14 ご注文はうSa……

「僕だって、人族じゃありません。魔族です」



 そう言った彼の頭には、新雪よりも真っ白で、触ったらとても柔らかそうな耳があった。

 それだけで頭1個分はある長さの、ウサミミが。

 髪と耳の境界線が曖昧で、けど髪の色合いとは異なった毛色のウサミミ。

 俺は感じた。これは、人の手で作られた人工のウサミミなんかじゃない。

 本物。

 ルディは人の耳も持ちつつ、ウサミミも持っているのだ。

 帽子で覆って隠していた、というよりも、帽子を身に付ける事で耳や尻尾、体毛などが消え、人族の容姿に近づけるマジックアイテムらしい。

 実の所、ルディのような元々人族に近い容姿を持つ者は着用義務など無いのだが、魔族によっては身体中に毛がはえている、口がくちばし、角が邪魔になるなどの弊害が発生するらしい。そのため城で働く者達は勿論、王都から離れた田舎でも重宝する者が多いのだとか。

 荷物に穴が空くだとか、美味しい料理に毛が入って食べられなくなるなどの理由から人族の容姿は人気があり、この類のマジックアイテムは非常に売れているらしい。

 ただし、人族の容姿と言っても限度はあるとの事。元々の体の大きさなどはあまり変化しないし、体毛が無くなっても髪が鬱陶しくなるなどはあるそうだ。


「ウサギの魔族、か」

「詳細を話しますと、魔族、ホワイト種、ラビリス族です。魔族は僕達全体を表します。種は、その血統が持つ性質を表し、その後の族名は、身体的特徴に基づいて自身が分類される一族に由来します。人族よりも見た目に特徴があって分かりやすいでしょう?」

「たしかに」


 ウサギの耳や尻尾を持つ者は、どのような色や形であれとりあえず『ラビリス種』と呼ばれるという事。そしてルディに限らず、現在女王以外は人族ではないと見た目だけで分かる容姿をしている事。

 ルディは人族に近い容姿をしているだけであって、決して人族ではない。魔族である。

 ……魔族、か。


「あの。すみません。隠していたわけでは無いのですが……」


 バツが悪そうに、居心地が悪そうにルディはこちらへと視線を向ける。

 あー、わざとじゃないけど、自分が明らかに人族じゃない見た目をしている事を隠していた感じになっていたことに後ろめたさを感じているのか。

 隠し事って、内容が何であれ隠す事に後ろめたさがあるよな。話したいけど話しちゃいけない、話せないなんて状況だったら尚更。

 サプライズバースデーパーティなんて、演技力が試されるよな。ちょっとでもソワソワしていればバレるわけだし。

 俺、演劇部だからあまり関係無いけど。

 それにても空気が重いな。

 よし。


「俺、動物ではウサギが一番好きだからさ。何か、一気に親しみ湧いたわ」

「えっ」

「俺のスイトって名前さ、スイの部分は緑色の一種で、トの部分はウサギって文字。だからかな、ウサギは同類に思えてさ。初等部の頃は学校で飼っていたけど、俺によく懐いてくれたなー」


 と、昔からの癖でルディの耳に触れる。

 うわ、フワフワのモフモフ。あったかい。柔らかい。何だコレ、俺が今まで触れてきたどのウサギよりも良い感触だ。


「……あ、の」

「ん? あ、ごめん。つい癖で」

「く、癖ですか?」

「うん。さすがに家では飼えなかったけど、凄くかわいいからさ、ウサギ。最近は忙しくて初等部まで行かないし、妹を迎えに行っても飼育小屋までは行かないからさ。凄く、久しぶりだ」

「く。くすぐったいです……」


 見ると、ルディはウサミミの根元を押さえながら、頬を赤らめて上目遣いでこちらを見たり逆に目を逸らしたりしていた。

 ただのウサギならちょっと嬉しそうにしていたのだが。と、一瞬考えたがここは異世界。目の前にいるこいつは俺と同じ人間だったな。

 俺はウサミミから手を離す。ウサミミが温かかったせいか、ウサミミに触れていた方の手が冷たい空気を掴んだ。


「あの、あまり、こういうことは、しないほうがいいですよ」

「そうなのか? ルディの耳は良いと思うけど」

「だ、ダメです! たしかにちゃんとお手入れはしていますけど、誰にも触られた事がありませんし! その、えっと、あぅ……」

「?」

「……スイト様って、鋭い観察眼をお持ちですが、変なところで鈍感ですよね」

「そうか、よく言われる」

「言われるんですか?!」


 ルディは目を見開いて驚いた。耳もピンと立って毛が逆立っている。この耳、よく見るファンタジー小説内に出てくるウサギ獣人とかと同じで、感情に合わせて耳が動くみたいだ。あ、けど現実でも猫とか犬とか耳が感情に合わせて動くみたいだし、普通かも。

