第二話 お菓子の庭園

 昼を少し過ぎ、太陽がてっぺんよりもほんの少しだけ傾いた頃。赤にハートの封蝋がされた手紙をもって城門の前に立っているのは、この国の女王の親友、イロリである。

 常に降りている桟橋の先、重々しく大きな城門の手前で、改めて城の大きさに目がくらんでいた。街で会うのがほとんどな親友は女王であり、今回はその親友のほうへ遊びに行く。ただそれだけの事なのに、普段は気にしていなかった『女王』という肩書がひしひしと感じ取れる。

 門の端にいる兵士に手紙を見せると、ほどなくして見た目通りの重々しい音を立てながら城門が開いた。その先には、メイドが数人並んでいたが、その中心に他とは違うしっかりとしたメイド服を着た女性が立っていた。

「イロリ様、お待ちしておりました」

「チヨさん、ありがとうございます」


 イロリがチヨと呼ぶこの人は、この大きな城で女王や大臣、城の世話をしているメイドたちを束ねる従者長である。イロリが遊びに来ると言うことで、女王から出迎えの指名を受けたのだ。


「陛下は奥の庭でお待ちです、ご案内いたします」

 チヨはそういうと、振り返って進んでいった。イロリもそれに続き、その後ろにメイドたちが続く。

 扉をくぐると、広く長い廊下が現れた。壁や天井は大理石でできており、美しい彫刻が施されている。天井にぶら下がる金のシャンデリアは、これも美しい彫金が施され、窓からの光を美しく反射させていた。

 長い長い廊下を、一回、二回、三回、と迷路のように曲がりながら進み、家から城まで来たよりも長いであろう道のりの先に、目的の彼女がいた。

「陛下、イロリ様がいらっしゃいました」

 他の廊下と違い、大きなガラスの扉がついた廊下。その途中の扉が開かれ、その奥に淡い青と赤で彩られ、少しふっくらとしたドレス、いわゆるベルラインドレスを着た女性が立っていた。

「あら、ありがとう」

 振り向いてそういった女性は、まごうことなき青い鳥の女王、リオであった。

 女王が近づくと同時に、チヨとイロリの後ろにいたメイドはその場を離れていった。

「イロリ、遠かった?」

「遠かったですよ女王様」

「またそれ。ここでもリオでいいよ」

「でも、お城の中は……」

 そういいだすイロリの口を人差し指で押さえながら

「女王が良いと言ったら良いの」

 とリオは笑顔を見せる。

 二人はそのまま笑い合うと、リオが先になって庭へ出た。


 芝が青々と茂った庭は、あちらこちらに生垣と花や木が植わっており、一日ではとても回り切れないほどの大きさがある。ところどころでは、植木職人や使用人が枝打ちや伐り込み、水まきなどをしており、きれいな青空も相まってのどかな時間が流れていた。

 廊下から少し離れた場所には、白いテーブルと椅子のセットがあり、日よけの傘が差してあった。周りには色とりどりの花が植えられ、空と合わせると鮮やかな景色が広がる。


「やっぱりいつみても綺麗な庭だね」

「そうでしょー? うちの庭師さん、すっごくセンスあるんだから」

 そう話ながら席に座ると、メイドたちが紅茶とお菓子を持ってきた。

 白いティーカップに二人分、紅いお茶が注がれてゆく。白い湯気と共に香しい香りが辺りを包み、テーブルには大小さまざまなケーキスタンドが立ち並ぶ。鳥かごのような繊細な装飾でできた本体に、皿が三段になってついており、そこにサンドイッチやスコーン、様々な種類の小さなケーキや、クッキー、キャンディ、キャラメル、金平糖、饅頭、大福、どら焼き等々、古今東西のいろんなお菓子と少しの軽食が乗っかっていた。

