(14)一人二役(?)開始

(デニスの提案通りに事を進めて、なんとかここまで持ち込めたな。あれだけ印象を悪くしておけば、今後グリーバス公爵家側から我が家が変に干渉を受ける事もないだろう)

 予想以上に奮闘してくれた弟に改めて感謝しながらも、とんだ守銭奴ぶりを見せ付けられることになったアルティナの心情を思い、ケインは思わず溜め息を吐いた。


(本意ではなかったが、『公爵家側に下手に勘ぐられないよう、アルティナ殿にも内密に』とのデニスの指示に従っていたから、まずは彼女の誤解をしっかり解いておかないと。そうでないと悪役を演じてくれた、クリフの立場がないからな)

 そして彼は今夜の騒動のそもそもの原因を思い返して、無意識に顔を顰める。


(それにしても持参金が集まり次第、問答無用で屋敷から叩き出すとは……。なんて非常識で、情のない連中だ。やはりデニスの話に乗って、ろくでもない小細工をしてでもアルティナ殿を我が家に引き受ける事ができて良かった)

 そう安堵したところで目的の客間に到着したケインは、書斎から持ち出したマスターキーをドアの鍵穴に差し込んだ。それをゆっくり回すと、静かな音と共に施錠が解除される。それでケインは、極力物音を立てないようにして室内に足を踏み入れた。

 無言のまま二間続きの客間の奥の寝室に進んだケインは、月明かりがカーテンの隙間から漏れてくるだけの薄暗い室内を進んで壁際のベッドに到達し、そこで寝ているアルティナを見下ろす。


(ああ、やっぱりもう休んでいるか……。いや、勿論熟睡してくれているのなら、それに越したことはないが)

 安堵した半面、少々落胆した気持ちを隠せなかったケインは、軋む音を立てないように注意深くベッドの端に腰を下ろした。そして彼女の顔を見下ろしながら、ごく控えめに囁いてみる。


「アルティナ殿?」

「……ぅん?」

 その声に応じたように彼女が僅かに身じろぎしたのを見て、ケインは再度小さく声をかけてみる。


「お休みですか?」

「いや、はっきり目は覚めているぞ、色男」

「ああ、それなら……、え?」

 予想外のはっきりした返事に思わず頷きかけ、そのぞんざいな口調に違和感を覚えた瞬間、ケインは勢い良く上半身を跳ね上げたアルティナに着ている服の胸倉を掴まれた。それに驚く暇もなく至近距離で向かい合った彼女から、怒声とともに拳が繰り出される。 


「食らえ! この女の敵がぁぁっ!!」

「ぐぁっ!」

 その拳を頬にまともに食らったケインは、呆気なくベッドから落ちて床に転がった。するとそれを冷ややかな目で見下ろしながら床に下り立った寝間着姿のアルティナが、両手を組んで盛大に指を鳴らしつつ、ケインとの距離を詰める。


「ア、アルティナ殿?」

「気安く妹の名前を呼ぶな! 誰が許可した、このボケがっ!!」

「妹? ……え? そうなるとお前、まさか……、アルティン!? そんな馬鹿な! お前は死んだだろうが!?」

 盛大に叱り付けられたケインは、自分が思わず口走った内容に愕然とした表情になった。しかし当のアルティナは、そんな事はお構いなしに暴れる気満々で冷たく彼を見下ろす。


「ケイン。お前まさか、これ位でおしまいだなんて思ってないよな? まだまだ夜は長いんだ。今夜はとことん、付き合って貰おうじゃないか。しかも婦女子の寝室に無許可で押し入るのに、随分慣れているみたいだな? 前々から分かってはいたが、この女ったらしが!!」

「いや、アルティン、それは違う! それはちょっと誤解と見解の相違で」

「言い訳するな! 覚悟!!」

「だからちょっと待てと、うわっ!!」

 床に座り込んだま、慌てて相手を宥めようとしたケインだったが、アルティナは容赦なく彼の腹に強烈な蹴りをお見舞いした。


「アルティナ様! 今の物音は何事ですか!?」

「とりぁあぁぁっ!!」

「うわあぁぁっ!!」

 それから少しして、さすがに隣室の騒動に気が付いたらしいユーリアが、血相を変えて鍵がかかっていないドアから飛び込んできた。そこでちょうどアルティナがケインを投げ飛ばした所を目の当たりしてしまったユーリアは、悲鳴を上げて床に転がったケインに駆け寄る。


