(15)陰謀の全貌

 グリーバス公爵邸から帰還し、シャトナー伯爵邸でゆっくり休養した翌日。王宮に制服姿で出仕したアルティナは、まず管理棟の白騎士隊隊長室に足を向けた。


「隊長。私用の上、申請よりも長く休んでしまって、申し訳ありませんでした」

「いえ、経過については、ケイン殿から報告を受けていました。昨日はグリーバス公爵邸の火事騒ぎに関して、王宮内でちょっとした噂になっていましたし」

「そうですか」

 入室を許可されて入ると、そこにはナスリーンの他にリディアとマーシアが居り、アルティナは頭を下げながら横目で他の二人の様子を窺った。


(それにしても、マーシアさんの顔色が随分悪くない? 体調でも悪いのかしら?)

 すると平然とナスリーンが言い出した内容を聞いて、アルティナが慌てた。


「早速ですが、私からもあなたに報告があります。実は緑騎士隊に調査と救出をお願いした、リディアの母親と弟殿の事に関してですが」

「あ、あのっ! 隊長!?」

(ここに無関係のマーシアさんがいるのに、いきなり何を言い出すんですか!?)

 咄嗟に話を遮ろうとした彼女に、ナスリーンが溜め息を吐いて告げる。


「心配要りません。先程からマーシアは関係者です。順を追って説明します」

「……分かりました」

 おとなしくアルティナが引き下がった為、ナスリーンは落ち着き払って話を再開した。


「それでリディアのご家族についてですが、無事に緑騎士隊が保護し、内密に移動してシャトナー伯爵の領地で保護して貰っています」

「本当ですか?」

「ええ。お二人に頼んで、リディア宛てに状況を知らせる手紙を書いて貰って、昨日説明をしました」

 自分が地下牢に居る内に、そんな知らせが来ていたなんてと、軽く驚いたアルティナがリディアに顔を向けると、彼女は軽く頷いて話を引き取った。


「筆跡が間違い無く母の物だし、亡くなった父の形見も緑騎士隊の方が預かってきてくれたから、心配要らないわ」

「そうでしたか。それなら良かったです」

 安堵したアルティナが感想を述べると、ここで少々気まずそうにリディアが言い出した。


「その……、隊長から聞いたんだけど、私の家族について色々便宜を図ってくれたみたいね。どうもありがとう」

「いえ、緑騎士隊に調査の依頼をしたのは隊長ですし、ご家族を領地に匿う手配を整えてくれたのは恐らく義父でしょうから、義父に伝えておきます」

「そうね……。そうしてくれるかしら。だけどあの野郎……。もう母さん達が手元に居ないのにしらばっくれて、今朝も高飛車に言い放ってきて……」

 神妙に下げた頭を再び上げてから、リディアが忌々しげに言い出した為、誰の事を言っているのかすぐに分かったアルティナは、困惑気味に宥めた。


「それは……、領地の人間が副隊長のご家族に逃げられた事を、パーデリ公爵の叱責を恐れて口を噤んでいるか、公爵が報告を受けても口を噤んでいるのでは? 副隊長が家族を人質に取られていると思い込んでいるうちは、駒になると思って。それにマルケス殿が小者感満々なので、一々詳細を教える必要性が無いと思われている可能性もありますし」

 その意見に、リディアは全面的に同意した。


「ええ、まさにその事を、今隊長と話していた所よ。母達が逃げた事は把握していても、自力でか手引きがあったのか、また私に連絡を付けているかどうかは、連中には分からない筈。だから当面、私は知らない素振りを続けるわ。あまり長くはかからないと思うけど」

「どういう事ですか?」

 思わずアルティナが尋ねると、リディアは一瞬警戒する様にドアに視線を向けてから、声を潜めて言い出した。


「ここからはマーシアにも係る話なの。他言無用なのは分かっているわね?」

「勿論です」

 真顔でアルティナが頷いたのを見たリディアは、ここで予想外の事を言い出した。


「マーシアの実家が、王都で手広く商売をしているのは知っている?」

「はい、聞いています」

「他国との交易もしているんだけど、実は通常の荷に紛れ込ませて、禁制品の輸入をしているそうなの」

「それは!?」

「黙って! 本題はこれからよ」

「……はい」

 さすがに声を荒げかけてマーシアに視線を向けたアルティナだったが、そんな彼女をリディアが鋭く制止した。その為アルティナは、真っ青になっているマーシアから、再びリディアに視線を戻す。


「昨晩、私は寮の部屋で、マーシアから相談を受けたの。その実家の密輸の証拠をリドニア伯爵の家臣に握られて、実家から『リドニア伯爵の指示に従って欲しい』と言われたそうよ」

(密輸なんかに手を染めていた、マーシアの実家には同情しないけど……。本当にあの連中、なりふり構って無いわね!?)

