(6)意外に傍迷惑

 ナスリーンに報告後、マルケスとの話がどうなったのかと不安を覚え、リディアを探したアルティナだったが、そのまま他の勤務部署に出向いたらしく捕まらなかった。しかしさすがに探し回る事も出来ず、王宮内で下手な事はできないだろうと自分自身を納得させて勤務を続けた彼女は、夕食の時間帯にさり気なくリディアの情報を仕入れてみようと同僚達に声をかけてみたが、同席してすぐに話題は彼女自身の事になってしまった。


「アルティナさん、結婚するまで領地から殆ど出た事が無いって本当ですか?」

「ええ。何回かは王都に来た事はあるけど、呼びつけられた用事が済めば、すぐに領地に帰っていたし。だから王都に関しては、確実に皆さんの方がご存じですよ?」

「それじゃあ、王都近辺の観光とかは?」

「殆どしていませんね。クリステア大聖堂とかミケーラ学術館とかには、一度行ってみたいと思っていますが」

 これまで王都に殆ど居なかったという事を強調する為に、指折りの観光名所をアルティナが口にすると、中の一人が嬉々として申し出てきた。


「あ、それなら案内しますから、今度休みが合った時に一緒に行きませんか?」

「ケルティ、そういう所には副隊長が連れて行ってくれるわよ。かなり変則的だけど、新婚さんなんだし」

「あ、それもそうか」

「そうですね。今度ケインに頼んでみます」

「だから私達が一緒に行くなら、市場とか小物通りとかよね。アルティナさん、屋台で買い食いしたりとか、手頃なアクセサリーや雑貨を扱ってる店に入って、色々見た事とか無いでしょう? 一緒に行きませんか?」

「確かに屋敷に商人が来た時に持参した商品から買うだけで、自分で店に出向いた事はありませんし、そもそもあまりアクセサリーの類を買った事がありませね。連れて行って頂けたら嬉しいです」

 半分社交辞令でアルティナが口にすると、途端にその周囲でちょっとした諍いが勃発した。


「ちょっとアレナ! 何抜け駆けしてるのよ!?」

「別に良いでしょ? こっちの方が現実的かと思ったんだし」

「アルティナさん、他にもお薦めの場所が有りますよ? 一緒に行きません?」

「あ、ちょっと!」

「サーラ、あんたまで抜け駆けする気?」

「あの、それぞれご一緒しますから、皆さん落ち着いて下さい」

 公爵令嬢なのに気取らない、しかもそれなりに腕が立つと認識されたアルティナとお近づきになろうとする白騎士隊の者達は日増しに増え、リディアの情報収集を半ば忘れて、アルティナは苦笑しながらその場を宥めにかかった。


(アルティンの時は当然男装していたから、女性が好んで行く様な所には迂闊に行けなかったのよね。うっかり入ってアクセサリーなんか選んだりした日には、『やれ女ができたのか、どんな女だ』と周りが五月蠅かったし)

 女性同士らしい彼女達の誘いに、アルティナは思わずこれまでの人生を振り返る。


(勿論、女装して王都内を色々と歩き回ってた事もあったけど、調査対象者の尾行とか、調査対象先への潜入調査とか……。挙げ句に押し倒されそうになった所を、同様に潜入してた仲間に助けて貰った後、『副隊長は女装が板に付いてますから』って大爆笑されたっけ……。元々女だっての。男ばかりに囲まれてたから、こういう女同士の他愛もないやり取りって、本当に癒されるわ……。野郎共は何かと言うと、拳で語りたがるし)

 殺伐としたアルティンとしての騎士団での生活を、アルティナはしみじみと振り返り、ふとケインとの出会いを思い出す。


(そう言えばケインと初めて顔を合わせたのは、入隊直後に『女みたいなひょろひょろした奴に副隊長が務まるとは、緑騎士隊はよほど人材不足らしい』って、この食堂で絡まれた事だったわ。それで一勝負して、汚い手を使って勝って周囲にドン引きされたっけ。だけど何だかケインには、変に気に入られちゃったのよね……)

