24 緑の森にて

 俺達はビードに跨り、集まってきた国民に時折手を振りながら首都を抜けた。

 今はここ、アヴァロニアの首都『アヴァロニア』の出入口にいる。

 それは自然に出来た、天然物の壁。黒くごつごつとした岩肌が、右を向いても左を向いても続く壁。そこにポッカリと空いた穴の前で、一旦休憩を取る。

 柔らかい羽毛のおかげで尻は痛くないのだが、乗馬経験の無い者が疲れてしまったのだ。

 町中をゆっくりと通りすぎ、草原を抜け、この二十メートルはありそうな壁まで来るのに、実に30分。慣れるために、という事でゆっくり来たのだが、そのおかげで疲れてしまっていたらしい。

 特に、いつもは自分で走る事の多い先輩は、遅すぎる足にビードと共にイラつき、今は黒いビードと共に近くの草原を走り回っていた。

 奇声を発しながら。


「うぅおおおおぉぉおあああぁぁぁああ!!!」

「グアアアアァァァアアアァァァアアア!!!」


 似た者同士という事だろう。さすがにビードの方が足は速く、先輩と違って姿をぶれさせながらの走りこみだが、叫んで全力疾走をしている時点で先輩と同類だな。

 それはそれとして、各々自由に羽を伸ばす。

 ハルカさんはストレッチ。マキナは死んだように草原で寝転んでいる。先生はあさっての方向を見ながら立ち尽くしており、イユは持ってきた布に糸を通していた。

 イユにとって自由時間とは、主に裁縫の時間を表すのでこれは良い。


「どうだ、ルディ?」

「はい。もう少しで時間ですので、皆様を呼んでくださいますか?」


 壁に空いた穴。それこそがアヴァロニアの玄関口らしく、5メートルほどの高さがある穴からは人が出入りしていた。

 何でも、出入口専用の乗り物があるのだとか。俺達がここに着いた時にあったその乗り物には空きが無かったらしいので、30分ほど待つ事になったのだ。

 というわけで、休憩を挟んだ次第である。

 30分か。ゲームが出来れば暇ではなくなるが、出来るわけが無いし。あれは向こうの世界でシステムなどを管理している人がいたから出来たわけだし、スマホを出すわけにもいかないし。


 とはいえ、俺は適当にみんなを観察していたらすぐに時間は過ぎる。

 ただ、そんな暇を持て余す俺達に対して、思うところのある人物が約1名。

 ルディが申し訳なさそうにしていた。事前に連絡していた通りの時間にここへ着いたらしいのだが、予定と違ってすぐに乗れなかったため、待たせていると思っているようだ。

 たしかに暇ではあるが、気にしていないとは伝えておく。

 いくら魔王の権限があると言っても、前々から来ようとしていた人を待たせてまで俺達を優先させる事は横暴に近いものがある。ここは魔王国家の首都なのだから、その分人の通行量は多い。なら観光にしろ商売にしろ人は来て、常に満員に近い状態のはずだしな。


 さて、ビードは専用の乗り物があるとのことで、一旦別行動に移る。

 俺達は入口から程なくして現れた階段を下へ下へと下り、乗り物が留まるという地点までやって来た。

 そこで思ったことだが……。


「なあ、これ」

「う、うん」

「地下鉄っぽいぞー」


 雪崩のように人が押し寄せ、いくつも連結した箱型の乗り物に人が入っていく。プシュウ、と空気の抜けるような音と共に扉が開閉し、箱の中に設置されたイスに座る者、てすりに捕まる者、どこにも捕まらずに仁王立ちする者を、一気に別の場所へと運ぶ乗り物。