 思わぬところから出てきた、父親とつるんでいる人間の名前を聞いた彼女は、なんとか怒りを抑えながら詳細について尋ねた。


「ちなみに、どんな指示ですか?」

「ちょうど一週間後の夜勤を、誰かと代わって貰う様に指示されたそうよ」

「一週間後……。随分具体的ですね。その日は何かありましたか?」

 考え込みながら尋ねたアルティナに、ここでナスリーンが説明を加えた。


「ラグランジェ国王の生誕記念の夜会が、ラグランジェ国大使主催で、大使公邸において開催されます。一応友好国の国王生誕祝賀会ですから、陛下の名代で王太子殿下がご出席される予定です」

「それがありましたか……。妃殿下はご出席されませんよね?」

「ええ。出産時期も近付いておりますので」

 ナスリーンの解説を聞いて、アルティナが再び考え込む。


「そうなると……、ただでさえ王太子殿下の護衛に人手が割かれますし、王都内に駐在している各国大使の移動や警護にも、黒騎士隊は配慮しなければなりませんね」

「前々から予定されていた事ですから、勿論その日は黒騎士隊の方で、王都内での配置人数を増員している筈ですが」

「人数が多くなればなるほど、不穏分子が紛れ込んでも、気付きにくくはありますね」

「そういう事です」

「申し訳ありません!! 実家が密輸なんてとんでもない事をしていた事もそうですが、まさか他国と組んで王太子妃を排除しようなんて、大それた事に荷担しようとしていたなんて!!」

 そこでいきなりマーシアが、涙声で会話に割り込みながら頭を下げてきた為、アルティナは事情を知っていそうな人物に視線を向けた。


「副隊長?」

 それにリディアが、眉根を寄せながら答える。

「マーシアは『勤務を代わる様に』とだけ言われているの。でもさすがに不審に思って、昨夜私に相談しに来たわけ。そして私は一昨日マルケスの奴に、『夜勤中に俺達が来たら何も聞かずに、閉鎖してある後宮の正面扉を開けろ』と言われているわ。要するに、マーシアにも同じ事をさせろという事よ」

「それって……」

 言われた意味を瞬時に理解して、アルティナが顔色を変えた。それを見て小さく頷いたリディアが、話を続ける。


「連中が後宮に突入するのを手引きした上に、その後を黙認しろって言ってるのと同義語よね? それをマーシアに説明したら、さすがに事の次第に驚いて、って事なの。それで隊長にも報告したわけ」

「事情は分かりました。ですがさすがに、後宮内でそんな暴挙に及ぶつもりとは……」

 唖然としながらアルティナが呟くと、ここで静かな口調でナスリーンが指摘してきた。


「連中が、本気でこの襲撃を成功させたいと思っているかどうかは、定かではありません」

「と仰いますと?」

「運良く成功したら儲けもの。失敗しても、自分達との関わっている証拠など無い実行犯を切り捨てて、後宮内に賊の侵入を許した近衛騎士団の責任を問えば良いわけです」

「そして騎士団の上層部を入れ替えた後で、再度事を仕掛ければ良いと言うわけですか?」

「そこまで考えている御仁が、あの連中の中に居たらの話ですが」

 ナスリーンの淡々とした口調で、余計に彼女の怒りの程が分かり、アルティナは無言になった。それとは逆に我慢できなくなったらしいリディアが、憤怒の形相で訴える。


「隊長! この事を公表して、パーデリ公爵達の逮捕拘禁をするべきです!」

 しかしその訴えに、冷静な反論が繰り出される。


「ですが、それに関する明確な証拠がありません。あなた達が脅迫されたのも口頭ですし、直接妃殿下を害する様にと指示を受けたり、それに使用する武器や毒の類を受け取ってもいないでしょう? 今の時点で公表しても、不穏な噂を流したと言う事であなた達の罪状になる他、見せしめの為にマーシアの実家の事が明るみに出るだけです」