 テーブルの上は庭にも負けないほどの鮮やかさで、二人の目は庭とお菓子の両方に眩んでいた。

 甘いものとお茶を交互に口に運び、会話も弾んできたところで一人の少女が二人の元へやってきた。

「女王様、イロリ様、お味はいかがでしょうか?」

「さすがねリンは、どれも絶品!」


 この少女こそ、今日のテーブルの庭を作り上げた張本人。専属菓子職人のリンだ。いつもお菓子を作っては城中を驚かしている、女王お気に入りの菓子職人。


「リンさん、この前のアレ、またやってくださいます?」

「もちろんです!」

 そういうと、後ろからメイドたちが一台のワゴンを持ってきた。その上にはハサミや刷毛、短い木の棒などとともに、簡単な蝋燭を使ったコンロとその上で温められている鍋があった。

 リンは鍋の蓋を取り、木の棒を持つと鍋の中へ入れ何かをすくうようにした。すると、真っすぐな棒の先端に透明な液体がたっぷりとついて糸を引いていた。

 すかさずハサミで糸を切ると、ヘラや刷毛、棒、ハサミで液体をいじりだした。まん丸い液体はだんだんと形を変え、固まっていき、最終的に金魚の形になって棒についていた。続いて、右手を構えて羽ペンを出す。芯部分が赤く、それに交差するように斜めに二本引かれている、白地に赤い線が三本ある羽ペン。それで金魚に色と線をつけていく。そして最後に、ハサミを使って棒と金魚を切り離すと、金魚はそのまま空中を泳いでイロリの周りを回りだした。


 液体は水飴で、彼女は飴細工が大の得意なのだ。そして、彼女が城中を驚かせている理由、それがこれだ。彼女は羽ペンを使ってお菓子を生きているかのように作り上げられる。魚をかたどれば泳ぎだし、小人をかたどれば歩き出し、犬をかたどれば尻尾を振り、鳥をかたどれば羽をはばたかせる。

 飴以外でも、クッキーやパンケーキ、アイスなどでもできるが、彼女一番のお気に入りはやはり水飴なのだそうだ。

 ちなみにではあるが、羽ペンのインクは色を変えることもできれば、食べても何も問題はない。しかし、想いによって味が変わることもあるらしく、彼女は色と味を自由に変えられるようだ。


 素早い手つきで次から次へと金魚や小鳥を作っては切り離し、周りに飛ばしていく。イロリが口を開けると、回っていた金魚が口の中へ飛び込んできた。そのまま金魚は口の中で動かなくなり、口の中を甘くしながら溶けていった。

「レモン!」

「こっちはイチゴなの、さすがねリン」

 女王もイロリも、口をもごもごさせながらリンに言うが、リンはまだまだ作り続けている。

「まだまだいきますよ!」

 そう言って、彼女は辺り一面に水飴の魚や鳥を飛ばしていった。

 一部は庭の奥へ行ってしまったらしく、少し遠くの方で驚く声が聞こえてくる。

「あらあら、軽く騒ぎが起こってるわね」

「リンさん、作りすぎですよ」

 イロリは苦笑いするが、これを見るのも城での楽しみにしている。女王も同じく、城でのバカ騒ぎならぬお菓子騒ぎが大好きなのだ。

「あ、皆さんに食べてもらうように言ってきてください」

 リンがそういうと、メイドはすぐに庭の奥へと走っていった。

「リンもそろそろこっちに来て、一緒にお茶を飲みましょ?」

「はい、女王様!」

 それから少しの間、驚く声を背景に三人のお茶会が広げられていた。



「もー、みんな魚捕りや鳥捕りに夢中で!」

 そんな声が三人の近くで聞こえてきた。

「あらキン、あなたもいたの」


 女王がキンと呼んだ彼女は、この庭のすべてを任されている専属庭師だ。花が大好きで、季節でさまざまに楽しめるようにいろんな花をあちこちに植えている。


「女王様、聞いてくださいよ、いきなり魚が飛んできたと思ったら、メイドさんが食べてくださいっていうからみんな夢中になって魚や鳥を捕まえだして。庭仕事進まないですよ」