「きゃあぁぁっ!! ケイン様、大丈夫ですか?」

「……あまり、大丈夫じゃないな」

 呼びかけに応じてゆっくりと上半身を上げたケインは、夜目にもはっきりと顔に盛大な痣を作り、口の中が切れたのか唇から血が滲んでいた。それを見たユーリアは背中に彼を庇いつつ、芝居半分本気半分で、アルティナを見上げながら叱り付ける。


「アルティン様!! なんて事をなさるんですか! ケイン様はアルティナ様のご結婚相手なんですよ!?」

「あの強欲親父の決めた縁談など知った事か! こんな奴がアルティナの夫だなんて、断じて認めないぞ!」

「そんな事を仰られても! アルティン様は、もうお亡くなりになっているんですから!」

 予め打ち合わせていた筋書き通りの演技を続ける主従二人に、これまた計算通りに困惑顔のケインが声をかけた。


「ちょっと待ってくれ、侍女殿」

「なんでしょうか、ケイン様。今、取り込み中なのですが?」

「君は今のアルティナ殿が、アルティンだと思っているよな?」

「はい、それは勿論で……」

 振り返った視線の先に、ケインの恐ろしい位真剣な顔つきを認めたユーリアは、一瞬演技を忘れて本気で声を詰まらせた。それを見たケインは彼女が我に返ったことで絶句したと解釈し、有無を言わせない口調で畳みかける。


「どういう事か、私にも分かるように説明して貰えるよな?」

 説明するのは織り込み済みだったが、ユーリアはわざとアルティナを振り仰いで指示を求めた。


「アルティン様……」

 それを受けて、アルティナはわざとらしく肩を竦めてみせる。

「仕方がない。だが、私は断固として認めるつもりはないからな」

「ですから、いつまでもそんな事を仰られても」

 ユーリアが尚も小言を口にしようとした所で、先程からの騒ぎを聞きつけた家の者達が、大挙してその客間に押しかけて来る。


「アルティナ様、どうかされましたか!」

「何やら、尋常ではない物音がしましたが!?」

「兄さん! 賊でも押し入ったのか!?」

 それぞれ武器になる物を手にしながら、住み込みの使用人達や弟が駆け込んで来たことで、ケインはゆっくりと自力で立ち上がりながら説明する。


「いや、賊が侵入した訳ではない。彼女にやられただけだ。正確には『彼に』と言うべきだろうが」

「はい?」

「どういう意味ですか?」

 ケインと、彼に手で指し示されたアルティナを交互に見ながら、やって来た者達は一様に怪訝な顔になった。そんな中、ケインは半ば彼らを無視し、アルティナに向かって提案する。

「アルティン。ここだと手狭だし、きちんとした所で話をしないか? 俺の他に家族にも、この状況の説明をして欲しい」

 その申し出に、アルティナが真面目に頷く。


「それは当然の要求だな。分かった。そうしよう」

「勿論、侍女殿も同席して貰う」

「畏まりました。それではアルティン様。上に羽織る物を用意します」

「ああ、頼む」

 そして女二人が話し合っているのを横目で見ながら、ケインはガウスに指示を出した。


「ガウス。悪いが父上と母上、それとマリエルを寝ているなら起こして、急いで応接室に来るように言ってくれ」

「しかしケイン様」

「兄さん、それだったら俺が皆を呼んでくる。ガウスは応接室に明かりを点けて、人数分の椅子を揃えておいてくれ」

「畏まりました」

 主人一家が既に就寝していた場合、叩き起こす役目を担わされそうになったガウスがたじろいだのを見て、すぐにクリフが役目を引き受けつつ指示を出した。それを見たケインは、自身が思っている以上に動揺しているのを自覚する。それと同時に、これから家族を自分以上に驚愕させる羽目になりそうだと考えて、頭痛を覚えていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る