 自分にとって間違いなく黒歴史に入る内容を思い出して遠い目をしていると、ここで唐突に聞き慣れた声が聞こえてきた。


「申し訳ないが、誰か席を譲って貰えないかな?」

 その申し出に、一人が顔を上げて文句を言おうとして、声を裏返させた。


「はぁ? 何言ってるんですか。他の席が幾らでも空い……、シャトナー副隊長!?」

「悪いね、女同士で楽しく話をしているのは分かっているんだが、ちょっとアルティナと話をしたかったものだから」

 悪びれない笑顔を振り撒いてくるケインに、アルティナは色々諦めて溜め息を吐き、他の三人は興奮気味に立ち上がりながら別れの言葉を告げてきた。


「いえいえ、こちらこそ失礼な事を言って申し訳ありません! どうぞこちらにお座り下さい!」

「私達は失礼しますので、お二人でどうぞごゆっくり」

「失礼します。じゃあアルティナさん、また後で」

「え、ええ。すみません」

「ありがとう」

 そしてトレーを手にしてバタバタと立ち去った彼女達を見送ったアルティナは、(最近、こんなパターンが多いわね)と自問自答した。その間にケインが、彼女の正面の席に座る。


「女同士で盛り上がっている所、邪魔して悪かった」

 どうやら食事に来たわけでは無かったらしく、何も持たずにやって来たケインは、一応形だけ謝ってきた。それにアルティナは、苦笑しながら言葉を返す。


「確かにちょっと残念だけど、わざわざ声をかけて来たって事は、それなりの理由があるんでしょう?」

「本心を言えば、理由が無くとも有象無象は追い払って、いつでも君と二人きりで語り合いたいが」

「……ケイン? まさか本当にそれだけで、皆を追い払ったわけでは無いわよね?」

 まさかとは思うが、本当にそんなふざけた理由だったら容赦しないと言う気持ちを込めて半眼で睨みつけると、彼は忽ち真顔になって声を潜めた。


「確かに本心はそうだが、今回はれっきとした理由がある。今日の襲撃に関してだが……」

「あのまま放置とは思えなかったし、別働隊は居たんでしょう?」

 確信している口調でアルティナが応じると、ケインは僅かに驚いたような表情を見せた。


「鋭いな……。アルティンだったら、言わなくても分かるとは思ったが」

「そう? 簡単な推理の結果よ。騎士団内部に不穏勢力と繋がっている者が居るなら、存在を隠した護衛が別に居るかと思っただけよ。今日の警備体制を見ると、妃殿下の護衛にしては何となく手薄な感じがしたし」

「やはりアルティンの妹だな。勘が良くて助かる」

「それで?」

 感心したように表情を緩めたケインだったが、アルティナに事務的に話の先を促された為、僅かに身を乗り出しながら、真剣な口調で話を続けた。


「馬車に矢を射掛けた馬鹿共の身柄は、別働隊が全員確保した。一応、尋問してはみたが、素性の知れない人間に金で頼まれたらしく、それ以上は判明しなかった」

 それを聞いた彼女は、僅かに眉根を寄せた。


「それは本当? 適当に嘘を言っている可能性は?」

「一応身元を調べてみたが、あっさり判明したからな。王都内のごろつきで、変な背後関係も見当たらない」

「妃殿下を襲撃するにはお粗末ね。何か他に理由でもあるのかしら?」

 思わず考え込んだアルティナだったが、ここでケインが笑いを堪える様な表情で言い出した。


「ねじ込むのが不可能になったから、今ある駒を、最大限に利用する事にしたんじゃないか?」

「どういう意味?」

「白騎士隊に息のかかった人間を送り込もうとして、派手に返り討ちされただろう? どうやら傭兵間で相当話題になったらしく、パーデリ公爵が話を持ち掛けても、同様の話を受ける女傭兵が見つからないらしい」

 そこまで言われて、相手の言わんとする事が分からないアルティナでは無かった。


「それで? リディア副隊長に襲撃を撃退させて、王太子妃殿下の覚えを良くさせて、あわよくば側仕えの機会を増やさせようと企んだと?」

「そうではないかと睨んでいる。だが今日は君があっさり矢を全て叩き落として、リディア副隊長の出る幕は無かった。しかも予想外の事態に呆然として、襲撃者を捕縛する真似をするのも忘れたマルケスが失態を指摘される羽目になったし、連中には散々だったろうな」

