(5)迎撃
「居たぞ! まず生意気なあの女から、血祭りに上げろ!」
薄暗がりの中でその姿をマルケスが、先頭に立って怒声を発しながら一直線に突進して来たのを見て、アルティナは即座に安全装置を解除してから、リディアに声をかけた。
「副隊長!」
「お願い!」
そして彼女が即座に横に飛びのくと同時に、アルティナが装置の端を左手で掴んで押さえながら、右手で一つの取っ手を素早く引き下ろす。
(さあ、来るなら来なさい。愚者に踊らされた馬鹿どもが!)
彼女が心の中でそんな悪態を吐くと同時に、平均的な男性の肩や胸の高さ目がけて、勢い良く複数の矢が横一列で飛んで行った。
「ぐわぁっ!」
「なっ、何だ!?」
「矢が飛んできたぞ!」
薄暗い中で、自分達目掛けて飛んできた矢を避けきれず、まともに身体に刺さってしまったらしい何人かが、たまらず悲鳴を上げた。しかし戸惑ったのも一瞬で、廊下に怒声が響き渡る。
「頭を低くしろ!」
「機械仕掛けなら、微細な調節はきかない筈、ぐあぁっ!」
慌ててしゃがみ込んだ男達だったが、続けて二射目が飛んできた。しかも先程よりは低い、人の腰の高さ付近を狙って飛んで来た為、屈んだ彼らはまだ避けきれずに、何人かに命中する。
「伏せろ! 低い位置も狙っ、つうぅっ!!」
「このっ!? 一旦物陰に隠れろ!」
更に容赦なく、三射目は膝の高さ程を狙ってきた為、また命中した者が出たらしく、マルケスは廊下の端に走って移動し、ドアを開けてその陰に体を隠した。その隙を見逃さず、この間アルティナの背後に回り込んで階段に到達していたリディアが、閉めかけた非常扉の間から叫ぶ。
「アルティナ!」
「はい!」
そして男達には目もくれず、アルティナが扉の隙間から駆け込むと、リディアはすぐにそれを引いて扉を閉め、内側から鍵をかけた。そして、隔離された形になった階段を上がりながら囁き合う。
「取り敢えず何人かは、戦闘不能にできたかしら?」
「そうですね。それにかなり強い麻痺を引き起こす毒を、全部の矢に塗ってありますから、命に別状は無くても、まともに動けなくなる筈ですし」
「そう言えば緑騎士隊って、武器だけではなくて、特殊な薬品とかの抽出や調合とかもしているって、以前聞いた事があるけど……」
半ば呆れながら呟いたリディアだったが、すぐに気を引き締めた。
「そんな事、今はどうだって良いわ。取り敢えず応援が来るまで、どうにかしてここを持たせないと。どう考えても、口封じに殺されるのが確実だもの」
「そうですね。副隊長、取り敢えずこの鎖をあの像の首辺りに巻き付けてから、こっちの手すりに渡して結び付けて、ここを上がって来る連中の進路を妨害して貰えませんか?」
「分かったわ」
そして階段の扉の向こうで駆け寄る気配と物音を聞きながら、リディアが受け取った糸状鎖での作業を済ませて振り返ると、アルティナが階段から踊り場に上がった場所に、かなり広範囲に見慣れない物をばら撒いていた。
「ところで、この鎖は分かるけど、何を床に落としているの?」
「これは四方針と言いまして、どう転がしても放射状に伸びた四本の針の一本が、真上に突き出る構造になっているんです」
「なるほど……、確かに効果的ね。踏みつけたら痛そうだわ。革靴でも意味ないでしょうし」
鋭利な先端を見下ろしながら、無意識に顔を顰めつつ感想を口にしたリディアだったが、腰から下げていた袋の中身を全て床に落としたアルティナは、それを等間隔に配置しながら解説を加えた。
「はい。どの針の先にも小さな棘が左右に付いていますから、一度刺さったら周囲の皮膚や肉をえぐらないと、なかなか抜けない優れ物だそうです」
それを聞いたリディアは、心底嫌そうな表情になった。
「……やっぱり緑騎士隊って、ろくでもないわね」
「副隊長、それはあんまり」
「しっ! また来るわよ?」
