クイーン・オブ・ブルーバード

哲翁霊思

第一話 青い鳥の女王

 国の中心にある大きな城、その中の一室へ通じる扉をノックする音が響く。

「陛下、よろしいでしょうか」

 声をかけた扉からは何の音もしない。ノックした人物が扉を開けると、豪華な調度品であしらわれた大きな部屋が現れた。しかし、そこに返事のできるものはなかった。

「まったく、陛下の遊び癖はいつまでたってもですね」

 そう毒付くと、扉を静かに閉めていった。



『青い鳥の女王』、そう呼ばれている女王が治めるこの国。ここで産まれた者は、等しく手に入れるものがある。まず命。次に家族。そして最後に、一本の羽ペンだ。なぜ羽ペンなのか、不思議に思う者は大勢いるだろう。何を隠そう、この羽ペンは魂の具現ともいえる代物なのだ。羽の形も大きさも、色でさえ人によって違う。成長と共に羽も成長し、死と共に羽ペンはそれぞれの最期を迎える。いつまでも輝き続ける羽ペンもあれば、死と共に崩れ消え去る羽ペンもある。

 もちろん普通のペンもある、鉛筆もある。ではなぜこの羽ペンがあるのか、それは先ほども言った通り『魂の具現』だからだ。詳しいことはわからないが、この国に生まれると同時に羽ペンが城に現れる。羽ペンは女王が一人一人に授ける。その羽ペンはインクをつけずとも文字を書く。羽ペンのつづる言葉は、魂からの言葉。思ったことを、感じたことを、思いの丈をすべて書き記す、不思議な羽ペン。さらに不思議なことは、人々に訊くと羽ペンは心に仕舞われるそうだ。書こうと思ったときに手に現れ、書き終わったときに手から消えるそうだ。

 だからこの国では、暮らす全ての人が、思い思いの言葉を綴っている。誰かがそれを見たり、誰かがそれを広めたり、人々の懸け橋として、羽ペンの言葉は働いていた。

 そんな国の女王様、その羽ペンの羽は世にも珍しい『青い羽』。童話に出てくる、幸せの青い鳥、その羽をしている。世界中誰を探しても、そんな美しい羽ペンを持っている美しい女王はおらず、故に『青い鳥の女王』と呼ばれている。



 さて、そんな女王は何をしているのかというと、こっそりと城を抜け出し街に出ていた。

 いつもの事であるが、いまだに阻止されたことは一度もなく、街の人も女王だからと言って大騒ぎすることもなかった。

 街に溶け込むように、綿の半袖に麻のカーディガン、綿のスカートという女王らしからぬ恰好で平然と闊歩している。向かう先はお気に入りの街娘のいる場所。

 向かう途中でも、誰からも挨拶され、挨拶し、少し話したり、遊んだり、と何ら街の人々と変わらぬことをしていた。

 城から少し離れた場所、家が立ち並ぶ中にぽつんと現れた公園。そこに目的の娘がいた。

「イロリー!」

 女王がそう呼ぶと、青いワンピースを着た娘が振り向いて走ってきた。

「女王様、また来てくれたの?」

「もう、その呼び方やめてよー」

「だってこれで呼びなれてるもの」

 笑顔で話す彼女、イロリに釣られて、少し膨れていた女王も元の笑顔に戻る。

 少しクスクスと笑い合ったのち

「とにかく! 今は名前で呼んで、お友達だもん」

「分かりました、リオ」

 そういうと、二人は街の中心部に向かって歩き始めた。



「全く、陛下もいい加減にしてほしいですね」

「まぁ、あれは今に始まった話ではないですし。陛下がいらっしゃらなくともできるところから始めましょう、ツクシさん」

「そうだよツクシ、いまさら毒付いたってシンヤさんの言う通りなんだし」

「うるさいミメコ」

「なに、うるさいって! あんたの方がうるさいでしょ」

「こらこら二人とも、そう言い争ってる暇があったら仕事してください」

 城の中では、ある三人が一室に集まって何やら話し込んでいた。

 先ほど女王の部屋を訪ねていた側近大臣のシンヤと、メガネをかけたツクシ、同じくメガネをかけたミメコの二人の大臣。国の主要のうち三人が集まっている。

 二人の大臣がスカートなのに対して側近大臣であるシンヤだけがズボンである。そしてスタイルもシュッとし見れば見るほど、声も聞けば聞くほどの好青年だ。しかし、この部屋の男子率はゼロ。つまり全員女子である。

