(17)懸念

(さっきの話の内容だと、リディアと同様のパーデリ公爵の庶子が、黒騎士隊に入り込んでいるのよね。ケインも、疑わしい貴族からの推薦者を警戒しているとは思うけど、公爵の指示で動く気満々っぽい男だったし、一応知らせておきましょうか。それからリディアの方もね)

 とても聞き捨てならない内容を耳にしたアルティナは、早速これからするべき事柄を頭の中で纏め、寮に戻ると自室には向かわず、ナスリーンの部屋に直行した。


「隊長。アルティナですが、少しお邪魔しても宜しいですか?」

「はい、どうぞ入って下さい」

 快く戸を開けて迎え入れてくれた彼女は、まだ制服姿のまま何かの書類に目を通していたらしく、アルティナに椅子を勧めてから、机の書類を一纏めにし、自分の椅子を移動させてアルティナの向かい側に座った。


「アルティナ、今日はご苦労様でした」

「いえ、ナスリーン様に労って頂く程の働きはしていないと思います。現に隊長室でパーデリ公爵とあの女性にお会いした事は覚えているのに、医務室で目が覚めたら試合が終わっていて、私があの方を倒した事自体をすっかり忘れているなんて……。ケインに教えて貰って、愕然としました。あまりにも不甲斐なさすぎます」

 軽く自己嫌悪している風情を装ってアルティナが口にしてみると、ナスリーンが少々気の毒そうに宥めてきた。


「最後に転んで頭を打って、意識を失ったのを見て私も確かに驚きましたが。でもきちんと試合をしていましたから、大丈夫ですよ? それで、用件はなんですか?」

「はい。夕食を食堂で食べた帰り道、聞き捨てならない話を耳にしまして。話をしていたのは副隊長と、名前は分かりませんが黒騎士隊の方です」

「詳しくお願いします」

 瞬時に顔付きを険しくして説明を求めてきたナスリーンに、アルティナは順序立てて話し出した。


「……それで、相手がリディア副隊長に掴みかかって、暴力を振るいかねない険悪な雰囲気になったので、咄嗟に私が痴話喧嘩と勘違いして仲裁に入ったと言う体を装って割り込んで、話を終わらせました」

 その報告を聞いたナスリーンは、小さく溜め息を吐いてから、彼女に礼を述べた。


「そうですか……。アルティナ、良くやってくれました」

「いえ、試合に手心を加える加えないなどという予想外の話を耳にして、すっかり驚いてしまって。もっと上手い方法があったかもしれませんが」

 そして一度話を区切り、幾分躊躇う素振りを見せながら、アルティナが申し出た。


「それで先程の相手の男性の人相風体を書いた物を後で隊長に提出しますので、それに該当する方を調べて、これ以上副隊長に無理難題を持ちかけない様に、黒騎士隊のチャールズ隊長から言い聞かせて貰えないかと思いまして。……余計なお世話かもしれませんが」

「そうですね。ちょうど明日は定例会議ですので、その折にでもチャールズ殿にお渡しして、調べて貰いましょう。ですが……、リディアに強要するのを控えるように、指示はしないと思います」

「どういう事でしょう?」

 その理由は既に分かっていたものの、アルティナが素知らぬふりで尋ねると、ナスリーンは顔付きを改めて話し出した。


「まだ貴女には詳細を説明していませんでしたが、王太子殿下が貴女に白騎士隊への入隊を要請した経緯は、覚えていますね?」

「はい。王太子妃殿下の周囲に、不穏な気配がある故と伺いましたが」

「その後の調べで、妃殿下の排斥を目的として、国内の複数の貴族が手を結んでいるらしい情報を入手しました。その筆頭が、パーデリ公爵とグリーバス公爵なのです」

「……父も、ですか?」

「ええ、残念な事ですが」

 アルティンとしては既に聞いていた内容ながら、寝耳に水と言った体を装ったアルティナは、内心で(我ながら演技の幅と、面の皮が厚くなったわ)と自画自賛した。そんな傍目には動揺している彼女に向かって、ナスリーンが真剣に説明を続ける。


「それで先程の話の内容では、その男性とリディアは、どちらも母親が異なるパーデリ公爵の庶子。これからパーデリ公爵が、近衛騎士団に働きかけたり策を巡らせる時の、手駒となる可能性があります。その動きを今の時点で下手に封じたら、こちらが先方の思惑に気付いていると悟られる危険性があるのです」

 そう述べたナスリーンに、アルティナは一応指摘してみた。


「ですが先程のやり取りの様子では、副隊長はさほどパーデリ公爵に傾倒していないみたいですし、採用試験に関して手心を加える様な真似もする気は無いと思われるのものですが……」

