16 魔法の時間 / 1

 9月6日の午前10時。

 時間の感覚は俺達の世界と同じである。

 年間365の日付があり、月曜日とか火曜日とか、曜日感覚もあるみたいだ。

 ただ、驚いたのが1日26時間表記。

 あらびっくり、時計を見ると午後25時とか表記されていたのだ。

 つまり、13時が俺達で言う12時。26時が24時で、日付が変わる時間らしいな。

 それを踏まえると、昨夜の女王の発言もちょっとだけ時間が変わってくる。

 一日の前半が13時間表記。俺達と同じ感覚で13時になったらまた1時から数え始めるとして、お茶会の時間は3時。時計の表示はデジタルの26時間表記だから、集まるのは16時。


「ステータスに時計が表示される。その時計で16時になったら、昨日お茶した所に集合。あ、俺とハルカさんと女王とルディだけのお茶会だから、他のやつは誘うなよ」

『3時じゃなくて4時で良いの?』


 俺は時間表記について教え、その後『電話越しに』会話する。


「にしても驚いたな。まさか通話まで使えるとは」

『あ、そうだね。少なくともこのお城の中ならどこででも使えるみたいだね』


 なんとメールやLEINだけでなく、通話も可能だったのだ。現在進行形で通話できる相手は通常通り。通話できない相手の名前は半透明の黒い枠で覆われて電話帳に表示される。

 タツキには、かけられないようだった。

 LEINでもメッセージを送る事は出来たのだが、何も返ってこない。

 通信範囲がどれほどなのかは分からないが、その圏外なのか、そもそもこちらへ来ていないのか。電源が切れているっていうのも黒枠発生の原因で、ためしにマキナのケータイの電源を落としてもらったのだが、ついさっきまで何も無かった名前の部分に黒枠が出来たのだ。

 そしてまた電源を入れると元に戻った。

 原因も仕組みもさっぱり分からないが、スマホ、便利。


「ブラック企業には30時まで時間があるとか何とか言うが、こうしてハッキリ見えるっていうのは良い事じゃないか。俺達にとっては色々やる為の時間が増えたって事だろ」

『あ、だから目がスッキリしているのかな。いつもより長く寝ていたから、とか』

「ああ、助かった。26時まで起きていたからな」


 午前2時。俺の感覚ではそれだった。ただ集中力を使いすぎたのか昨夜はあまり気に留めていなかっただけで、後から思い返して、一日が26時間であると分かったのだ。

 地球の学者は言った。人の体内時計は25時間のサイクルで動いていると。太陽の光を浴びる事で体内のリズムが調整され、結果的に24時間のリズムで動いているように見えるだけだと。

 今俺達がいるのは、そこへ更に1時間足した26時間サイクルで進む世界。

 時間差の影響とかのレベルじゃないぜ……。


 ……。


 まあ、いつかは慣れるさ。

 いつかは。


「じゃ、他の奴誘うなよ」

『さっきからやけに念押ししてくるけど、何でイユちゃんとか誘っちゃダメなのかな。召喚された人達っていう名目で、全員誘ってもいい気がするよ』

「それだと、敬語が付く理由になる。俺達よりも目上の人間(主に先生だが)がいる席で、女王やルディが本音を出すと思うか? それとイユやマキナを連れてきてみろ。俺とルディが孤立する」

『……ああ、女の子が多くなっちゃうから』


 察してくれたようで何よりだ。

 男子に囲まれた女子、女子に囲まれた男子の肩身の狭さと言ったら。

 今回は、メインが楽しいお喋り。サブでちょっと詳しい説明というお茶会なのだ。先輩は元より、先生が来たら場の雰囲気は一気に引き締まってしまう。先生は何も喋らなくとも心の内を見透かすエスパー。先輩は明らかに空気が読めなさそう。という事で招く事は無い。

