15 ホワイトナイト
夜。
夕食を終えて、現在午後十時。
歴史書が漫画テイストだったおかげで、かなり短い時間で読み終える事が出来た。というわけで、今読み進めているのは『魔族の成り立ち』である。
本自体は最近出された物のようで、紙は新しい匂いがする。ほら、もらいたての教科書とかの、紙本来の香りみたいな、あれだ。最初は魔王種の説明で、そこから順に数が多いとされる種族。色は関係無く容姿に表れる特徴別に紹介されている。
ウサギの一族は種類も人数も多い種族みたいだけど、それほど力が強いわけではないらしい。種によっては、なんと魔族最弱と呼ばれる事すらあるそうだ。
それと、魔王という存在は、どうやら何事も無ければ永遠に生きる事が出来るらしい。
現女王はかなり容姿年齢が幼いようだが、基本的には魔王という立場を明け渡された時の姿で固定されるらしい。それまでは人族とあまり変わらない速さで成長するとのこと。そして自分の意志で成長を止める事も出来るそうだ。
一度成長を止めても後からまた成長させる事も、逆に見た目を若返らせる事もできる。ただ、魔王になってからは姿を変えられず、次の魔王が現れるまでそのままなのだそうだ。
かつて姿を変えたいがためだけにすぐ子供へ魔王の座を明け渡した魔王もいたそうだが、その時代は魔族全体がいわゆる、ゆとり世代を極みに極めさせたような感じだったようだ。
それはさて置き。
先代の魔王とやらは、357年前に亡くなったらしい。
で、女王は昼前、自身が300年以上生きていると言っていた。
もしかして、先代の魔王が亡くなった日は――
「あぁ、いや、それは良い」
雑念を払う。
そして深呼吸をする。
それから、明かりの無い部屋を見渡しつつ窓へ近付いた。
「いやあ、気が付いたらこんなに暗くなっていた。驚きだ」
窓と言ったけど、何とちょっとしたバルコニーになっていた。外へと通じるガラスの扉があったのだが、ベッドのある空間との間仕切りで死角になっていて、この部屋へ帰ってきてようやくそれがあった事に気付いたのだ。
いやー驚いたなー。
「にしても、部屋の明かりが点いていない、イコールもう寝ていると勘違いするのはちょっとな」
「うっ、め、滅相もございません」
まさか、女王がロープ伝いでバルコニーに来ていたなんて。
日中に見た漆黒のドレスではなく、逆に真っ白な服装。ノースリーブだけど首まで布があって、股よりも長い丈の、いわゆるワンピースタイプのニットのような服を着ている。下はバルーンタイプの、カボチャパンツ風の白いパンツだ。
肘よりも上から手の平まで覆うような手袋はしているし、太股の半分辺りからある、ガーターベルト付きニーハイソックスがあるおかげで露出度は低い。夜空と同じ深い藍色のキャスケットには金糸で刺繍された王冠のワンポイントが月明かりに反射して良い感じ。
靴は何とも見覚えのある、ゴム底のスニーカーだ。白を基調とした青いラインの入っている靴で、探せば俺達の世界にもありそうな。俺にとっては一般的な靴。
けどさ、ここ、異世界だよな。トイレといいこの靴といい、科学力が俺達の世界と比べて見劣りしていない。この世界には魔法とやらがあるはずなのに、こう、SFチックなのは何故だろうか。
魔法のある世界って、大抵科学力が衰退しているものではなかろうか。
……。
ところで、だ。
うん、服装とかこの世界の話はちょっと横に置いておこう。
今はこっちだよ。何でこんな所に女王様がいるのかって話だよ。
さっき言ったよな。今、午後十時だって。
「じゃ、もう一度聞きますけど、何で此処に?」
「あ、えと。ちょうどこの斜め下の部屋が、その。ルディの部屋なのです」
「それで?」
「はい。いつもこの方法で、彼と夜にお話しているのです」
「ほー、で?」
「……その、本日も、行こうとしたのですが。突風が吹いて、ですね。煽られて辿り着いた先が、このバルコニーだったのです……」
