23 はじめての…… / 3
すー、はー。
ふぅ。
深呼吸をしたら落ち着いてきた気がする。
妄想? え、何それオイシイノ?
あ、普通に美味しい妄想もありそうで怖いな。発言撤回しよう。
って、そういう事じゃなくて!
「―― ハルカ様。よろしいですか?」
「は、ひゃいっ?!」
あ、まずい。変な声が出ちゃった。
もう一回、すー、はー、すー。
よし。
「ハルカ様。お迎えに上がりました」
「あ、ありがとうございます、マロンさん」
部屋に入ってきた女性、マロンさんは、メイド服のスカート部分を僅かに持ち上げて会釈した。
私と同じ栗色の髪と、赤い瞳を持つ― マロン=カスターニャ ―さん。明るいオレンジ色のドレスに白いエプロンを着けた、私より少し年上っぽいメイドさんです。
フワフワの髪は方に掛からない程度の長さで、内側に反っている。
落ち着いた雰囲気がいかにもお姉さん、って感じなので、思わず年齢を聞くと、何と52歳! シワなんて無い若い肌を持っているのに、不思議なこともあるものだ。それを口に出していたようなのか、マロンさんは「私は長命種ですので、人族に換算すればまだ貴方様と変わりません」と答えてくれた。
長命種、って言葉があるなら、魔族は誰もが人族よりも長生きって事ではないらしいね。
ともかくも、そんなマロンさんが私の世話役だ。スイト君でいう所のルディ君みたいな人だね。ちなみに種族を聞くと解答を拒否されました。隠したいのかな?
ピンクを基調としたこの部屋は、いかにも女の子が使うような部屋というイメージが強い。マロンさんが言うにはここは客室だそうだけど……ちゃんと手入れが行き届いていて、まるで高級ホテルのスイートルームに泊まっているような感じだ。
肝心のスイートルームを見た事が無い私が言うのもあれだけど、フカフカのベッドにとても広い部屋。トイレは別の場所にあるけど、不便じゃない。
何より、手足を自由に伸ばしつつ、力を抜いて全身を浮かべられるほどに広いお風呂がある事に驚いた。4メートル四方で、素材は大理石。シャワー室も広いし、お城、凄い。
まあ、そんな事は置いておこう。
今日はいよいよモンスター退治。血の出るモンスターじゃありませんように……。
私は気付かれないように、案内してくれているマロンさんの後ろで手をすり合わせる。
既に血抜きが終わった動物の解体とかも怖くてやりたくないのだ。その上、モンスターで人にとって害悪でしかないとしても、生物を切る殴るなどの行動が想像出来ない。
……。
スイト君なら、血を見ても動じないかもしれないけど。
むしろ、動物の狩りから血抜きの処理、解体を済ませた上できちんとした処理をした挙句最高の料理まで素材を昇華させる光景しか浮かばない。
あのお茶会のケーキ、美味しかったなぁ。
「機嫌がよろしいようで。安心いたしましたわ」
にっこりと、こちらを向いて話しかけてくれたマロンさん。
どうやらスイト君の作ってくれたケーキの味を思い出して、頬が緩んでいたらしい。
とはいえ、マロンさんはほとんどこっちを向かずに話しかけてきたのだけれど……どうやって後ろの人の表情を読んだのかなぁ。私、声は出していなかったし。
「これからお向かいになられる施設で扱っているのは最低級モンスターのスライムでございます。血などは噴きませんが、少々厄介な能力を持っていますのでご注意を」
「厄介な……あ、どれだけ切っても再生しちゃうとか?」
「スライムをご存知なのですか? ああでも、レベルが低く、再生力が全くもって低いオチビさんですからすぐ倒せますよ」
「じゃあ、何が厄介なのですか?」
「ふふ。それは見てからのお楽しみ、というものでございます。幸い、皆様が直接戦うわけではございませんから」
