21 はじめての…… / 1

 もはや訓練ではなく、交流会となっただけのビード選びだったが、とりあえず移動の足、ビードという鳥のパートナーは見つかった。

 ルーヴォルクさんのような、相当な暴君でもなければ、ちゃんと言う事を聞いてくれるビード。逆にどうすればこんな良い子達から嫌われるのかが気になる事になったが、それはそれだ。

 俺はイユの作ってくれたらしい服を睨みつけていた。

 ……何で『らしい』なのかと。

 それを聞きますか?

 目が覚めたら、何故か腹の辺りが重いから何かと思えば、何故か新しい服があったんだよ!

 突然だが、昨日の夜の話をさせてもらう。



『採寸、する、から。動かないで』



 何の道具も持っていなかったが、とりあえずイユは一瞬で俺の制服を脱がしやがった。

 イユの姿がぶれたかと思うと、次の瞬間には上半身が裸になっていたのだ。

 ……上だけだったから良かったが、字面ではかなりアレな場面だぜ……。

 やましい事など無く、さすがに下は我慢して――



『下、測る』

『それはヤメロ』

『……』



 ―― いませんでした。


 最悪伸縮性の高い素材を使えば良いだろう。そう言い聞かせて、帰ってもらったのだ。

 ただ、ちょっと待って欲しい。

 うん、落ち着け、俺。

 俺はたしか、夕食後に軽く読書してから眠ったはずだ。

 寝不足だなんてかっこ悪いから、多少早起きしてでも早く寝ようと思い、昨日はちゃんと用意されていた寝巻きに着替えたはずだ。


 うん。


 えっと。


 イユが作ったっぽい服の横には、見覚えのある――






 閑話休題。






「す、スイト君。大丈夫?」

「……多分」


 朝食の時間。俺はハルカさんに心配されながら、異世界初の食事を摂った席で口を動かしていた。

 今日はいよいよモンスター退治、もといレベル上げを行う大事な初日である。

 ただ、朝からどっと疲れてしまい、思うように箸が進まない。

 ちなみに、初日のようなディナーではなく、普通の朝ご飯だ。異世界で普通と言うと分からないと言うかもしれないが、一般家庭において出される洋食だった。

 外はカリカリ、中モチモチのトースト2枚に、トロットロのスクランブルエッグ。塩気の強い生ハムとシャキシャキレタスのサラダが1つ。

 イユはこれの3倍量に加え、イユの大食いを理解した料理人によるステーキや魚のグリルなど、朝にしては重い料理が用意されていた。おかげでイユも満足できそうな空気だ。いくら王城とはいえ食料庫が心配であるが、そこはフィオルにがんばってもらわねばなるまい。


「……大丈夫?」

「お前のせいだからな、イユ」

「……ん」


 後ろめたい気持ちはあるらしく、イユは俺と目を合わせようともせず、隣の席で次々と食べ物を口に放り込んでいる。

 この世界に来て3日目の朝。俺を含めた召喚者6名は、約一名(先輩)を除いて空気の重さを噛み締めていた。


「その、何と無くお察しするけど、凄く似合っていると思うよ」

「ハルカさん、今の俺には、それは褒め言葉でも何でも無い」

「あ……ハイ」

「むー。ハルカっちの『女神の微笑』でも効果が無いぞー。こうなれば、お兄ちゃんが荒療治をするしか、方法は無いぞー」

「お? おおぅ、兄ちゃんに任せろぉお!」



「時間が経てば勝手に治るから変な治療はお断りだマキナ」



 素で、いつもより低めの声を出す。ドスを利かせた声に、先生以外が沈黙してしまった。

 ちなみに先生は様子が全く変わらない。何か悟ったような哀れみにも似た笑みをこちらに向けてくるだけで、特に何かをしてくる様子は無かった。

 こういう時の先生は、とても頼りになるな。


「えっと。今日行くのは『緑の森』だったよね、ルディ君!」

「え、あっ。はい! 数ある森の中でも、最も広大かつ敵が弱い森です! 人間に害をなすような毒を含む植物、モンスターはいませんし、むしろ美味しい木の実が豊富に採れる場所です」


