(9)意趣返し
近衛騎士団での騒動が一段落した頃、国王臨席の下、王太子ジェラルドと騎士団長バイゼルが、密かに手に入れたラグランジェ国王の誓約書にサインした貴族達と、ラグランジェ国大使であるジャスパー伯ゼストを、謁見室に呼び出していた。
「ジャスパー伯。昨夜、夜会を開催したばかりにもかかわらず、昼前に急遽お呼び立てして、誠に申し訳ありません」
ジェラルドが神妙に頭を下げると、ゼストが愛想笑いを、国王と王太子に向けて振り撒く。
「いえ、我がラグランジェ国とハイスレイン国の友好を深める為なら、こんな事など造作もない事。それよりも、昨夜なにやら王宮内で、騒ぎが起こったと漏れ聞いておりますが、大事無かったのでしょうか?」
素知らぬ振りで尋ねてきたゼストに、ジェラルドは一瞬眉根を寄せたものの、彼以上の愛想の良さで答えた。
「ええ、確かに騒ぎは起きましたが、本当に些細な事でしたので、ご心配なく」
「それは何よりでございました。急なご連絡を受けたので、てっきりそちらに関係するものとばかり。それでは今回は、どのようなご用件なのでしょうか?」
「ゼスト殿、少々お待ち頂けますか? まずこちらの者達への話を済ませたら、ご説明しますので」
「それは、構いませんが……」
そこでジェラルドが、横に控えていた六人を手で示しながら微笑んだ為、ゼストは頷きながらも不穏な物を感じた。
(何だ? よりにもよって、この六人と共に王宮に呼びつけられるとは。まさか、私が水面下で動いていたのが、露見したわけではあるまいな?)
そして彼が事の推移を見守る中、ジェラルドは幾分険しい表情になって、六人の前に立った。
「さて、パーデリ公爵、グリーバス公爵、ドレイン侯爵、シュレス伯爵、リドニア伯爵、マース伯爵。貴公達は、何故この場に集められたのかを、理解しているか?」
「さっぱり見当がつきません」
「王太子殿下。誠に申し訳ありませんが、ご説明願います」
揃ってとぼけた六人だったが、ジェラルドは気にも留めずに本題に入った。
「それでは、貴公達に語る用件は二つある。まず一つ目は、昨夜王宮内で発生した、些細な出来事についてだ。幸い大事にならず、実行犯も捕縛したが、その全員がこの六人の領地出身者で騎士団就任に当たり推薦を受けているか、犯罪行為の教唆を受けたと申し出ているのだが?」
そう尋ねたジェラルドだったが、対するパーデリ公爵達は、全員薄笑いで応じた。
「これは聡明な王太子殿下らしくない、仰りようですな」
「不心得者を推薦してしまったのは、幾重にもお詫びして反省致しますが、まさか私どもが、王宮内での騒ぎを先導したなどとは」
「大方、首謀者が他にいると言えば、罪が軽くなるとでも考えたのでしょう。そもそも、私達が関与していると言う、明確な証拠でもございましたか?」
「いや、それは無い」
そうジェラルドが断言すると、公爵達は笑みを深くした。
「そうでしょう。いやぁ、本当にけしからん者どもです。推薦した恩を仇で返すとは」
「ですが、王宮内で騒ぎを起こす馬鹿どもなら、分別が無いのも道理ですな」
「しかし先程、その者達は騎士団の所属の者と仰いましたな。これは騎士団長の監督責任を、問わなければならないのでは?」
「全くその通りですな。この際、綱紀粛正を図るべきでしょう」
そして思わせぶりに、国王の側に控えているバイゼルを眺めながら当て擦った面々を見ながら、ジェラルドは内心で舌打ちした。
(やはり最初から、事が終わった後は切り捨てるつもりだったな。成功していたとしても、それは変わりあるまい)
そしてジェラルドは、何気ない素振りで話を進めた。
「それでは、取り敢えず一つ目の事項に関しては、貴公達の預かり知らぬ事とする」
「勿論でございます」
「だが、二つ目の事項に関しては、貴公達が明らかに関与しているので、是非とも納得のいく説明をして貰いたいものだ。……こちらへ持って来い」
「はい」
壁際に控えていた自身の補佐官をジェラルドが呼ぶと、彼は書類の束を抱えて主の側にやって来た。そして同様に控えていた従僕が運んできた机の上に、複数の書類を広げる。
ジェラルドはその中から、中央に置かれた立派な作りの用紙に手を置きながら、公爵達に向かって告げた。
「これは一見、貴公達とラグランジェ国王との間で交わされた誓約書に見えるな。我が妃を排除し、その後、ラグランジェ国王女を私の妃に据えた暁には、それぞれ個別に提示した便宜を図ると、明記してある様に見える」
「なっ!?」
「そ、それはっ!」
「どうしてここに、そんな物が!?」
公爵達が血相を変えて机に駆け寄ったが、それを破損などさせないよう、補佐官が素早く制止する。そうして一気に空気が緊迫する中、ジェラルドの怒声が謁見室に響き渡った。
「わざとらしく、驚かなくても結構! こんな真っ赤な偽物に惑わされる程、私は愚か者では無い! こんな無様な紙切れ一枚で、ラグランジェ国との友誼に、ヒビが入るとでも思ったか!? この慮外者が!!」
「お、お待ち下さい!」
「それが偽物とは、どういう事ですか!?」
叱責された公爵達が、先程までとは違う意味で顔色を変えたが、ここでジェラルドは、呆れ返った表情になった。