一度立ち止まって、私に悪戯っぽい笑みを向けるマロンさん。何が厄介なのかは最後まで教えてくれなかったけれど、ちょっとだけなら聞き出した。
要するに、通過儀礼というものだ。
この世界の人なら、誰もが目にした事のある激弱のモンスター、スライム。
それを倒す事は、モンスターを倒す者にとっての通過儀礼。ある意味、切れば血を噴くゴブリン相手の方が気は楽って言う人もいるらしい。
ちなみに、スライムがモンスターの中で最底辺にいるレベル1だとしたら、子鬼とも呼ばれるゴブリンは低い者でもレベルは5ほどもあるらしい。それに、個体で活動しやすいスライムと比べて、常に5体ほどで行動しているゴブリンは、低レベル冒険者が警戒するという。
冒険者とは、冒険者ギルドに集められた数多くの依頼をこなして生計を立てる人の事。
依頼の種類は多岐に渡る。モンスターの討伐、商人の護衛、薬の材料となる薬草や毒草の採取等。必ずしもモンスターを倒すわけではない依頼もあるようだけど、この世界でモンスターの脅威にさらされずに生きている人はほとんどいない。
冒険者ギルドには、それなりの戦闘能力が無いと入会できないらしいけど、この世界の人はただ成長するだけで戦闘技能を得られるそうなので、入れない人はほとんどいないそうだ。
もっとも、モンスターとの戦闘から遠い役職。たとえば、国そのものに守られているような王様や貴族は勿論、身体が未熟な10歳以下の子供も入会出来ない事が多いらしい。
まあ、賢者一行である私達には、冒険者はほとんど関係無いのだけれど。
どうやら重要人物っぽいし、外に出る際は必ず護衛みたいな者が付けられると思う。勘だけど。
国や世界にとっての重要度で言えば、これまで召喚されて来た賢者様の中でも相当上に私はいる。世界の危機がどの程度なのかは、賢者と共に償還される人の数で代替分かるって言っていたし。
職業名が異世界の賢者であるスイト君を抜かしても4人。最初は比較対象が無くてよく分からなかったけど、その数はかなり多い方みたいだし、賢者である私の重要度はかなり高いのだ。
非常に最悪の事態を想定する。もしこのお城に、魔王であるフィオルちゃんを倒しうる存在が現れたとしたら。フィオルちゃんは自分よりも、私を優先すると思う。
身体は私よりも小さいけど、瞳は私よりずっと大人で、強い意志を宿していた。
いざという時、自分よりも他人を優先しそうな、強く、それでいて優しい瞳。
命の危険とか、そういう事には疎い世界から来てしまったけれど、何と無く分かってしまった。要は自分の命と世界の崩壊を天秤にかけて、どちらを選ぶのか。そういう事。
本当に命が危ういと理解する時までは、きっと、推測の域を出てくれないただの願望。そうであってほしいと、願っている自分を睨みつける。
言ってしまえば、これは「貴方の命より、私の命の方が価値がある」という思考なのだ。
私自身、それは助長させてはならない思考だと思う。
だから、もう考えない。
いざとなった時には、フィオルちゃんも一緒に逃げる。
今はそれで良い。
まだ、何も起きていないのだから。
「行ってらっしゃいませ」
「はい。ありがとうございます、マロンさん」
さてと。色々と変な事を考えていたけど、まずは目先の安全に目を向けようか。自分はそれほど聞けんじゃないらしいけど、心構えだけはしていないといけないよね。
スライム、か。誰もが知っている某ゲームのスライムなら、仲間になってくれるけど……。さすがにリアルモンスターじゃそんな事があるわけ無い。マロンさんは、血は出ないけど違うことで厄介だ、って言っていたよね。何の事かな?
顔があるとか。
人の形をしているとか。
声が出るとか。
想像以上にグロッキーな姿をしているとか。
……考えていたらキリが無いか。ともかく行ってみよう!
