09 兎は強し
彼の名はルディ。
老齢ではなく、むしろ容姿は若い方。しかし銀とも、薄い金色とも言える髪の色が美しい青年。
見た目の年齢は俺達と同じ16歳程度で、人前なのにずっと帽子をかぶっている。ただ、こちらの世界ではそれが礼儀なのだろうか。女王の左に座っている武男と紳士風の頭にも、同じデザインの帽子があった。シンプルで、板前が被るような白い帽子に深緑色の線が入ったものだ。
ルディと他二人とでは服装に違いがあるものの、あの帽子は同じ主に仕える同士という事を示す道具なのかもしれない。
そして、女王に呼ばれたルディは、音も立てずに立ち上がり、身体ごと俺達の方を向いてお辞儀をした。動く度に髪が揺れている。
言ってはアレだが、全然強そうには見えないなー。
世話役に強さも何も無いが、あれだ。異世界と言えば危険なモンスターがいるとか、そういう常識があるはずだ。事あるごとに「弱肉強食は世界の理」なんて言われるような異世界転生、転移もののストーリーはそれこそ万を越える常識的設定である。
モンスターがいるかは置いておくとして、軍服を着た奴が若干二名いるのだ。休戦中と言っているが口振りからしてすぐにでも戦争が始まる雰囲気がある。
正に戦国時代。更にここは、魔族最強という称号持ちの魔王が住まう城だ。そこに彼はいるわけで、何かしら突出した何かはあるだろうな。
「ご紹介に預かりました、スイト様の世話役、ルディウス=ラービリヴィエと申します。魔王様直属、アヴァロニア魔法師団第四隊長をしておりますが、皆様、気軽にルディとお呼びください」
ルディが輝きに満ちた満面の笑みで、自己紹介を終える。
……。
あれ~?
聞き違いかなー。
……隊長と、聞こえた気が。
「出来た年代ごとに団の番号は振られますので、ルディはここ最近出来た第四隊の隊長です。役割は主に、後方からの援護射撃ですね。しかし、彼自身は華麗な剣術の使い手。時に前線にて武勲を挙げる、敵にしてみれば悪魔と恐れられる者なのですよ?」
見れば、女王は驚きに目を見開いた俺に微笑みながら説明する。
え、マジで? どう見てもひょろひょろに見えるのに? 醸し出すオーラが思わず「僕、生まれてからフォークとナイフ以上に重い物を持った事がありません」とか言いそうな高貴オーラを纏っているのに?
無いわ~。
「皆様、僕の事はひとまず横に置いてください。とりあえず、今から僕の言うとおりにしてください」
「何だ?」
「はい。この世界には、皆様の世界と違い、ステータスというものが目に見えた形で存在します。己の力の全てが数値化、文章化され、己の成長した証が、手に取れる形で存在するのです」
「……ゲームみたいだな」
正にRPGである。攻撃力とか、防御力とか、そして生命線であるHPとか。それらが数値に変換され、その値がゼロになれば―― すなわち、死。
異世界転生モノの常識、その二である。
どこかのRPGなどで見たような、ステータスの数値化と視覚化。
ここにもあるのか。
「では、皆様。目の前に手をかざし、意識をその手に集中させてください」
ルディに言われるまま、俺は先程まで皿のあった場所に手をかざす。先生は少々警戒しながら、そしてその隣に座る先輩はマキナを見ながら、それぞれ手をかざした。
集中、か。こういう風に、他の奴を見ないで手を見ていろ、という事かな。
「今回は最初ですし、声に出した方がいいですね。皆様、集中したまま『ディアステータス』と唱えてください」
『ディアステータス』? って、言えば良いのか。
と、俺が手に集中した途端の事だった。
「「「ディアステータス」」」
他の奴等も唱えたので、俺も唱えようとした。
その時。
ピコンッ。と、どこと無く聞きなれた音が聞こえて、手をかざした部分に、青緑色で透明な板が現れる。更に、シュンシュンという音が聞こえる度に、黒文字で項目が表れる。
===
名前:風羽 翠兎 性別:男 年齢:16
人種:人族 異世界日本人
HP:100/100 MP:300/300
…………
……
===
声に出していないが、俺のステータスとやらは出てきていた。
次々と現れるステータス。縁の無い長方形の板は宙に浮いており、それはどこまでも薄っぺら。しかも下の方はまだステータスが表示されておらず、まだままだ項目は増えるらしい。
そして、次々と表示されていく文字の羅列を順に見ていくと、とある不思議な項目が目に入る。
「はわわ、何、これ」
「う~ん。筋力が30って書いてあるけど、どれくらいなのかな?」
「ハルカっち、それはさして問題じゃないぞ~? このステータスがどういう物質なのかが気になるぞ~」
「そういう話でもない気がしますがね」
「む、マキナ、お兄ちゃんは筋力が120だぞ!」
「良かったなー」
それぞれの感想が上げられる。それをしばらく傍観していたルディは、不意に口を開いた。
「皆様。ステータスの『職業』は開示されましたでしょうか?」
