18 魔法の時間 / 3

「ボードゲーム、なら、チェスとか将棋とか、リバーシくらいしか知らないなー」

「そ、そうですか。こちらは交互にコマを動かすゲームですね。あらゆる冒険者が力を合わせ、中央に配置された砦を破壊し、更に横に配置された相手が最初から所有する城を攻め落とせば勝てるというルールの、きわめて有名なマジックボードゲームなのですが……」

「ちょっと待て。有名かどうかはさて置き、マジックボードゲームだと?」

「はい。最初に配置するコマなどを配置した後は、コマの移動から攻撃まで全て魔法で行うのです。とはいってもボードに魔法がかかっているので、実際には言葉で指示を出すだけですが」


 出た、異世界クオリティ。

 パソコンで間接的に対戦するチェスとか将棋とかと同じような物か? ただし対戦者は直接会わなきゃいけなさそうだが。


「面白いですよ。初心者用なら、縦14マス、横4マスのクロスボードでしょうか。シンプルに冒険者階級のコマを4つ、軍隊1つ、女帝を1つ、皇帝1つ、それと教皇1つ、ですかね」

「ぐ、軍隊?」

「はい、軍隊です。1コマだけで縦横2マスずつ使うので初心者用ボードだと手狭になりますが、縦横斜めに4マスまで攻撃が届きます。砦への攻撃は一部のコマを除いて一律1ダメージですが、砦の壁を壊してしまえば敵の陣地に攻撃が届いちゃいますよ。ただし、他のコマより動きが遅いですが」


 ダメージに数値があるらしい。しかもさっきは砦とか言っていたはずだが、その砦には壁があるようだ。説明を聞く限り、砦はクロスボードの十字が交わる部分、初心者用のボードだと、中央の4×4マスにドンといすわっているようだな。

 で、その壁部分は砦を囲むように1マスずつ。砦本体は2×2マスという事だ。どうやら壁は1マスごとでしか破壊できないようで、どう考えても先行者が有利な戦いになりそうである。

 ただ、そうも短銃な話でも無いだろうな。ポピュラーなゲームらしいし。


「砦はどちらの陣にも属さないので、どちらにも攻撃しますよ」

「マジで」

「あ、でも。冒険者階級のコマに召喚術師がいるとちょっと有利ですよ。コマは抽選なので、必ず来るとは言えませんが。砦に悪魔を召喚して、相手側に攻撃を集中させる事が出来ます。相手に召喚術師がいた場合は要注意ですね」


 冒険者の駒は、初心者の場合は4つ。そこから難易度と比例して増えていくらしい。かなりの上級者だとマイパーティを組むようだが、初心者用では戦うというより遊びがメイン。楽しむための仕掛けとして、冒険者のおおまかな職業系統は決まっており、その系統の中からくじ引きで職業を選ぶとのこと。

 最初の4つのコマには、攻撃職、防御職、魔法職、そして後方支援職が固定で、正式な対戦ルールの際は職業系統が被ってはならないというものもあるそうだ。


 オーソドックスな剣士は攻撃職。守護戦士なんかは防御職に入る。魔術師が魔法職としては有名か。後方支援は、そうだな、弓使いとかが分かりやすいかな。

 それぞれの攻撃力がある程度決まっていて、更に攻撃範囲なんかはかなり違うようだ。

 たとえば、攻撃職は縦横斜め1マスに攻撃できる。ただし移動時は縦横2マス分なら動かせる。いわゆるスピードタイプのコマだな。

 守護戦士は攻撃力が低く、後ろに下がれない。しかし防御力は高いので、あらゆるダメージが一律で1しか受けない。体力は多め。移動時、隣のマスに何があろうと隣のコマごと動かせる。

 魔法職は体力や防御力が低く、移動は2ターンに一回しか出来ない。ただ前方15マス以内ならどこにでも一定ダメージの攻撃が出来る。

 後方支援職は縦横斜め10マス範囲内であればどこにでも攻撃でき、あらゆる遮蔽物を貫通させてダメージを与えられる。ただし遮蔽物に当たる度に攻撃力は下がる。

 その他職業によってはこれに加えて特殊技能があるらしい。攻撃に属性を付与させる、低確率で攻撃したコマを退却させるなど。


 勝つ条件も色々と指定できるらしく、中には砦を無くして、どちらかのコマが全て無くなるまで続くルールも指定出来るようだ。

 それと、ここまで聞いている者なら分かるだろうが、コマには砦と同じようにHPが存在する。的からの攻撃で段々と消耗し、HPが0になったら退却。つまりボードの外へと弾き出される。


 それもこれも魔法のおかげで導入出来るシステムだ。

 どうやら砦以外のコマには細かいステータスがあるようだし、魔法が無ければいちいちダメージ量なんて覚えていられないと思う。それこそ、テレビや携帯ゲーム機の画面越しでプレイするようなもの。単に科学で出来る事を魔法で代用しているだけ。

