第4話

 時刻は、午後2時過ぎ――

 僕たちは、ファミリーレストランで昼食を済ませてから、探偵事務所に戻ってきていた。

「明日香さん。現場に、行くんじゃないんですか?」

 と、僕は聞いた。

 すぐに現場に向かうと思っていたけど、明日香さんはのんびりと、コーヒーを入れ始めた。

「もちろん、行くわよ。同じ時間にね」

「同じ時間? えっ? 何のですか?」

「そんなこと、決まってるでしょ。涼子さんが、実際に行っていた時間よ。ちょうど、今日は事件のあった日と同じ金曜日だしね」

「そうですか」

 それじゃあ、まだだいぶん時間があるな。

「あっ、明日香さん。現場の住所は、分かってるんですか?」

「それなら、心配いらないわ。あとで鞘師警部が、来てくれるから」

 鞘師警部とは、身長185センチで35歳の、独身でイケメンの警察官のことである。明日香さんのお父さんの大学の後輩の息子で、僕たちにも優しく接してくれる。

 鞘師警部の協力で解決できた事件も、たくさんあるのだ。逆に、明日香さんの協力で解決した警察の事件も、何件かある。

 そんな鞘師警部だけど、明日香さんに気があるんじゃないかと、僕は疑っている。鞘師警部は時々、明日香さんと僕のやり取りを優しく微笑んで見つめていることがある。

 きっと、『ふっ、どうせ彼女は、君なんて男として見ていないよ。いずれ彼女は、私のものさ――』という、余裕からくる微笑みなのだろう(※あくまでも、坂井明宏による超個人的な感想です。人それぞれ、捉え方には個人差があります)。

 こんなことを言うと、鞘師警部は性格の悪い嫌なやつみたいに思われるかもしれないけど、鞘師警部は本当に優しい人だ。

「明宏君。どうかしたの? なんだか、寂しそうね。コーヒーでも飲む?」

 どうやら僕は、感情が表に出てしまうようだ。探偵として、これではいけないな……。

「はい、どうぞ」

 と、明日香さんがコーヒーを入れてくれた。

「あ、ありがとうございます」

 どうして寂しそうだとコーヒーなのかは分からないけど、明日香さんが入れてくれたコーヒーは、格段に美味しく感じた。

「お姉ちゃん、明宏さん、こんにちは!」

 と、誰かが元気よく、探偵事務所に入ってきた。

「明日菜ちゃん、こんにちは」

 探偵事務所に入ってきたのは、明日香さんの妹の明日菜ちゃんだった。

「何を、二人でイチャイチャ、コーヒー飲んでるの? ちゃんと、仕事をしなさいよ!」

 と、明日菜ちゃんは、何故かハイテンションに言った。

 それにしても、イチャイチャだなんて――

 僕としては、大歓迎だけど。

「ちょっ、ちょっと、別に、イチャイチャなんてしていないわよ! 明日菜、変なことを言わないでよ」

 と、明日香さんは、あわてて否定した。やっぱり、明日香さんには僕に対して、そういうような気持ちは全然ないのだ。

「そう? 明宏さんが、デレデレした顔でコーヒーを飲んでいたから。イチャイチャしているのかななんて――」

 明日香さんが、ジロッと明日菜ちゃんを睨み付けた。

 明日香さんは、ほっぺたの辺りが少し紅くなっている。きっと、怒りで顔を紅潮させているのだろう。

「っていうか、明日菜。今日は、何をしに来たのよ? 私を、からかいに来たの?」

「違うわよ。二人を、ひやかしに来たのよ」

「同じことじゃない」

 いやぁ、明日菜ちゃんが来ると、明日香さんも楽しそうだなぁ。

「冗談よ、冗談。ちょっと、仕事に行く前に寄っただけよ」

「明日菜ちゃん。ずいぶん楽しそうだけど、何の仕事なの? テレビ?」

 と、僕は聞いた。

「うん! 何だと思う? あのね。これから、ドッキリのロケがあるの。初めてのドッキリ、楽しみで仕方がないわ」

 と、明日菜ちゃんは楽しそうに言った。

『何だと思う?』と、こちらに聞いておきながら、返事を待たずに言ってしまうのは、よほど楽しみなのだろう。

「ドッキリ? えっ? そういうのって、事前に知らされているの?」

 最初から教えられていたら、意味がないんじゃないのか?

「明宏君。そんなの、当たり前でしょう。あんなの、やらせに決まってるわよ。気づかないわけがないじゃない(※あくまでも、桜井明日香による超個人的な感想です。人それぞれ、捉え方には個人差があります)。特に、何度も騙されている芸人さんって、怪しすぎるわ」

 と、明日香さんは言った。意外と、明日香さんは、バラエティー番組を見ているのか?

