22 はじめての…… / 2

 おはようございます、ハルカです。

 今日はモンスター退治、そしてレベル上げをするために、この世界のモンスターが出没する森の中で最も安全だという『緑の森』に向かいます。

 ルディ君とスイト君の会話を聞いて、私が今着ている白い服がどうやら凄く良い物だって事は分かった。けど、モンスターと戦うっていう事への不安は拭えない。

 あ、でも。そもそも直接戦うのはルディ君だけだったよね!

 でも、モンスターによっては、血とか出るのかなぁ。

 血は、苦手だな。

 私は朝食の後、自分の使っている部屋に戻った。朝に食べてすぐ森に出発するかと思っていたのだけど、よく考えればそんなにすぐ動いたらお腹が痛くなっちゃうよね。


 それにしても、異世界、かぁ。

 外国どころか、生まれ育った町からも出た事が無かったのに、いきなりこんな魔法なんていう不思議な力があるっぽい世界に来ちゃうだなんて。

 私はあの時、教室にいた。

 スイト君に話したとおり、あの日の授業が終わった後、どうしても眠気に勝てなかったのだ。

 寝不足じゃないし、授業は面白いから、特に原因は見当たらないのに何で寝ちゃったのかな。って、最初は考えたけど、こっちに来て、何と無く理由が分かった気がする。


 私の職業。私に与えられた使命。

 賢者。


 普段ならありえないはずの事が起こって、今がある。

 不思議なことに、この世界に来た事自体には驚いていない。むしろ他にも召喚されてしまった人達に申し訳なさを感じている。

 この世界が何かしらの危機にさらされている。それも、歴史上でも最高レベルの危機。だから私だけではなく、マキナちゃんや先生まで巻き込んでしまった。それがとても申し訳ない事だって分かるの。


 でも、スイト君がよく分からない。


 彼は『異世界の』賢者だそうだ。

 ただの推測だけれど、彼は本来、この世界に呼ばれるべき賢者ではなかったのではないだろうか?

 異世界の、という事は、こことは別の世界の中に、彼が正規の賢者となる世界があるはずなのだ。

 もしかして、私が召喚された時に近くにいたから?

 うーん。やっぱり情報が無さ過ぎて、机上の空論でしかない。

 でも、私がこの世界に呼ばれた賢者で、彼はそうではないけど間違い無く賢者だって事は分かっている。彼が呼ばれるべき世界がどこかにあるはずなのだ。


 とはいえ想像上の妄想でしかない故にもどかしい。

 知りたい事に対して、何でも教えてくれる物など無い事は知っている。けど、このモヤモヤした感覚を少しでも拭いたいとは思う。

 そう、私の空論に、僅かでも賛同が欲しい。

 それだけでも違ってくると思う。

 そう決まれば……。

 ……。


 誰に連絡しよう?


 先生は何と無くダメ。心を読むのが上手いし色々と知っている大人だけど、今回は情報が少ないし、そもそも先生を動かしてまで賛同を得る事なのだろうか?

 とにかく、先生は却下。

 マキナちゃん、も、うーん。あの子は多分「そうじゃないかー?」って賛同すると思う。でも、悪く言うつもりは無いけど、マキナちゃんの口調がゆっくりしているせいか、結局モヤモヤは残る気がしてしまうのだ。だから、マキナちゃんも却下。

 イユちゃん。

 ダメ。多分今は作業(服作り)に専念していると思う。邪魔しちゃダメ。

 クラナ先輩は却下。


 で、あと残っているのが、スイト君。

 ルディ君やフィオルちゃんに聞いても、遠慮しがちに賛同くらいしかしてもらえなさそう。スイト君の方が知的に見えるし、私自身、口ゲンカで勝てなさそうだしね。

 でも、そのスイト君はなー……。


 私は自分のスマホを軽く握りながら、ベッドでコロコロと転がった。

 あ、ダメダメ。せっかくイユちゃんが作ってくれた服にシワができちゃう。それは何か嫌だ。


 ……。

 あー、もう!