「相変わらず、懲りない人達ね」

 完全に呆れ顔になったアルティナだったが、ケインが顔付きを改めて警告の言葉を口にする。


「勿論、これで諦めるとは思えないし、矛先がこちらに向かう可能性もあるから、寮内でも気を付けるようにしてくれ」

「ええ、分かってるわ」

「しかし……、別働隊の報告を聞いても詳細が良く分からなかったんだが、一体どうやって矢を三本も叩き落としたんだ?」

 ここで不思議そうにケインが詳細について尋ねてきた為、アルティナは軽く右腕を上げ、左手で指し示しながら笑って答えた。


「何となく不穏な気配を感じて振り向いたら、飛んでくる矢が見えたものだから、咄嗟に腕に仕込んでおいた線状鎖を投げたの。それで一本絡め取ってから、それを利用して二本を叩き落としたわけ」

「なるほど。それはアルティンが使っていたのを見た事があるが、アルティナもそこまで使いこなせるとは思わなかった」

 苦笑を交えながら感心したように述べたケインに、アルティナも笑顔を見せた。


「カーネル隊長の指示で、急遽指導してくれたデニスのおかげね。顔を合わせる機会があったら、ケインからも二人にお礼を言っておいてくれない?」

「そうだな。俺の方がデニスと顔を合わせる機会は多いと思うし、礼を言っておこう」

「ありがとう」

 にっこりと笑いかけた彼女に、ケインは頷き返してから、僅かに考え込む素振りを見せた。


「しかし全くの素人のアルティナに、そこまでできるとは……。運動神経が元々優れているのか、アルティンが中に居るから咄嗟に判断できるのか……」

「ケイン? 何か言った?」

「いや、何でも無い」

 大体何を考えているか分かったアルティナは、下手に突っ込まれない様にわざと声をかけてみると、ケインも深く追及する気は無かったらしく、すぐに話題を変えてきた。


「しかし、線状鎖を使ったか……。あれを使う時、手袋を使わないと手を怪我する事があると以前アルティンが言っていたが、大丈夫だったのか? 普通の任務中なら、素手だったろうし」

 如何にも心配そうに尋ねられた為、アルティナは笑ってケインに向かって右手を差し出した。


「確かに使い方の指導をして貰った時、デニスもそんな事を言っていたわね。でも強く引っ張ったりしなければ大丈夫みたいよ? ほら」

「確かに、擦り傷や切り傷は無いみたいだな。安心した」

 自分も手を伸ばしたケインは、アルティナの右手を軽く掴み、その掌と甲に傷が無いかを、じっくりと確認した。そしてその手を掴んだまま、思い出した様に言い出す。


「そうだ、ちょうど良かった。母から言付かった物を、渡そうと思っていたんだ」

「何かしら?」

 相変わらず右手を掴みながら、左手で制服のポケットを探ったケインは、そこから小さな円筒形の缶を二つ取り出し、アルティナの前に置いた。


「蓋が青い方は切り傷に、蓋が赤い方は肌荒れに良く効くらしい。母が『慣れない勤めで色々細かい所が疎かになりそうだから、良かったら使ってみて欲しい』と言っていた」

 それを聞いたアルティナは、その心遣いを本心から嬉しく思い、満面の笑みで礼を述べた。


「嬉しい……。確かに最近少し、カサついているかなと思っていたの。早速使わせて貰うわ。お義母様にお礼を言っておいてね?」

「ああ。アルティナが喜んでいたと言ったら、母も喜ぶ」

 傍目には手を繋いで、微笑みながら見つめ合っている良い雰囲気の二人を見て、食堂内の約半数の者は色々諦めて生温かい視線を送り、他の半数は涙目になって呻いた。


「くぅっ……。毎度毎度こんな人目のある所で、見せ付けてくれなくても……」

「本当に、独り者には目の毒だよなぁ」

「決めた。俺、気合い入れて嫁さん探すぞ!」

「その前に、恋人を探せよ……」

 周囲からそんな悲喜こもごもの視線を受けている事に、アルティナはこの時点でも全く気が付いていなかった。

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