「ええ、それじゃあ、さっきの打ち合わせ通りに」
階段の扉を手斧で破る音と共に、向こう側に強引に引き開かれるのを見たリディアは、手すりの陰に屈み込みながらアルティナに注意を促した。対するアルティナも素早く身を隠すと同時に、男達が足音荒く駆け上がってくる。
「手間かけさせやがって!」
「リディア、どこだ!?」
しかし勢い良く踊り場に踏み込んだ途端、複数の悲鳴が上がった。
「ぐあっ!? 何か踏んだぞ!」
「いてて、何だ、これは!?」
そこですかさずアルティナ達が手すりの陰から飛び出し、予め把握しておいた四方針が無いスペースに足を踏み入れながら、片足を上げて針を抜こうとしている男達を、渾身の力で突き飛ばす。
「目が節穴ね!」
「ここに居るわよっ!」
当然バランスを崩した男達は、背後にいた仲間達を巻き込みながら、踊り場から転げ落ちた。
「うおっ!」
「危ない!!」
「うわあぁっ!」
それを見届けたリディアは、先程踊り場を横切る様に張った鎖の下を潜りながら、アルティナに叫ぶ。
「アルティナ!」
「今行きます!」
「ふざけるな! 待ちやがれ!」
さり気なく屈みながら鎖を潜り抜けたアルティナを、完全に頭に血を上らせた男が階段を駆け上がって追った。そして踊り場の床を確認し、足下に先程の四方針が無い場所を確認した彼らが、勢い良く二階に続く階段を駆け上がろうとする。しかしすぐに、その動きが止まった。
「え? 何かに引っかかって」
「おい、押すな!」
「何立ち止まって、うわあぁぁっ!」
「像が!」
先程リディアが張っておいた鎖に先頭の一人が身体を引っかけ、次々に後続の者が彼にぶつかって動きが止まる事になった。そして押されて引っ張られた鎖は切れずに、そのまま一端を結び付けている壁際に飾られていた等身大の女神像を、彼ら目がけて引き倒す。その女神像が倒れて砕ける衝撃音を聞きながら、二階の上がり口にある非常扉を締め切ったリディアは、施錠しながら遠い目をしてしまった。
「……大惨事ね。後始末が大変そうだわ」
「取り敢えず、これでもう少し時間は稼げそうですが」
「稼げなかったら困るわよ」
そして真剣な顔付きのまま、リディアは上がって右側の通路の先にある扉に向かって走り、その扉を叩きながら、中の王妃の私的エリアに向かって呼びかけてみた。
「レナ、アイーシャ、そこにいる?」
「はっ、はい!」
「暫く奥に下がっていなさい。何が聞こえても、こちらに出て来たら駄目よ!?」
「分かりました!」
きちんと二人が指示通りに行動していた事を確認したリディアは、安堵して再び中央階段まで戻った。するとまだ懲りないのか、扉の向こうか怒りの声と衝撃音が響いてくる。
「副隊長!」
「分かってる!」
この間に左側に進んでいたアルティナは、非常扉を殆ど閉め終えており、鋭い声でリディアに呼びかけた。そして彼女が扉から王太子妃の私的エリアに滑り込むと同時に、階段の上がり口にある扉が破壊された音が聞こえる。それを無視して、アルティナはさっさとその扉も施錠し、更に奥へと進んだ。
「いい加減諦めれば良いのに、しつこいわね」
思わず悪態を吐いたリディアに、並んで早足で進みながらアルティナが応じる。
「マルケスは副隊長に、身元がバレていますし。引っ込みがつかないのは分かりますが」
「でもそれにしても、そろそろ王宮内の当直者がここまで様子を見に来ても良い筈なのに、何をしているのかしら?」
「そうですね。少し手間取り過ぎです。今までの非常扉はあくまで危険回避の時間稼ぎの物で、立て籠もる為の物ではありませんから」
そして一番最初の取り次ぎの為の部屋に足を踏み入れながら、アルティナは密かに王宮内の警備体制についての不信感を、微妙に増大させていた。
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