17 魔法の時間 / 2

「脱線したが、つまりこういう事か? 互いの魔力が反発し合う場合、それは心の問題だ、と」

「あー、はい。お互いをどこかで信頼していれば大丈夫、ですが、疑っている限り危険はつき物です」


 それ、昨日会ったばかりの俺に言っても良い事か?

 俺はルディの事、気に入っているけどさ。

 ウサミミとか。

 ……。

 また触りたくなった。


「そうだ、ルディ」

「はい?」

「昨日、勝手に耳を触った事。謝るわ」

「えっ? あ、ああ」


 思い出したのか、ルディは俺から目を逸らす。あー、やっぱりアッチ系のコミュニケーションなのかもしれない。

 今度からは見るのを控えよう。見たら触りたくなる。

 そう、ちょっとした決心をした途端だった。


「ウサギ、好きなのですか?」

「ああ。言ったはずだが、俺の名前にはウサギの自我入っているからな」

「そう、ですか……」


 ルディは自分の耳を触る。垂れさせた右耳の先っぽを何回か。真ん中辺りを撫でて、それから根元をちょっとだけ。

 そして、腕を組んで何かを考え始めた。


「スイト様は、僕の耳を触ると安心できるのですか?」

「出来る」

「そ、そうですか」


 そりゃそうだろう。誰だって自分と同じ境遇の人間が蕎麦にいれば少しは安らぐものだ。超インドア派の人とか、ネコ好きとか、俺みたいなウサギ好きとか。

 特に俺は、ウサギを同類に見ることも多いからな。さすがに飼育小屋の外へ連れて行ってやれなかった事が悔やまれる。

 先生からは常に注意されていた。ウサギを外に出さないのであれば、いつでも世話をして良いと。そういう交換条件だったのだ。それを飲まなければウサギに会えないよう監視されてしまうレベルだったのだ。

 すまない……くみゅ(当時初等部のウサギ小屋で飼っていたウサギの名前)……!



「良いですよ。触っても」



「……はい?」

「だから、耳。触ってもいいですよ」

「いや、でも、昨日は……」

「誰だって、イキナリ耳を触られたりとかしたら驚きますよ……」


 うっ。たしかに。


「けど、何で」

「だって、スイト様はどこにいてもずっと緊張しているじゃないですか。けど、思い返すと、僕の耳を触っていた時は安心しているようでした」


 顔を少し赤くしながら、ルディはガラスのティーカップへ紅茶を注ぎいれる。

 辺りに紅茶の良い香りが広がって、


「あ、ただし、TPOは弁えてくださいね? 他に人がいる所だとさすがに恥ずかしいですし。その。ラビリスにとって耳を触らせる相手というのは、親友とか親族だけ。目上の人にすら、本来は触らせませんから勘違いしないでくださいね?!」

「それはラビリス共通なのか?」

「当然です! いや、他の種族さんでも結構そういう所はありますよ。あとは尻尾とか。特に異性の耳とかはダメです! ちゃんとご理解いただけるなら、触ってもいいですよ!」