 見る限り箱の上に電線らしき物は無く、ただ箱の側面には円に文字や模様の描かれた、いかにも魔法陣のような模様が彫り込まれていた。

 地下鉄車両。錆びた鉄の色をしているが、動く際の轟音やその仕組みは、紛れも無くそれである。

 やはり、変な所でSFチックな世界である。


「どうして地下鉄?」

「あ、えっと。チカテツをご存知で?」

「地下鉄は、地下鉄だろう」


 若干イントネーションは違うが、これもどうやら地下鉄という名前らしいな。

 洞窟にも見える穴の中は、正に駅と呼べるような場所だった。地下鉄2本分の溝があり、出入口の高さに合わせた床、位置に合わせてバリケードの大きさも工夫されている。

 まあ要するに、安全に配慮と技術を凝らした、俺達にしてみれば見慣れている地下鉄である。


「あれだろ。どこか遠い場所に運ぶ、地下専用の乗り物」

「そ、そうです。古代より活用されてきた乗り物で、今の技術では再現不可能と言われている遺物です。これで『地上』に降りて、緑の森へ向かうのです」

「……地上?」


 聞き返した途端、懐かしくも思える突風が頬を叩いた。被っていたフードがめくれるが、どうやら魔族が人族のような姿になるための装備品って帽子だけじゃないようなので、とりあえず人族だという事はばれないはず。

 俺達は、人々の喧騒と電車や地下鉄特有の音によりあまり会話が弾む事無く、それはもうアッサリと目的地に着いてしまった。

 二駅しか無いことと、動いている車両が2本である事。そして片道30分ということで、それなりの距離を進んだように思う。

 ちなみに指定席にはしてくれたらしく、個室のような車両に乗る事になった。貨物車両の隣にある、貴族御用達の車両らしい。さすがに地下なので景色は見られなかったのだが、ゆっくり出来る個室に案内されたので、そこはどうでも良いかな。


「―― で、着いたわけだが」


 頭をかきつつ、ある物を眺める。

 それは、俺達が入った所と同じような岩の穴。というか最早トンネルだな。駅構内の様子は『上』と同じだったのだが、外に出てみれば心地良い風が吹いていた。

 暑さ的に夏でも冬でもないのだが、涼しいと思える風が全身を吹きぬけて行ったことで、俺は何の気無しに後ろを振り返った。

 そこには――



 ―― 天を覆う、傘のような物体があったのだ。



 それは色が灰色で、イメージ的には灰色の大樹というのがピッタリである。

 大樹は幾本もの樹木をより合わせたような、言ってしまえば蔦を何本も合わせて作ったような見た目をしていた。捻れ、途切れ、編み込まれ、それが1つの大樹としてそこに在る。生命の息吹感は色のせいか全く感じないのだが、荘厳である事は言うまでも無い迫力であった。

 そしてその大樹に不自然に巻きつき、中にはめり込む黒い結晶が見て取れたが、それこそがさっき俺達の乗っていた地下鉄の通り道であると理解する。

 その結晶の位置は規則性があり、遠目で見てみれば全てが一本の線で繋がると分かるのだ。

 大樹に巻きつくように、結晶は存在し、時折そこから何かを引きずるような甲高い音がもれ出ていた。それで、確信する。あれが地下鉄の道であると。

 おそらく、アヴァロニアとはこの大樹の上にあるのだろう。この大樹を見て驚いている俺の顔をニヤニヤしながらルディが見ている事からして、ルディはわざと黙っていたようだな。