「何とか言って、あなたも食べてるじゃない」

 女王の指摘に顔を赤らめるキン、そしてそれを見て全員が笑った。

「せっかくだからこっちで一緒にお茶しませんか? リンさんが作ってくれたお菓子もたくさんありますし」

 リオもうなづき、リンも顔を輝かせてキンを見る。

「そういわれたら、断れないじゃないですか」

 そういいながらキンも用意された椅子に座る。

 最初の時より二人も増えたお茶会、話は庭の花の話になり、キンが庭にある花の絵を描きながら説明をしていく。

 取り出したキンの羽ペンは芯の部分が赤く、真ん中に赤い線が横一直線に引かれているという白地に二本の赤線。そして右上に小さな花がちょこんと描かれている。

 羽ペンで描かれた花は鮮やかで、小さな庭のように紙を埋めていた。



 それから少ししてから。

「あ、すみません、ちょっとトイレに……」

 イロリはそういうと席を立った。

「トイレの場所、案内してあげて」

 リオがそういうと、メイドの一人がイロリを案内した。近くのトイレでも、とても近いといえる距離ではなかった。しかし、道を覚えられないほどではないので、イロリはメイドを庭に返してからトイレに入った。

 用を済ませて出てきて、庭へ戻る方を向いたとき、こちらへ歩いてくる人物がいた。

「おや、イロリさん。本日はお日柄もよく」

「あらタケゾウ枢機卿、こんにちわ」

 相変わらぬ聖職者の服、すぐにイロリも彼であることが判った。

「今日はどうされたのです?」

「女王様からお茶会に呼ばれて」

「ちなみに、そこにリンがいませんでしたか?」

「えぇ、来てくれましたよ?」

「なるほど、通りで……」

 少しため息をつく枢機卿を見て、首をかしげるイロリ。

「あぁ、教会にいたら飴細工のツバメが飛んできたものですから」

「なるほど、そこまで飛んでいたのですか」

「もしやと思って城を歩いて回ってましたが、あちこちに飴細工の鳥や魚がいて」

「そしたら、ちょうど彼女も庭にいますし、一緒にお茶を飲みませんか?」

「おやおや、女性から誘われてしまっては、断ることはできませんな」

 そう笑いながら、二人は庭へ向かって歩き出した。


「あら、イロリと……タケゾウ枢機卿? どうしたのかしら」

「私が呼んだの。戻ろうとしたらばったり会って、さっきの飴の鳥を見つけて城を歩いていたみたいだから」

 それを聞いて、またその場の全員が笑い出した。

「かなり飛んだね、リン」

「何が行きました?」

「ツバメです。びっくりしましたよ、手紙を書いていたら急に目の前に飛び込んできたんですから」

 椅子がまた用意され、枢機卿もそこに座る。

「かなり人が増えたわね、あなたたちもこっちで一緒に飲みましょう。……そうだ、お菓子もまだまだあるから庭にいる人も呼んでしまいましょう!」

 リオがそういって、その場にいたメイド全員と庭仕事をしていた人全員を呼び、全員でのにぎやかなお茶会が始まった。

 あちこちでお菓子がおいしいだの、魚が飛んできた時のことだの、庭のこだわりだの、いろんな話が飛び交っていた。

「たまには、こういうのもいいわねイロリ」

「やっぱり、お城は面白いねリオ」

 このお茶会を見ながら、二人は笑い、お茶を啜った。



 驚きは人を楽しませる力を持っている。甘いものも人を楽しませる力を持っている。二つが合わされば、人は賑やかになれる。美しい場所も、その心に拍車をかける。香しい香りも、さらに高揚させる。そして、賑やかになれば人は笑顔になる。

 もしもお茶を飲んでいた時に飴でできた動物が現れたら、もしも色とりどりの花があふれる庭に迷い込んだら、近くを探せばきっと賑やかなお茶会にであるかもしれない。

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クイーン・オブ・ブルーバード 哲翁霊思 @Hydrogen1921

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