第17話
僕たちは、明日香さんの車で明日菜ちゃんの家に向かっていた。
この交差点を曲がると、あと二、三分だ。この道は交通量も少なく、すれ違う車もほとんどいなかった。
「明日香さん。映画を見ることによって、何か分かることがあるんですか?」
「それは、見てみないと分からないわ。何かヒントになることがあるかもしれないし、もしかしたら何もないかもしれないわ。まあ、何はともあれ、明日菜が録画をしてくれていて助かったわ。ありがとう、明日菜」
と、明日香さんは、前を見たまま言った。
「…………」
しかし、明日菜ちゃんからの返事はなかった。
「ちょっと、明日菜。聞いているの?」
僕は、ミラーで後ろの席の方をチラッと見てみた。
あれっ? そこにいるはずの、明日菜ちゃんの姿がなかった。
「あ、明日菜ちゃん?」
明日菜ちゃんが、消えた!? ど、どうなっているんだ?
確かに、明日菜ちゃんは後ろに乗ったはずだけど――
もしかして、僕が明日菜ちゃんが乗る前に、車を出してしまったのだろうか?
いや……、そんなことは、ないはずだけど……。
僕のただならぬ様子に、明日香さんが後ろを振り向いた。僕も、チラッと後ろを振り向いた。
そのときだった――
「わっ!!」
という叫び声とともに、いきなり明日菜ちゃんが姿を現した。
「ギョエーーーッ!!!」
僕は驚きのあまり、叫び声を上げて急ブレーキをかけた。
キーッ!! と音を立てて、車は止まった。
「ちょっと、明宏君。危ないじゃないの!」
「す、すみません……。オバケでも、出たのかと思って……」
あー、びっくりした。
当の明日菜ちゃんは、ケラケラと笑っている。
「明日菜! 笑い事じゃないわよ。危ないでしょう! 事故でも起こしたら、どうするのよ!」
と、明日香さんは、本気で怒っている。
「ごめんなさい。まさか、そこまで驚くとは思わなくて……」
と、明日菜ちゃんは、明日香さんに怒られて、しゅんとしている。
「明宏さんも、ごめんなさい……」
「い、いや……。僕は、大丈夫だよ……」
本当は、まだ心臓がドキドキしているけど。他の車が、いなくてよかった。
「明日菜ちゃん。どこに、隠れていたの?」
と、僕は聞いた。
「これを掛けて、じっとしていただけだよ」
と、明日菜ちゃんは、手に持った黒い布を見せてくれた。
「えっ? そうなんだ。暗いから、全然分からなかったよ」
「明日菜。いい年をして、何を子供みたいなことをして喜んでいるのよ」
と、明日香さんが言った。
「ちょっとね……。やり返して、みたかったのよ……」
と、明日菜ちゃんは、つぶやいた。
「どういう意味よ?」
「実は――」
と、明日菜ちゃんが何か言いかけたとき、
ブーッと、後ろからクラクションを鳴らされた。
「明宏君。車が、来たわよ。早く出して」
「はい」
僕は、あわてて車を走らせたのだった。
「明宏さん。ちょっと部屋の中を片付けるから、ここで少し待っててね」
と、明日菜ちゃんが言った。
「僕は、別に気にしないけど」
散らかっているとはいっても、僕の部屋ほどではないだろう。
「私が、気になるのよ。明宏さんも、妹の部屋が汚いのは嫌でしょう?」
妹? 明日菜ちゃんは、僕の妹ではないから、別にどうでもいいのだけど。
ちなみに、僕の妹の
「明日菜。余計なことは言わなくてもいいから、私も手伝うから、早くしましょう」
と、明日香さんが言った。
「うん。それじゃあ明宏さん、待っていてね」
と、明日菜ちゃんは言うと、明日香さんと一緒に部屋に入っていった。
明日菜ちゃんの住んでいるこの部屋も、明日香さんたちのお父さんの所有する建物だ。当然だけど、僕の住んでいるボロアパート(なんて言ったら、大家さんに怒られるか)なんかよりも、家賃も何倍もするだろう。
僕も、こんなところに住めたらなぁ。まあ、僕の収入では、とうてい無理だけど……。
「…………」
まだかな? もう、かれこれ十分くらい経つんじゃないのか?
もう10時か――これは、帰る頃には日付が変わるだろうな。
僕が、廊下の壁にもたれてしゃがみ込んでいると、ガチャッと音がしてドアが開いた。
「明日菜ちゃん、遅かったね」
と、僕が立ち上がると――
あれっ? 明日菜ちゃんの部屋のドアは、閉じたままだった。当然、明日菜ちゃんの姿も明日香さんの姿も、そこにはなかった。
気のせいか? と、ふと右側を見ると、隣の部屋のドアが開いて、若い女性が僕を見つめていた――というか、睨み付けていた。
右手に財布を持ち、近くのコンビニにでも行くところだろうか?
黙っているのも、おかしいかなと思って、
「あ、あの――」
と、僕が声をかけようとしたときだった。
「誰ですか? こちらに何か、ご用ですか?」
と、その女性が言った。
「あっ、僕は、明日菜ちゃん――いえ、お隣の桜井さんの――」
「やっぱり!」
「やっぱり?」
何が?
「あなた、ストーカーね! お隣が、モデルのアスナちゃんの部屋だって知っていて、忍び込んで来たのね!」
「そ、そんな、違います! 違います! 忍び込むも何も、明日菜ちゃんと一緒に入って来たわけで――」
とんだ誤解だ!
