12 魔王と賢者 / 3

 俺は質問文の下にあったはいといいえの内、はいの方に指を触れさせる。冷たいガラスに触れたような、そんな感触の後、キュン、という音と共に申請項目が板と共に小さくなって消える。更にその後、同じ音と共に幅が40センチくらいの板が再び現れた。

 パーティメンバー、と上部に表示されている。

 で、赤い文字でルディの名前と、その下に俺の名前。更にその下にハルカさんの名前が表示されている。名前はそれぞれ横長の四角に囲まれていて、それは全部で10個。

 これは、最大10人でパーティを組めるという事か。


「パーティメンバーになると、その中の誰が何を倒しても、メンバー全員に等しく経験値が入ります。また10人分の空きがありますが、一応、10人以上でパーティを組む事は可能です」


 可能なのかよ。


「ただし、その場合は手に入る経験値が減ります。1人オーバーにつき半分ずつ減っていくようです」


 ペナルティが予想以上に重いなぁ。


「逆に言えば、10人までなら大丈夫、と」

「はい。1人で倒しても、5人で倒しても、10人以内のパーティなら手に入る経験値は一定です。そうですね。最も弱いとされるウィードスライムを一人で倒して手に入る経験値が10だとして、10人までなら誰が倒してもメンバー全員に10の経験値が入ります」


 手に入れた経験値は、分配されるのではなくじかに手に入る、か。人材育成にはもってこいのシステムという事か。

 どれだけ弱い奴が仲間にいても、仲間の内で強い奴がいれば、何もさせずともレベルが上がる。レベルが上がればおのずと攻撃力も高くなり、いずれは戦力になる、と。

 ゲームでは5人とか6人がせいぜいだったから、新鮮だな!


「ちょっと、ワクワク顔だね、スイト君……」

「ああ、悪い。勝手に話を進めちゃって」

「ううん……大丈夫」


 ハルカさんは疲れた表情のまま、イスに深く腰掛け直していた。

 先程「正規の賢者はハルカさんだ」的な台詞を放った俺だったが、俺自身が賢者として女王達と話している姿に、何か思う所があったのかもしれない。

 火を見るよりも明らかな疲れようで、顔色は蒼白と言っても過言ではない。

 ……。

 考えてみれば、当然の事かもな。

 俺は小さい頃から、自室で眠りに付いたというのに目が覚めれば異国の地だった、なんて事が日常だったからまだ落ち着いていられる。

 だが、考えてみればそんな日常は俺だけの物で、彼等にとっては全く日常でも何でも無い。むしろかつてタツキにツッコミを入れられたように、そんなの非日常だと断言できる。一般家庭では頻繁に遠い異国の地まで行くお金は無いし、第一『麻酔』なんて手に入る家庭も一般とは言いにくい。

 つくづく、俺の家庭はどれだけ一般常識から外れているのかが分かるな。

 ハルカさんの言ったとおり、俺の家は豪邸。両親共に何の仕事をしているorしていたのか分からない上に、父親は一月に1回でも帰ってくれば多い方。

 ふむ、自分の事を振り返ってみると、どれだけうちの親が常識から外れているのか分かるぞ。


「……スイト君、何でそんなに冷静なの?」

「うちの親の影響だな」

「……あの、年中世界を飛び回っているって噂のご両親? 納得だよ……」


 ハルカさんはかろうじて聞き取れるような音量で「うらやましい」と恨みがましそうな声で呟いた。

 というか、本当に顔色が悪いな。

 俺は再び手元を操作し始めたルディへと目を向けた。すると、ルディはすぐさま俺の視線に気付いたのか操作をやめて俺へと向き直る。

 こういう点は優秀な執事、という感じだ。


「マキナ達……召喚者とでも呼ぶか。あいつらには俺から色々伝えたい。良いか?」

「はい。僕達の側から話すよりも、スイト様から話される方が信じていただけるでしょう。諸々の準備はこちらで行いますが、心の準備はお願いいたします」


 女王が深々と頭を下げたタイミングで、ルディは中身の飲み干されたティーカップやソーサーを片付けていく。さすがの馴れた手つきで、見る見るうちに食器が全て片された。

 テラスの入口まで食器の乗せられたワゴンを押し、振り返って一礼。

 そのまま、ルディは城の奥へ戻っていってしまった。

 女王もルディの姿が見えなくなってから一拍置いて立ち上がり、同じようにテラスの入口で一礼してから城の奥へと消えて行った。

 ……。

 残ったのは、俺とハルカさんだけだ。


「はぁ……」

「疲れたか?」


 女王の姿も見えなくなってから、ハルカさんの口から大きな溜め息が飛び出した。だから心配して声をかけたのだが、ジト目をこちらに向けられる。

 その視線は、睨まれているようにも見えた。


「当然だよ……。というか、スイト君が疲れていなさそうに見えるから不思議でならない」

「目が覚めたら外国の土地にいた、なんて事が日常茶飯事の俺に言う事か?」

「……何か、納得」


 テーブルに突っ伏すハルカさん。

 何度も溜め息をする辺り、相当疲れているようだ。まあ、俺も初めて外国で目が覚めた時には、訳の分からない状況の把握に体力を消耗したから、この疲労感はよく分かる。

 もっとも、俺はその状況に慣れてしまったので、今は全く感じていないわけだが。


「みんなへの説明は俺がしておく。場合によっては明日、明後日に出発かな。ゲームだと日帰りできる程度のレベル上げだし、時間はかからないと思うけど、ハルカさん、かなり疲れているようだから」