「ああ。うん。や、俺至上ルディ以上の良い毛並みは無いし、他人の耳を触るとかそういう所は大丈夫じゃないか?」

「……天然ジゴロ……」


 聞こえてんぞ。何だ天然ジゴロって。そうでも無いからな。ハルカさん以上に天然で自然と人を魅了する言動をする人はいないからな。《ルビを入力…》

 俺は知っている。これまで数多くの老若男女を自然と惹き付けた少女を。

 前にタツキも落ちたっけ。

 ハルカさんが、タツキが落としたハンカチを拾ってくれた時だ。


『これ、落としたよ?』

『あ、サンキュ』

『落とさないように気を付けてね!』


 普通ならそこで「じゃあね」とか「バイバイ」とか言って終わるだろう。だが、ハルカさんは一味違うのだ。二味くらい違っていたのだ。


『タツキ君、だよね。同じクラスの! 何かこれまで話す機会が無かったけど、こんな所で話す事になるなんて思わなかったよ♪ よろしくね!』


 タツキはこれで落ちた。完全に落ちた。天使の微笑との合わせ技だからしょうがないけど、あれは正に、快心の一撃! こうかはばつぐんだ! とかそういう感じだろ。

 俺はどうでも良かったが。

 ただ、あれは凄かった。

 よろしくね! の辺りでハルカさんからハートの矢が撃たれ、タツキの心臓辺りにプスリと刺さったような幻覚が見えてしまったのだから。

 おかげでタツキはまともにハルカさんと話せていない。

 応援するぜ。タツキがいない所で言ってもあれだけど。


「つーか、よく俺が緊張しているって分かったな。先生以外で気付く奴がいると思わなかったが」

「僕の仕事は『世話役』ですから。皆様の様子を逐一把握し、こうして落ち着ける環境を整えますよ」


 そう述べて、紅茶を差し出す。

 このティーカップ、どうなっているのかそれほど熱くない。厚みはどう見ても1ミリとか2ミリくらいなのに。

 手に持つと、ちょうどホッとするあったかさ。

 これは落ち着く。


「先生さん、ですか? あの方は落ち着いていたようですね。で、スイト様はどうも表面上は誰よりも落ち着いているようで、かなり焦っているご様子。耳の事を謝った時に確信いたしました。スイト様は落ち着いていたならば、イキナリ他人の耳を触ったりするようなお方ではないと」

「何気に傷に塩をかけてくるな」

「だから気付きました。誰よりも冷静に、どっしり構えているように『演技』しているだけで、内心はとても焦っているのだと」


 ……。


「スイト様は仰いましたね。職業の欄に、演劇部がある事。多少なりとも演技の才能がおありなのでしょうし、というか、ありすぎるのかもしれませんね」

「よく、覚えていたな」

「記憶力、自慢できますから」


 ウサミミが両方とも立った。どうやら本当に自慢できるらしく、誇らしげに胸を張っている。


「スイト様は、異界の地については特に慌てる様子はございませんでした。しかし異界である、という事よりも、何か別の事……たとえば、ご友人についての話の際は、焦っているように見えたのです」


 手の中のティーカップに、少しだけ力が入った。

 それを見逃さなかったのか、ルディは微笑を浮かべて話を続ける。


「やはりそうですか。賢者が召喚されている事、そしてそれが勇者の召喚に巻き込まれての事。要するに、勇者も異世界から召喚された者であり、十中八九スイト様方と関係のある人物。もしかすると勇者としてこの世界に召喚されてしまったのは、親友かもしれない」

「……カマをかけたな」

「はい。誰が勇者であるのか。それはまだ分かっておりません。しかし、スイト様の顔見知りである確率は100%だと言いきれますからね」


 女王からの説明を信じるのであれば、そうだ。

 賢者、そして人族側に召喚される勇者は、世界初から前回に至るまでことごとく同じ世界の出身者。それぞれの代で召喚が起こる世界は変わっているかもしれないが、勇者、賢者共にほぼ同じ場所から召喚されている故に顔見知りである事もある。

 むしろ、友人である可能性が極めて高い。

 俺の職業には『異世界の』なんていう余計な単語が付いちゃいるが、賢者である事には違いない。というか正規の賢者っぽいのがクラスメイトのハルカさんだし、勇者もクラスメイトである可能性は……。