「それで、次の授与式はこれでいいんですね」

「はい、お二人にはいつもの通りにお願いします」

「了解です、それにしても今回は人数が多いですね」

「子供が多い証拠です、何よりもうれしいことです」

「枢機卿が辛そうね」

「だから、なんでツクシはそう余計なこと言うのかな」

「ほんとの事でしょ。ミメコだって私に余計なこと言ってきてるし」

「だってほんとの事じゃん」

「ほらほら、二人ともそこでうるさくしない。枢機卿はいつもの事でしょう」


 先ほどからシンヤに諭されてばかりいるこの二人だが、大臣の仕事に関してはずば抜けており、双子のように想える連携を見せている。

 今話している授与式とは、新しく生まれた子供への羽ペンの授与式である。月に一度ほどの期間で、一気に渡している。それらのまとめをしているのがこの二人のツクシ、ミメコ両大臣であり、大臣を束ね、女王の世話もしているのがシンヤ側近大臣である。

 羽ペンは城とも繋がっている教会の祭壇に現れる。それらの管理は、教会にいる枢機卿がしており、両大臣はこの枢機卿とも話しながら日程や順番などを決めている。

 そして、今現在はそれらを終えて女王に確認を取るというところまで来ていたのだが、側近大臣の部屋に来て女王を呼びに行ってもらったところ、肝心要の女王がいないため先に側近大臣に確認を取ってもらっていたのだった。


「何はともあれ、私の方で確認しました。これで陛下にお渡ししようと思います」

「「よろしくお願いします」」

「本当に、仲がよろしいようで」

「良くないです」

「腐れ縁です」

 そういうと、ツクシとミメコは部屋を出ていった。

 残ったシンヤは、窓際へ行くと街並みを眺めた。少しして、自分のテーブルに向かうと紙を取り出し、右手を構えた。するとどこからともなく羽ペンが現れた。深い藍にところどころ黄色い点がある少し大きめの羽ペン。現れたそれをしっかり握ると、紙に言葉を並べ始めた。一通り書き綴り、握る手の力を緩めると、右手から羽ペンが消えた。そのまま封筒に入れ、紺色の封蝋をした。蝋にはくっきりと、丸の中に街並みと星空を思わせる模様が刻まれていた。

 封をしたばかりの封筒をもって、シンヤも部屋を後にした。



 街で遊んだ二人は、そろそろ帰る話をしていた。朝から遊んでいるにしろ、昼頃ともなれば女王探しに幾人かが街に出てくる。慣れてる城の者は女王探しのプロともいえる、簡単に捕まるだろう。だからこそ、捕まる前に帰ろうと、そういう話だった。

「それじゃあ、もうお城帰るわ。また今度遊びに来てよ」

「もちろん。あ、リオ、その時はまたあのお菓子食べたいな」

「用意しとく。じゃあね、イロリ」

 そういって女王リオはお気に入りであり親友のイロリと別れて、また一人城へと向かっていった。

 城門を避け、教会の中に入ると、知った顔が二人、話をしていた。

 片方は見れば見るほどの好青年、もう片方はいかにも聖職者のような恰好をした紳士そうな若い男の人。

 リオに気づいたのは、好青年の方だった。

「あら陛下、今お帰りで?」

 その一言で、もう一人の紳士もリオの方を向いた。

「これはこれは、陛下」

 そういうと紳士は深々と礼をしてきた。

「あらシンヤ、タケゾウ枢機卿に用があったの?」

 シンヤが抜け出したことを知っているのはもはやいつもの事であるため、普段と同じように話に入る。

「ええ、陛下にも話がありますよ」

「ははっ、今月は子宝がたくさんで、大変でございますよ」

 タケゾウはそう微笑みながらリオを見る。

「その話ね、今月はかなりの量でしょうね。タケゾウ枢機卿もお疲れ様」

「いえ、勤めですので」

 そういうタケゾウの手には、一通の封筒が握られていた。

「あら? その封筒は?」

「あぁ、つい先ほどシンヤ大臣からいただきまして」

「ちょっとしたお礼です。それよりも陛下、早くお着替えになってお部屋へ」

 そう促すとシンヤは、タケゾウに挨拶をして教会を去っていった。

「だそうですよ、陛下。お早くお戻りください」

「仕方ないわねぇ」

 リオも挨拶をして教会を城のほうに出る。

 メイドを幾人か連れて自室に戻り、今までの簡素な服からいつもの絹のドレスへと着替えた。『青い鳥の女王』の名に相応しい水色と青色のレースを用いた簡単なものであるが、美しいことには変わりなかった。