「うん……」


 疲労感を隠さず、腕で作った枕から俺を見つめる目を覗かせて、ハルカさんは口を尖らせた。先程は睨んできていたが、今はどちらかというと、呆れを含んだ何とも言えない視線になっている。

 それから数秒、俺を見つめたかと思うと、重い口を開いた。


「凄いね。私、状況がまったく飲み込めないよ」

「俺だって状況把握はしていないさ。ただ、ここが俺の全く知らない土地であり、魔法なんていう不可思議極まりない力っていうものがあるかもしれない、って事だけ、頭に叩き込んだだけ」

「それが凄い事だって、自覚した方が良いと思うよ。私、外国になんて一度も行った事無いし」

「へぇ、意外だな。ハルカさんって3回くらいは外国に行ったことがありそうな雰囲気だけど」

「そんな事無いよ。っていうか、外国に行った経験がある人はかなり少ないよね。私も所詮、その一人ってこと。スイト君が特殊って事になるね」

「特殊、ね。タツキ以外に言われたのは初めてだ」

「……そうなの?」


 父さんと母さんが特殊だとは、俺自身も思う。年中あちこちを飛び回るなんて、疲れてしまわないのかと何度も疑った。

 だがしかし。俺はある日の両親から聞いた言葉を忘れない。



 落ち着いた暮らしほど、つまらないものは無い。と。



 要は、旅は面白いけど家にいるのはつまらないって事だ。

 たとえその信念を貫いて、息子や娘の誕生日を何度も何度も繰り返して忘れたとしても。

 たとえそれでも自分の誕生日には家に帰ってきて、息子や娘にプレゼントをせがんだり俺達自身への誕生日プレゼントは後からでも渡そうという気概すら無くても!

 お金はあるからまだ良いけどな。


『おま、それで子供らしさが無いのか』


 とはタツキの台詞。10歳の時点で計8回分の誕生日忘れが起こった際の台詞である。


『たしかに、俺はともかく妹にはプレゼントくらい贈って欲しいよな』

『いや、自分もねだれよ。周りの親連中にたまには帰ってやれ、って言われた途端に揃って帰ってきたらしいじゃん? ちょっと言えば聞いてくれると思う』


 そっちこそ子供らしくないな、と言い返す態度で諭すように言われたけど、俺は知っている。

 あの両親が、十回言った程度で聞く人間ではないと。

 最初は言ったさ。電話越しに「今日、俺の誕生日」と。しかし、2人揃って「じゃあプレゼント贈らなきゃね~」と言っておいて、次の日には「あら、そうだったかしらん?」ととぼけるのだ。

 妹の分も合わせて十回も言った頃には、俺は既に諦めていた。

 たまに帰ってきても、その話題を出した所で1時間も経つと忘れている始末。

 と、いうわけで。


「誕生日は、兄妹公認で近所に住むサンタさんからプレゼントをもらう日だよな」

「イキナリ何のお話かな?!」


 おっと、心の声が外に出てしまっていたか。


「え、何。まさかクリスマスでもない特にイベントがあるわけでもない日にうちのお父さんが何度かサンタさんの恰好をしていたのって……」

「あ、多分うちに来た日だわ」

「何やってんのお父さーん!」


 テラスの端で、山に向かって叫ぶハルカさん。


「あ、お土産のリクエストがあったら言え。ずっと何かしらの手作りケーキをお礼にしていたが」

「あのパウンドケーキってそういう事だったの?! 物凄く美味しいのにどこで買ってきたのって聞いたら何故か返ってきた台詞が『しょっぺぇなあ』だったのはそういう事なの?!」


 パウンドケーキか。それを贈ったのはたしか、去年の俺の誕生日。中等部生になってもプレゼントをくれたので、一際力を入れて作った自信作。

 作り方は案外簡単なケーキの一つだが、それ故に味の豊かさを出すのに苦労するケーキでもある。近所に住んでいる同級生(女子)の父親との情報を偶然手に入れていたので、女の子が喜びそうな工夫をしてみたのだが、感想が聞けなくて残念だった。

 そっか、美味しかったか。良かった良かった。

 ちなみに、甘さ控えめのクリームとイチゴなどを使った見た目もかわいらしいケーキでした。


「りょ、料理、出来るの?」

「たしなむ程度に」

「あれは明らかに『たしなむ』って程度じゃないと思うけど、そっか……」


 どうやら少しだけ元気を取り戻したようで、ハルカさんはブツブツと呟きだす。

 内容までは聞こえないけど、表情はついさっきと比べて明るい。


「スイト君。本当にお任せしちゃってもいいの?」

「ああ。任せてくれ。あー、この世界の始まりとかはどうでも良いか。とりあえずレベル上げをしなきゃいけない事と、何でやらなきゃいけないのか。この二つだな」

「うん。じゃあ、お願い」


 席を立つ間際、ハルカさんは俺に向けて微笑を浮かべた。

 こ、これが性別学年関係無しの全校生徒の心を射止めた、女神スマイル!

 ハルカさんの周囲が輝いていたように見えたぞ……。



 一人になったテラスで、空を見上げる。

 いつも見ている空と何ら変わらない色。白い雲がかすれたような形を残して右へ流れ、次の瞬間には素伝別の形になっている。

 一人きりでテラスに立つ俺は、遠くの空を眺め、虚空へと手を伸ばした。

 手の平に、冷たい風が当たる。



 空がやけに、近いように見えた。

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