 こりゃ、耳を見ていれば心のうちが分かるかもしれないな。


「というかそんな事を言うって事は、あれか。耳を触るなんてのは、例の【 ピー 】的な事か」


 何だろう。今、機械音で俺の声がふさがれたような。

 要するに、触る部分によってはさっきみたいな【 ピー 】が入る行為にあたってしまうわけだ。

 ふむ。名残惜しいが、諦めるか。

 まあ、耳を触るなんて普通に考えても【 ピー 】が付いてもおかしくないか。どうせやるなら、本気でムーディな部屋ででもやってやるよ。

 今の所、そこまでして触りたいとは思わないけどな。


「そ、そのような目で見られましても」

「? どんな目だ?」

「いえ、その。そんな名残惜しそうな目で見られましても、応えませんから!」


 ……。


「ルディって何歳?」

「今年で、14ですけど」

「お、2歳年下かー。へー」

「な、何ですか?」


 ニヤニヤとどこか企んでいるような笑みを浮かべてみる。するとルディは一気に怪しさを増した俺の雰囲気に、一度だけ肩をビクリと震わせた。

 ちなみに、うちの部活自慢の脚本家が書いた、題名:くれないというボツ案に出てきた悪役の顔である。出てくるキャラクターの表情がコロコロ変わって練習には向いているのだが、話の奥行きが無いこと、そして本人も引くほどの血生臭いストーリーになったのでお蔵入りとなったのだ。

 ざっくりと話すと、母親を殺された少女が、仇の家で暗殺者として育てられ、いつか殺してやると誓ったはずが、何故か仇が少女とは別の者に殺され―― 最終的に、少女が親友を殺すに至る。

 いやー、まさか親友が二重人格で、親友である時に暗殺依頼を出されて殺す事になるとは。しかも、変に明るくしようとしたのかオチが少女のアイドル人生とか。

 夏、ホラー映画特殊を見終わった後、夜のテンションで書き上げたらしい。で、最大の山を書き終えたところで寝落ちして、起きてから明るいシーンを足してこうなったとのこと。