「一緒にですって? アスナちゃんを、ずっと尾行していたのね! この変態男!」
女性は、完全に僕をストーカーだと勘違いしているみたいだ。
「い、いえ。違います! 一緒に、車に乗って――」
「車に、忍び込んでいたの!? 悪質な、ストーカーね!」
いや、悪質じゃないストーカーなど、いないだろう。
「ちょっと、待ってください! 僕は、明日菜ちゃんの知り合いで――」
「アスナちゃんなんて、なれなれしく呼ばないでよ! アスナちゃんに、こんな変態ストーカーの知り合いがいるわけが、ないでしょ!」
僕は、そんなに怪しい男に見えるのだろうか?
「逃げるんじゃないわよ! すぐに、警察を呼ぶから!」
と、女性は、携帯電話を取り出した。
「ちょっ、ちょっと、待ってください!」
警察なんか呼ばれたら、もっと大騒ぎになってしまう。せめて、鞘師警部が来てくれたらいいけど――っていうか、捜査一課の鞘師警部が、こんなことで来るわけがない。
そ、そうだ! 明日菜ちゃんか明日香さんを、すぐに呼び出せば――
僕は、明日菜ちゃんの部屋のドアに駆け寄り、ドアを開けようとした。
そのときだった――
女性が持っていた財布と携帯電話を投げ出して、僕に体当たりをしてきた。
「ぎゃふん!」
僕は気がついたら、女性の下敷きになっていた。
本当に『ぎゃふん』なんて言う人がいるんだ……。自分で、言ったんだけど。
いや、そんなことよりも――
「明日香さん! 助けてーっ!」
と、僕は叫んでいた。
これは、デジャヴか……。なんか、つい最近も、同じようなことがあったような気がする。
そこへ、明日菜ちゃんの部屋のドアが開いて、明日香さんが出てきた。
「何か、騒がしいわね――明宏君。何を、やっているの? あなた、まさか……。痴漢でも、やったの?」
と、明日香さんは、僕と女性を見下ろしながら、言ったのだった……。
数分後――
僕は、明日菜ちゃんの部屋にいた。
「痛たたた……」
僕は、明日香さんに、湿布を貼ってもらっていた。
「もう、情けないわね。ストーカーに、間違われるなんて。私が、恥ずかしいわ。こんな、情けない助手を持つなんて……」
と、明日香さんは、呆れ果てている。
「明日香さんたちが、早く入れてくれないから……」
「なあに? 何か、言った?」
「い、いえ……。別に、何も……」
明日香さんに反論できるほど、僕は強くないのである――恥ずかしいけど。
「二人とも、お待たせ」
と、明日菜ちゃんがやってきた。
明日菜ちゃんは、途中から片付けを明日香さんに任せて、シャワーを浴びていた。
「ちょっと、明日菜。明宏君の前で、なんて格好をしているのよ」
「別に、いいじゃない。明宏さんなんだから。他の男の人の前だったら、こんな格好はしないわよ」
と言う明日菜ちゃんの格好は、かわいいピンクのパジャマ姿だった。
「だからって……」
「私は、お風呂上がりに、パジャマ以外の服を着るのは嫌なの」
と言う明日菜ちゃんは、まだ髪の毛も少し濡れていて、なんだか色っぽく見えた。
「ねっ、明宏さん?」
「――えっ?」
何が『ねっ』なのか、よく分からないけど。そんな明日菜ちゃんに、少しドキッとしてしまった。
「明宏君。何を、鼻の下を伸ばしているのよ? 明日菜に、惚れちゃったの?」
と、明日香さんが言った。
「そ、そんなこと、ありませんよ――」
僕は、明日香さん一筋ですから! とは、恥ずかしくて言えないけれど。
「私、髪の毛を乾かしてくるから。適当に、お菓子でも食べて待っていて」
と、明日菜ちゃんは行ってしまった。
その後、なんだかんだで、もう11時だ。
僕は、疲労もあって、だんだん眠くなってきた。しかし、ここで眠ってしまっては、明日香さんに怒られてしまう。
なんか、先ほどの一件から、明日香さんの機嫌が悪いような気がするけど、僕の気のせいだろうか?
「さあ、見ましょうか」
と、明日香さんが、再生ボタンを押した。
映画が始まると、最初のシーンは、深夜のビルの屋上だ。
一人の女性が、誰かに追い詰められている。
そして――
そのまま、誰かに突き落とされた!
いきなり、殺害のシーンからスタートだ。もちろん、犯人の顔は分からない。
屋上から、地面を覗き込むように、女性の遺体が映し出される。
次に、地上から屋上が映し出される。下を覗き込んでいた犯人が、立ち去って行く。
そして、探偵事務所のシーンへと変わる。
これが、主役の女優さんか――僕も、テレビ放送を見てはいたけど、あんまり集中して見てはいなかったので気づかなかったけど、結構かわいいな。
まあ、明日香さんほどではないけどね。
そして、これが助手か――悔しいけど、僕よりもイケメンだな。
「明宏君。ちゃんと、見てる? 眠そうだけど?」
と、明日香さんが聞いた。
「――はい。起きて……、ますよ。悔しいです」
「――何が?」
しまった! いつものように、思っていることを、また口に出してしまった。
「い、いえ、何でもないです」
俳優さんの方がイケメンなのは、当たり前じゃないか。余計なことは考えないで、映画に集中しよう――
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