(7)新たな騒動の予感

「邪魔だ、退け!!」

「ふざけやがって!」

 互いに剣を抜き合って対峙した面々だったが、結構な広さがあるとは言え、やはり室内。しかも先程までグレイシアが色々な物を置いていた大きなテーブルが、奥へと続くドアから中途半端に離れた場所に置いてあった為、行動範囲に制限があるマルケス達は、どうしても一気に複数人でアルティナ達に攻めかかれなかった。

 人数の多さを活かせず、背中合わせに立って一人ずつ対処しているアルティナ達を放置し、手斧を持っていた男がドアに向かったが、それを振り下ろそうとした所で、背後からアルティナが彼に向かって鋭利な刃物を投げる。


「おっと、そうはさせないわよ!」

「ぐあぁっ!」

 短刀ともナイフとも違うそれは、アルティナが使い込んでいた物であり、寸分違わず首筋にそれを打ち込まれた男は、首を押さえながら床に崩れ落ちて微動だにしなくなった。

 それを見た他の男達は、さすがに顔色を悪くしたが、益々破れかぶれの様子で、彼女達に切りかかってくる。


「ちっ! 無駄な抵抗しやがって!」

「無駄な抵抗? どこがよ!」

「さっさと、そこをどけ!!」

「邪魔なら、力ずくで退かしてみたら!?」

 背中合わせのまま、剣を振るって打ち合っていた二人だったが、不意に背後で鈍い音がした為、アルティナは反射的に背後を振り返った。するとリディアが腕を打たれたのか、剣を取り落としており、更にそんな彼女めがけて剣を振り下ろしかけている、男の姿が目に入った。


「……つぅっ!」

「貰った!」

「副隊長!」

 手元にもう武器が無かったアルティナは、咄嗟にしゃがみ込み、先程室内に乱入して男達を襲ったものの、斬られて床に横たわっていた鳥の死骸を掴んで、その男の顔をめがけて投げつける。


「っ、ちっ! 何しやがる! この女!」

「副隊長!」

 さすがに動揺して男が手を振りかざす間に、リディアは何も言わなくとも剣を拾い上げ、逆に男に斬りかかった。


「ぎゃあぁっ! うあっ!」

 それは見事に男の利き腕を深く傷付け、リディアは邪魔だとばかりに、うずくまった彼を足で蹴り倒す。


「ありがとう、助かったわっ!」

「どういたしまして!」

 そして二人を戦闘不能状態に追い込んだものの、まだ自分達を狙っている面々を睨み返しながら、リディアは盛大に悪態を吐いた。


「全く、いつまで手こずってるのよ、あんたの亭主は!?」

「全くだわ。全員倒した後で、のこのこ顔を出したら、絶対離婚してやる!」

「当然ね!」

 怒鳴り合いながら、踏み込んでくる男達の剣を受け止めつつ、アルティナ達がドアを死守していると、どうやら廊下にいたらしい見張り役らしき男が、血相を変えて室内に駆け込んで来た。


「おい、新手が来て、ぐわあっ!」

 そして室内に駆け込んで来るとほぼ同時に、その男は盛大に背中を斬られて床に倒れ込んだ。その背後から、鬼神の形相のケインが、部下らしき近衛騎士を十人程従えて、足音荒く入室してくる。


「アルティナ、無事か!?」

「遅い!! 下はちゃんと、制圧しているんだろうな!?」

 咄嗟にアルティンの口調で叫んでしまったアルティナだったが、ケインは僅かに目を見開いただけで、何事も無かったかのように説明した。


「ああ、ここに来るまでに、廊下に怪我をして倒れていた者も含めて、全員捕縛した。貴様らも、これ以上の無駄な抵抗は止めろ! 死体になりたい奴だけ、遠慮なくかかって来い!! 後腐れ無く、あの世に送ってやるぞ!!」

