第15話
「女性探偵と男性助手が、殺人事件を解決するという話でしたよ。ちょうど、あなた方と同じですね」
と、吉岡さんは笑った。
「ちょっと、明宏君。私は、その映画を見ていないんだけど、そういう話なの?」
と、明日香さんが、僕に聞いた。
「はい、そういう話でしたけど。でも、そんなの、新聞のテレビ番組の欄を見れば、誰にでも分かりますよ」
と、僕は言った。
最近は、テレビ画面で番組表を見たりもできるし。それだけでは、テレビを見ていた証拠にはならないだろう。
「ふーん。一緒に事件を解決できる優秀な助手がいるなんて、うらやましいわね。私も、そういう助手がほしいわ。現実には、なかなかいないけど」
と、明日香さんは、ボソッと言った。
「えっ? ――そ、そうですね……」
それはつまり――僕が、優秀ではないということだ。
いや、そんなこと、僕自身が一番よく分かっているけれど……(明日香さんが、どうしてこんな僕を助手にしてくれたのかは、いまだに分からないのだが)。
ふと、鞘師警部と目が合った。きっと鞘師警部も、心の中でそう思っているのだろう。この、無能な助手と……。
――もっと、がんばろう。
「ちなみに、録画してあとから見たりとか、DVDで見たりとかはしていませんよ。家には、そういった機械はありませんから」
と、吉岡さんは言った。
確かに、テレビ台にはテレビが乗せてあるだけで、DVDレコーダーの類いは、どこにも見当たらなかった。
「他の部屋のテレビも、確認しますか? と言っても、この部屋と台所にしか、テレビはありませんけど」
「そうですか。では、後ほど」
と、明日香さんは言った。
しかし、この家にDVDレコーダーがないからといって、他の場所で見ていないという証拠にはならない。
「吉岡さん。もう少し具体的に、映画の内容を話していただけませんか?」
と、鞘師警部が聞いた。
「具体的に――ですか?」
「はい。例えば、こういうシーンがよかったとか。こういうシーンが、特に印象に残ったとか。そういうことは、ありませんか?」
「ああ、そういうことですか。そうですねぇ……、私が個人的に面白かったのは、探偵のことを好きな助手が、いろいろな妄想をしているシーンですかね。ストーリーの本筋とは全然関係ない部分ですけど、面白かったですよ」
と、吉岡さんは笑った。
探偵のことを好きな助手が、いろいろな妄想をしているだって!? まるで、僕みたいじゃないか。
「明宏君。そういうシーンは、あったの?」
と、明日香さんが聞いた。
「えっ!? ぼ、ぼ、ぼ、僕は、そんな妄想なんて、全然してないですよ」
焦った僕は、完全に挙動不審だ。
「誰も、そんなこと聞いてないわよ。映画の話よ」
あぁ……、明日香さんの視線が痛い。
「え、えっと……。あ、あれっ? そんなシーンって、ありましたっけ?」
「私は、知らないから聞いているのよ。明宏君、しっかりしてよ。見ていたんでしょう?」
「は、はい。その……、見てはいたんですけど……。ゲームをやりながら見ていたんで、常にテレビ画面を見ていたわけではなく……」
僕はテレビを見ながら、携帯ゲーム機でゲームをプレイするのだけど、ゲームの方に熱中しすぎて、テレビの方はまったく見ていないことも少なくない。
「そうは言っても、だいたいのことは分かるでしょう?」
あぁ……、明日香さんの視線が、またまた痛い。
「明日香ちゃん。そういうシーンなら、確かに、あったぞ」
と、僕たちの後ろから声が聞こえた。
「えっ? 鞘師警部も、見ていたんですか?」
と、僕は、驚いて聞いた。
「ああ。見ていたとはいっても、テレビで見ていたわけではないがな。映画館で、見たんだ」
「鞘師警部、そういう映画を見るんですか?」
「明宏君。私だって、映画くらい見るさ」
それはそうかもしれないけれど、鞘師警部が一人でポップコーンを食べながら映画を見ているところなど、まったく想像ができない(※一人でとは、言っていない。ポップコーンを食べながらとも、言っていない)。
「これで、私がテレビを見ていたことが、分かっていただけましたか?」
と、吉岡さんが言った。
「――そうですね……」
明日香さんは、まだ不満そうだが――
「ちゃんと、犯人も分かっていますよ。犯人は、依頼人の女性です。そうそう、エンディングテーマのときに流れていた、NGシーンも楽しかったですよ」
「そうですか。分かりました」
と、明日香さんは、うなずいた。
うん? NGシーン? そんなの、あったかな?