 緩い感じのお茶会には、俺とハルカさん、女王とルディの組み合わせが今一番良いのだ。

 女子のお喋り力を舐めちゃいけない。女子会に割って入る勇気が俺には無い。


「じゃ、よろしく」

『うん。じゃ、また後でね』


 ぷつり、と通話が途切れ、余韻のある機械音が残る。

 そして、タイミングを見計らったようにルディがやって来た。

 その恰好は昨日と変わらないが、石鹸の香りがするからちゃんと着替えてはいるな。


「お時間、よろしいでしょうか」

「ああ、何だ?」

「はい、まだ読み終えられてはいないでしょうが、いくつか本を見繕いたいな、と。リクエストがありましたらお教えください」

「あー。ルディ、お前の時間ってどのくらいある?」

「正午までなら」


 正午、という事は13時か。


「じゃ、それまで魔法の事について教えてくれ。魔法の本は読み始めたばかりだが、時間があるなら人の声で教えてもらった方が頭に入る気がする」


 授業みたいに人の声で聞くと、本に書かれていない事まで聞ける可能性があるのだ。

 ルディは既に隠さずにいるウサミミをピクリと揺らして、考え込む。


「分かりました。上手く話せるかはともかく、お教えいたしますね」

「ああ、頼む」


 ルディは俺の隣にあったイスへと腰かけ、一つ咳払いをしてから話し始めた。


「まず、そうですね。魔法を語るには、とにかく『精霊』という存在が必須です」

「精霊? 妖精とか?」

「精霊とは目に見えない、というよりも目に見えているが普通は見えない、というモノです。たとえばこのイスやテーブル、僕達の着ている服も、僕達自身も、全て精霊で構成されています」

「……原子、みたいなものか」

「近いですね。科学用語で言う原子より小さい存在のようです。精霊がより集まって作られた、小さくとも見る事の出来る物質が原子です」


 原子という単語は通じるらしい。あのトイレとか、思い切り科学の産物だから知っていてもおかしくないのだが、原子で通じるとは。

 もしくは、勝手に翻訳されている、とか。理解出来る単語で勝手に翻訳されているのかもしれない。とは思うが、昨日本の種類にトルトゥーラというものがあって、それは意味が分からなかったな。響きが何処かの国の言語と似ているような気がしないでも無いけども。

 うん、これは保留。他の地方の言葉を聞くまで保留。

 今は、この国で使われているらしい言葉が俺達に通じている事が重要だ。


「精霊は空気中にもいます。魔法とは要するに、それら精霊に語りかけ、もしくは、命令する事で発生する現象なのです。炎を起こす、水を出す、風を吹かせる、土を盛り上げる等ですね。基本魔法は少し手間をかければ人の手で起こせる程度の現象を、魔法で再現する程度のものです」

「だから基本。か」

「はい。精霊は意思を持たない非生命体ですので、魔法の制御は全て自らが行います。基本魔法の鍛錬は、この制御力を上げる為の準備運動的な意味合いも含まれていますね」

「その制御力が無いとどうなる?」

「そうですね……。魔法が暴発して、基本魔法ではありえない威力の魔法が起動し、周囲を巻き込んだ爆発が起こる危険性があります」


 それは怖いな。


「そもそも魔法を使うには、周囲に精霊がいる事と、そして自身の魔力……ステータスで言うMPですね。それが無いと発動できません。魔法の制御と言いましたが、それ以前に、自身の体内をめぐる魔力の制御が出来ていないと、魔法を使った際に自分へ魔力が逆流、なんて事も起こりえます」

「……えーっと」

「体内を血液が循環しているように、魔力もまた人の体内をめぐっています。血管のように見えるわけではありませんが、確かに管のような魔力の為の器官は存在します。魔力の逆流とはつまり、血液の逆流と同じようなものです」


 そういや、血液が本来とは逆向きに流れるなどという恐ろしい病気があった。俺は物心ついた後、病院へは妹が生まれる瞬間に立ち会う程度しか行かなかったが、近所のおじいさんやおばあさんが怖がっていた事は覚えている。

 世間話をたまたま近くで聞いていただけだが、健康には気を付けようと初等部二年生ながらに思ったね。健康は大事だと。ひいては食事が大切だと。


「魔法とは、言ってしまえば生命力の外部運用です。魔力が枯渇すると人は身体が動かなくなりますから、魔力=生命力と言っても過言ではありません。魔力の制御力を上げるという事は、自身の命を守る事と同義なのです」

「ちなみに、制御出来ずに魔力が枯渇した場合、どんな状態になる?」

「一般的に魔力欠乏症と呼ばれる状態に陥りますね。症状の有無や程度に個人差はありますが、目眩、吐き気、頭痛、吐血、貧血、水分不足などですね」

「吐血、ね。内臓にダメージでも入るのか。つーか貧血って何だ……」

「使う魔法によって消費される魔力量に差があるのですが、分不相応な魔法を使った際、所持魔力量よりも消費魔力量が多い事があります。その場合、魔法発動に至らず魔力がそもそも消費されないという事もあるのですが、多くは所持魔力と違う何かを代替品として魔法を発動させます。その代替品として使われやすいのが血液であり、またそれ故に貧血症状も出やすいようですね」