 〝 見れば分かる 〟


 ルディが目だけで、それも自信満々に伝えてくる。

 その通りだった。

 百聞は一見にしかず。ルディはさもそう言っているかのように見えた。

 俺に見せて以来、隠す事の無くなった耳がピコピコと揺れている。

 それはまるで、相手を驚かすことに成功した、悪戯っ子の自慢げな顔。

 それが物凄く微笑ましく思えて、俺は耳に触れないようにルディの頭を撫で回した。

 ただ、年下だからとむやみに頭を撫でるのはやめておくか。

 非常に驚いた顔で、俺を見つめるのだ。それはもう不思議そうな表情で。

 耳に触れずに頭を撫で回すという行為そのものに驚いていた事を知るのは、もう少し先の事だ。

 さて、いよいよモンスターを倒しに行くわけだが。

 既に降ろされているビード達は、近くの草原でうとうとしていた。

 駅の側は一種のお祭のような感じで、出店や宿場、酒屋なども見て取れる。商店街というよりも、夏祭りで見られる明るい騒がしさであった。

 とりあえずそれなりにうるさいはずなのだが、ビード達はお構い無しに眠気眼になっている。


「行くよ、コダマ」

「……クェッ?!」


 驚かせないようにと静かに触れたつもりだったのだが、既に眠ってしまっていたらしく、コダマは勢いよく立ち上がる。

 それに驚いたのか他のビード達も眼をパッチリと開けて、パートナーの元に自ら移動していた。



 簡単に言うと、すぐ近くだった。

 というか、出店の裏側にあった、いかにも普通にしか見えない森が『緑の森』だった。

 ただ、この世界にはかなり多くの森があるから、区別する為の名称は必要なのだろうが。それでも、ビードを起こしても意味が無かったのでは? と思案する。

 だがその心配は杞憂に終わった。

 緑の森は最も広大な森であるが故に、これから向かう練習場もまた複数存在する。俺達が向かう練習場は駅から更にビードが走って30分の位置にあった。

 ビードでなく自分達だけで歩いて向かおうとすれば、確実に行って帰るのに最悪二日は掛かっていたかもしれない。

 何せ、軽く走るだけでもビードの速度は自動車並みなのだ。中でも、他よりも小柄なコダマが速すぎて、一度案内役の人を追い抜いてしまった。不満げにはしていたが、コダマには減速してもらわなければならないと、ちょっと言い聞かせる。

 素直な性格であるため、コダマはすぐに周りと合わせて走ってくれた。とはいえ休憩をとらなくても良いほど、全く疲労がたまっていないことに驚く。

 外で運動させるという目的もあるので、許可を取って一定の地点までは好きに走らせてみた。

 1つだけ言わせてもらうなら、車よりもずっと速かった。

 ともかく、好きに走らせた後で一度みんなの所に戻る、という条件を出し、コダマのストレス発散をしてみたのだ。

 おかげで満足そうな表情になったコダマを、俺は撫でてやった。


「クェ!」


 更に満足そうに笑ったので、目的の1つは達成できたらしい。


「で、これが練習場なのか?」


 出店などが並ぶ、宿場町とも言えるような感じの町を抜けた後、それは一見すると何も無い草原に出ていた。右に森、左は草原、遥か遠くに山が見える程度の景色。

 それほど整備された道ではない。草の無い地面が露出しているだけの道を、もしかすると、新幹線以上の速さになったコダマの上で駆け抜ける。

 最高時速がどうとかっていう時点から多少気になっていた。

 速くなる、という事は、空気の抵抗を受けやすくなるという事。

 よく漫画やゲームで『極限まで刃を薄くした事で空気の抵抗を減らし、攻撃力と素早さを兼ね備えた』という説明の武器が出てくるが、要は空気抵抗を減らした分だけ攻撃力が上がっているという事。刃を薄くしたなら、その分強度が落ちてしまっているが、それはちょっとした犠牲である。


 それで、このビードという生き物だが。

 シルエットがダチョウにモコモコと羽毛をはやしたような姿。正面から見ると、長い首の下には丸い胴体があり、思い切り空気抵抗を受けやすいのだ。

 その割に、乗っていた俺にはほとんど風が来なかった。隠れるほどの幅はビードの首には無い。コダマは小柄である上に細身なのでそれが顕著である。

 だというのに風に叩かれるような感覚が無かったため、何でだろうと首を傾げて見せた。


「クェ」


 走っている最中に、コダマは畳んでいた羽を広げてみせる。

 おいおい、そんな事をしたら風を受けてスピードが落ちるぞ……と思ったのだが、一向にスピードが落ちない。これは明らかにおかしい。


 ―― 魔法がなければ、の話だが。


 よくよく観察すると、スピードを出すと羽が妙にキラキラと輝きだすのだ。不規則に光るそれはラメのようにも思えたが、俺はそれが何なのかを悟る。

 触れられる部分から、ルディに教えてもらった魔力を感じたのだ。

 温かく、それでいて触れた手は羽そのものの、別のぬくもりを感じ取る。

 その不思議な感覚が、魔力によるまるで幻覚のような温かさと、俺自身が体験している温かさだった。その妙な質の違う温度こそが、輝いているものが魔力なのだと悟らせてくれる。

 つまり、風の抵抗を無くす効果の魔法を使っているのだ。魔法陣のような物は無いが、その辺は後でルディにでも教えてもらおう。


 と、そんな面持ちでみんなと合流し、町から出て30分。目的地に着いた。

 中の見えないドーム型の建物。茶色い外壁で覆われた木製の建物で、それほど大きいようには見えない。とはいえ民家一軒分の大きさはあるのだが。

 ただ初心者用とはいえ、剣を振り回すだけならともかく魔法を放つ際はどうするのだろうか。魔法とは、要するに遠距離攻撃である。ある程度広さが無いといけないのでは?

