第10話
「明日香さん、ここですね。南田っていう、表札が出ています」
僕たちは、涼子さんの家を出てすぐに、南田さんの家にやって来た。南田さんの家は、涼子さんの家と比べると、少々古い二階建ての家だ。
僕はさっそく、玄関のチャイムを押した。
しばらくすると、
「はい、どなた?」
と、60代くらい(同級生のはずだけど、見た目は涼子さんのお父さんよりは、少し若く見える)の男性が、姿を現した。
「失礼ですが、南田さんでいらっしゃいますか?」
と、明日香さんが聞いた。
「ええ、そうですけど。何か、ご用ですか?」
「ちょっと、南田さんのご友人の北川さんのことで、お聞きしたいことがありまして」
「警察の方ですか? 今日の午前中にも、お話しましたけど」
やっぱり、警察も来ていたみたいだ。
「いえ。申し遅れましたが、私たちは警察ではなくて――」
私たちは探偵だと、明日香さんが名乗ろうとした瞬間――
「それじゃあ、マスコミか? 面白おかしく、事件のことを記事にしようっていうのか? 北川は、殺人なんか犯すようなやつじゃない! お前たちに、話すことなんて何もない。とっとと、帰ってくれ!」
と、南田さんは突然怒りだし、玄関のドアを閉めようとした。僕は慌てて、とっさに右足を玄関の中に突っ込んでいた。
すると、当然といえば当然だが、僕の右足は玄関のドアに挟まれた。
「いてっ!」
僕は、思わず叫び声を上げた。もちろん、そんなに勢いよく閉めたわけではないので、そんなに痛いわけではないのだが、条件反射みたいなもので、無意識で言ってしまった。
「ちょっと、明宏君。何をやっているのよ。やり方が、暴力団的ね」
と、明日香さんは呆れている。
「い、いえ……。決して、そういうつもりでは……」
「南田さん、すみません。私は、マスコミの者ではなくて、探偵の桜井明日香と申します。こっちは、一応、私の助手の坂井明宏です」
「探偵?」
「はい。北川さんに依頼を受けて、この事件を調べているんです」
と、明日香さんは、南田さんに名刺を一枚渡した。
「探偵ねぇ。北川に、依頼を?」
「はい。元々の依頼は、北川さんの娘の涼子さんの無実を証明してほしいという依頼でしたけど。こうなった以上は、北川さん自身の無実も証明したいので、ご協力していただけませんか?」
「そうですか。それじゃあ、とりあえず中に入ってください」
僕たちは、南田さんの部屋に通された。部屋の隅には、麻雀の道具が出しっぱなしになっている。僕は、麻雀のことは全然分からないけど、けっこう使い込まれているみたいだ。
「すみませんね。お茶の一つでも出したいんですけど、女房が出かけているもんでね。どこに、何があるやら。さっぱり、分からないんです」
「いえいえ、お構いなく」
「いやぁ、男だけだと、何もできないもんですな」
僕は男だけだけど、何もできないということはない(まあ、一人暮らしだからな)。
「南田さん。さっそくですけど、事件のあった日のことを聞かせていただけますか?」
と、明日香さんが言った。
「まあ、警察の人にも話したんだけど、ずっと麻雀をやっていただけですよ。北川も、この部屋から一歩も出ていませんよ」
と、南田さんは言い切った。
「正確な時間は、分かりますか?」
「夜の7時から始める予定だったんだけど、一人だけ親戚が急に亡くなったとかで来れないことになって、代わりに北川を呼んだんですよ。北川に電話をかけたのは、7時10分くらいだったと思うよ。それから北川が来たのが、7時20分くらいだったかなぁ」
最初に涼子さんに話を聞いたときにも、7時10分頃だと言っていた。電話を受けてから、着替えたりして自転車で向かえば、だいたいそれくらいの時間にはなるか。何も、おかしなところはないな。
「それで、北川さんが帰られたのは?」
「9時20分過ぎだったと思うよ。サッカーの試合が始まる、ちょっと前だったから」
「麻雀をやりながら、テレビを見ていたんですか?」
「いえ。麻雀をやっているときは、切っていましたけど。みんな帰ってしまったんで、仕方がないからテレビをつけたら、ちょうどサッカー中継をやっていたんですよ」
「南田さん。一つ疑問なんですけど。私、麻雀のことは詳しくないんですけど。たった二時間って、短くないですか?」
「ええ。本当は、もう少しやるつもりだったんですけど、一緒にやっていた近所に住んでいる後輩の
「なるほど、そういうことですか。ちなみに、一緒に麻雀をやられていた、もう一人の方は?」
「隣の、
東西南北、揃い踏みか。
「ちなみに南田さんは、車はお持ちですか? さっき見たときには、なかったんですけど」
「一台、ありますよ。軽自動車が。今日は、女房が乗って出かけていますけど」
「そうですか。明宏君、そろそろ帰りましょうか」
「はい」
僕たちは、帰るために玄関へとやって来た。
「そういえば、どうして北川さんを代わりに呼んだんですか?」
と、なんとなく僕は聞いてみた。
「どうしてかって? ああ、それは、
内藤? つい最近、どこかで聞いたような名字だな。どこだったっけ? ――って、内藤!?
