(11)長年の夢

 バイゼルがケインとクリフ相手に、話をしていたのと同じ頃。同じ騎士団執務棟にある白騎士隊隊長室には、その部屋の主であるナスリーンの他に、リディアとアルティナが顔を揃えていた。


「リディア、アルティナ。今回は、本当にご苦労様でした。改めて、お礼を言います」

 当日も、寮の自室から駆け付け、事後処理に駆け回った隊長からの言葉に、二人は恐縮気味に頭を下げた。


「いえ、私は危うく共犯者にさせられる所でしたし、予想外のもの凄い働きを見せてくれたアルティナと、色々配慮して下さった隊長のお陰ですから」

「ええと、その……。実は私、あの夜の事は、あまり良く覚えていないもので……」

 歯切れ悪くアルティナがそう言った途端、横に立っていたリディアが、勢い良く振り返って驚愕の表情になった。


「はぁ!? あんなに大暴れしたくせに、何を言ってるの!?」

「そう言われても……。目が覚めたら、自室のベッドに寝ていた状態だったので」

「信じられない……」

 ひたすら冷や汗ものの弁解をするアルティナに、リディアが驚くのを通り越して呆然とした顔になる。しかしアルティンとして活動したと理解していたナスリーンは、苦笑まじりにリディアを宥めた。


「確かに並の緊張と恐怖では無かったでしょうし、そのせいで前後の記憶が抜け落ちると言った事は、稀に聞きますね」

 そう言われて、リディアが思わず考え込む。


「そう言えば……。あの時、何となくいつもとは感じが違っていたわね。アルティン隊長と直に顔を合わせて、会話した事とかは無いけど、イメージが彼っぽかったわ。最後は男言葉っぽかったし」

「それは……、一応双子ですし。覚えてはいませんが色々切羽詰まって、言動が荒っぽくなってしまった可能性は、あるかもしれません……」

「確かにそうね。あれでいつも通りだったら、相当怖いから」

「そうですか……」

 会話の内容が、更に冷や汗ものの流れになってきた為、アルティナが口ごもっていると、ナスリーンが穏やかに声をかけてきた。


「リディア。落ち着いたら纏まった休暇を取って、家族に顔を見せに行きなさい。随分、心配しているでしょうから」

「ありがとうございます。そうさせて貰います」

(確かに軟禁された上に、見ず知らずの土地に逃げて、リディアさんの家族も大変でしょうしね。さすが、ナスリーン隊長。気配りの人だわ)

 しみじみとアルティナが考えていると、当のナスリーンが、若干口調を変えて話し出した。


「それと……、あなた達二人を呼んだのには、ちょっとした理由がありまして……」

「何でしょうか?」

 何やら言いにくそうに、言葉を濁した彼女を見て、リディアとアルティナが怪訝な顔になった。その視線を受けながら、ナスリーンが重い口を開く。


「その……、今回、人的被害が出なかったのは、騎士団としては何よりだったのですが。物的被害が甚だしいと、女官長から近衛騎士団に対して、激しい抗議がきまして……」

「……え?」

「うわぁ……」

 それを聞いた瞬間、例の襲撃直後の後宮の惨状を思い出した二人は、揃って青ざめた。


「団長が頭を下げて、修復予算に近衛騎士団の予算から幾らか回すと言う事で、ご納得頂いた経緯がありますので、女官長と廊下ですれ違った時には、直に一言お詫びを言って貰えればと」

