10 魔王と賢者 / 1

 魔王城の、高い位置にあるテラス。白く、ツルッツルの肌触りが良い石造りのテラスで、子供が数人走り回っても気にならないほどの広さがあった。大人も加わるとギリギリ狭いのだが、今は置いておく。

 下に見える太い道から、わいわいガヤガヤ、騒がしいまでの人々の声が聞こえてくる。一人一人は、ただ普通の声で会話しているだけでも、合わさればとんでもなく五月蝿く聞こえる。

 しかし、良い騒がしさというか。

 教室の喧騒に似た感じがあって、懐かしいな。


「あれ? ねえ、こっちに来てから、体感でまだ一日だよね。ね?」


 後ろから、ハルカさんがそうツッコミを入れた。


「タツキ以外で、初めて考えを読まれたな」

「あ、えっと。今の黄昏ようがうちのお父さんに似ていて、何と無く懐かしんでいるかも? って」

「それでも凄いよ。妹にも完全に読まれた事は無いからな」

「スイト君って妹さんがいるの? 私には弟が二人いるよ。二人揃ってちょっと曲者だけど……」


 ハルカさんも兄妹がいるのか。俺と同じだな。

 妹は中学生だし、部活はあの日休みだった。放課後はすぐ帰宅しているはずだから、この事態に巻き込まれている可能性は低いな。

 だったら、心配する事は無いか。


「うちの弟達はね、小学生なの。あっ、うちの学校で言うと初等部だね。5年生なんだ」

「奇遇だな。俺の妹も5年生だ。案外、クラスメイトかもしれないぞ」

「私達もクラスメイトだからね。そうだったら面白いね」


 クスクスと笑うハルカさん。

 あー、さすがマドンナと呼ばれるだけの事はあるな。ダメージの無い、けれどどんな硬い装甲に守られた心でも、一発で打ち抜く破壊力を秘めた笑顔だ。

 笑顔が眩しいとはこの事か。直視する事に躊躇するレベルでかわいいぞ。



「……コホン」



 それにしても、ハルカさんの弟か。口振りからして双子のようだが、ハルカさんの弟ならかわいい系統の顔立ちなのだろうか。妹から聞く噂話にカッコイイ男子の事が混ざっているが、かわいい系は聞いたことが無いな。

 たしか夏。あれ、秋だっけ。何か季節の名前を冠した名前だった気がするけど、思いだせない。


「弟達は双子でね。上が夏矢【ナツヤ】で、下が秋矢【アキヤ】なの。ほら、私の名前と合わせると、春、夏、秋ってなるでしょ? 私の春は晴れっていう字だけどね」


 ちょっと待て。


「妹から聞いた覚えがあるな……」

「えっ、本当?」

「ああ。同じ学年のカッコイイ男子っていう話題だったな。しかも、クラスメイトの」

「じゃあ、兄妹揃ってクラスメイトだね!」


 マジか。というか、あいつら腐れ縁とか幼馴染とか言っていたような気もするな。アイツの側にいる男子は極力顔を見てきたはずなのだが。



「……コホッ、コホン!」



「あ、じゃあ、弟達から聞く鶴【ツル】ちゃんとか? よく一緒に遊ぶって、あの子達が保育園の頃から、もう、何度も何度も聞かされているのだけれど」

「ツル、ね。多分それだな。あいつと同じ名前の奴は見た覚えが無いし」


 アルバムを見る限りでは。


「わぁあ。このまま親同士も知り合いだったら驚きだよね!」

「いや、俺の父親は世界中を飛び回っているよく内容の分からない仕事をしているし、母親は専業主婦だ。よく旅行には行っているが」

「うちのお母さんも旅行好きだよ。ご近所付き合いで頻繁に出かけるね」

「頻繁だったら、十中八九うちの母親が連れ出しているかもな。ハルカさんの家はどこだ?」

「ん~、泉西5丁目の、E―9辺りだよ。隣に大きい家があってねー」

「それ俺の家だわ……」

「……えっ、あの大豪邸?! あの大きい家って、スイト君の家?! 本当に?!」



「ウォッホンッ!!!」



「「あ」」


 中高年のおじさんが出しそうな、いかにも偉そうな人の咳払い。

 声はかなりかわいらしいものであり、その声の主も分かる。

 それと、何故そのようなおっさん咳払いをしたのかも、予想はつく。


「よろしいですか?」


 何事も無かったかのように、その声の主……女王は訊ねる。彼女はテラスに使われている真っ白な石とは反対の色、黒いドレスを身にまとった少女だ。

 背丈は俺の胸辺りまでしか無いが、これでも魔族という種族の頂点に立つ存在であり、その立場に相応しい高貴さと態度を兼ね備えている。

 このテラスには四つの影がある。俺、ハルカさん、女王、そしてルディ。ルディは俺の世話係を任命された魔族の少年で、今は紅茶を用意している。

 手馴れた様子で三人分の紅茶を用意していたが、女王が何かを耳打ちすると、少し慌てたようにカップを一つ増やした。

 どうやら、ルディも俺達の話に参加するらしい。



 食堂での騒ぎの後、俺達は一度、目覚めた時にいた部屋で待機する事となった。

 ハルカさんの職業が、魔族の長である女王の求めている人物であると知られたその時。俺の職業が『異世界の賢者』である事にその場にいた全員(ただし俺以外)が大混乱してしまい、落ち着いてからまた食堂に集まる事となって、その場は一時解散となった。