 そんな事を考えながら、ビードを待機していた数人の兵に預け、ルディの後を付いて行く。

 そして、ガラス張りの扉を開けて、靴は脱がずに中へと入る。

 受付の人とルディが何かを話し合って、それから受付の人が案内を始めた。ちょびひげの中年だが、これといった特徴の無い人であるため紹介は省略しておく。


 ともかくも、俺は特に何も考えずに周囲を観察していた。


 そして、失念していた。

 この世界には、魔法というものがある事を。


 途端、広がる視界。



 心地良い風。

 真っ白な雲の浮かぶ青い空。

 目分量ではあったがドーム型の建物以上に広い。というか最早外壁らしきものも見当たらない空間がそこにあった。

 それは魔法がなせる業である【空間拡張】であり、擬似的な空や太陽まである空間。入ってきた扉は頑丈そうな金属製であり、不自然に扉だけがそこにあった。

 というのも、扉を支えているはずの枠も、その周りに在ったはずの壁すら無いのだ。


「これは……」

「な、何か、科学テイストのSFから一気にファンタジーな感じになっちゃったね」


 驚愕を通り越して呆れてきてしまった俺の横で、素直な感想を述べるハルカさん。トイレや地下鉄なんかのSF要素はあったが、ルディに魔法を見せてもらっていた俺以上に驚いているはず。というか最早驚愕が一周回って、逆に妙な納得をしてしまったのだそう。

 緑の森と思われる森林地帯は、外にある本物の緑の森からいくつか持ってきたらしい。そこに特殊な結界を敷き、モンスターがこのだだっ広い空間内へ逃げ出さないようにしているのだとか。

 モンスターにもストレスはあるらしいので、それが発散できる程度の広さと、閉塞感を無くす為の工夫を凝らした結果、特殊魔法【空間拡張】を使う事になったのだとか。

 明るさや暗さの調節できる、夜間戦闘が自由に出来る施設としては有名なのだそう。


「では皆さん。今からモンスター:スライムをおびき寄せてもらいます。この空間は、限界はありますがかなり広いので、赤く光っている線の外側には行かないようお願いします。また、森の中に入ると迷子になる危険性がありますので、とりあえず行かないでください」

「いよいよか」

「う、うん。スライムなら血が出ないそうだけど……。厄介らしいよ」

「厄介?」

「あ、うん。私の世話役さんが言っていたの。厄介だって」

「うーん。スライムの設定で厄介な事としては、切ってもすぐ回復する。戦っている相手の姿に擬態する。服や身体が溶かされる。このあたりが有名だな」

「すぐ倒せるらしいから、擬態かな? 精神的にやりづらい、みたいな」

「正解かどうかはすぐ分かるだろうし、見ていようぜ」

「あ、うん」


 おびき寄せる方法は単純。

 エサを用意することであった。

 どうやらスライムには味覚があるらしいので、何も無ければそこらの雑草でも生ゴミでも吸収し、分解するのだそう。

 が、味のある食べ物。特に、人がおいしいと思える物はスライムにとっても美味しいと感じる物らしいので、果物や焼いた肉などを地面に置き、香りを森の方へと流せば出てくるという。