「くっ……」

 どう見ても本気としか思えないケインの恫喝に、マルケス達は完全に企みが頓挫した事を悟って戦意を喪失したらしく、全員揃って床に崩れ落ちた。そしてマルケス達に武装放棄させたケインが、部下達に厳しい表情のまま指示を出す。


「全員に縄をかけろ。管理棟に連行する」

「はい」

 それを見届けたアルティナは、リディアに声をかけた。


「副隊長、安全が確保されましたので、王妃陛下の右翼エリアの方に連絡を。私は奥のエリアに連絡します」

「そうね。お願い」

 頷いて剣を鞘に入れたリディアは、右翼に繋がる扉目指して駆け出した。その彼女と入れ違いに、騎士団長のマントを身に着けたデニスが、顔色を変えて飛び込んで来る。


「アルティナ様、シアは無事ですか?」

「無事に決まってるでしょう。だけど、明らかに満身創痍な主に向かって、一言心配する言葉は無いわけ?」

 顔を合わせた後の第一声が、主を気遣う台詞では無かった事に、アルティナが呆れながら皮肉を込めて言い返したが、対するデニスは鼻で笑った。


「あんたは殺したって、死ぬタイプじゃ無いでしょう。現に“死後”も、ちゃっかり生きていますし。シアと同列に語れる筈がないじゃありませんか」

「なんか凄くムカついたわ」

 思わず顔を引き攣らせたアルティナだったが、ここで部下に当面の指示を出し終えたケインが、二人の元にやって来た。


「アルティナ、ちょっと良いか?」

「ええ」

「まだ、アルティンだな?」

「ああ」

 一応、確認を入れたケインに、アルティナは苦笑いしながらアルティンの口調で応じる。


「そうでなければこの身体を、とっくに切り刻まれていたぞ。騒ぎが起きてから、今までにどれだけ時間がかかったと思っている。怠慢も良いところだ」

「それは本当に悪かった。王都内で押し込み強盗が発生した上、内宮でボヤ騒ぎが起こってな。事情を知らない下の連中が右往左往して、事態を収拾するのに手間取った」

「それはまた、随分手が込んでいるな」

 そこでアルティナが眉根を寄せると、ケインはデニスを軽く指差しながら、話を続けた。


「ここに来る途中でデニスと合流したが、グリーバス公爵邸から、ラグランジェ国王との誓約書を持ち出してきた。今、団長が持っているそうだ」

「誓約書?」

「花弁が九枚のルナリエの華紋が印された、ラグランジェ国の公文書です」

「花弁が九枚?」

 続けてデニスに説明された内容に、アルティナは一瞬戸惑った表情になった。しかし考え込んだのは束の間、言われた意味を完全に理解する。


「ああ……、なるほど。そういう事か……」

「そういう事らしいな。とんだ狸親父だ」

 思わず顔を見合わせ、忌々しげな顔付きになった三人だったが、アルティナが気を取り直すように言い出す。


「それならそれで、別な攻め方があるな」

「恐らく、王太子殿下と団長も、そのつもりだろう。クリフに使いを出して、これから急いで出仕して貰う事にした。あいつならどんな公文書が、どこに保管されているか、確実に把握している筈だからな。朝一番で、奴らを呼びつけてやる」

 ニヤリと笑いながら告げたケインに、(クリフは災難だが、王太子殿下に顔を売る絶好の機会だし、喜んで来るだろうな)と、アルティナは苦笑いしながら応じた。


「それは楽しみだな。引導を渡す場に居合わせられないのが、本当に残念だ」

「小者を処断する場には、呼ばれると思うぞ? 何と言っても、今回の立役者の一人はお前だし」

 それを聞いたアルティナは、ドアに向かって歩きながら答えた。


「それなら“アルティナ”として、見せて貰おう。取り敢えず、奥に安全だと伝えるぞ?」

「ああ、そうだったな。お騒がせして、ご心配おかけしただろう。後から謝罪するが、まずアルティナとして詫びを入れておいてくれ」

「分かった」

 そしてその騒ぎは一応の収束を見たが、予想外の懲罰劇は、これからが本番だった。

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