 場の空気を何とか切り替えようと、ハルカさんはムリヤリ、側に控えていたルディへと話題を振る。一方ルディはというと、珍しく身構えていなかったのか動揺を見せた。

 女王であるフィオルは書類と葛藤する為にこの場にはいない。しかし世話役であるルディはいたので、ハルカさんはそれを利用したわけだ。

 そしてルディが言ったとおり、この魔族領には数多くの森が存在している。それぞれに特徴が存在するものの、特殊と言われる白の森以外の森は入っただけでモンスターがちらほら見られるとの事。どのモンスターも揃って人間を襲うらしいので、注意が必要だ。

 モンスターは魔力によって体質変化した動物のことらしく、知能が低いモンスターでも魔法に近い能力を使ってくるらしい。魔法は人だけの特権ではないようだな。

 そんなモンスターを手懐けて、人間を襲わないように改良したのが魔物。こちらから襲うなどの理由があれば襲ってくるが、それは人間も大して変わらないだろう。


 で、ルディの言った緑の森だが。

 特殊な土地ゆえにモンスターが住み着かないという白の森を除いて、最も安全で広大な森だそうだ。その規模は、聞いた限り軽く北海道を越える広さのようだ。

 正確な地図は無く、中心部に向かってややモンスターが強くなっていく傾向はあるらしいが、広すぎるために中央まで向かう物はほとんどいないらしい。その分、未開の地には見た事も無い果物や薬草などが見つかる可能性があるらしいが、これは横に置いておこう。

 俺達が本日向かうのは、緑の森の玄関口。子供の為の練習場だそうだ。弱いモンスターをわざと養殖し、それを子供達が倒すという一種の娯楽施設らしい。

 より安全に小さい子供のレベルを上げる為の施設であるらしく、攻撃能力の低いモンスターしか扱っていない他、何か会った時の為に屈強な大人が常駐しているとの事だ。

 本来城の兵は使わないような施設であるが、俺達の為に貸し切りにした場所があるらしい。

 人族が目立つから、という理由ではなく、実は賢者が召喚されたという情報が噂として魔族領中に届いており、この施設を利用するという事はもう周知の事実のようだ。そのせいでどの施設も人がごった返してしまっているらしく、いくら安全でも施設内に無断で進入する危険があるとの事。

 モンスター云々よりも、人の塊が押し寄せるせいで、モンスターとは別の傷害沙汰が起こる可能性を見越し、施設を貸し切りにしたらしい。

 本来は来客した子供の付き添いが座るという観客席も押さえ、更に施設の周辺を囲うように兵を置いて、徹底的に外部の人間を入れないようにするらしい。


 聞いた話によると、魔族は賢者に対して友好的な種族が多いらしく、一目見たい、握手だけでも、声だけでも聞きたいなど、まるでアイドルのような扱いをするらしい。

 さすがに全種族にいえる話ではないのだが、とりあえずアヴァロニアの民は数多くの種族が集まっている上に商人や冒険者も集い、それと同時に観光客も集まるから大変だ。まずはレベル上げをしなければならないのだが、俺達が来た初日に比べ、既に人族領での勇者召喚の噂も広まり始め、昨日でも既に大量の人間が賢者を見ようとアヴァロニア近辺の施設に陣取っていたらしいのだ。

 いちいち相手をしていたら、あっという間に何日も消費するレベルで人が集まっているらしい。出かける際は裏口からこっそりと出て、迅速に緑の森へ向かい、施設へ入るまではどれだけ声をかけられても相手をしないように注意された。


 勿論旅人の恰好に扮するくらいはすると思ったのだが、それでも声をかけてくる者はいるそうなので貴族風の姿にしておくという。それなら話しかけられた本人ではなく従者が対応しても問題ないためだそうだ。同じような理由でルディも貴族に扮するそうだ。