僕は、明日香さんと顔を見合わせた。
「南田さん。その内藤さんって、いうのは?」
と、明日香さんが聞いた。
「えっ? 内藤ですか? 例のもう一人の、来るはずだったメンバーですよ」
「その内藤さんが、ご自分の代わりに北川さんを呼べと、おっしゃったんですね?」
と、明日香さんは確認をした。
「ええ、そうです。内藤が、『北川でも呼んだらいいだろう? どうせ、あいつも暇だろうから』って、言ったんです」
「内藤さんと北川さんは、面識があるんですか?」
「ありますよ。元々私と北川と内藤の三人は、麻雀仲間だったんですよ」
「麻雀仲間ですか?」
「ええ。数年前に、内藤と偶然雀荘で知り合いましてね。今では、私の家でやるようになったんですよ」
「それじゃあ、北川さんと内藤さんも、仲がよろしいんですね」
「いえ。北川と内藤は、仲がいいというわけではないですね。この二人は、ちょっと馬が合わないところがあって、むしろ仲は悪い方ですね。だから、最近は、北川と内藤を一緒に呼ぶことはありませんね」
「そうなんですね。南田さん。警察にも、このことはお話されたんですか?」
「内藤のことですか? いえ、そんなことまで聞かれなかったので、話していませんけど。これが、何か関係があるんですか?」
「いえいえ。そういうわけでは、ありません。ちなみにですけど、内藤さんのお宅も、近いんですか?」
「ええ、近い方ですよ。とはいっても、車で10分くらいはかかりますけど」
「お一人で、お住まいなんですか?」
「ええ。一人らしいですよ。両親も奥さんも亡くして、息子も独立しているって聞きました」
「む、息子さんが、いるんですか?」
と、僕は聞いたが、興奮のあまり思わず声が裏返ってしまった。
「はい」
「息子さんは、おいくつですか?」
と、明日香さんが聞いた。
「確か――20代の後半くらいって聞きました」
「息子さんは、お元気なんですか? それと、名前は?」
と、僕は聞いた。
「さあ? あんまり、そういう話はしたがらないんで、分からないですけど。あの。内藤の息子が、何か関係があるんですか?」
まずい。南田さんが、不審に思っている。
「南田さん。内藤さんの住所を、教えていただけますか? 関係者全員に、お話をお聞きしたいので」
と、明日香さんが聞いた。
「そういうことですか。分かりました」
僕たちは、内藤さんの家の場所をメモすると、さっそく向かうことにした。関係者全員に話を聞くと言っておきながら、隣の東山さんの家を無視する僕たちを、南田さんは不思議そうに見ていた――ような気がする。
「明日香さん。これって、偶然でしょうかね?」
僕は、事件解決への糸口が見えたような気がして、ちょっと興奮しながら明日香さんに聞いた。
同じ名字の人間が、二人も見つかったのだ。もしかしたら、坂口さんの会社に勤めていて、交通事故で亡くなった内藤正志という人物は、南田さんの麻雀仲間の内藤さんの息子で、父親が逆恨みから坂口さんを殺害したのではないだろうか?
