5-戯画と飢餓

戯画と飢餓-1

「そういえばお前の絵って売れてんのか?」


 同居人からの何気ない問いに、男はぴた、と程良く焼けた肉を切る手を止めた。


「残念、そんな売れない」


 答えながら、手の動きを再開。大きめに切った肉を口に放り込んで、口許から肉汁が滴る事も気にせずに咀嚼する。


「ああ……そうか……」

「何そのやっぱりみたいな顔」

「いや、お前の絵が売れてる所見たことねえし、メディアにも取り上げられてないしなって」

「人が気にしている事を……」


 口の中のものを飲み込んだ男は珍しく、憮然とした表情をしていた。

 普段はにやにやと笑い、時々表情の抜け落ちた仮面のような顔になる男が今だけは、まるで子供のような顔をしていた。

 それがヴィルヘルムにとっては妙に面白かったが、ここまで素直に拗ねられるとからかう気にもならない。

 取り敢えずは曖昧に笑って、先日作られたものと同じ食材で作られたスープを啜って誤魔化しておくことにした。相変わらず、この男の作る飯は美味い。

 今日のメニューは温野菜つきのチキンソテーと買い置きしていたパンと、あとどうやら本人のお気に入りらしいスープ。割と慣れたメニューだが、食わせて貰っている以上文句はない。


「俺だって売れて欲しいよ、一応創作家の端くれだし」


 肉の最後の一切れを口に含み、男がもごもごと聴き取りづらい声で言う。

 青白い指先でフォークが回転し、ヴィルヘルムの皿へと向かう。そこにまだ残っていた温野菜を突き刺して、何の躊躇もなく口に運ぶ。

 あまりにも迷いのない動作に。ヴィルヘルムは数秒硬直する。

 何か言わねばと我に帰った時には、野菜と肉を胃に落とした男がもう一つの温野菜へと狙いを定めていた。

 ヴィルヘルムは慌てて皿を持ち上げ、狙われていたブロッコリーに自分のフォークを刺す。


「人のもん横取りすんなよ!」

「どうせ食わないでしょ野菜嫌いなんだから」

「だったら出すな」

「好き嫌いしちゃいけません」


 めっ、と子供を叱るときのように言われてヴィルヘルムが眉を顰める。だが何も言わずに皿を戻し、手元に残っていたパンを取る。

 だいぶ水分が抜けてぱさついているパンを一口大に千切りながら、ヴィルヘルムは「それで」と話を元に戻した。


「売れてないんだな」


 彼が言わないで欲しがった言葉を再び言い、ヴィルヘルムは千切ったパンを口に押し込んだ。

 売れていないということはつまり、彼の絵に値段がないということで、言ってしまえば金になっていないというわけだ。ならば画材代やその他諸々の金はどこから手に入れているのだろうと気になってくる。

 まあ、それを言及したところで「ひーみーつ」とでも、語尾にハートマークがつきそうな気持ち悪い口調で言われて終わりだろう。

 気にしない事にしよう、そうしよう。世の中、知らなくていいこともある。

 喉元まで出かかっていた言葉をパンの最後の一欠片と一緒に押し込んで、ヴィルヘルムは食器を手に立ち上がった。

 少し曇り気味のシンクに置き、水に浸してから席に戻る。


「今日の当番お前だぞ」

「分かってる」


 食後の皿洗いは交代制だ。昨日は自分が洗ったから今日は彼が当番である。

 ああ、食後に何もしなくていいというのは楽だ。ヴィルヘルムは椅子に深く座り、嚙み殺すこともなくあくびをした。

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