11 魔王と賢者 / 2

「人族の方ではまだ残っているとは考えにくいのですが、魔族の土地では、賢者、そして勇者を呼ぶための条件があると言い伝えられているのです」

「条件、ね。まあ、そうじゃないと勇者が大量に呼ばれるとか、ありそうだからな」

「その通りです。召喚は、主に世界が危機に瀕している場合に成されるようです。人族の戦争とは関係無いはずですが、偶然、その時期が被ったことが多いようですね」


 女王が言いたいのはこういう事だ。

 賢者やら勇者やらが召喚されるのは、世界が危機に瀕した時。それ以外の時期だと召喚は成功しない。そして今回、どのような理由であれ、召喚が成されたという事は世界が危機に瀕している事に他ならないという証拠である。と。

 危機とやらがどの程度の規模なのかは分からないが、女王が更に言葉を重ねる。

 曰く、


「どの程度の〝危機〟かは、召喚された賢者以外の異世界人、その人数で分かります。未だかつて、五人、いえ、賢者を含まずに四人も召喚された事はありません」


 とのこと。

 比較的小規模の危機であれば、勇者や賢者のみが召喚されるらしい。四人というのは歴史に無いほど大きな危機だと推測できる。

 ただ、人族はそういった『危機』を知らないようだ。これまで召喚された勇者は、戦争に勝利すれば使命が果たされた場合もあるそうで、人族の多くは勇者を戦争の道具としか見ていない節があるとの事。

 しかし、今回はちょっと訳が違う。長年争ってきた魔族との世界規模での戦争であり、そのタイミングでの勇者召喚が成功してしまった。

 これは、魔族を倒せとの神のお達しだと。そう考えてもおかしくないのだという。


「先代の魔王は勇者と相打ちになり、亡くなりました。そして今度の標的は、私です」


 胸に手を当て、俯きがちにそう述べる。

 その顔は、悲しそうで、寂しそうで。


「先代って、あんたの親か」


 俺はあえて、疑問系ではなく確定的に訊ねる。

 ……返ってきたのは、無言での頷きだった。


「こう見えて、私は三百年もの時を越えて生きています。ですが親の顔は覚えていません。お父様……先代の魔王は勇者に討たれ、お母様もその襲撃の際に命を落としたそうです」

「そんな……」


 そう呟いて、ハルカさんは口を手で覆う。

 それ以降言葉が思いつかないのか、視線をさまよわせて、ふと、俺に視線を合わせてきた。

 俺はというと、何か言葉を返そうとした瞬間に女王に言葉を遮られ、その視線を女王へと向けている。


「私は、歴代の魔王に比べて、容姿もその年齢も幼い。無論、人族にしてみれば幾つもの世代を重ねなければならないような年齢でしょうが、魔王としてはあまりにも幼い年齢です。先王は既に一万年は年を重ねていたようですから」


 おいおい、三十倍以上の年齢差があるのか?!


「先代の魔王が討たれ、しばらくは魔族が大人しかった事から、前魔王の淘汰、および魔王の血は絶えたと思われていたらしいですね。二百年に渡って侵攻は無かったのです」


 空になりそうな紅茶を眺め、女王は続ける。


「しかし、魔族の数がどれだけ時を重ねても一向に減らなかったこと、更に、一部の魔族が組織的な行動をとり、人族を挑発した事で、人族は魔王が……私の一族が滅びていない事を確信したようです」


 だから、五十年ほど前から、戦争が始まったのだと。女王は後半になるにつれ声がかすれ、最後は俯きながらも語りきった。

 あー、あれだな。人族ってバカな行動するんだな。

 人族だろうが魔族だろうが、それこそ動物だろうが虫だろうが、生きている限りは組織的な行動をとるだろう。魔王に替えが利くかはこの際置いておくが、王がいなくなったのなら、新たな王を立てるなり、新たな体制を組んで動くなり出来そうな物である。

 魔王は血筋を重んじるようだが、それが絶えたからと言って魔族全体が絶滅するわけが無い。このテラスから見るだけでも、複数の村がある。少なくともその分は、村長とかいるだろう?

 俺がいた世界でも複数の国があったのだ。此処はアヴァロニアという国らしいが、国の名前があるという事は、此処以外にも国があるという事。国ごとに呼び名が無ければ不便。だから国ごとに名前がある。常識である。

 それにあれだろ? 魔族が組織的な行動をして、人族の領地に踏み込んでまでケンカを売るような行動と言ったら『窃盗』だろ?