 科学が発展していようが、魔法が発展していようが、人が技術を発展させるのはいつだって自分が楽をしたいから、だよな。

 単純に人間では出来ない事をするためでもあるだろうが。


「このゲームは、元は小さい子供でも、どのような武器でどのような攻撃が出来るのかを教える為のものだったそうです。今でこそ様々なルールがありますけど、最初は初心者用のものだけ、しかも砦などは無く、1人用でもあったそうです。砦の代わりにモンスターのコマがあったようですね」

「じゃ、そのモンスターをどっちがより早く倒しきるか、というゲームが、いつの間にか対面での様式へと変化していったわけだ」

「はい。コマも最初は大まかな職業系統だけ。物理攻撃とか、魔法攻撃とか。そういうものだけだったようです。今では自身の職業をメーカーに伝えれば、即座にコマを作ってもらえるとか。その場合は自分がモデルとなるので、そのためだけに新しい術を開発する者もいるらしいです」


 そのコマの需要はともかく、なるほど。オリジナルだとか、この世に1つだけとか、最初の1個とか。デパートのセール品やアイドルのファンクラブ会員証でも、そういうのって目立つしカッコイイとかで争奪戦が勃発する。あれを利用しているわけだ。

 まだ誰も足を踏み入れていない雪原に、最初に足を踏み入れる感じ。それだけのために新術を編み出し、その術に自分で考えた名前を与える。


 なんとも子供心をくすぐる仕様だな。

 ロマンを追い求めて、というやつ。

 大人から見れば少し微笑ましいような。一部の者から見れば完全にくだらない。

 それでも、と死に物狂いで編み出した新術をこさえ、おもちゃ会社へ踏み込むか。

 くだらない、故にカッコイイ、な。


「それにしても、ボードゲームか。そのボードには魔法がかかっているらしいが、その魔法は誰がかけてるんだ? やっぱりメーカーか?」

「そうですね。一度かければ5回はもちますよ」

「5回ね。じゃ、それを過ぎたらかけ直してもらわなきゃいけないわけか」

「いえいえ。エネルギー源である『魔結晶』があれば、わざわざ持ち込まなくても良いのですよ」


 魔結晶?

 パッと思い浮かんだ字で行けば、魔法の結晶、みたいな物だろうか。魔法を結晶化した物質、とか。

 ゲームやファンタジー小説でよく聞く、マジックアイテムというやつ。一回使えば使い物にならなくなる消耗品がほとんどで、今俺が思い浮かべた物もそう。衝撃を与えれば爆発する、念じれば封じてあった魔法が発動する、とか。

 ただ、この話の流れだと、微妙に何かが引っかかるというか。もっと良い例えというか、イメージがありそうなのだが。


「あ、魔結晶というのはですね、魔力を圧縮して固めた物です。見た目は水晶に近いのですが、その石には大きさや純度に比例した量の魔力が内包されていまして。その魔力を取り出して魔法を随時発動させるのです。この世界のあらゆる装置に組み込まれています」

「あぁ、電池、みたいな物か」

「電池はたしか、電気エネルギーを内包した金属でしたね。それに近いです。ただ魔力には属性があるので装置と魔力の相性が合わないとうまく動作しませんが」


 そこら辺を詳しく聞いてみた。

 俺達の体内には生命エネルギーとも呼ばれる魔力がある。この世界で勝手に動く物に魔力が宿るのは当然だそうで、一部の植物にもそれは当てはまるのだそう。

 植物が魔力を持っている、という事は、植物が成長過程で必要とする水などにも魔力は含まれているのだろうか。

 それを問うた際のルディの反応は、笑顔での「はい!」だった。


「空気中を漂う精霊が一定の密度になると、それは魔力になります。ただし、空気中の魔力は、その全てが等しく無属性。もしくは全属性。あらゆる属性の精霊が雑多に混ざっている為ですね。それ故にただ空気中にある魔力を固めただけで、万能、ただし容量は少ない魔結晶が出来上がります」


 そう言って、実演してみせる。

 ルディが自分の手を拍手するように合わせると、手と手の間から白い光が漏れる。

 しかし太陽光のように周囲に散らばっていた光が、ルディの手の中へと吸い込まれていき、やがて光がおさまる。

 そしてルディが手を開くと、そこにはガラスのような、水晶のような球があった。

 ……。

 直径は3センチくらい。無色透明で、淡く輝いている。反射ではなく、この水晶球のような物自体が発光しているのだろう。

 魔力の結晶。、か。


「人族の領地では、このくらいの大きさでも珍しい物だそうですね」

「そりゃまた何で。ルディくらいの年齢で作れるなら、誰でも作れそうなものだが」

「それがですね。人族の領地は、魔族の領地の精霊密度、えっと。空気中に漂っている魔力の濃度が魔族の領地の、たったの4分の1しか無いのです。なので、いくら空気中の魔力を集めても、これくらいの大きさの魔結晶さえ手に入りづらいのだとか」