というわけで、まずはお城の玄関ホールに集まった。ハッキリ言って、広すぎると思う。ここだけで野球もサッカーも出来てしまいそうなくらいだ。
聞けばダンスホールは更に広いとの事。うーん、こういう所を見ると、本当にお城って感じがする。魔王の城というイメージを根本から覆す白い壁やら床やら天井があり、幻想的なライトが飾られていて、不気味な雰囲気なんて欠片も無い。
入口はどうやっても一人で開けられなさそうな大きさ。
目分量だと、スイト君がー……ざっと5人分の高さだ。素材は、見て触った感じだとツルツルした石みたいな感覚。大理石とか。
しかも扉そのものにかなり凝ったと言いますか、細かすぎるといいますか、見事な彫刻が施されている。鳥や鹿などの動物、果物など、自然をテーマにした彫り物らしいね。
というか、やっぱり普通っぽい動物もちゃんといるみたいだ。何と無くホッとしたー。
そんな、城とはいえ大袈裟にも見える扉からずっと、赤いカーペットが道のように敷かれている。まっすぐ歩いた先に階段があるのだけれど、その上にある扉まで、ずっと。階段は扇形で、上に行くほど幅が狭まる。ただ一番狭くとも5人が体操できるくらいには広いけどね。
汚れた靴で踏むのが申し訳なく感じるような、柔らかめのカーペットだ。汚れていなくても、外履き用の靴というだけで、まだほとんど使っていないのに罪悪感がある。
ちなみにビードちゃんと一緒に遊ぶ時に使ったので、今履いている靴は多少なりとも汚れが付いている、と思う。
「全員、パーティ登録、完了済み、と」
大雑把に玄関ホールを見渡していたら、ルディ君がステータス画面を操作する手を止めた。許可していない人には、ただ指が空中を滑っているようにしか見えないけど、多分そう。
性格パラメータなんて項目が無ければ、色々と見せ合いっこしたいのに……。
「行くのか」
「はい。では皆様、フードを」
イユちゃんが作ってくれたローブ。えへへ、あったかい。
そういえば、万が一ビードちゃんに乗れない人がいたら、馬車を使う予定だったらしいよ。馬車を引くのはビードちゃんなのに、馬車だって。ビードちゃんは鳥なんだけどな。
という事をそれとなく聞くと、どうやら馬もいるにはいるみたい。ただ、馬を主に使うのは人族で、魔物であるビードちゃんを使うのが魔族領の主流なのだそうです。何でも、普通の動物は人族と同じで魔族領の魔力濃度に耐えられない事が多く、馬の数はかなり少ないのだそう。
でも魔物であるビードちゃんは、人に懐きやすいしかわいいし足も速いという事で、魔族領ではかなり重宝されているのだとか。
さすがです、ビードちゃん。
「では参ります」
ゴトン、と、重苦しい音の後に、軋むような音が響く。
大き過ぎる扉が、誰の手も触れていないのに開き始めていた。
「この扉は魔法で開く事が出来るのです。彫刻の更に内側部分に、魔法陣が埋め込まれているようです」
勝手に開いていく扉が、外側に開ききる。
……。
久々に、太陽の光を浴びた気がした。
遠くから人々の明るい声が響き、同時に何か、おいしそうな香りが鼻を撫でる。
まだ城門前の庭でしかないのに、人の声がここまで聞こえてきたのだ。
空気が澄んでいて、それでいて車や信号の音が全く無い。
少し眩しいように思えた日差しは柔らかく、吹く風が身体を通り抜けていく。
目に映る色。
鼻をくすぐる香り。
手が感じる熱。
耳に届く声。
仕上げに思いっきり息を吸って、口の中に風をそのまま閉じ込める。
……。
五感の全てが、淀みの無い、雑味が全く無い自然を感じ取っていた。
「では皆さん、ビードに乗ってください。城下町の者達道を開けてくれますから、指導員に手綱を任せて、少しでもリラックスを心がけましょう」
自分達のビードちゃんに乗る。鞍と鐙のような物が取り付けられていて、とっても乗りやすい。そこから鐙を、城内で見た覚えのある兵士さんらしき人へと手渡した。
そして最初はゆっくりと。
段々と普通に歩くスピードになって、あっさりと城門をくぐる。
「皆の者! 道を開けよ!」
私はその大きな声に、思わず身体をビクつかせた。
いつもはふわっとした印象の喋り方をしていたルディ君が、いきなり凛々しい声で叫んだのだ。
それを聞いた町の人達が次々と集まってくる。ただし、通る道に一定の幅を開けたままで。
町並みは、中世ヨーロッパ風、かな? 集まってくる人は人族っぽかったり、犬耳があったり、うろこがあったりするけど、一様に明るい表情を浮かべながらこちらに手を振ってくる。
私は反射的に、控えめに手を振り替えしていた。
それがどうやら気に入ってくれたようで、私の手振りを見た人が跳んで喜んだ。
……人の身長を軽々と跳び越える跳躍力は、さすが魔族さんとしか言えないかなぁ。
それと、時々列からはみ出してしまう人がいたけど、近くにいた兵士さん? あ、違う。警察っぽい人がすぐ元に戻してしまった。それはもう、瞬間的に。
どうやら私達の中の誰かにお花を渡したかったみたいだね。
まあそんなこんなあって、私達は初めて城の外へ出た。
これから更に首都の外へと出るらしいので、可能な限りは手を振り返しておく。スイト君もたまに振っていたみたいだけど、私ほどじゃないね。
うーん、下級貴族さんでこの大人数が騒ぐなら、賢者一行だと知れ渡った時どうなってしまうのだろう。ちょっと興味があるけど、居間はともかくレベル上げ、だよね!
私は一度、気合を入れなおした。
小さく、ガッツポーズを取りながら。
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