 私はスマホをタップし、スイト君に電話をかけた。

「……」

『―― 何、ハルカさん』

「! あ、その、えっと」

『不安?』


 不安? あ、そっか。今日はモンスター退治の日だった。自分じゃやらないけど。


「あ、えと。そうじゃないの」

『……どうした?』

「え、と。そう。スイト君とタツキ君って、こっちに来る前は一緒にいたよね。その、ゲームを視聴覚室でやっていて、で、気が付いたらこっちにいたの?」

『あぁ、いや。まあ、目が覚めたらこっちにはいたけどな……』


 あれ? 何だろう。いつもと違って歯切れの悪い喋り方をしているみたい。先生じゃなくても何か隠しているとか、後ろめたい事がありそうだなって、私でも分かる。

 けど、演劇界のプロモーションキングと恐れられるスイト君なのに、本当に珍しい。


 え、プロモーションキング?

 あぁ、スイト君って、演劇部でしょ? 部活に入れる最低年齢の頃から演劇部に入っているのだけれど、本当に凄いの。

 私はちゃんと見た事が無いけど、うちの学校では泉校の中では断トツで演技が上手いとか、七色の声をしているとか、変装の名人とか、色々な異名があるの。

 本当に異名なんてあるのかなって、最初は思ったけど、スイト君の親友であるタツキ君が言いふらしていたのだ。彼は一見軽そうな態度に見えるけど、嘘は言わないし友達を大切に出来る人だもん。嘘をいわない代わりに、素直すぎて悪い意味でも良い意味でも誇張表現が苦手みたいだけどね。

 それにしても、プロモーションってたしかチェスの用語だったような。

 何の意味だったかな……?


『……知る権利はあるかな』

「え?」

『ハルカさんは賢者だからな。間違い無く世紀でこっちの世界に呼ばれた賢者。だから、他の召喚者の状況を知る権利がある。まあ、大しておかしく……ない? うーん、まあ、聞くだけ聞いてくれ』


 言いよどんでいたのは、どうやら自分でも状況把握がそれほどできていないからだろうか。ともかく話してくれるのであれば問題あるまい。

 嘘は吐かないでね?


『俺とタツキはゲームをしていた。これは知っているようだから、説明はある程度省くぞ』

「うん」

『とりあえず、それは試作ゲームでな。出来ていない所は大量にあったが、とりあえずのクリア間近だったって、これも知っているのか』

「もう少しでクリアだーッ! って、タツキ君がはしゃいでいたから」


 それはもう、校舎全体に響きそうな声量と迫力で走り回っていましたから。


『でさ、そのゲーム。結局クリア出来なかったんだ』

「……こっちに来ちゃったから?」

『そうじゃない』



『―― ある意味、俺達の選択のせいで、お前達がこっちに来ちまったのかもしれない』



「……はい?」

『あのゲームさ、勇者になって魔王を倒せ、っていうのが大筋のストーリーだったんだ。けど、肝心の魔王を倒したら、そこでゲームオーバーになった』

「……」

『で、多分、ゲームオーバーになるかならないかの分岐点は、あの質問だな』

「質問?」

『おう。魔王とのバトルに勝利したら、魔王の姿が変わって質問されたんだ。質問の無いようは【 魔王の会談に応じますか? イエスオアノー 】って感じだな。けど、それにノーって答えたら、ゲームオーバーになった』