 しばらく掛かるかなー。

 と思ったのだが、実に原始的な方法、木の板で扇ぐと1分足らずで複数の影が木々の間から飛び出した。


「「「……」」」


 透明で、少しだけ青い、光を反射する流線型のボディー。非常に柔らかそうな、ぽよぽよと動くそれは、ゆっくりとこちらに近付いてきた。

 初日のディナーに出て来たソルベと、見た目は全く同じである。


「えと、あれがスライム?」

「はい。スライムです」


 淀み無く答えてくれるルディ。


「ちなみに、核以外は全て水と魔力で構成されているので、倒せば魔力回復用の薬になりますよ」

「え、何。マナポーションってそういう感じ?」

「人工的であれば、きれいな水に無属性の魔力を込めれば出来ますが、実際にはこれを倒して摂取する方が効率は良いです」


 モンスターを飲んでまで魔力を回復したい人はほとんどいませんが。そう付け加えて、ルディはゆっくりと戦闘準備を始めた。

 モンスターに油断は大敵、なのだが、スライムは飛び出してきた時以上のスピードは無く、赤ん坊がふらつきながら歩くよりも遅く近付いてくるのだ。

 それこそ、亀よりも遅いかもしれない。

 大きな水滴がこちらへ向かってくるような、そんな光景である。


「スライムには切る、殴るなどの物理攻撃が通用しにくいです。スライムには核がありますが、それは小さく目に見えない場合が多いので、狙って切れないからですね。そのため、スライムには魔法を使っての攻撃が主流となります」


 ルディが取り出したのは、木で出来た短い杖。

 手で握る部分は持ちやすいように太く作られているが、それ以外はオーケストラなどの指揮者が使うタクトに酷似している。

 所謂、魔法の杖だろうな。


「魔法はよほどの事が無い限り、誰にでも使えます。威力は才能、努力、込める魔力の量によって左右されますが、とりあえず基本となる魔法をお見せいたします」


 そう言って、ルディはスライムに向き直る。

 おや? 俺は違和感を覚えた。

 ルディは水を出す魔法を使う時、杖は使っていなかったはずなのだ。

 ふむ。また後で聞かねばならない事が増えたな。


「行きます。

【 精霊よ 我が呼びかけに応え 我が力と引き換えに 水の力を今此処に 】 『アクア』!」


 ルディが杖の先端を、未だノロノロとこちらに向かってくるだけのスライムに向け、言葉を紡ぐ。そして言葉の後に魔法の名であろう部分を強く発し、杖に魔力を込めた。

 すると、こぶし大の水球が杖の先に生まれ、そのまま宙に浮かぶ。


「ご覧のとおり、基本の魔法だけでは攻撃魔法になりません。そのため本来は省略するのですが、別の攻撃用の呪文を唱える事が必要です。

【 精霊よ 我が生み出しし水よ かの者を射て給え 】 『アクアショット』!」


 浮いたまま硬直していた水。それが僅かに発光し、プルプルと震えた。

 途端。

 こぶし大の水球は、杖の先端から消える。


「……?!」


 まるで水に何かが落ちたような音が、スライムから聞こえてきた。そこには、こぶし大の穴がポッカリと空いた、スライムの姿が。

 スライムは見る見るうちに形を失い、地面に解けて消えてしまう。


「ラッキーですね。一応物理攻撃になるのですが、運良く核を破壊できたみたいです」


 ルディは不適に笑う。

 スライムに目らしき物は見えないが、それが攻撃であると認識したのだろう。寄って来たスライム3体の内1体が消えた瞬間から、スライムの速さが激変する。

 亀以下から、猫くらいに。

 それはもう、飛び跳ねてこちらへ向かってきたのだ。


「わ、わっ」

「落ち着いてください、ハルカ様。動かないで。

【 雷よ 守れ 】 『イカヅチの結界』!」


 先程の呪文に比べ、随分と省略したらしい呪文で結界を張る。

 杖に魔力を込め、呪文と共に地面に突き刺した。

 杖から電気特有の火花が散り、それが地面を通って俺達を囲むように円状に広がって一気に円柱型の結界を張ったのだ。

 結界に阻まれるだけかと思われたが、スライムは飛び跳ねた先にあった結界に触れた瞬間、感電して蒸発する。

 液体から水蒸気へと霧散し、第一回目の襲撃は幕を閉じた。

 それはもう見事なまでにアッサリと、終わってしまっていた。

 そして。



【 経験値が一定に達しました レベルが3になります

  レベル上昇により 魔法:全基本魔法 を習得しました

  レベル上昇により 技能:基本魔法詠唱破棄 を習得しました 】



 聞こえてきたよ、天の声。

 というか、地味にとんでもない事をサラッと言われた気がするぞ?