「え、何、じゃあこれ貴重品?」

「こちらでは吐いて捨てるほど作れますから、価値はそれほど高くないですね。でも人族の土地に行くのであれば、それを売ればまあ、路銀になると思いますよ」


 曖昧なのは実際に行った事が無いからだろう。人族から魔族は嫌悪されまくっているだろうし、変装してもそれを暴く技術くらい、人族にはあるだろうから危険だし。

 そうでなければ魔族側からのスパイを止められない。つまりあちらの情報がこちらへ漏れ続けるという事で、それは相手も避けたいだろう。人の技術っていうのは生き残りたい、もしくは楽をしたい、または誰かの役に立ちたいと必死に願って努力を続けた結果手に向上するものだ。

 戦争から立ち直って、経済に力を入れた日本が良い例である。

 俺のいた世界に魔法は無いが、代わりに科学が発展した。海に囲まれているが故に他国とは大分趣の異なる技術が発展した国に住んでいるからこそ言える。

 魔族に情報を流す事は、イコールで人族の寿命が縮まる行為。

 魔法だろうが科学だろうが、そんなわざわざ寿命が縮まるような事をずっと許容していられるほど、人間という生き物は寛容ではない。

 どこかしらに人間を守りたいと考える者はいるし、その結果魔族を退ける手段を講じる者もいれば、それを形に出来る者もいる。

 人族と魔族が一朝一夕のケンカ相手だったなら対策などしていないだろうが、この戦争の相手というのは創世記以来変わらないという。なら、それなり以上に対策は講じているはずだ。であるならば、たとえ姿形をどれだけ人族に近づけても、見破る方法があってもおかしくない。

 まあ、ここまで言っておいてあれだが、そういう類の警報機っぽい物があったとして、俺達は人族だし、間違えて魔族が一緒にいない限りは人族の土地にもちゃんと入れるだろうな。


「なあ、魔族の領地って、人族にとっては稼げる場所じゃないか? けど、戦争だ何だとかいう話は聞いても領土争いとかっていう話は全然入ってこないような」

「当然です。人族は普段、魔族の住む領地よりずっと低い魔力濃度の中で暮らしていますから。ある程度の魔法が使えなければ、濃すぎる魔力に対して拒否反応が出てしまいますよ。才能がある者であれば少しはいても大丈夫ですが、それでも気分は優れないそうです」

「最悪の場合、死ぬ、とか?」

「はい。一般的に魔力中毒などと呼ばれている現象で、それがあるせいで魔族の領地は毒の大地とも呼ばれていますね」


「魔族には、起こらないのか? というかそもそも、俺達は異世界から来たとはいえ人族だ。もしかして、まずいのか?」

「どちらともNOです。まず魔族ですが、実を言うと『濃い魔力濃度の土地に適応できた一族の人間』というのが魔族の正式名称でして。魔族の祖先とも言うべき者達は、皆人族に限り無く近い容姿をしていましたから。そして各自が住んでいる場所にあわせて容姿が変化して、おおまかに獣人族、羽翼族、精霊族などの名称が出来上がったと聞きます」

「じゃ、俺達は?」

「はい。詳しい原理は全く知られていませんが、こちらに召喚された方々は魔力濃度の影響を全く受けないようなのです。人族が魔族の領地に入って異変があるように、魔族も人族の領地で動きづらくなる、というデメリットがあるのですが……。召喚者は全く動じないとのことです。普通、魔族と人族の領地を行き来するだけでも酔ってしまうのですが、それも無いらしく」


 そう、若干羨ましそうに俺を見つめるルディ。

 きっとその、人族と魔族の領地を行き来した経験があるのだろう。酔う、という事は車酔いとか船酔いとか。エレベーターなんかで気持ち悪くなるのと同じ感覚だろうか。

 俺は一切酔った事は無いわけだが。


「あ、もうこんな時間ですね」


 ステータスを確認したのだろう。手元で指先を動かしながら、ルディは耳をピンと立たせた。


「申し訳ありません。席をはずしてもよろしいですか?」

「ああ。急だったのに悪いな、タメになった」

「えっ。あ。はい。お役に立てたのであれば幸いです。後程、またご説明させていただきますね」


 ウサミミがピコピコと揺れて、嬉しそうに微笑むと、ルディは取り出していた物全てを腰に提げた小さな鞄へと収納した。

 あれか。あの青い狸が使っているような、異次元に物を収納できるチートアイテム。

 仮に魔法のポシェットと呼ぶが、どう考えてもポシェットの容量以前に大きさや幅が合わない物が次々と入れられていく。

 そして全てを収納し終えると、自分が座っていた席のイスをきちんと元に戻し、それから部屋の出入り口まで移動して、扉を開ける前に一礼した。

 俺は声をかけずに手を振ったのだが、それだけでもルディはニッコリと微笑を返してくれた。

 割と急いでいたから、時間ギリギリまで付き合せてしまったようだ。今度また謝らなきゃな。


「……あれ?」


 ところで、魔法の使い方を教わっているはずだったのだが。

 またもや脱線しまくったらしい。

 仕方ない。明日、実践出来るならその時に本格的に教わろう。

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