「そうですね。その場合連中は計画を中止して、またの機会を狙えば良いだけの話ですし」

 しかしナスリーンとアルティナが冷静に告げた内容を聞いて、リディアは黙って唇を噛む。そんな彼女を一瞬気遣わしげに眺めてから、ナスリーンはできるだけ穏やかにマーシアに言い聞かせた。


「そういうわけで、今回情報が集まっている一週間後までに、決定的な証拠を押さえて、連中の企みを粉砕するつもりです。マーシア、協力して下さい」

「はっ、はい! 何でもいたします!」

 既に涙目で頷いた彼女に、ナスリーンは穏やかな口調のまま話を続けた。


「それではまず、脅迫されて身にしみたと思いますが、密輸からは完全に手を引く様に実家の方を説得して下さい。今回の事情は外に漏らせませんが、事が収まり次第調査が入る時に、最大限情状酌量して頂ける様に、王太子殿下と兄に頼んでおきます」

「それで構いません。王太子殿下と宰相閣下へのお口添え、宜しくお願いします!」

「悪いようにはしません。それから怪しまれない様に、あなたは誰かと夜勤を代わって貰いなさい。そして当日の朝、階段でアルティナと肩がぶつかった拍子に階段を転げ落ちて、怪我をするのです」

「え?」

 咄嗟に言われた意味が分からず、マーシアが目を見開いて絶句したが、すぐにその意図を悟ったアルティナは、軽く笑いながら確認を入れた。


「なるほど。それで事故を引き起こした責任を感じた私が、勤務が無理なマーシアさんに代わって、急遽夜勤に入るわけですね?」

「ええ。それなら脅迫してきた者に怪しまれませんし、文句の付けようがないでしょう? 怪我人が無理を押して勤務したら、却って怪しまれますし。勿論、本当に怪我をする事はありませんから、転がり落ちる真似だけですよ? 医務室には予め、密かに話を通しておきます」

 ナスリーンが笑顔で話を纏めると、マーシアは忽ち笑顔になって再び勢い良く頭を下げた。


「ありがとうございます! アルティナさん、宜しくお願いします!」

「ええ、任せて下さい」

「それと、あと一週間。周囲に怪しまれない様に、いつも通りに過ごしていて下さい。それではマーシア。話は済みましたので、勤務に戻って下さい」

「それでは失礼します」

 ナスリーンに指示されたマーシアは、当初とは比べ物にならない位明るい顔付きになって、隊長室を出て行った。


「正直、驚きましたね。マーシアさんの実家の密輸の件もですが、それで脅してくるなんて」

 アルティナが正直な感想を述べると、正面の机の上で手を組み合わせながら、ナスリーンが苦々しい表情で呟く。


「近衛騎士団内で欲得ずくで動く人間の他に、マーシアやリディアの様に、何らかの理由で脅迫されている人間が、どれ位存在しているのやら……」

「隊長……」

 不安そうな表情でリディアが彼女を凝視し、アルティナも無言を貫く中、ナスリーンはすぐに気を取り直し、現実的な指示を下した。


「ここで延々と愚痴を言っていても仕方ありません。とにかく、襲撃の情報は掴めたのですから、直ちに内々に団長に報告します。そしてその日までに、信用の置ける者だけで襲撃の確たる証拠を押さえる事。更に未然に防げない場合には、きちんと現場を押さえる事に努めましょう」

「はい!」

「了解しました!」

 微塵も動揺を見せずに判断を下したナスリーンに、リディアとアルティナは即座に了承の言葉を返した。


(要するに私を地下牢なんかに閉じ込めたのは、これに向けて改心させて手駒にしたかったのと、それが無理でも当日排除しておきたかったから? 一度ならず二度までも、馬鹿にしてくれたわね!!)

 そして傍目には冷静なアルティナは、内心で実の父親に対する怒りに打ち震えていた。


(本当に頭の足りない連中だわ。そんな奴らに負けるものですか! 未然に防げないなら、当日、正面から撃破してやる!)

 その決意のもと、アルティナはそれから一週間、探索を緑騎士隊に任せる一方、後宮での対抗策を練る事に、可能な限りの時間と労力を費やしたのだった。

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