「やっぱり、そうなんですかねぇ」

 と、僕は、うなずいた。

「ちょっと二人とも、何を言ってるのよ? 誰も、私が騙されるなんて言っていないでしょ。私が、仕掛人なのよ。し・か・け・に・ん。まあ、正確には、私ともう一人、芸人さんも仕掛人なんだけど」

 と、明日菜ちゃんがニコニコしながら言った。

「――仕掛人? 明日菜が? ちょっ、冗談でしょう?」

 と、明日香さんは聞き返した。

 どうやら明日香さんは、明日菜ちゃんが仕掛人というのが信じられないようだ。まあ、確かに、どちらかといえば明日菜ちゃんは、騙す方よりも、騙されて『キャーキャー』と、騒いでいる方のイメージだけど。

「冗談とは失礼ね。よく、お仕事をするプロデューサーの飯田いいださんが、『この役目は、アスナちゃんにしかできないんだ』って、直々に指名されたのよ。飯田さんには、私の演技力の素晴らしさが分かるのよ(※あくまでも、桜井明日菜の超個人的な感想です。人それぞれ、捉え方には個人差があります)。ねえ、明宏さん」

「う、うん。そうだね」

 と、僕は、うなずいた。

「『そうだね』じゃ、ないわよ。だいたい、明日菜、あなた演技なんて、やったことないでしょ?」

 と、明日香さんは呆れている。

「あるわよ。今年の夏に、一度ドラマに出たわよ」

 ああ、あれか。確かに、明日菜ちゃんは、一度だけだが深夜のドラマに、ワンシーンだけ出たことがあった。セリフは、二言くらいしかなかったけど、その僅かなシーンだけで、『アスナは、大根役者だ』と、インターネット上を、ざわつかせたものだ。

 あれをプロデューサーさんが評価したのだとしたら、そのプロデューサーさんは、あまりにも見る目がなさすぎる。

 これは、何か裏があるんじゃないのか?

 探偵(助手だけど)としての職業病というか、僕も疑り深くなってきたものだ。

 しかし、明日菜ちゃんを傷つけるのもなんだから、ここは当たり障りのないように、言っておこう。

「ま、まあ、プロデューサーさんがそう言うんだから、きっと明日菜ちゃんにしかできないんだよ。がんばってね」

「ありがとう明宏さん。やっぱり、お姉ちゃんよりも明宏さんの方が、分かってくれるわね。更に、自信がついたわ。がんばるね」

 と、明日菜ちゃんは力強く言った。

 うーん……。自信をつけるために言ったんじゃないんだけど、まあ、いいか。

「明日菜。ドッキリって、いったいどんなドッキリなの?」

 と、明日香さんが聞いた。

「なんだ、お姉ちゃんも、興味があるんじゃない」

「興味がないとは、一言も言っていないわよ」

 明日香さんも、口ではいろいろと言っているけど、明日菜ちゃんのことが心配なのである。

「ネタバレになっちゃうから、あんまり詳しくは言えないんだけどね。仕掛ける相手は、女優さんなんだけどね。これは、オンエアまで誰にも言うなって、マネージャーの松坂まつざかさんに、きつく言われてるんだよね。視聴者も、びっくりするくらいの、超サプライズのスペシャルゲストだからって」

 あの、元モデルの高身長のイケメンマネージャーか。僕の周りには、独身のイケメン高身長が多いな。

 いや、別に、僻んでいるわけではないけど……。

 しかし、超サプライズのスペシャルゲストとは――逆に、胡散臭く感じるのは、僕だけだろうか? あまりにも、煽りすぎのような気がする。

 本当に超大物の女優さんだとして、その仕掛人が明日菜ちゃんで、本当に大丈夫なんだろうか?

 まあ、僕が心配しても仕方がないのだけど……。

「それでね、ドッキリの内容は、私もまだあんまり詳しくは聞いていないんだけど、ホラーなの。埼玉県の、とある古い洋館で、次々と心霊現象が起こるのよ。それで最後には、悪霊にとりつかれた私が――これ以上は、まだ言えないわ。っていうか、これ以上はまだ聞いていないんだけどね」

 なんとも、よくありそうなベタな設定だ。超サプライズのスペシャルゲスト相手に、そんなのでいいんだろうか?

「あっ、あと、車の中で何かやるみたいなことを、松坂さんが誰かと話しているのを聞いたわ。そういうことだから、オンエアは来月だけど、二人ともちゃんと私の活躍を見てよね」

「うん。録画もするよ」

 と、僕は言った。

「それじゃあ、そろそろ行ってくるね。今日は泊まりになるから、帰ったらまた報告するね」

 と、明日菜ちゃんは言うと、風のように去っていった。

「ふぅ」

 と、明日香さんは、大きく息をついた。

「明日菜のテンションには、ついていけないわ」

「そうですか? 明日香さんも、意外と楽しそうでしたよ」

「別に、そんなことないわよ」

 と、明日香さんは、少し冷めてしまったであろうコーヒーを、一気に飲みほした。

「明日香さん、熱いコーヒーを入れ直しましょうか?」

 と、僕もコーヒーを飲みほしつつ聞いた。

「もう、いいわ。そんなことよりも、明宏君は、どう考えているの?」

「えっ? 僕ですか? そうですね――やっぱり、明日菜ちゃんが、ちゃんと演技をできるのかという不安はありますけど、もう一人の芸人さんが、うまくやってくれるんじゃないですか?」

 と、僕は、半分適当な感じでこたえた。

「そうじゃないわよ。事件のことを、聞いているのよ」

「あっ、そっちですか」

 いかんいかん。ついつい明日菜ちゃんのペースに、巻き込まれてしまっていたようだ。

「明日菜だって、やるときはやるんだから」

 と、明日香さんは、ボソッとつぶやいた。僕は、それは聞こえないふりをした。

「やっぱり、涼子さんは、犯人じゃないと思います」

「どうして?」

「えーっと……」

 どうしてと聞かれても、明確な根拠はないのだけど……。

「僕の、探偵助手としての勘――ですね」

 と、僕は格好よく決めた。

「…………」

 明日香さんは、ツッコミを入れるでもなく、ただ無言で僕を見つめていた。

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