 夜のテンション、怖い。


 とにかくそんな血生臭い演劇、高校で出来るわけ無いだろう、という事で。表情の練習に使えるという事でシュレッダーの刑は先延ばしになっている。

 俺が今やっている笑顔は、少女の親友に借金を負わせているヤクザの総長の秘書が、総長を裏切った時の顔である。

 ただ、やってみると『先輩、エロ親父の嫌な顔にも見えるッスよ』と言われた顔だ。あんな【 ピー 】なんて聞こえてくるような事なら、こういう顔が場面に合うだろう。

 別にエロ親父でなくともいい気がしてきたけどさ。


「お前さ、イジラレ体質だろ」

「そんな事無いです!」


 頬を膨らませて、そっぽを向くルディ。

 うーん。

 俺が女性だったら、ここは「母性本能が疼くわ!」とかっていう展開になるのだろうか。

 この目の潤み加減とか、チラチラとこちらを窺ってくる際の視線の角度とか。

 でもって、この態度そのものがイジラレ体質であると認めているようなものだ。耳が震えているようだし内心「何で分かったの?!」なんて驚いていることだろう。


「とにかく、ありがとう。こっちの事は自分で調べたいと思っていたから、助かるよ。歴史なんかは自分で探して調べた方が身に付くし」

「……よろしければ、お手伝いいたします」


 顔がまだ赤いし、眉を寄せてはいるものの、ルディは丁寧な態度で進言してくれた。

 いい子だわ。


「サンキュ。じゃ、今度時間がある時に声をかけてくれ。あ、今何冊か持って行っても良い?」

「承知いたしました。それと、ご自分で持てる量でお願いいたします。客室が掃除しづらくなりますので」

「なるほど。了解。あ、何冊か見繕ってくれよ。とりあえず、アヴァロニアの歴史書を2、3冊。初めから細かすぎると頭に入らないと思うから、内容が簡単そうなの」

「はい。……この辺り、ですね」


 ルディが数冊選んでいる間に、そろそろ部屋に戻った方が良い時間になる。行きで15分。ゆっくりしていたけど、帰りもそれなりにゆっくりしたいし。


「じゃ、この本はなるだけ早く読んでおくから」

「はい」


 それだけ言葉を交わして、自室へ戻った。それから割とすぐに食事が運ばれてきて、しんとした部屋で、一人で食事を取ることになった。

 一人、か。

 ツルもタツキもいない食事なんていつ振りだろうか。

 タツキは結構な頻度で俺の家に泊まりに来るからな。

 主に家出で。

 あいつ、両親とあまり仲が良くないし、そもそも仕事でよく帰ってこない日が続くのだそう。俺の家よりは帰宅頻度が高いけど、とりあえずなかは悪いらしい。

 家出から帰ってもお咎めは無いが、それが逆に辛くてまた家出する、という繰り返し。

 門限には厳しいのに、何で家出には口出ししないのか不思議だ。けど、そんなのどうでも良いか。家出先が俺の家だと知っていても、お詫びの電話一つよこさない親なんて高が知れている。

 そのくせ……。


 ……。


 いや、これは良いか。心の中だけでも、言って良い事と悪い事がある。

 そんな、悶々としながらの食事で、何を食べたのかも分からないまま食べ終えた。

 あ、けどこれは分かる。

 サッパリした感じの肉だったから、鳥の胸肉辺りをさっと茹でて、野菜ベースのソースをかけていた。あとデザートは柑橘系の果物を使ったゼリーで、甘酸っぱかった。

 フルコースではなかったな。うん。朝のフルコースはあれだ、昨日から何も食べていない事を考慮して、わざと多めに作ったからあの量になったのだ。

 イユは飯時だから通常運転になってむしろ朝より多めに頼むだろうが、俺達はかなり少なめでも大丈夫だわ。魔の量がちょうど良いわ。


 ……。


 俺も、緊張していたのかもしれない。

 俺自身が気付かないくらい、僅かに、けど確実に。

 さっきルディの耳を触った時、予想以上に自分が安心している事が自覚できるほど、自分が焦っていた事を自覚した。

 普段ならあんな、他人の一部に触れるなんて事はしないはずなのだ。

 無意識に、焦っていた。

 ハルカさんの事を、部屋まで送る事が出来たはずだ。

 というか送れよ、過去の俺。

 ルディの耳を触るとか、明らかにあれはセクハラだろ。

 耳だぞ、耳。

 ウサギが好きだからっていう子供じみた理由でその日会ったばかりの人の耳を触るか普通。異性じゃなかったからまだ良いけども。

 ……今度謝ろう。


「さて、と」


 食事を終えると、見計らったように片付けに来た召使(男性)に後を任せ、俺はベッドのカーテンを少し開けてから腰掛ける。

 身体が少し沈むような感覚の後、俺はルディが運んでくれた本を一冊、手に取る。

 ベッドにハンカチを敷いて、その上に乗せてもらったのだ。

 えっと、何々。



『誰でも分かる魔族の歴史 真・改訂版』

 おぉ、漫画風に描かれているな。絵はちょっと古いタイプだけどありがたい。文字だらけでは気が滅入るかもしれないと思っていたところだ。

 絵のテイストは、丸や四角などの基本的な形で構成された人間や背景などがある、昭和ものよりはるかに劣るような。パソコンで作ったものでも無いから、かなり線はガタガタ。

 まあ、分かりやすいとは思うから、絵は無視だ。うん。



『これを読めば必ず理解! 魔族の歴史とその成り立ち』

 お、これもちょっと気になっていた分野。魔族が人間の一種である事は何と無く分かる。女王なんてまんま人族の姿で、ルディも結構近い容姿だし。

 人族とどんな違いがあるのか、それとどんな魔族がいるのか気になっていたし。

 鳥とか、虫とかの魔族もいるかもしれないし。



『魔法の教科書 ―基本魔法―』

 これは俺が賢者だから入れたのだろうか。ありがたいけど、まだ魔法のまの字すら見えていない状態だ。まだ使えないけど、見ておいて損は無いという事だろうか。

 そうか、炎の魔法を使え、ってなった時にちょっとでも知っておけば使いやすくなるかもしれないから、ああ、これは便利だわ!

 かなり小さい子供用なのか絵本仕立てではあるが……、心遣いが感じられる。


 で、4冊目。これが最後だな。



『気になるあの子の扱い方 ウサギの一族編 ~一刀両断☆~』



 ……。

 最後のやつは見なかったことにしよう。

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