明かりが点いていないから、俺は起きていないと思ったらしく、多少の雑音ならごまかせると思ったらしい。たしかに、寝ていれば空音かと思うくらいの音がしたな。
小石が落ちてきたような音だった。軽く、それでいて別に気に障るような音でもなく。しかし、俺はバルコニーが見える窓の近くで本を読んでいたのだ。夢中だったために、暗さに慣れていたが故に既に深夜となっている事にも気付かなかった。
そこに、小石が落ちたような音。何の音なのかと顔を上げれば、暗さに慣れた目に映る月の青白い光と、それに照らされた真っ白な少女だ。
青白い光に照らされてもなお金色の光沢を失わない、不思議な銀色の短い髪を揺らし、女王がバルコニーで一息ついていた。
驚くに決まっている。
「まったく。お前、女王だろ。何でこんなロープ伝いになんて」
「し、仕方ないじゃないですか! 私は女王ですし、いつも、その、私室の扉の前には常に警備兵がいるのです。彼等には内緒で話をしたいのです!」
「いや、ここまでしないと、普通に喋る事が出来ないのか?」
「出来るわけがありません! 私も彼もホワイト種で、珍しい一族なのですよ? 私なんて女王ですし彼は稀代の天才と言われるような立場です。こんな夜でしかタメ口で話せません!」
今にも泣き出しそうな声を荒げ、女王は顔を真っ赤に染める。部屋の明かりは点けていないが、月明かりはどうにも異様に明るくて、ちゃんと本の文字も読めるほど。十分な明かりである。
女王の瞳は潤んでおり、若干頬を膨らませている事がよく分かる。
ルディと女王はホワイト種。どちらも珍しい一族、ね。
ルディがホワイト種だっていうのは昼に聞いた。けど女王もそうなのか。ホワイトって言うくらいだから2人とも髪が白い事に由来しているのかも。
でも、ルディと同じラビリス種って数が多いはず。珍しいって事は数が少ないって事か? 魔王の一族は分かるが、どうもよく分からないな……。
「ホワイト種っていうのは、そんなに珍しいのか?」
「……少なくとも、魔王、というか私以外で『白の森』の外に出てきている『白の一族』は、ルディくらいだと思いますよ」
また新しい単語が。
「あのさ。ホワイト種は何と無く分かった。髪が白いのとか、そういう類だろ? で、何だ『白の森』とか『白の一族』とか」
「え、と……?」
目に見えて疑問符を浮かべている女王。
状況を飲み込んでいないな、これは。
「俺達、今日、いや昨日か? この世界に来たばかりで、正直こっちにしか無いような専門用語を出されても困るわけ。今女王陛下が仰った『白の森』も『白の一族』も、ルディから自然と出てきた『ホワイト種』っていう単語も、今日、初めて、聞いたわけですよ女王陛下」
「っ」
あえて女王陛下の部分を強く言い放つ。
すると、女王は肩をビクつかせて一歩後ずさった。
身長差を利用した、上から目線の叱咤。女王という立場上強く睨まれる事はあっても、上から睨まれた上で大きい声での叱咤などというシチュエーションはこれまで無かっただろう。もしかすると想定以上に怖がらせてしまったかもしれない。
だが、これでちゃんと分かってもらえるだろう。
俺達がこの世界に来たばかりで、賢者という伝説上の人物だとしても、今はまだ普通の人間だ。
この世界の事なんて初めから知っているわけが無い。自身の発言の重みがどれほどの物なのかを訴えるには、まず相手にその重みを理解してもらわなければならない。
無知ゆえに、女王に口だけでも歯向かえるのだと。それを理解してもらわなければならない。
俺達がこの女王がこれまで過ごしてきた子の世界のルールから外れている存在だと、ちゃんと知ってもらわなければならない。
たとえ自分が召喚していなくとも誠意を込めて相手をしようとしているのなら。理解してもらえるはず。この女王なら。
「……そう、ですね。申し訳ありません。失念しておりました」
「これから気を付けた方が良いぜ。俺以外は『優しい』から、何も聞いてこないと思うけどさ。これはそういう問題じゃないと思うし」