 ほんの少しだけ、ルディは肩を落とした。

 そういや、ルディは城に仕える魔法……何とかの隊長だったか。魔法に関する問題が色々とあるのだろう事が、その青い顔から見て取れた。

 魔法を使っていなくとも、人の中には魔力が流れている。それがちょっとした魔法を使おうとしただけでも暴発する危険性がある。

 なるほど。


「ルディが任されたらしい魔法師団的な部隊で、魔力の制御訓練を怠る不届き者がいる、と」

「あの、勝手に心を読まないでください……」


 図星らしいな。

 休戦中とはいえまだ戦争が終わったわけではない。この国はまだ厳戒態勢のままだろう。いつでも戦えるようにしておかなければならないだろうに、基礎を怠る連中がいるのか。

 そしてそいつらがヘマをやらかせば、隊長であるルディが責任を問われると。

 ルディはたしか14歳だったよな。この齢で既に社会の荒波に放り出されているわけか。他人がやった事で自分が叱られるとか。怖いわー。


「で、その魔力の制御はどうやるわけ?」

「あ、はい。まずは自身の魔力を感じる所からですね。うーん、ちょっと説明が難しいなあ」


 ルディはどこからかガラスのコップを取り出し、どこからか水を注いだ。

 ……。


「ちょっと待て、それどこから出した?!」

「えっと、このコップが人として、此処に入る水が魔力という事にしましょうか」

「おーい」

「コップに入る量しか、人は魔力を持っていられません。人によってこの容量は様々です」


 完全スルーですかぃ。


「この水は、いわゆる生命力です。この生命力は、自分の身体を血液と同じように循環し、血液以上により広範囲、頭の先から足の爪先まで満ちています」

「まあ、人の大部分は水だから、それを連想すりゃ良いか……」

「はい。ですが、スイト様達はまだこの世界へ来たばかり。本来はここで、自分の外側にある力を感じろ、と教えるのですが、勝手が違うので」


 まあたしかに。

 力と言われても、どうすればいいかは分からんわな。


「というわけで、ちょっと強引な方法ですが―― お手を拝借」


 ルディは俺の両手に、自身の両手を重ねる。

 強引って、どんな方法だ? まさか電気を流すとか、そういう感じか? 痛いのか?

 何をされるか分からない不安って、怖いよな。な。


「では、目を瞑ってください」

「え、何で?」

「出来る限りの感覚を遮断して、集中してもらいます。視覚情報は人が周囲の状況を理解する際に最も使用している部分ですから、まずそれを遮断しましょう」


 俺は目を閉じた。


 ……。

 …………。

 ………………。


 何も、起こらない。

 10秒ほど待ってみたが、何も起こらない。

 だから、ルディにそう伝えようとした。



 ―― その時だった。



 右手から、何かが入ってくる感覚。左手から、何かが抜けていく感覚。右手には温かいお湯をかけられているような感じがして、左手は、うーん、何だろう。採血されている、ような、気がしなくも無い。

 どちらも痛くない。むしろ心地良い。

 流れ込んできたそれが、俺の全身をめぐって、そのまま左手に突き抜けていく。

 これが、魔力なのだろうか。


「どう、ですか?」

「んー。何か、右手から何かが入ってきて、それが全身をめぐって左手から出て行っている、気がする。これが魔力って事で良いの?」

「そうです、それです! よかった。分かってくれた」


 心底安心した声音。俺が目を開くと、変わらぬ様子のルディが微笑んでいた。片方のウサミミが横に倒れているが、疲れたとか、そういう感じではない。倒れつつ、上に反っているのだ。

 疲れている様子ではないな。ルディのやつ、何をしたのだろうか?

 あ、いや。待てよ?


「なあ、まさかとは思うが、今の方法って一歩間違えたら――」

「あ、僕もスイト様もアウトです」


 やっぱりかー!

 魔力が生命力だと言いきっていたから、どうも怪しかった。

 自分の生命力を俺に流して循環させ、また自分に戻していたのだ。

 それはつまり、現実では起こりえない二人の血管を繋げる行為! 魔法に属性があるなら魔力にも属性とかあって、つまり血液型と同じで魔力同士にも相性があるはずだぞ?! もし相性が悪かったら俺もルディも大変な事になっていたに違いない。そう思って訊ねたわけだが……。


「大丈夫だよな、何も無いよな、血液型みたいに魔力型(?)の相性が悪いとか、そういうシステムが無いからこんな事をしたわけだよな?!」

「た、たしかに魔力には人それぞれの属性があります。ですが、人が持っている魔力がどうあれ、そもそもこの世の物質である限り、どのような魔力でも受け入れられますよ」

「……」

「あ、その、つまり、自分と相手の魔力を混ぜる行為はちょっと危ない事もありますが、循環させるだけなら大丈夫です。僕が心配したのは、異世界の人であるが故に、この世界の魔力に適応できるかどうかで……それは最初にちゃんと調べましたから」


 あー……。魔力が流れてくるまでにちょっと時間が空いたのはそういう事だったのか……?


