(9)計画続行
地下牢だろうが何だろうが、平気で熟睡していたアルティナだったが、ふと何かの気配を捉えて目を開けた。しかし付近に怪しい人影は無く、アルティナが注意して周囲を観察すると、微かに途切れ途切れに物音が聞こえる。
「……来たわね」
小さく呟いたアルティナは、壁にぴったりと耳を付け、コンコンと明らかにリズムを取って、向こう側から叩いている音を聞き取った。そして立ち上がった彼女は、壁際を移動して見当を付けた所で止まり、同じリズムで叩き返す。
「今なら人目は無いから大丈夫よ」
静かになった壁の向こうに向かって、大き過ぎない声で囁きかけると、すぐに呆れ気味の声が返ってきた。
「全く……、広さも部屋数も充分な屋敷だから、他にも軟禁しておく場所は幾らでもあるでしょうに。どうしていきなり地下牢なんだか。探す手間が省けて助かりましたが」
「この前、領地の屋敷に居た時は大人しく部屋に籠もっていたけど、それでもどうにかして外部と連絡を取ったと、疑っているんでしょうね」
「ここなら外部と接触しようがないと? 公爵達は、本当に通路の存在を知らないみたいですね。ですがそもそもどうして地下牢の横を、この通路が通っているのかが謎ですが」
本気で不思議がっているらしいデニスに、アルティナが真顔で推論を述べた。
「多分、この屋敷を作ったご先祖様が、最大限有効に使おうと思ったからだと思うわ」
「どういう事です?」
「つまり、完全に外と遮断してあるなら、逆に中で何を喋っても他人に聞かれる心配は無いわ。忍び込んで捕まった賊や、襲撃に失敗した刺客をここに放り込んで、頃合いを見てその通路に潜んでいれば、暗さと閉鎖空間で精神的に不安定になった人間が、ついポロッと雇い主に対して悪態を吐いたり、愚痴まじりに敵の情報を漏らしたりするのを聞けたりとか」
すると壁の向こうから、疲労感と皮肉に満ちた声が聞こえてくる。
「そのえげつなさ……。さすがはアルティナ様のご先祖様です」
「一言余計よ」
「そんな事より、すぐに動くのは得策ではありませんから、計画通りに事を進めます」
「そうなると、騒ぎが起こるのは二日後ね」
「ええ。お誂え向きに、その日はパーデリ公爵邸で夜会が開催予定で、それにグリーバス公爵夫妻が出席するのが判明しています。それまで大丈夫ですか?」
一応心配そうに状況を尋ねてきたデニスを安心させるように、アルティナは明るく答えた。
「一応、飲み水を入れた皮袋は太股の内側に、非常食は袖の内側に括り付けて来たから二日間なら大丈夫よ。この中では、動きようも無いしね」
「以前されたみたいに、飲み食いさせないつもりだったら困ると思っていましたが、大丈夫そうですね。一応明日の夜と決行前に、また様子を見に来ます」
「面倒かけるけど、宜しく」
神妙に声をかけると、デニスも真剣な口調になって注意を促してくる。
「そちらこそ、油断しないで下さい。完全に利用価値が無いと判断されて、ひと思いにバッサリ斬られるかもしれませんよ?」
「一応、あの人がパーデリ公爵や隣国と繋がっているのには、気が付いていない演技をしてみたけどね。気をつけるわ」
そして壁の向こうの気配が消えてから、再び寝台に戻ったアルティナは、無表情でそこに転がりながら考えを巡らせ始めた。
アルティナがデニスと接触してやり取りをしていた頃、王宮での勤務を終えたケインは、屋敷に戻るなり執事から父親の所在を聞き出し、談話室に直行した。
「戻りました。それで結局、どうなりましたか?」
室内に足を踏み入れるなりケインが発した問いに、アルデスではなく同席していたクリフが苦笑いで応じる。
「ここまで予想通りだと、正直拍子抜けだよ」
「父上?」
彼の物言いで大体のところは分かったものの、ケインが再度尋ねてみると、アルデスは冷静に説明を始めた。
「グリーバス公爵家の執事が、馬車で待機していた御者に『アルティナ様が積もる話もあり、このまま暫くこちらに滞在すると仰っているので、お引き取り願いたい』と一方的に告げて、体良く追い払われたそうだ」
それを聞いたケインが、盛大に舌打ちする。