 ルディも有名人らしいため、あまり目立たないように下級貴族の従者に扮するらしい。


「というわけで、極力怪しまれないようにするため、あらかじめ外から協力者の方々を呼びました」

「協力者?」

「はい。皆様の選んだビードに乗って、こちらへ向かってもらったのです。そして、視察の名目でアヴァロニアの首都を一旦出て、事が済んだら一度こちらへ戻ってきてもらう、というものです」

「じゃ、さっきルディの言った下級貴族っていうやつか」

「はい。商人でもありますので、後ほどご紹介いたしますね」


 なるほど、稼いだ金銭で貴族階級になったのか。要するにお金持ちの人ってわけだ。小さくても、会社の社長をやっているような人って事だろう。


「では皆様、食事が終わった後、休憩を挟んで集合いたします。頃合を見計らって迎えの者が来ますので、その者に従って来てください」

「服は汚しても良いような服とかの方が良かったか?」

「いえ、別段汚れるような場面はありませんが……その服装は動きやすいかと」


 苦い笑みを浮かべつつ、ルディは服を褒めてきた。

 イユが作った服である。


「上着だけなら、みんなの分、ある」


 キラリと光る目をこちらに向けてくるイユ。

 俺達が現在持っている服は、初日に来ていた寝巻き、制服だけ。ただし先生は寝巻きと私服。俺達が夜に脱いだ制服は、夜の内に洗って乾かしているそうで、毎日着ても不快感は無い。

 下着もちゃんと代わりが用意されているので、それほど困ってはいないのだ。

 それに加え、俺とハルカさんはイユに作ってもらった服もある。

 が、これは室内の話で、中庭で思ったのは運動着が無い事への不便さだった。それを感じてイユは俺の服を縫ってくれたのだろうが。

 とはいえ、他人が寝ている所に無断で忍び寄るのはどうかと思うが。

 それとイユは万能じゃない。

 さすがに短時間で全員分の運動着は作れなかったらしく、ちょっと悔しそうだ。

 クラスメイトで女性のハルカさんを優先し、その次に俺の服を作ったようだな。で、自身の分を含め、あと4人分はまだできていない、と。

 というか、ハルカさんとフィオルの分を優先していたから当然だろうな。

 持って来てはいないが、フード付きのロングコートみたいな上着は人数分作ってあるそうだ。コートといっても柔らかい布を組み合わせて、前はボタン1つで留めるような簡素なつくりだが、なんと異世界特有の魔力糸という素材を使っているらしく、生半可に作っても鉄鎧より防御力は上らしい。

 ルディがボソッと呟いていたが、イユが作ったフード付きコートというか、最早ローブなのだが、鉄製どころか鋼の槍も通さないほどの強度になっているらしい。

 そりゃ、イユが生半可な造りなど許すはずが無いからな。そんなの想定済みである。

 先程の下級貴族以下従者もそれらしき上着は着けていたそうだが、あらかじめ女王陛下が用意したコートだとごまかせば使えるだろう。

 人数分の運動着は後でイユが作るらしいから、普段着は更にその後になるだろう。

 ……などと考えていた自分が恥ずかしい。


「普段着、を、作っていたら、夜、遅くなった……」

「……お疲れ様」

「ん。もう、部屋、置いといた。後で、着てみて。直しとか、やるよ」

「……何か、すまん」

「?」


 後で聞いた事だが、ビードの乗鳥訓練後、普段着のデザインをこっちの世界に合わせるために調査していたら、いつの間にか夜になっていたらしい。その後急ピッチで私服を作ったのだそうだ。

 時間の余裕がありそうだったので、俺の身長などのサイズを測り、何とか俺の運動着は作り終えたところで眠ってしまった、と。

 ちなみに運動着などと呼んでいるが、俺にはある予感がある。



 ―― この〝戦闘服〟は、この世界にいる限りは使い続けるだろう、と。

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