 そのままその足で別の部屋へ向かう。大きめの部屋で、長机にいくつか椅子が置かれている。いわゆる会議室だ。その一番奥の左端に、先ほど見たシンヤの顔があった。

 シンヤが立ち上がると、いつものようにと奥へ進み、一番奥にある扉と対面の椅子に座る。それと同時に、シンヤも座った。

「さて、いろいろ言いたいことはありますが、もうお分かりの事でしょうから省かせていただきます」

 シンヤはリオがまだ『青い鳥の姫』と呼ばれていたころから仕えてきた側近であり、城を抜け出す癖があるのは頭を抱えていた。大人になり、王女となった今でもそれが治らないことも、何回も、耳にタコもマメもできるほど言われ続けてきた。

「もういいから、見せて」

 ぶっきらぼうに言うリオにシンヤは、ツクシとミメコがそろえた書類を渡す。

「今月は来週を予定しております。陛下も、それでよろしいですね」

「ええ、何も問題はないわ、これでお願い」

 そう言って書類を返すと

「封筒一式をお願い」

 とメイドに言った。

「どなたにですか?」

「まずこの前来ていた、何処だっけ? どこかの王子への返事、それから街のみんなに」

「なるほど。いまさら書く気になられましたか」

 シンヤの毒を流しながら、メイドの持ってきた紙を手元に引き寄せて、右手を出した。すると、『青い鳥』の所以でもある青い羽ペンが現れた。芯の部分が最も青く、そこから外側へ行くにつれてだんだんと淡くなっている美しい羽ペン。しっかりとそれを握ると、流れるように言葉を紙に羅列していった。


 青い鳥の女王には、もう一つの顔がある。普段はおとなしく、温厚な彼女だが、ひとたび羽ペンを握るとたちまち本音が並べられる。その本音の激しいことといったら、青い鳥の女王の部分しか知らない人が手紙を受け取ったら目を丸くして軽く意識を飛ばすほどだ。かといってひどい文句を並べるのかと言ったらそういうわけでもない。率直に伝えたいことを伝える、ただそれだけなのだ。しかし、どうも直に会うとそうはいかなくなってしまう。ゆえに差が出すぎてしまうのだ。

 もちろん、そちらの異名も持っている。


「こんなところかしら」

「少々拝見……。これは、また大胆な」

「求婚なんて、12000年早いのよ」

 リオは封筒に名前を書き終わると、青い羽ペンを一旦机に置き、手紙を入れて赤い蝋をたらし封をした。


 彼女のもう一つの異名、それは、封蝋の模様に由来する。

 赤い蝋にハートの刻印。そう、もう一つの彼女の名は『ハートの女王』。


「それじゃ、これよろしくね」

 そうにこやかにしてメイドに渡すと、すぐさま羽ペンをとり新しい紙を手繰り寄せた。

「さ、残りは街のみんなに!」

「王子への手紙にも、それくらいの勢いで挑んでほしいものですが」

 そんなシンヤのぼやきはつゆ知らず、青い鳥の女王ことハートの女王は黙々と言葉を並べていく。

 大切な街の人々に、大切な親友のイロリに、想いを届けるため。

 しっかりとハートの封蝋をして、シンヤに渡す。

「よろしくね」

「仕方がないですね」

 少し笑みを見せながら、シンヤは数十通の手紙を受け取ると部屋を出ていった。



 ハートの女王の手紙はたくさんある。しかし、どれもが違う文面であり、受け取った相手を勇気づけも、元気づけも、楽しませも、悲しませもする。彼女の手紙に勝る手紙はこの世にないだろう。

 青い羽ペンで綴られ、赤いハートで封されたそれは、もしかしたら、あなたの手元に届くかもしれない。

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