「……そうでしょうとも。以後、気を付けます」
女王はしおらしく、深々と頭を下げる。うん、ちゃんと分かってくれたらしいな。良かった。
これから長い付き合いになるわけだし、俺達が異世界という魔法も何も知らない存在だと知ってはいても心のどこかで理解出来ていないようだったからな。
今指摘出来て良かった。
「……今、ご覧になっている書物は、ちょうど種族関係のものですね」
「そうだな」
女王は俺が手に持っている書物へと視線を移していた。早速、説明しようとしているようだ。
「では、ラビリスという種族そのものはさほど珍しくない、という事も?」
「知っている。目次が人数の多い種族順に紹介されていたからな。それ故に、女王がさっき言ったルディも珍しい種族である、という発言に違和感を抱いている」
「そうですか。僭越ながら、ご説明させていただけませんか? 名誉挽回の機会をお与えいただきたく」
先程、少しだけ垣間見えた子供らしい表情のまま、手を前で合わせながら訊ねてくる女王。容姿が10歳前後の人族と同じなのに、初顔合わせの時はかなり大人びていたから意外だ。
女王であるが故に普段からあのような大人びた表情をしているのだろうが、本来ならまだ、無邪気で屈託の無い笑みを浮かべているはずの容姿。違和感のあった大人の表情とは一転した今の表情は好感が持てる。言ってはあれだが、女王らしさの無い、素直な微笑だ。
女王の証である王冠が無いからという事もあるのだろうが、今の女王は何と言うか、お姫様って感じか。女王の呼び名に合わせるなら、王女様だ。
気品は漆黒のドレス着用時と同等だが、美しさよりもかわいらしさが勝っている。女性らしいドレスからボーイッシュなパンツにしているせいなのか、昼間と比べてシルエットがスッキリしているからなのか。
このスタイルは、良い。
「そういや、ルディとの秘密の会談は?」
「それは……」
名残惜しそうな顔をしながらも、女王はそこから動こうとしない。
迷っているのだろうか。さっきはどうしてもルディの所へ行きたがっていたはずだけど、俺が叱った事で気が変わった、という事か。
もっとも、女王としての責任とルディと話したい心を天秤にかけて、僅かに責任感が勝っているだけなのだろう。生きたそうな空気が隠しきれていない。
ふむ。
「じゃあ、こうしよう。ルディには明日か明後日には出発すると言ってあるから、明後日にしよう。正直、精神的な疲れが一晩で取れるとは思っていない」
「あ、承知いたしました」
未だにソワソワしながら、俺と床を交互に見る女王。
「それでだ。明日なんだが、時間が空いているなら、ルディと、俺と、女王。あー、ハルカさんも入れてのティーパーティでも開こうか」
「ティーパーティ、お茶会、ですか?」
「ああ。伝説の賢者2人を招いてのお茶会だ。レベルが低いとはいえ、賢者。それらをお茶会に招いた魔王とその腹心がいるわけだし、敬語は必要無い。今後かなり長い付き合いになってくるはずだし、今から互いにタメ口で話す練習をする。どうよ?」
「……っ!!!」
うわ、女王の目がこれ以上無く輝いている。
「この案を受け入れた際、女王が得られるメリットは2つ。俺達召喚者と仲良くなる機会が得られる。そして今夜も無事にルディと話す事が出来る。後ろめたさ無く、な」
「……っ」
「別に断っても良いぜ。いずれハルカさん辺りとは仲良くなりそうだし。もっとも、夜な夜などこかへ行っているみたいだ、程度の噂話が流れる可能背は否めないが―― どうだ?」
演劇部で鍛えた顔芸レパートリー悪役モードNo.4、優しい笑顔。
独りよがりな借金取りのお兄さんが、更なる借金を負わせる時の顔だったと思う。
どう考えてもメリットのあるほうを選ぶ言い回し。何も気兼ねなく友人と話をする事と、監視がついて、いつかその友人と話せなくなる事。どちらがより良く見えるかなんて一目瞭然。
噂? そんなの流さないに決まっているじゃないか。