 俺達以外の召喚者が全員あの時高等部校舎にいた連中だという条件にすれば、可能性だけで考えても相当な数の生徒が無関係であると言える。

 少なくとも、中等部以下、大学以降の生徒はいないはずだ。

 多分。

 そして十中八九、こちらに召喚されているであろう人物が一人。

 あの時。おそらく運命的な選択をしてしまったあのゲームをやっていた、もう一人の当事者。

 タツキが、この世界に来ているはずなのだ。

 隣にいた俺がこの世界に来ているのだから、まず間違い無いのである。

 だとすれば、なるべく早くアイツと会いたい。親友だからとか、そういう事よりもまず会わなければならないのだ。



 ―― 俺の中の、とある『仮定』を伝える為に。



「勇者側に、気になるお方がいるのですね」

「一応言っておくが、そいつは男性で、親友だぞ。あいつは俺がいない所で何をしでかすか分からないから心配で――」

「つまり、心の拠り所であると」

「……互いにな」

「なるほどです」


 ティーカップを片手に小休止。

 お互い落ち着いた頃に、そもそも何故こうして紅茶を飲むに至ったのかを思い出す。


「あ、魔法の話でしたね」

「そうだったな……」


 魔法を使う為に、魔力を教わった辺りでかなり脱線したんだっけ。


「魔力は何と無くでも分かった。魔法の使い方より、魔力の制御法を先に鍛えた方がいい事も理解したよ。で、要するに魔法って何だ?」

「一言では表せませんが、そうですね。あえて、という事であれば『想像力』でしょうか」


 ふむ。

 どういう事だ?


「先程、魔力の事をお教えしましたね」

「身体の中を流れる、血液とは別の目に見えない生命力とも言える力。だったな。まだ若干分からないこともあるが、何と無くは掴めた気がするよ」

「それはよかった。普通は座学でこれを教えるので、本来なら1時間足らずでは何と無くでも感覚が掴めないのですよ」

「へえ」

「魔力とは単に魔法を発動させる為のエネルギーではありません。むしろ、魔法を発動させる際、必然的に失われてしまうものというだけであり、人によってはコストゼロでの発動も可能なのです」

「魔力を消費せずに魔法を発動出来る、って事か?」

「はい」


 おいおい、俺がやった事のあるゲームのどれにも無い設定が飛び出したぞ?

 MP消費無しで魔法が使える、なんて、チートにもほどがあるじゃないか!


「魔力は生命力であり、同時に精神力である。枯渇すると命が危険にさらされる事はお伝えしましたね。ではこの魔力を使うことで、何故魔法が発動するのか。この仕組みをお教えいたします」

「頼む」

「はい。魔力は自身の内側に流れるエネルギーですが、これをあえて外側へと放出し、周囲の精霊に呼びかけてあらゆる自然現象を引き起こす。魔法とはつまりそういう事です」

「……。え、と」

「つまり、そうですね。この黒板が外の世界と会話する為のツールだとして、このチョークが魔力。魔力で外の世界にいる精霊へと呼びかけて、精霊がその呼びかけに応じる事で魔法が発動するのです。炎の魔法であれば炎の精霊が、水の魔法であれば水の精霊が応じるのです」

「!」


 再び黒板とチョークを手に取ると、ルディは黒板に『炎を出して!』とか『水を出して!』とか書き込んだ。そして実演とばかりに右手を天井にかざし、そこに水の珠を作り出す。