僕は、鞘師警部の方を、チラッと見た。鞘師警部が何も言わないところを見ると、これも僕が気づかなかっただけで、あったのだろう。
昨日は、野球ゲームに夢中になっていたからなぁ。
「そ、そうそう。ありましたね。思い出しました」
と、僕は言った(本当は、エンディングテーマがどんな曲だったかさえ、まったく記憶にないのだけれど)。
知らなかったと言ったら、また明日香さんに怒られてしまうだろう。
「――そう」
明日香さんは、僕を疑いの眼差しで見ていた。
「あの日は、台所で夕食を食べながら、テレビを見ていました」
と、吉岡さんは言った。
僕たちは、台所に来ていた。台所のテレビにも、DVDレコーダーなどはついていなかった。
「この窓の向こう側は、北川さんの家ですか?」
と、明日香さんが聞いた。
「ええ、そうですよ。北川さんのお宅の、庭が見えます」
「ちょっと、開けてみてもよろしいでしょうか?」
「ええ、いいですよ」
明日香さんは、台所の窓を開けた。僕と鞘師警部も、明日香さんの後ろから外を覗いて見た。ここからは、涼子さんの家の庭が見える。車庫の中も、少し見えている。
明日香さんは、窓から頭を出して、キョロキョロと左右を見ている。まあ、庭が見えるからといって、たいした意味はないと思うけれど。
「ありがとうございました」
と、明日香さんは、窓を閉めた。何か、分かったのだろうか?
「それじゃあ、これで失礼しましょうか」
「えっ? 明日香さん、帰るんですか?」
このまま、何もしないで帰るのか――
「仕方が、ないじゃない。何の証拠も、ないんだから」
証拠か――
確かに、何の証拠もなければ、どうしようもない。いくら鞘師警部がいるからといっても、無理やり捕まえるわけには、いかないし。
「吉岡さん。大変、失礼しました。これで、帰らせていただきます」
と、明日香さんは、深々と頭を下げた。
「いえいえ。今度は、犯人を逮捕してから来てください」
と、吉岡さんは笑った。
僕たちは、吉岡さんに見送られて、家の外に出てきた。
「明日香さん。本当に、このまま帰るんですか?」
と、僕は改めて明日香さんに聞いた。
「ここまで来たんだから、涼子さんにも会っていきましょう」
と、明日香さんは言った。
「そうですね」
やっぱり、今は諦めるしかないのか……。
何か、何か証拠はないのか――
僕は、必死に考えた。そして、あることを思い出した。
「明日香さん!」
「何よ? そんなに、大きな声を出して。びっくりするじゃない」
「靴ですよ! 靴! 吉岡さんの靴に、穴があいていたじゃないですか!」
「そうね」
「鞘師警部。坂口さんの家の花壇に、犯人の靴跡があったんですよね?」
「ああ。犯人のものだとは言い切れないが、靴跡はあったぞ。ただ、雨の影響もあって、はっきりとした跡は取れなかったがな」
「もしも、吉岡さんがあの靴で花壇に入ったのなら、靴の中に花壇の土が入っている可能性があるんじゃないですか?」
「確かに、その可能性はあるわよ」
と、明日香さんが言った。
「鞘師警部! 警察で調べれば、花壇の土と同じかどうか分かるんじゃないですか?」
「ああ。それは、可能だろうな」
と、鞘師警部は、うなずいた。
「それじゃあさっそく、調べに戻りましょう」
と、戻ろうとした僕を、明日香さんが制した。
「明宏君。何の証拠もないのに、調べられないわよ」
「でも……。鞘師警部! 鞘師警部の権限で――」
「明宏君。君の気持ちは分かるが、無理やり持っていくわけにはいかないよ。吉岡さんが、渡してくれるとは思えないしな」
と、鞘師警部は言った。
「そう――ですね……。分かりました」
確かに、明日香さんと鞘師警部の言う通りだ。もう少し、証拠を見つけなければ。
「もう一度、涼子さんに話を聞いてみましょう。何か、忘れていることがあるかもしれないわ」
と、明日香さんが言った。
「はい」
僕たちは、涼子さんに会いに行くことにした。
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