 それこそ人族の自業自得だ。自分達で魔族の王を討ち、魔族を見かけたら殺す、ってくらいの常識はありそうだから、あれだ。やられる前にやれ、っていう精神が作られるだろ、普通。親熊を殺しておいて、小熊がこちらを襲わない道理が無いだろう? そういう事だ。

 「人様が怖くて近付かないだろう」? ハッ、砂糖より甘い考え方だぜ。


「それで? この世界で『賢者』は何をすれば良い?」


 見るからに落ち込んでいる。休戦がいつから始まったのかは分からないが、戦争勃発から休戦までに相当な年月と相当な犠牲を払ったに違いない。

 魔族の王として、同族を守る為に八方手を尽くしただろう。そりゃ、本人が言うように本人は幼いのだろうが、それはもう、その年齢にしては、懸命に。

 だが、その表情の陰りから、あまり良い方向には向かなかったらしい。実に多くの犠牲が出たのだろう。それはもう、その幼い顔に暗い影を落とすくらいに。

 それでも、俺は無表情で尋ねた。


「私を守ってくれ、か?」


 無表情のまま、ゆっくりと顔を上げる女王へと、俺自身でも無神経だと思えるような、嘲りを孕んだ声色で言い放つ。

 俺の不謹慎な発言に、ハルカさんが叱ろうと大きく口を開ける。しかし、ハルカさんの声が飛び出すよりも前に、女王が声をあげた。



「いいえ」



 短く、それでいて力強く、俺を真っ直ぐ見据えて出てきたのは、なんと否定の言葉だった。

 顔色一つ変えず、むしろその表情は凜として、真っ直ぐに俺を睨み返すように。

 僅かに潤んだ瞳は、それでも決意を滲ませていた。


「賢者様の役目は、元よりこの世界に迫る危機の回避、および解決です。賢者様方をお呼びした世界の意思に比べれば、我々の私情など取るに足らないもの。加えて、賢者様はそもそも我等が召喚した方ではありません。いずれこちらの領地に来る勇者様一行との引き合わせはともかく……戦争への参加は、皆様の意志が無い限り、参加は不要です。いえ、皆様が望むのであれば、この命を懸けてでも戦争の影響が皆様へ及ばないよう取り計らいます!」


 立ち上がり、テーブルを叩きつけて。

 女王は、いや、目の前の少女は宣言した。

 高らかに声を張り上げ、丸く大きな瞳に光を宿らせて、少女は前のめりになりつつ俺を睨みつける。明確かつ強固な意志が感じ取れる瞳だ。

 嘘は、言っていないらしい。魔族の頂点に君臨する者として、この世界にいる二つの種族の内片方を預かる身として、この世界の外から来た俺達を守ると。

 この世界を救うことと、魔族を手助けすることは、あくまで別の問題であると宣言しているのだ。

 話を聞いている限り、魔族領に召喚されるという『賢者』と人族側に召喚されるという『勇者』は、召喚特典なのかこの世界の人間が喉から手を出しても掴み取れないほどの才能を有しているようだ。だから人族は勇者に魔族を襲わせるのだろう。

 俺なら、賢者に、戦争の終結を望むはずだ。

 賢者がどう考えていようと、こちらは何も考えず、ただただ協力を願うはずだ。

 賢者っていうのは、この世界にとって特別な存在なのだから。

 戦争だぞ? 人が大量に死んで、勝って得られるものが領地だの奴隷だのってだけだぞ?

 人の命より重い物は無いはずだ。

 世界の支配と交換で、見知らぬヒト一人の命を明け渡す。

 そんなの断固反対だね!