「……魔力が混ざると、何が起こるわけ?」

「あ、えっと、魔力、というか精霊ですかね。この世界にある万物には必ず属性があります。無から始まり全に終わる、ということわざがあるのですが、それは横においておきますね」


 再びどこからか黒板を出す。

 うん。もうつっこまない。黒板が明らかにルディの身体より大きい事も、チョークがむき出しでどこからか出てきた事も、小さな黒板消しがこれまたどこからか出てきた事も。

 俺は気にしない。

 もう慣れた。うん。慣れたから。


「基本となる四つの属性があります。炎、水、風、土の四つですね。この四つを組み合わせることで、氷や雷、特殊とされる時や空間の属性も表す事が出来ます」


 ルディは拳程度の大きさの円を白いチョークで描くと、それぞれに文字を入れていく。

 ちなみに、漢字だ。


「僕が懸念していたのは、この属性が自分と他人とで混ざった際、自身や相手に耐性の無い魔力にならないか、という点です」

「ゲームでよくある弱点、という事か。なるほど、自分の持つ魔力の属性が決まっているという事は、その属性とは対極に位置する属性を苦手としているという事でもある。自分と相手の魔力が混ざる事で、そんな苦手な魔力にならないか、ということだな」

「はい。まあ、それだけならまだ大丈夫ですよ。魔法という現象ではなく魔力という非物質ですから、ちょっと目眩が起こる程度で済みます。それよりも、魔力の属性としての相性ではなく、魔力そのものの相性が問題だったといいますか」


 ルディは黒板諸々をテーブルに置くと、再び何処からかティーセットを取り出す。説明が長くなると踏んで、お茶を淹れるつもりみたいだ。

 ルディの淹れたお茶。美味しいからな。またのみたいと思っていたところだ。

 え、ティーセットが何処から出てきたのかって?

 さあ。俺もうシラナイ。


「魔力が生命力とされている事は言いましたよね」

「言ったな」

「ですが、それはただの一解釈に過ぎないのです。実際の所、魔力に関して判明している事は僅か。枯渇すれば命が危険にさらさるのは本当ですが、身体を鍛えていればある程度症状が緩和されるとの報告もあり、魔力が本当に生命力と同意であるかは、分からないのです」

「しかし、魔力=生命力の説が間違っているわけではない。そういう事だな」


 ルディは小さく頷いた。


「そして、魔力とは心から湧き出る力でもあります。魔力=精神力という見方ですね。これも間違っていませんが、正解でも無いようです」

「心か。また目に見えないものを」

「魔力も、普通は目に見えませんから。目に見えない力は、目に見えない部分から、ですね。魔力は消費しても徐々に回復していきます。比較的リラックスしている状態だと魔力はより多く回復しますよ。つまり、感情によって魔力が左右されるという事ですね」

「じゃああれか。俺が知っているゲームだと、宿屋で一泊すると魔力が復活するっていうシステムがあったんだが、それはこっちでも通用する知識として覚えておいても良いと」

「え、と。そうですね。減少した魔力の量にもよりますが、寝る行為は最も魔力が回復する方法です」


 一瞬躊躇ったように見えたが、ルディはすぐに頷いた。

 魔法の使い方とか、剣の使い方とか、あらゆる点がモニター越しのゲームと違う実践型だが、あらゆるRPGの知識はある程度参考に出来る、か。良い事を聞いた。

 MPが無くなる事がそのまま死ぬ事に繋がらないなんて、モニター越しにゲームを楽しんでいた俺にとっては常識。MPとHPが分かれて表記されているのだから。

 だが、この世界ではそう割り切れる物ではないらしい。

 MPの枯渇はかなり危険な状態。MPの一部がHPとリンクしていると考えれば理解しやすいかも。一定の割合までは精神力や集中力といった部分が削れて行き、MPの残数が0になったらHPが削れる。そして気が付くとHPの残数も僅かになっている、とか。

 よくあるゲームの知識と常識を、適時混合させていく必要があるということだ。


 今度オリジナルのマニュアルブックでも作るか。特に、マキナのお兄さん……クラナ先輩にはかなり分かりやすいやつを。

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