 で、大混乱からの解散から既に一時間。朝にフルコースを食べてかなり腹が膨れていたが、かなりこなれてもう一度スイーツが食べられるくらいになった頃。

 ルディが、お茶会への招待状を持って俺のいた部屋へやって来た。

 ルディからではなく、今現在、俺の目の前でルディを静かに見つめる少女から。

 どうやらこちらに召喚された俺達六人ではなく、とりあえず『賢者』である者を呼んだらしい。

 青銅のような金属のテーブルは、物を置く部分が透明なガラスになっている。そしてそこに、湯気の立ち上る紅茶を置いていくルディ。

 カップもソーサーも透明なガラス製で、紅茶がよく見える。

 現実の世界にもあったと思うが、きれいな青色のお茶だ。名前は知らないが。


「お二方、それとルディ、席に着いてくださいませ」


 青銅製のイスは四つ。テーブルも中央に配置されている。ハルカさんは女王の隣、俺は女王の向かい側。そして俺の右側で女王の隣でもある席にルディが座った。

 城の一角に用意されたテラス。廊下とは扉の無いアーチ状の出入り口があり、足場は白木のフローリングのようになっている。カフェのような雰囲気があって、天井は僅かに太陽光が零れる程度の黄色い布がテラスの角に設置された木の棒に引っ張られている。

 見晴らしは抜群。吹いてくる風は穏やかで、その風に乗って聞こえてくる人々の声が耳に心地良く、落ちないように作られている手すりの柵の間から、全身に風が吹きぬける。

 気持ちの良い場所だ。


「それで、私達に何の御用ですか?」


 用意された紅茶の注がれたカップを両手で持ち、ハルカさんが女王の顔を見据えて尋ねる。


「わざわざ賢者という名の職業を持っている奴を呼んだからには、その系統の話をする気だろう? 何の話なのかまでは分からないが」

「はい」


 女王はチラリとルディの方へ目を向け、そしてルディは頷いて、一冊の本を取り出す。

 やけに古びた本で、角が金属で覆われている。錆色が目立って元の色が分からない金属。そしてかなりの年月を感じさせるボロボロの本体は、どうやら緑色の表紙だったらしい。

 そこには、思いっきり日本語で『この世界の神話』と書かれていた。


「この世界には、何度も賢者が呼ばれています。先に話したとおり、こちらから賢者を呼んだ事例は少ないのですが、それでもこちらに召喚されてはいます」

「私達以前の賢者様は……」

「召喚された理由、それに対する使命が成された時、おのずと元の世界に帰る事が出来るそうです。先代の賢者様は―― 亡くなられましたが」

「召喚された理由、ね。あんた等の話が本当だとして、今回の理由は戦争で魔王を討伐して欲しいから勇者が呼ばれた。そして勇者の召喚に巻き込まれる形で賢者も召喚されたって事になるが」

「はい。ほぼ間違い無く『人族側の召喚理由』はそうでしょうね」

「……別の理由もあると?」

「はい……」


 ルディが古びた本をめくり、あるページを開くと女王に手渡した。

 チラッと見た限り、エジプト辺りにありそうな、昔の人が壁画として残したような人の絵が載せられているページのようだ。


「これは、この世界の創世記を書いたとされる書物です」


 俺達が見やすいように、本を立ててくれる。

 ……。

 超達筆の日本語が書かれているな。


「要約しますと、この世界に五つの種族が生まれ、それらがそれぞれ世界を牛耳ろうと争っていた。そして奇跡的に同じタイミングで、それぞれが異世界の者へ助けを請うた。そして彼等は、どの種族も愚かだと、世界を五つに分けたのです」


 世界を五つに、ね。しかも、五つの種族と来たか。魔族と人族だけじゃないのか?

 世界を五つに分けた、という事は、その分けられたそれぞれの世界に、それぞれの種族を分けたという事か。そして魔族に分けられた世界というのが、今現在俺達のいるこの場所。

 魔王城は大地の中心に建てられているそうだから、正に世界の中心というわけだ。

 話からして人族の領地とやらとはどこかで繋がっているようだし、本当の意味で世界の中心に俺はいる、なんて浮かれやしないけども。


「異世界の者……話の流れからして、賢者か」

「はい。私達魔族は、この時生まれた種族のようです。そして、魔族の血で償還された者こそが、賢者だったようなのです」

「ふぅん。で、他の四種族って?」

「……人族は、分かりますが」


 女王は俺達から目を逸らし、歯切れ悪く語る。何でも、長い歴史の中で他の四種族、主に人族以外の三種族については全く伝わっていないのだそうだ。

 更に、歴史書の中には戯言を載せた愚か者も多数いるらしく、実質人族以外の元からこの世界にいたと言う種族の事は分からないらしい。

 だが、それでも創世記の歴史だけはずっと語り継がれているとの事。

 完全に正しいかは置いておいて、とりあえず神様が五つの種族を作った事。この五つの種族が争っていた事。そしてそれぞれの種族が召喚を行って、その一人が魔族の地に召喚された賢者だという事はどの歴史書でも同じで、これだけは本物だろうとの事だった。

 宇宙に起こったビッグバンやら隕石の衝突やら、色々あって猿から人間に進化したと聞かされて育った俺はそれほど信じちゃいないが、この世界の人間はそれが真実だと考えているらしい。

 俺の世界でも、神がアダムを創って、そのアダムの骨からイヴを作って、とか。そういった類の話は聞いた事があるけどな。

 科学が発展した世界では、そんな話を聞いた所で『え、骨から人間が? 無いわ~』で終わる。

 あくまで個人的な見解だぞ? 敬虔なる信徒が考えに考えをひねらせて考え出した真実とやらを完全否定する気は無いからな?


「まあいいか。今重要なのは、その勇者と賢者の話だろ」

「……ありがとうございます」


 女王は小さくお辞儀をして、ルディに本を返した。そして紅茶を一口含み、一息ついてから口を開く。


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