「ね、ねえ、今の声、誰? 女の人っぽかったけど!」

「僕も聞こえたぞー。基本雷魔法の習得がどうとか言われたなー」

「俺は炎魔法と言われたぞ!」

「僕も炎魔法でしたね」

「私、は、風、魔法だった」


 見事にバラバラだな。

 というか、そうか。俺は言語理解とやらのレベルが上がった時に聞いたけど、ハルカさん達

は聞いたことが無かったみたいだな。


「俺全基本魔法習得。あと、基本魔法の詠唱破棄だってさ」

「あ、私と同じだ」


 という事は、俺達は賢者としての力がレベルアップによって解放されたという事か。ついでに、俺は異世界の賢者でも、賢者という存在で間違いない事が分かったな。

 で、他の奴はー……。


「僕は雷の基本魔法以外だと、技能とやらの雷耐性Ⅰを覚えたみたいだぞー」

「俺はその炎バージョンだぜ」

「僕は技能が炎ブーストⅠですよ」

「私は、探知Ⅰ、です」


 おいおい見事にバラバラだな!


「……」


 ルディは真剣に何か考え込んでいるようだ。


「続いて行きますか」


 と思ったが、真剣な表情のまま、次のスライムを倒しに向かう。

 今度は少し多めの5体。


「見ていてくださいね」

「へ?」


 おそらく先程の雷光で、既にこちらが敵である事を理解しているのだろう。スライム達は、初めから飛び跳ねながら近付いてきた。

 ルディは先程と同じように杖をスライム達へと向ける。



「 『鳴神のイカヅチ』 」



 杖に魔力を込めた後、呪文を唱えもせず、魔法名だけを言い放つルディ。

 瞬間。

 背筋を氷柱でなぞられたような衝撃が走った。

 一瞬、ほんの刹那、辺りが暗くなった気がして。

 そして目の前に、雷が落ちた。

 5メートルほど離れた地点に、一筋の雷が放たれたのである。



【 経験値が一定に達しました レベルが4になります

  レベル上昇により MP上昇Ⅰ を習得しました 】



「「「……」」」


 一瞬。

 目が眩むほどの光で、視界が真っ白になった。

 反射的に耳を塞ぐも、轟音が脳を揺さぶるように襲ってきた。

 いつの間にか、目を瞑っていた。

 余韻の耳鳴りが次第に消えて、目を開く。

 そこには、先程まで飛び跳ねていたスライム5体が、きれいサッパリ消えていた。


「魔力を必要以上に込めると、初級魔法でも中級魔法以上の威力や効果を得られます。ただそうしますと、当然、魔力の減りが早くなりますのでご注意を」


 淡々と説明してくれるルディはまるで、何事もありませんでした、とでも言うように笑う。


「ちなみに初級魔法は基本魔法の上位に当たる魔法です。賢者であるハルカ様とスイト様は、レベルが9になれば扱えるでしょう」

「そ、そうなの?」

「はい。ただし、基本魔法でも魔法の暴発が起これば惨事となりますので、まずは自身の魔力を制御する事を覚える必要があります。また、詠唱破棄の技能は素早く魔法を発動するためのものですが、詠唱を破棄するとその分魔法のコントロールが不安定になるので、最初は詠唱してから使う方法で慣れた方が、結果的に魔法の上達は早いかと」

「……へー」


 ルディの懇切丁寧な説明を余所に、ハルカさんは放心しているようである。

 まあ、さっきみたいないかにも強力そうな魔法が暴発、なんて事になったら、たしかに危ないだろうな。ルディがあえて強力な魔法を放ったのは、少しでも魔法暴発の危険性を下げるためなのは間違いない。強力な魔法をあえて見せ付けて、魔法の危険性を教えてくれたのだ。

 だが、危険性があっても日常的に使われているものでもあるのだ。モンスターとは人に害をなす存在で、襲われれば迎え撃たねばならない。

 身を守る手段。その危険性。それゆえの注意喚起。

 ルディがやっている事は、実践の上での授業。

 強引かつ大胆な部分はあるものの、実に分かりやすい見せ方をしてくれる。

 魔力の制御、か。出来るかどうかは正直わからない。というか、やり方など知らないのだから当然だろうが。かなり真面目に取り組んでみるか。

 とか考え出した所で。


「では、早速魔法を使ってみましょうか」


 爆弾発言が、ルディの口から飛び出したのだった。


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