(6)拡大する騒動

 一番手前の取り次ぎ時の控え室にアルティナ達が駆け込むと、そこは無人では無かった。


「ユーリア? グレイシア様?」

 てっきり奥の部屋に避難していると思っていた、上級女官の制服を身に着けた二人にアルティナが怪訝な顔を向けると、ユーリアが真顔で報告してきた。


「マリエル様はセレーナ王女殿下と一緒に、妃殿下の寝室で待機して貰っています。他の当直の侍女も、全員避難済みです」

「ええと、ご苦労様。あの、あなた達も下がってくれて構わないんだけど……」

 当然の如く自分達を待ち構えていた二人に、アルティナはそう声をかけたが、彼女達は落ち着き払って言葉を返した。


「他の近衛騎士の方々が駆けつけるまで、できるだけ時間稼ぎをする必要があるんですよね?」

「お二方は最後まで、力を温存していて下さい」

「温存って……」

 それを聞いたアルティナが呆気に取られていると、結構大きなテーブルに所狭しと並べられている物を指差しながら、リディアが困惑も露わに尋ねた。


「あの……、先程から気になっていましたが、これらは何でしょうか?」

 その疑問に、グレイシアが真顔で答える。

「賊に向かって投げつけるのに、手頃な大きさと重さの物を選別して、今日一日かけて後宮中からかき集めておきました」

「ええと……、取り敢えず用途は分かりましたが、これを誰が投げつけると?」

「私です。剣は扱えませんが、物を投げる事には些か自信がありますので」

「…………」

 どこからどう見ても貴婦人然としたグレイシアが、淡々と事も無げに語った内容を聞いて、アルティナ達は無言で顔を見合わせた。するとユーリアが、焦った様子で他の三人を促す。


「ほら、扉を破られそうですよ!? 私、窓を開けます! 皆を呼び集めていますので!」

「あ、ちょっとユーリア!」

 窓に駆け寄った彼女をアルティナが呼び止めようとすると、リディアが胡散臭さそうに尋ねる。


「……呼び集めてるって、何を?」

「鳥、ですけど……」

「鳥をどうするのよ?」

「ええと、それは……」

 そして懐疑的なリディアにアルティナが説明しようとした時、ドアが蹴り上げられる勢いで開き、マルケスが怒鳴りながら室内に足を踏み入れた。


「リディア!! 貴様、随分とふざけた真似、ぐあっ!!」

 しかし手元のガラス製のペーパーウエイトを掴んだグレイシアが、無言で振りかぶって彼の顔面目掛けてそれを投げつける。一直線に飛んでいったそれは見事にマルケスの眉間に命中し、まともにその衝撃を受けた彼は、さすがに顔を押さえて膝を付いた。


「うわ……」

「今、凄い音がしたわよね」

「直撃しましたし、どう考えても結構な衝撃ですよね」

 女達がグレイシアの背後で囁き合う中、次にマルケスを押しのける様にして前に出てきた男の顔に、花瓶らしき物が激突した。


「この、女ぁっ! ぎゃあぁっ!」

 複数の破片に砕け散ったそれを足元に撒き散らしながら、うずくまった男を見て、アルティナ達は驚きを通り越して、感心した様子で感想を述べ合う。


「景気良く割れたわね……」

「陶器製だし。でもあれ、結構良い値段じゃないかしら」

「破片で、怪我をしそう。まともに目に当たったみたいだし」

 しかし背後の戸惑いなど物ともせず、グレイシアは無表情のまま両手で得物を掴み、次々と躊躇わずに室内に足を踏み入れた男達の顔目掛けて投げつけた。


「おい、一気に、げはっ!」

「大丈夫、ぐぁっ!」

「両利きって、凄いわね」

「どうして彼女にこんな特技が?」

 半ば呆れながらリディアが疑問を口にすると、ユーリアは少々困ったように説明した。


「ご本人からチラッと聞いたんですけど、子供の頃からストレス発散として、お屋敷の塀に向かって色々投げつけていたとか。それがバレない様に遠距離から投げる事にしていたら、飛距離やコントロールが自然に身に付いたそうです」

「れっきとした侯爵夫人の称号を持っている、女性のする事としてはどうなの?」

「どういう環境で育ったんですか」

 アルティナ達が本気で頭を抱えていると、用意した物を全て投げ終えたグレイシアが、素早く引っ込んでユーリアの後ろに回った。


「ユーリア、後はお願いします」

「お任せ下さい!」

 それを見た男達が憤然としながら、ふらつき気味に立ち上がる。


「もう投げる物は無いらしいな!」

「随分ふざけた事をしてくれたな! 全員纏めて、ぶっ殺してやる!!」

「皆さん、頭を低くして下さい!」

「え?」

「良いから早く!」

 ユーリアが鋭く叫んでから、人間の耳には聞こえない鳥笛を力一杯吹き鳴らした。そんなユーリアの指示にリディアが戸惑ったが、そんな彼女の頭を押さえつけながら、アルティナが床に伏せる。それとほぼ同時に、開け放っていた窓から、相当数の夜行性の鳥が飛来し、男達に襲い掛かった。


「ギュェーッ! グワッ!」

「ギィイーッ!」

「キュイ、キシャーッ!!」

「なっ、何だ!?」

「うわあっ!! 顔が! 目がっ!!」

「叩き落とせ!」

 予想外の援軍に、リディアが呆然とする中、男達が群がってくる鳥達に狼狽している隙に、ユーリアとグレイシアは奥へと続く扉に向かって走り、そこに入って扉を閉めながら、アルティナに声をかけた。


「鳥達は光っている剣や、目を狙って攻撃しますが、少しすれば自然に居なくなります。あとはお任せします!」

「ええ。中から鍵をかけて、絶対開けては駄目よ!?」

「分かりました。お気を付けて!」

 そして言われた通り、内側から施錠する音を聞いたリディアは、扉の前で気を引き締めた。


「さてと。上級女官の方々に、ここまでして頂いたんだから、私達が何とか持ちこたえないとね」

「はい。これまでに、それなりに相手の人数を減らした筈ですし、戦闘能力を削ぎ落としたと思いますので」

「だけど……、一言言って良い? 今夜の王宮内の警備責任者は、黒騎士隊副隊長だから、あなたの夫よね。これだけの騒ぎになってるのに、まだ誰も駆け付けて来ないなんて、怠慢も良いところだと思うんだけど?」

 そう言いながら、スラリと自身の剣を鞘から引き抜いたリディアに、アルティナは下手な弁解などはせず、大真面目に頷いた。


「同感です。事が終わったら、一言『甲斐性無し』と罵っても、罰は当たりませんよね?」

「一言どころか、盛大に罵ってあげなさい。全面的に私が許すわ」

「はい、副隊長」

 互いに正面のマルケス達から視線を外さないままの会話で、アルティナが抜いた剣を構えると同時に鳥が去り、無傷の者が全く見受けられない男達が、怒りの形相で剣を振りかざしながら突っ込んで来た。


「そこをどけぇぇっ!!」

「ぶっ殺してやる!!」

「退くわけ無いでしょう!?」

「本当に、救いようの無い馬鹿揃いね!!」

 そして一撃目を剣で受け止めたリディアとアルティナは、それを払いのけた後は、互いに背中合わせになりながら、マルケス達の猛攻を凌ぐ事となった。

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