「さあ、どうかしらね? 内藤なんていう名字は、そんなに珍しくもないわよ。私と同じ学校にも、二、三人くらいいたわよ」
学校に二、三人が、多いのか少ないのか、よく分からないけど。
ちなみに、僕のクラスには、
「そうですか。僕の学校には、一人もいなかったと思いますけど。まあ、田舎の小さな学校ですけど。いやまあ、そんなことはいいんですけどね」
「ここですね」
内藤という表札が出ている。内藤さんの家も、けっこう古い二階建ての家だ。ここに、一人だけで住んでいるのか。坂口さんの家もそうだけど、二階建ての家で一人暮らしは、寂しいだろうな。
僕は、チャイムを押した。しばらく待ってみたけど、誰も出てくる気配はなかった。
「留守でしょうかね?」
車庫には、車も停まっていなかった。車で、出かけているのだろうか?
「そうみたいね」
僕は、いつものように(という言い方は、おかしいかもしれないけど)玄関が開くかどうか試してみた。
その結果――やっぱり、開かなかった。
まあ、そうだろうな。推理小説やサスペンスドラマのようにドアが開いていて、中で内藤さんが殺されていて、犯人は別にいる!? なんていうシチュエーションは、そんなに頻繁にあるものではない。
「明日香さん。もしかして、犯行がばれそうになって、逃げ出したなんていうことはありませんか?」
「ちょっと、近所の人に聞いてみましょうか」
と、明日香さんは、僕の質問は無視して言った。やっぱり、僕の考えすぎか。
僕は明日香さんと、隣の家に向かった。
僕がチャイムを押すと、すぐに40代くらいの男性が出てきた。
「はい、どちら様ですか?」
「すみません。ちょっと、お尋ねしたいんですけど。お隣の内藤さんなんですけど、どちらかにお出かけでしょうかね?」
と、明日香さんが聞いた。
「ああ、内藤さんでしたら、栃木県の方に行かれているみたいですよ」
「栃木県ですか?」
「ええ。栃木県に、内藤さんの弟さんがいるみたいなんですけど、弟さんの体調が悪いみたいですよ」
「いつ頃から、行かれているんですか?」
「最初は、先週の土曜日の夜の7時過ぎだったと思います。ちょうど、僕が仕事から帰ってきたときに、たまたま出会って話を聞いたんで」
土曜日の夜の7時過ぎか――
もしも、坂口さんの家に向かったのだとしたら――
涼子さんと、鉢合わせしてしまうのか? どこかに、隠れていたのだろうか?
「最初というのは?」
と、明日香さんが聞いた。
「一度、火曜日の夜に帰ってこられたんですよ。でも、容態が急変したとかで、たった今、また向かわれましたよ」
「いつ頃でしょうか?」
「本当に、たった今ですよ。多分、3分くらいしか経っていないですよ」
「内藤さんは、こちらにはお一人でお住まいなんですよね?」
「ええ。奥さんは、亡くされているそうですし。息子さんも、今は家を出られているそうですからね」
「息子さんの、お名前は分かりますか? それと、おいくつくらいの方でしょうか?」
「確か、20代の後半くらいって言っていたかなぁ? 名前は、分からないですね」
「分からないんですか?」
おいおい。どうして、隣の家の人の名前が分からないんだ?
「内藤さんがここに引っ越して来られたのは、五年くらい前なんですよ。それなので、あんまり深いところまでは知らないんです。そんなに、近所付き合いをされる方ではないので、皆さん知らないと思いますよ」
「それじゃあ、息子さんが、今はどちらにお住まいなのかは――」
「いやぁ、そこまでは分からないですね。都内だとは、聞いたことがありますけど」
「ちなみに、内藤さんか息子さんの連絡先って分かりませんか?」
「いやぁ、さすがにそこまでは――」
「そうですよね。分かりました。ありがとうございました」
僕たちは、お隣さんにお礼を言うと、一度、涼子さんの家に戻ることにした。
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