「何が『積もる話』だ。ぬけぬけとほざきやがって。主が主なら執事も執事だ」
「兄さん。腹が立つのは分かるが、落ち着こうか」
「俺は落ち着いているぞ。はらわたが煮えくり返っているがな」
「とにかく夕食を食べてこい。今後の話はそれからだ」
「分かりました」
少々強い口調で言い聞かせると、ケインは不満そうな顔付きになったものの、おとなしく従って談話室を出て行った。それを見送ったアルデスが、思わず愚痴っぽく呟く。
「やれやれ、困ったものだな」
「兄さんが? それともグリーバス公爵が?」
「両方に決まっている」
茶化すように口にした息子を、アルデスは軽く睨み付け、クリフも少々不謹慎だったと笑いを収めた。
それから食事を済ませたケインが戻ってから、今後の対応を話し合っていると、執事が現れて来客を告げる。
「ケイン様。デニス殿がいらっしゃいました」
「タイミングが良いな。すぐこちらに通してくれ」
「畏まりました」
そう指示を出してから、ケインは再び父と弟に向き直った。
「さて、当日に向けて、きちんと手順を再確認しておかないとな」
「そうだな。向こうに、余計な事を気付かせるわけにはいかんし」
「取り敢えず、明日は誰か屋敷の人間を遣いに出して、明後日は俺か兄さんかな?」
「俺はその日、夜勤にして貰ったから、日中は空いている」
「なるほど。抜かりは無いね」
そこで兄弟で顔を見合わせてほくそ笑んでいると、再び執事がドアを開けて姿を見せながら、入室する様にデニスを促した。
「デニス殿をお連れしました。どうぞ、お入り下さい」
「失礼します」
そして軽く一礼したデニスを手振りで促し、ソファーの一つに座らせたケインは、挨拶もそこそこにアルティナの現状について尋ねた。
「それで、デニス。アルティナの様子を確認してきたんだよな? 彼女はどんな状況だ?」
「心配要りません。地下牢に入れられても、特に怖がったりはしていませんし」
しかしサラリと返された言葉を聞いて、瞬時にシャトナー家の面々が顔色を変えた。
「地下牢だと!」
「何だそれは!?」
「デニス殿、本当ですか?」
「ええ。でもその方が好都合です」
「何が好都合だ!」
「兄さん、落ち着いて!」
怒気を露わにしてデニスに掴みかかろうとしたケインを、クリフが慌てて押さえる。それを見ながら、デニスが苦笑気味に説明を続けた。
「実はあの地下牢の壁のすぐ裏側を、隠し通路が通っているんです。それで壁越しに会話が可能なものですから」
それを聞いたアルデスは、納得して頷いた。
「なるほど。それではそこで直に彼女と、やり取りをしてきたという事かな?」
「はい。他の普通の部屋に監禁されているなら、一度隠し通路から屋敷内の出入り口に出てから、該当する部屋を探索する必要がありましたから。それだとさすがに、使用人に気付かれる可能性が跳ね上がりますから夜間でないと無理ですが、あそこなら日中でも人目を気にせずに連絡を取る事ができますので」
「そうか。それなら良かった。それで彼女の様子はどうだったのかな?」
事情が分かって口を噤んだケインの代わりに、アルデスが引き続き確認を入れてきた為、デニスは苦笑しながら話を続けた。
「元々、暗い所も狭い所も平気な方なので、話を終えてから『少しのんびりしてるわ』と早速お昼寝をされた位ですから、それほど心配は要らないかと。水と携行食も少しはお持ちだと仰っていましたが、どなたかが渡されましたか?」
「一応、私が着替えに戻ったアルティナに、指示をしておいた」
「確かに、いきなり毒を盛る位の度胸は無いかと思いますが、用心するのに越した事はありませんね」
真顔でデニスが頷いたところで、これまでおとなしくやり取りを聞いていたケインが、痺れを切らした様に口を挟んできた。
「デニス。早速、例の計画内容を確認しておきたいんだが」
「ああ、分かっている。時刻とルートと段取りを、正確に決めておこう。タイミングがずれると拙い」
そこで男達は時間を無駄にせず、二日後の段取りを詳細に渡って詰め始めた。
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