 その言葉に、ナスリーンも真顔で頷く。


「彼女の性格ならそうでしょうね。基本的に真面目で、忠誠心篤い人ですから」

「その場合、もっと面倒な事になりそうな気がするのですが」

「……脅迫、ですか?」

 相手の言わんとする事をすぐに察したナスリーンが、眉間に皺を寄せながら可能性を口にすると、アルティナも渋面になりながら答える。


「はい。先程の相手の言動を考えると、十分考えられるかと。それで心配になったので、早めに隊長にお知らせしておこうと思いました」

「確かに、その可能性はありそうですね……」

 苦々しい表情で床の一点を見下ろし、何やら考え込んだナスリーンは、すぐに顔を上げてアルティナに告げた。


「入隊時の調査書に書いてあった内容では、確かリディアの父親は早くに亡くなって、公爵領に母親と年の離れた弟が一人居る事になっています」

「公爵ではない父親が、存在していたんですか?」

 思わず突っ込みを入れたアルティナだったが、ナスリーンは事も無げに答えた。


「その方は義父ですね。記録では彼女を出産時、母親は独り身だった筈です。その後に彼女を連れて結婚してから、弟が生まれた事になっていますから」

「そうですか……」

「その二人は、今現在もパーデリ公爵領で生活している筈です。その身の安全を盾に、今後リディアに理不尽な要求をしてくる可能性もありますね……。取り急ぎ緑騎士隊のカーネル隊長に調査をお願いして、必要とあればご家族を保護して貰いましょう」

「そうして頂けますか? ありがとうございます」

 一々提案せずとも即決してくれたナスリーンに、アルティナが安堵したように礼を述べると、彼女は笑って頷いた。


「私の部下に関する事ですから、それ位の手配など、面倒でもなんでもありません。それから確かシャトナー伯爵領は、パーデリ公爵領から程近かった筈。何かあった時は、ケイン殿からご領地の管理官に話を通して貰って、そちらで匿って貰いましょう」

「確かに、それならより安全ですね。私からも頼んでおきます」

 国内の配置図までも考えて、抜かりの無い提案をしてくれた上司に向かって、アルティナは心から頭を下げた。それにナスリーンが、落ち着き払った笑顔で応じる。


「アルティナ、今回は助かりました。また気が付いた事があったら、すぐに教えて下さい」

「はい。大した事はできないと思いますが、十分注意していきます。それでは失礼します」

 そこでナスリーンの部屋を辞去して廊下を歩き出したアルティナは、内心で安堵していた。


(今回はアルティンにならずに済んだわね。今後リディア副隊長にこそこそ小細工されたりするのは面倒だし、カーネルにはしっかり彼女の家族の情報収集と、身柄の確保をして貰わないと)

 素早くそんな算段を立てたアルティナは、自室に戻るなりデニスに向けての連絡文を、用意済みの細い用紙に書き込んだ。

 それから暫く時間を潰し、周囲の部屋の住人も寝始めて、灯りを点けている部屋が寮の中でも殆ど無くなっている事を、窓を開けて周りを確認したアルティナは、自分の部屋の灯りも消した。それからユーリアから渡されていた、細長くて掌に握り込める程度の笛を、引き出しから取り出す。


「隊長経由で明日中にはカーネルに話が伝わるとしても、準備する上で早く耳に入るに越した事はないもの」

 多少ユーリアとデニスにぶつぶつ文句を言われそうなのは覚悟した上で、アルティナはそれを手にして窓際に移動し、外の暗闇に向かって思い切り笛を吹いた。しかし笛の音らしき物は全く聞こえず、周囲には変わらず静寂が満ちたままだった。

 アルティナが間隔を開けて、何度か吹いてみても、全く変化がないと思いきや、少しして小さな羽ばたきと共に灰色に近い色の鳥が一羽飛来して、アルティナの部屋の窓枠に止まった。


「ご苦労様。これ、ユーリアにお願いね?」

「ぐるるるぅ」

 左足に装着してある容器に、丸めておいた通信文を詰めてから声をかけると、その鳥は(しょうがないなぁ)とでも言う感じで小さく声を出し、その直後に夜空に飛び立って行った。


(まだこの時間だから、ユーリアは寝てないわよね? 翌朝早いからって寝ていたら、後が怖いわ)

 さすがに自分で好きな場所に鳥を飛ばせる事はできないアルティナは、中継役をユーリアに任せるしか無かったのだが、時折主従関係が逆転してしまうユーリアの怒りがあまり酷く無いようにと、その時ささやかに願った。

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