「まさかお前達、本当に今の今まで、こんな重大なミスに気が付いていなかったのか? 頭が足りないにも程がある。それなら教えてやろう。この誓約書の上辺に描かれている、ラグランジェ国の象徴の華紋は、確かにルナリエの花だが、正規の花弁の数は八枚だ。それを堂々と九枚の物を偽造した挙げ句、ここに記載されている国王と大使の署名の筆跡が、これまで我が国に渡った物とは全く違う。こちらの公文書のそれと、見比べてみろ」
「何ですって!?」
「そんな馬鹿な!!」
もはやまともに相手にするのも馬鹿らしいと言う風情で、ジェラルドが補佐官を促すと、彼はすかさずラグランジェ国王と、ジャスパー伯のサインが印された条約文書を、件の誓約書の隣に並べた。するとジェラルドが主張した通り、明らかに筆跡が違っており、騙されたと分かった公爵達が、怒りの視線をゼストに向ける。
しかし、ジェラルドの糾弾は止まらなかった。
「貴公達。我が国とラグランジェ国の友好関係を裂く真似をするとは、どこの国と通じた結果だ! マデニスか? アラギールか? 隠し立てすると容赦せんぞ!! 諦めて、陛下と大使の前で白状しろ!!」
「いえ、それは誤解です!」
「それは本物です!」
そんな筋違いの疑いをかけられた六人は、必死になって弁解した。そんな彼らに向けて、今度は各種承認の為にこれまで提出された書類を差し示しながら、ジェラルドが容赦なく追い詰める。
「まだそんな戯れ言を口にするか! 確かにお前達の署名は、この通り本物だがな! 今回明るみになったこれは、我が国と友好国に対して不利益を与えかねない国家反逆罪に該当する。厳しく真偽の上、必ず処分するからそう思え!!」
「そんな! 誤解です!」
「陛下、殿下! 私達は、そんなつもりでは!」
「反逆罪などとは、言いがかりです!」
そんな抗弁を聞いたジェラルドは、内心で呆れた。
(自国の王太子妃に刺客を差し向けておいて、反逆罪では無いと言うか。どこまでも自分本位な奴らだ)
それは父である国王も同じ思いだったらしく、苦々しい表情でゼストに声をかける。
「ジャスパー伯。大変見苦しい物をお見せして、申し訳ない。しかしラグランジェ国王の名を騙り、両国の信頼関係にひびを入れようとした反逆者を、我が国は決して許さないという姿勢を、大使に示しておきたかったのだ。一応、念の為にお伺いするが、この件にラグランジェ国も大使たるあなたも、よもや関わり合いはありませんな?」
そう重々しく言われたゼストは、平然と頷き返した。
「勿論、微塵も関わり合いなどございません。それからハイスレイン国が、我が国との友好関係を損なうつもりが無い事は、私にも良く分かりましたので、お気遣い無く。陛下にもその旨を、きちんとお伝えしておきます」
「それは良かった」
そんな白々しい会話が一段落したのを見て取ったバイゼルが、謁見室の隅に控えていた部下達に指示を出す。
「その者達を連行しろ。暫く牢に入れて、背後関係を徹底的に吐かせるんだ。ラグランジェ国とは無関係な事は、大使の言でも明らかだからな」
「はっ!」
「畏まりました」
素早く騎士達が公爵達を取り囲み、さすがに縄をかけないまでも、腕を掴んで威嚇しながら移動を開始する。
「さあ、皆様。移動をお願いします」
「おとなしく従って頂いた方が、皆様の為ですよ?」
「待て!! 牢だと?」
「私を誰だと思っている!?」
「ジャスパー伯! 貴様、我々を嵌めたな!?」
公爵達の怒声が響く中、彼らは礼儀正しく連行されて行き、ジェラルドはゼストに向かって、軽く頭を下げた。
「最後まで見苦しい……。失礼致しました。それではお引き取り頂いて結構です」
「そうですか。それでは失礼します」
そこで長居は無用とばかり、歩き始めたゼストだったが、数歩も歩かないところでジェラルドに呼び止められた。
「ああ、そう言えばジャスパー伯」
「はい、どうかされましたか?」
「以前、私との縁談が持ち上がったリュミエラ姫は、まだどちらにも縁付いておられないのですか? その様なおめでたい話が、聞こえてこないもので。こちらに伝わって来ないだけでしょうか?」
振り返ると同時に、にこやかに自国の王女について尋ねられたゼストは、僅かに顔を引き攣らせながら答えた。
「いえ……、第二王女殿下は、未だ、どなたにも嫁がれておりません」
それにジェラルドが、些かわざとらしく驚いてみせる。
「そうでしたか。ラグランジェ国王は、よほど愛らしい姫を、手放したくないのですね。ですが覚えている姫の年齢から考えると、そろそろ華燭の典が催される筈。その時には、我が国からも祝いの品を贈りますので、是非お知らせ下さい」
「……お心遣い、感謝いたします」
にこやかに、一見邪気の無い笑顔で申し出た彼に、ゼストは無表情で頭を下げて退出した。
「若造が……」
そして廊下に出るなり低い声で悪態を吐いたが、国王親子はそんな彼の行為など、容易に推測できていた。
「ジャスパー伯は、今頃歯軋りしているだろうな」
「それ位、当然です。これで益々あの姫を押し付ける事ができなくなりますから、行き遅れの年齢に入った彼女を、国内の貴族の誰かに押しつけるしかなくなったでしょう」
そこで顔を見合わせた二人は、その王女の話を終わりにして、早速公爵達の処分についての話し合いに入った。
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