 姿が変わった、って、よくラスボスにある第二形態とか、そういう感じかな。倒したと思ったら次の姿がありました、みたいな。


『けど……問題はゲームオーバーになった後だ』

「後?」

『おう。次はイエスにしてみようかって、タツキに言おうとして、急に周りの雰囲気がおかしくなった』


 私もそうだった。気が付いたら寝ていたみたいだったけど、起きたのはそのおかしな雰囲気になった直後だったもの。

 何て言うのかな。妙に外の風景がぼやけて、完全な静寂に包まれた感じ。

 普通は何かしらの音が聞こえるはず。風だったり、時計だったり、自分の鼓動だったり。

 けど、その時は音が遮断されたみたいに何も聞こえなくなっていた。

 教室の扉を開けようとしたけど、何故か開かないし。窓も同じで開かない。

 見れば時計の針は止まっているし、どうすれば良いのか分からなくて、混乱してしまった。


 そして咄嗟に、自分のスマホを弄った。

 スマホの電話帳に載っていた人物名はことごとく黒枠に覆われて電話がかけられなくなっていた。マキナちゃんやイユちゃんの番号は知らなかったから何も出来なかったけど。


 それと……。タツキ君。


 タツキ君の電話番号は、ちょっとした理由で知っていた。電話帳の隅に、隠れるように置いていた。

 けど、そこまで確認しようとして、変化が起きた。

 景色も意識もグニャリと歪んで、落ちるような、けど浮かぶような感覚に陥る。

 そして気付いたら、この城にいた。


「私も、変な感じになった事は覚えているよ。スイト君の所では、何か違ったの?」


 疑問系で聞いているけど、さっきスイト君は明らかに何か、こちらに来た原因になりそうな事を言っていた。だから、きっとこれから話してくれるだろうね。


『実は、ゲームオーバー用のスタッフロールが流れてさ。その後に―― また、変な質問が出て来た』

「変?」

『おう。それがさ。質問はカタカナ、解答部分がひらがなだった。

【 マオウ ノ カイダン ニ オウ ジ マス カ ? ぃえ す  おあ  のー 】

ってさ。魔王を倒す直前にしてきた質問と、内容は同じで文字がおかしかったんだよな』


 ……。

 そりゃ、原因っぽいね。


「じゃあ、こっち来る事を選んだのは、あくまでスイト君とタツキ君で、私じゃないって事かな」

『そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。もしかしたら、俺が異世界の賢者である事が原因かもしれないし。いずれにせよ決め付けるのはまだ早いかな。こっちに来てまだ3日だ。元の世界でも家出程度の騒ぎになるくらいだよ。……先生は分からないけど』

「そう、だね」

『とにかく、長話をしていると見つかる可能性がある。そろそろ切るぞ』

「あ、ま、待って」


 特に引き止める理由なんて無かったのだけれど、何故か私はスイト君を引き止めていた。


『……何だ?』

「あ、その。今日、がんばろーね」

『……ああ。うん。そうだね。がんばろう』


 最後はちょっと呆れ声だったような気がするけど、気にしても仕方ない、よね。

 それにしても、結局モヤモヤは晴れなかったな。

 むしろ、謎が深まった気がするような……?

 というか、スイト君達の方ではゲーム画面で選択肢が出ていたなんて。てっきり私と同じでムリヤリこっちに呼ばれたと思っていたのだけれど。

 でも、そもそもスイト君ってここに呼ばれた存在じゃないよね。

 あれ? これって仮定だっけ。まあいっか。

 となると、スイト君は無意識とはいえ、本来行くべきだった世界とは違う世界に召喚された、ってことだよね。

 じゃあ、スイト君が呼ばれるべきだった世界は、何かしらの危機に瀕しているって事じゃ無いの?!

 でも、こっちに来ちゃった。

 そうすると、スイト君が行くべきだった世界はどうなっちゃうのかな。


 ……。

 いやいや、これは仮定よ、ハルカ。考えるとしても、もうちょっと前向きな妄想にしましょう。たとえばさっきの妄想で出て来た、本来行くべきだったスイト君の世界が危機に瀕していると。

 で、スイト君が間違ってこっちに――


 ―― いえ、発想を転換してみましょう。

 スイト君は、無意識か意識してか、こっちの世界にやって来た。となると理由は元々救うはずだった世界が、こっちの世界の危機と連動していたとか!

 ん、そうなると時間がおかしいかも。スイト君がこっちにいる時点で、向こうの世界では危機に瀕している。で、こっちを救わなければならない、と。


 うーん。

 あ、そうだ。

 スイト君が、時間を越えられるって事にしよう、そうしよう!

 そうすれば色々と丸く収まるわ。



 ……。

 …………。

 ………………。



 考えすぎだよね。うん。

 仮定の話だよ。うん。

 色々と落ち着こうよ、私。

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