 ……。

 人の命……。

 戦争の終結……。

 世界の命運……。

 そして、俺達の意志……。

 目の前の少女は、今、それらを〝はかり〟にかけた事を理解しているだろうか。

 勢いで言っているわけではなさそうだ。おそらく、俺達がこの世界に召喚されるよりも前から……それこそ、魔王と呼ばれ始めた頃から、ずっと考え続けていた事かもしれない。



 ―― もし、賢者が召喚されたなら。

 ―― こちらの事情に、関わらせたくない。

 ―― 賢者様の意志を、尊重したい。

 ―― たとえそのせいで、魔族が滅びるかもしれなくとも――



「女王」

「はい」

「それは、召喚された全員に話すのか?」

「はい。その上で、皆様には自由に行動していただきたく」


 まっすぐ俺だけを見つめ、固い決意を滲ませて、女王はハッキリと述べた。

 自由にしてくれと。

 命令ではなく、願い。

 自身の事を省みず、赤の他人に頼りはしないという、決意。

 まして、異世界からとばっちりで召喚されたに過ぎない者達には、頼れないと。

 他人任せにしないという、当然の事が出来る人間。

 魔族の女王フィレウォッカ。

 彼女は、強い。



「……まず、何をすれば良い?」

「そうですね。モンスター退治、でしょうか」


 モンスター。

 彼等が魔族だというのなら、魔族=モンスターという構図は成り立たない。俺達の世界で言う、シカとかイノシシとかと同じ、害獣、という意味合いかもしれない。

 それを倒せと。

 それって、戦争への参加を余儀なくさせるほどの強さを手に入れさせるとか、そういう魂胆か? 俺は、泣き落としに惑わされない自信があるけども、他の連中は……不安だ。

 とりあえず話を聞く。

 先程の発言に、虚偽が混ざっていないか確認する為にも。


「モンスター、ね」

「はい。何よりもまず、レベルを上げていただきたいのです」

「レベルを? どうしてまた」

「この世界では、学校に通える年齢になる頃には、最低でもレベルが10になっているのです。それが、この世界で生きる最低ラインであり、生命線である為です」


 地味に言葉の意味がダブっているのだが、それはひとまず置いておく。

 最低ラインという事は、実際にはそれ以上で無ければ話にならないという事だ。ゲームどおりなら、スライムとかっていう雑魚キャラがどこにでもいるわけだから、子供でも経験値が手に入るだろう。

 この最低ラインは、おそらくそういった経験値の取得行為を必要最低限に抑えている者の事だ。モンスターだろうが何だろうが、生物を極力殺さない事を人生のモットーにしている奴、とか。

 モンスターがいる世界でそんな奴がいたら、早死にするだろうがな。


「経験値の取得は、モンスター以外でも出来るのか?」

「ええ。普段の食事でも、僅かなら。日々食事を取っていれば、十歳くらいで大体レベルも10になっているはずです。更に小さい子供でも意志が芽生えている者は、既にレベルが6ほどにはなっているはずですから……雑魚モンスターなら楽に倒せますね」

「……レベル1ってのは、具体的にどの程度の弱さだ?」

「ハッキリ申しますと、そこら辺の虫にも負ける可能性がございます」


 マジかー。


「ですので、この際皆様はその恰好のままで構いません。ですので、まず、レベルを上げていただきたいのです」

「いや、この装備のままの方がダメだろ。防具とかいるだろ」

「いえ。皆様はこのルディの申請に応じ、パーティを組んでいただければ、すぐにでも経験値を得られますので」


 女王が手をかざし、ルディが立ち上がる。

 ルディは手元で何かを操作し始め、一瞬だけこちらを見てきた。

 おそらく、ステータス画面での操作。特に意識しなければ他人にそれが見えることは無いらしく、隠れてこそこそ確認する必要は無いようだ。

 心を許している相手には常に見えるらしいぞ。そうでない、見せなければならない場面等では、心の中で許可を出せば見せられるとの事。何でも身分証明書に近い物なのだとか。偽装は可能らしいが、高度な技術を要するらしい。

 高度な技術には巨額が付き纏う。相当な金持ちや、高名な魔法使いでなければこのステータスを見せるだけで身分の証明が簡単に出来る。

 ちなみに、しっかりとしたイメージがあれば「ディアステータス」と口に出さなくともステータス画面は出てきてくれるらしい。

 イメージというのは、俺の場合、ゲームに出てくるようなステータス画面だ。攻撃力とか、防御力とか、HPとかMPとかっていう記載がされているあのステータス画面だ。

 出てきたステータスに攻撃力という項目は無かったけど、大外れというわけではなかったな。HPとMPはあったわけだし。疑う余地も無く想定内。後から出てきた五段階式のパラメータが出てきた時は、ちょっと焦ったけど。

 MPとかHPとかは全部数値だ。だが、そのパラメータは『性格値』とも呼べるモノで、ご丁寧に日本語で博愛、博識、勇敢、器用、素直、明暗の6項目が六角形の形をしたパラメータ表として赤裸々に表示されていた。

 これ、自分で自分の事が分かるじゃん。

 むしろ他人のものこそ見えた方がいい奴じゃん?

 何でわざわざ自分の性格を再確認する必要があるのさ?!


「申請、出しました」


 色々と考え込んでいる間に、目の前に何かが現れる。

 ステータス画面と同じ、透明な薄い板に、文字が浮かび上がっている。



〝 パーティ申請を ルディウス から受け取りました。許可しますか? 〟



 選択項目は、はい、いいえ、だ。

 ……『はい』を選ばないと、面倒そうだな。

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