「最敬礼でお詫びします!」

「本当に、ご迷惑おかけしました!」

 ナスリーンの言葉を遮る勢いで、リディアとアルティナは深々と頭を下げた。それに苦笑しながら、ナスリーンが指示を出す。


「宜しくお願いします。それでは、話は以上です。勤務に戻って下さい」

「はい」

「それでは失礼します」

 ひたすら恐縮しながら、そこで隊長室から出た二人は、並んで歩きながら言い合った。


「やっぱり、後宮内であの惨状は、拙かったわね」

「そんなに被害を拡大させるつもりは無かったんですが……」

「ところで、あなたにはちょっと話があったのよ。あの後、バタバタしてゆっくり話ができなかったし」

「何でしょうか?」

 アルティナが不思議そうに顔を向けると、何故かリディアはその視線から微妙に顔を逸らしながら言い出した。


「その……、隊の中で私だけ、名前で呼んでいないわよね?」

「……はい?」

 咄嗟に言われた内容が分からず、考え込んだアルティナだったが、控え目に反論してみた。


「ええと……、確かに『副隊長』とお呼びしていますね。でもナスリーン隊長の事は、『隊長』とお呼びしていますけど。それがどうかしましたか?」

「それよ!」

「どれです?」

 すかさず指摘されても、まだピンと来なかったアルティナが首を傾げたが、リディアは少々ムキになりながら訴えた。


「だから! 私と年だって変わらないのに、一方的に敬語を使われるのは、却って気に障るのよ! あの事件の時、あなたの実力がはっきり分かったけど、剣の腕だって私よりはるかに上じゃない!」

「はぁ……」

 アルティナとしては、(そう言われても、どうしろと?)程度にしか感じなかったが、リディアが怒りと羞恥心が半々な風情で、主張してきた。


「ここまで言っても、まだ分からないわけ? だから私にも、他の人と同じ口調で話してくれて良いって言ってるのよ。エリザとかアレーナとは、だいぶ砕けた話し方をしてるじゃない」

「あ、ああ……、そういう事ですか。その方が良いなら、そうしますよ?」

「そう。それから、マーシアと相談したんだけど、近々あなたにお礼をしたいのよ」

「お礼、ですか?」

 そこで話題が唐突に変わった為、アルティナは少し戸惑ったが、リディアは冷静に話を続けた。


「マーシアは実家の密輸に関して黙って貰った事と、今回の騒動に関わらずに済んだ事で。私は家族の身の安全と、一緒に戦って貰って散々助けて貰ったから」

 それを聞いて納得しつつも、アルティナは控え目に辞退してみた。


「改まって、お礼をして貰う程の事では無いんですが」

「私達の気が済まないのよ。それで、考えてみたんだけど、あなたはずっと領地暮らしで、王都には詳しく無いんでしょう? だから、いわゆる庶民街散策なんかどうかなって思って」

「……庶民街?」

 ここでアルティナの目が僅かに輝いたが、リディアは気が付かずにそのまま話を続けた。


「大した予算は無いけど、安くても美味しいお勧めの店は山ほどあるし、オーダーメイドじゃなくても、可愛い装飾品とかは売られているし、香料とか異国からの輸入品を扱っている雑貨店とか、見て回るだけでも結構楽しいかと思ったんだけど。……駄目かしら?」

 言ってはみたものの、本来公爵令嬢のアルティナには鼻で笑われるかしらと、最後は自信なさげに告げたリディアだったが、そう懸念した相手は、予想外の食いつきを見せた。


「そんな事はないわ! 前々から一度は、そういう事がしてみたかったの! リディア、是非連れて行って!」

 嬉々として自分の両手を取り、早速砕けた物言いで懇願してきたアルティナを見て、リディアは一瞬呆気に取られてから、満面の笑顔になって快諾した。


「気に入って貰って良かったわ。それなら、最近流行っている所とか、しっかり調べておくわね? 近いうちに、三人で一緒に休みを取りましょう。勿論、その時は、私達のおごりですからね?」

「ええ、楽しみにしてるわ。マーシアにも、そう伝えておいて」

「分かったわ。じゃあ私はここで」

「ええ、それじゃあ」

 そして曲がり角で別れてから、アルティナは常には無い位の上機嫌で、廊下を進んで行った。


(ずっとできなかった、女同士で他愛もない話をしながらの、ショッピングや食べ歩き。まさかこんな所で、予想外にできる事になるなんて! アルティンだった頃には、想像もできなかったわ)

 そして近年無かった程に心を弾ませながら、アルティナはその日割り振られている配置場所に向かって、鼻歌まじりに歩いて行った。

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