傍から見れば、低レベルの交渉に見えるだろう。要するにこれまでどおり友達とちゃんと話せるか、話せなくなるかもしれないかの二択。
この少女にとって死活問題か、否か。
たとえこの少女らしさが演技だとして、俺達には特にメリットもデメリットも無いからなー。
どちらを選んでも、この少女は俺に貸しを作るわけだし。
そう、得る物が良い事か、悪い事か、それだけ。
だったらメリット一択だよな。
「分かりました! 明日の午後三時、警護も何も付けないお茶会……開催して見せます!」
「おう。ついでに敬語も外そうか。俺より年上だろ」
「そ、それとこれとは別の話だと思いますが、努力してみせましょうとも!」
「大声を出すと外に聞こえるかもしれないぜ」
女王ほどではないと思うが、警備兵くらいはいる可能性がある。昼食、夕食以降部屋の扉は開かれていないし、それはもう静かな午後を一人で過ごしているのだ。
外からの音は勿論、内側からの音も無い。実に静かな部屋なのだ。
実に、静かな、部屋なのだ。
「はっ。そ、そうですね。では、今宵はこれまで、でしょうか」
「そうな」
「では、私はルディの部屋に行ってもよろしいのでしょうか?!」
「当然だろう。そもそもそこへ向かうつもりだった。そして俺は、今宵の密談を知らない。これでいいな」
「……っ! はい!」
やれやれ。大声を出すなと言ったそばからこれだ。相当嬉しいらしいな。
何か友達がルディ以外いない的な発言もしていたわけだし、俺達がルディと同等の友達になるかもしれないと考えているのかな。
女王が友達、か。
賢者っていう肩書きはあるわけだし、別に良いのかな。女王が友達にいてもおかしくないよな。
よし。友達になるか。
「じゃ、明日な、場所は任せる」
「はい!」
ロープを手にスルスルと下りていく女王。
俺は鼻歌交じりの女王に大した見送りもせず、部屋の奥へ歩いて行った。
いつの間にか時刻は十時半。そうだな、12時までなら起きていても大丈夫か。
「さ、読むか」
スマホ搭載のタイマーを一時間半後にセットして、と。あ、マナーモードにしなければ。
俺は初めて部屋の明かりを点けて、更に夜が更けるまで本を読み続けた。
文字ばかりの本だから時間がかかる。途中まで読み進めて、あとは時間が空いた時に持ち越しだ。場合によっては魔法の本を優先しなければ。
とりあえず、読む。
まずはこの世界の常識とやらを叩き込んで、それからこの世界のあらゆる知識を叩き込む。ハルカさんが賢者として呼ばれ、そこに数人の人間が巻き込まれた今回の召喚……。前回や、前々回がどのような理由で召喚されたのか、そしてどうやって帰ったのかを知りたい。
今回がどのような理由での召喚なのかを知る、キッカケが欲しい。
何にせよ、俺は賢者を支える賢者的なポジションで色々やってみよう。意図したわけでは無いものの、俺の家族のおかげで鍛えられた適応力、順応力をこれ以上活かせるタイミングはそうそう無いと思う。
あの先生でもかなり堪えているかもしれない。そうでなくとも、同年代として、年上では出来ないような寄り添い方でハルカさんのサポートが出来たら良い。
先生も俺と同じような事をしているかもしれないけど、俺だってやる時はやる。元の世界帰りたい。だからこそ、こちらの事を一刻も早く知る。
そこからだ。
基礎が出来ていないのに、家を建てる事は出来ない。
今は基礎を組み立てる。なるべく早く、丁寧に。
だから、読む。
……。
…………。
………………。
結果。
寝たのは午前2時でした。
けどそのおかげで、かなりのページを読み終えた。
誰でも知っている種族と、ちょっと知識人なら知っているような種族、かなり博識でなければ知らないような種族からその手の人しか知らないマニアックな種族まで。
完全網羅とまでは行かないが、種族名とその概要だけは頭に叩き込んだ。
眠いぜチクショウ。
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