2-他人と他人事
他人と他人事-1
「おはようヴィル、今日は晴れてよかったね」
目覚めたヴィルヘルムがまず聞いたのは、鬱陶しいくらい爽やかな男の声だった。
「…………ああ……?」
何故彼が自分の部屋にいて、何故平然と声をかけているのだろう。おかしい、絶対おかしい。
寝る前にしっかりと鍵はかけた。わざわざ残り少なかった自分の金で買った南京錠や鎖も使った筈だ。
「うわー相変わらず辛気くさい気持ち悪い澱んでいる。お前みたい。カーテン空けるよ」
何が何だか分からない内に遮光カーテンが一気に開け放たれ、リビングよりは狭い部屋に日光が満ちる。
突如目を焼いた光にヴィルヘルムはシーツを被り、窓に背を向けるように寝返りを打った。
「……お前何で俺の部屋に入ってやがんだよ……鍵かけたろ……」
「アレを鍵と言えるお前の防犯意識を疑うよ」
はは、と乾いた笑いと共に聞こえた言い分に、寝返りを打ったばかりの身体を反転させる。シーツから少し顔を覗かせると、朝から既にスーツを着た男が笑っているのが見えた。
ほつれかけた袖から覗く手には、日光を反射する鈍色の物体。それを数秒眺め、自室の扉につけておいた鎖や南京錠の成れの果てだと気付いてヴィルヘルムは飛び起きる。
「ってめ、壊したな!?」
「ちょっと引っ張って、廊下に転がっていたバールで打ったらあっさりと」
「弁償しろクソ野郎!」
照れたように笑う男の手から鎖を奪おうと手を伸ばすが少々遅かった。男はヴィルヘルムの手を避け、汚れで曇った窓を開ける。
ぎごご、と立てつけの悪い窓を無理矢理に開け放つ、気持ち悪い音。その音が消えるよりも早く、男は窓の外へと鍵達を放り投げた。
「はい、さよーなら」
ヴィルヘルムに宛てられた部屋は二階にある。それなりの高さから落ちた鎖達が地面とぶつかって耳障りな金属音を立てたのが聞こえた。
慌てて窓際に走り寄り下を見ると、砂利と砂にまみれたアスファルトの上に鎖が転がっていた。
昨晩、雨に打たれ続けていたアスファルトは殆ど乾いていた。所々、ひび割れや陥没した部分に水溜まりが残っている程度な所を見るに、恐らく夜明け前にはもう雨も止んでいたのだろう。
「何も捨てる事はないだろ、あれだって売ればちったあ金になるかもしんねえぞ」
「ヴィルみたいな人間がゴミ屋敷を作り蛆と蝿を製造し、死後蛆と蝿とゴミ屋敷を取り込んで最終形態に移行してベルゼブブになるんだね」
駄目だ、何を言っているのか全然分からない。今こいつとは話をしない方がいいな、とヴィルヘルムは結論づける。
しかしこの男のおかげで完全に目が冴えてしまった。一度起きてしまうと昼寝や二度寝が出来ない体質だから、惰眠を貪るのは諦めなければならない。
珍しい青空と、暖かな陽気。屋根のある寝床。眠りを楽しむにはこの上ないほどの好条件。それを奪われてしまった落胆は大きかった。
「折角良い気分で寝てたってのに……」
「ああ、確かに寝顔は安らかだったよ。死んでいるみたいに」
「お前に寝顔を見られる事と、黒猫が前を横切る事はどちらが縁起が悪いんだろうな。あと独り言にまで干渉するな」
「拾った人形を捨てて家に帰ったら玄関の前に置いてある方が縁起が悪いと思うね」
男が血色の悪い唇を歪めて笑う度、細い肩が小刻みに揺れる。
「……今日はやけに会話が成り立たないな。頭大丈夫か? 病院行くか? 昨日あれだけ雨降ってたしな……」
普段から会話が成り立つことは少ないが、今日はかなり顕著だ。
流石に何となく心配になって、部屋から出て行こうとする背中に投げかけてみる。
くる、と男は肩越しに振り返り、何かのポーズを取るようにヴィルヘルムを指差した。
「俺の事より、自分の寝癖の心配でもしろよ」
頭に触ってみる。
確かに、自分の頭は随分と乱れているようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます