり、肩身が狭い思いをするかもしれんが……」

「え? どういう事ですか?」

 何やら言いにくそうに口を開いたバイゼルに、ケインは怪訝な顔を向けた。そんな彼から微妙に視線を逸らしながら、バイゼルが話を続ける。


「その……。不可抗力だとは、私は十分理解しているが、後宮内の損傷が類を見ない程酷い状態だと、女官長から抗議を受けた。室内も廊下も絨毯は総取り替えだし、壁は何ヶ所も斬られたり矢が刺さって穴が開いたりした上、照明のランプも壊滅状態になっていて。騎士団の予算から、修復予算に少し回せと……」

 段々小声になりながらの、団長の話を聞いて、ケインは即座に姿勢を正してから深々と頭を下げた。


「誠に、申し訳ありません」

「いや、お前が悪いわけでは無いし、彼女達にしてみれば、当然の抵抗の結果だからな。だが……、やはりアルティンが絡むと、死んでも後始末がとんでもない事になるのは、変わらないらしい」

「確かにそうですね」

 そこでバイゼルが、“生前”のアルティンがやらかした、様々な騒動の事に言及した為、ケインは思わず上司と一緒に失笑してしまった。

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