 手の平から3センチくらい離れた位置に、プカプカ浮かぶ水の珠。透明、というより若干青みを帯びているようだが、それは確かに水の珠である。

 魔法。

 俺の目の前で、確かにそれが起こった。

 ゲーム、小説、漫画、アニメ、CGなんかではよく見た光景。

 だが、現実ではありえない事象。

 何も無い虚空に、下方から徐々に溜まっていく水。

 直径10センチほどの水球が、時折波打ちながら浮いている。


「触っても大丈夫ですよ?」


 ニッコリと微笑むルディの瞳には、ひどく驚いた顔の俺が映りこんでいる。

 どうやら、俺はまだ、この世界に魔法がある事を信じきれていなかったらしい。

 おそるおそる、俺は水球に触れる。

 指先に冷たさを感じ、それと同時に妙な温かさを覚えた。

 冷たさは水。温かさは、魔力だろうか。直接温められているという事ではなく、感覚が温かいと認識しているような、不思議な感じだ。

 感触はあれだ。シャンプーとか、洗剤系のヌルヌルしたやつ。スライムと言うにはあの独特のぷよぷよ感が無いし、川に触れた時のような感じなのかと言えばそれも違うのだ。

 ためしに指を離してみる。

 水に触れていたはずの指先は、しっとりしているが水滴のようなものは見受けられない。

 ルディ曰く、精霊を集めて作った水を一点に集中させる魔法なのだという。

 精霊がこの世の万物を構成する物である、とは聞いた。だが、精霊を集めるとはどういう事だ? つまり空気中の水分を凝縮すると目に見えて液体になるとか、そういう類の事だろうか。

 水蒸気を冷やすと水になる。水を冷やすと氷になる。これは常識だ。ではこの水蒸気を温めるとどうなるか。俺が知っているのは、これ以降は水ではなくなるという事。

 だが、イメージ的にはこれが近いのかもしれない。水蒸気を集めても水になるわけだが、水蒸気になる前の状態、いわゆる精霊の状態で空中の一点に集中させ、精霊がより集まる事で水蒸気、ひいては水の状態まで昇華させる。

 更に直径10センチという条件を加える事で、この形を保っている、と。


「自身の魔力を使って発動させる魔法がこれです。魔法で出した水は、出した者の魔力が含まれているので飲むのはオススメしません。他人の魔力は、少量なら大丈夫ですが大量に摂取すると先程も説明したような事態が引き起こされる可能性があります」

「非常用には向かない、か」

「場合によります。少し時間を置けば魔力は抜けますから。外に出して、何か器に移してから一時間が目安ですね。魔力独特の発光現象が無くなれば、そこら辺に流れている川の水よりきれいな水として飲む事もできますよ」


 魔力は光るらしい。


「あ、えっと。魔力は発光します。これは魔法を使う為に必要な術式を精霊に伝える際、極微量ですが余分な魔力が放出されている証拠ですね。今現在は、余分な魔力に反応した精霊が群がったせいで魔法のなりそこないと呼ばれていますね。ただ、実際には何故このような発光が起こるのか原因は分かっていません」

「逆に言うと、その余分な魔力とやらが少なければ少ないほど、発行は抑えられるという事か」

「はい。現に魔力を使わない現象、科学で出した炎は発光現象が起こりませんし。使う魔力を惜しんだ人が使った魔法は、発光が少なかったという報告も上がっています」


 そこで一旦切って、ルディは再び言葉を紡ぐ。


「魔力を使わない、というのは、かなり少ない事例ですが……魔法を発動させる際に必要とする『精霊への命令』を、魔力ではない方法で精霊へ伝える事で結果的に魔法を発動させるというものです」

「魔力ではない方法。科学とは違うよな。魔法ではあるわけだから」

「そうですね。たとえば『音魔法』や『精霊魔法』などがこれに当たります」

「字面からして、音を使う魔法だな。あれか。歌ったり踊ったりするだけで支援系の魔法が発動するとか、攻撃も出来ちゃうみたいな」

「! ご存知でしたか」

「……ゲーム知識、な」


 某RPGに出てきた踊り子が使っていた魔法、というか技能である。味方の攻撃力や防御力を引き上げるだとか、超音波による攻撃だとか、敵を『魅了』のバッドステータスにするだとか。

 前衛には向いていないが、後ろから味方全体への支援をする事で最悪の状況を一転させる才能を持つ冒険者。主に楽器や片手剣を扱うキャラだった。

 総じてキャラクターデザインがセクシーだったな。


「ゲーム。というと、クロッテスウェロッテでしょうか。あれは踊り子がありますし」

「クロ……何だって?」

「クロッテスウェロッテ、です。あ、そっか。描いた方が良いですね。呼び方が違うかもしれませんし」


 またまた黒板に何かを描き始めるルディ。

 どうやら、十字型のボードと数種類のコマを使ったゲームを指していたらしい。

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