職業。
俺が気になった項目の事を、ルディは尋ねてきた。
他のみんなも開示は済んでいるようで、頷くか短く返事をして返す。
「では、その職業についてお尋ねします。皆様の中に――」
「―― 『賢者』の職業をお持ちの方はいますか?」
静かな、それでいて強い口調で、ルディは訊ねてきた。
賢者。先程、女王が話していた内容にあった単語だ。
勇者の召喚と共に賢者が召喚される。それに、俺達は巻き込まれたのだと。
そしてその質問は、俺達六人の中に『賢者』がいると半ば確信して言っているように聞こえた。
まさしくそうだ、と、俺もまた確信する。
そして、言葉の落ち着き具合とは裏腹に、大量に流れている冷や汗。彼等は一秒すら長く感じているであろう間に、必死に耐えていた。
推測するに、ここに『賢者』がいなければおかしいと。ここにもし『賢者』がいないのであれば、敵対している人族の方にも『勇者』がいないかもしれないと。
一瞬は一秒に。一秒は一時間に。
間が空けば空くほどに、彼等は急速にその瞳から希望の光を失っていく。
返答次第では、こちらに『賢者』がいない上、あちらに『勇者』がいるかもしれない最悪の状況もありえてしまうのだから、必至にもなる。
俺の知っている『勇者』は、等しく『魔王』を倒しうる力を持ち、それがこちらの領地にいるなんていう奇跡は最初から無く、この世界においては確実に敵対組織のトップにいるのだ。
こちらの事情は一切聞かされず、問答無用で魔王を倒しに来るかもしれない。
その対抗策の一つが、賢者なのだ。
勇者とは同郷で、あわよくば親友であって欲しいとも思っているかもな。
で、あるならば。
「み、皆様っ」
さっきまではきりっとした表情だったルディの顔に影が差した。
これ以上は、待ちきれないと。焦りを含んだ表情で、半ば懇願するように、もう一度訊ねようと声を絞り出す。
「皆様の中に、賢者様はいらっしゃいませんかっ?!」
後ろにいた女王が、少しだけ顔をしかめた。ルディが二回も訊ねた事に、思う所があるのだろう。
武男は諦めの表情を、紳士風は無表情で、ただ俺達を見つめる。
……。
俺の職業、か。
……。
…………。
………………。
「「俺(私)が賢者だ(です!)」」
同時に二箇所から、声が上がる。
俺は、向かい側に座る少女と目を合わせた。
「「……ん?」」
再び重なる疑問符付きの声。
あー……。
「じゃ、お前が賢者な」
「えっ? いやいやいや、そのっ。えっ?!」
ハルカは挙動不審に陥って、アタフタと視線をさまよわせる。一方ルディ達は、一様に驚いた表情で静止していた。
まあ、ちょっと間があって、とりあえず返事があった事に驚いた。またその声が二つ同時に上がった事に驚いた。更にその声の内一つを発した俺が、どういうわけかハルカに賢者を譲ったというおかしな事態に、みたび驚いた。と。
これはもしかすると、驚いていると言うより、状況整理まで頭が回っていないのではなかろうか?
「す、スイト君も、賢者なの?」
「その前に、まずハルカの職業を聞かせろ」
「あ、うん? えっと、女子高校生、えと、あと、賢者って」
「じゃ、お前が賢者な」
「えっ、あの。だから、スイト君は?!」
「俺の職業はどうでも良いだろう」
ハルカさんの職業が紛れも無く『賢者』なら、それで色々解決するだろ?
「き、聞きたい! スイト君の職業が聞きたいよ?! 教えて!」
「えー……」
何かグイグイ来るな、ハルカさん。そんなに俺の職業が気になるのか?
……あぁ、気になるか。わざわざ俺が『賢者』がいるか、という質問に答えたのだから、そう言うだけの理由があると考えているのだろう。
それに、俺の答えはあながち間違っちゃいない。
『賢者』という職を持っていますか?
「男子高校生、演劇部員、それと『異世界の賢者』だな」
「「「……はい?」」」
ハルカさんだけでなく、とりあえず立ち直ったルディと、それに何故か女王が目を見開いてその目で問うた。曰く「何だそりゃ?」と。
俺だって聞きたいよ。
「ハルカさんの職業は『賢者』だろ?」
「え、あ、うん。そうだね?」
「で、俺の職業は『異世界の賢者』となっている」
「そ、そうみたい?」
ハルカさんから目線を逸らし、ルディに向ける。
「ルディの質問は『賢者』という職業を持っている者は名乗りを上げろ、だろ?」
「お、概ねそうですね」
更にルディに向けていた視線を女王へ。
「なら、何か余計な単語の付いた『異世界の賢者』ではなく、正統派の『賢者』がハルカさんだろ?」
「た、たしかにそうですね……」
俺は大きな声で「以上」と言って、イスに深く腰掛け直した。ついでに腕を組むオプション付きで。
周囲にいた同級生、先生、先輩は勿論の事、ルディは立ちながら、武男と紳士風はほぼ同じポーズで、そして女王は口に手を当てながら。
ふんぞり返り、欠伸をし、既に窓の外をぼーっと眺めている、いかにも『無関係です』とでも言うような態度の俺を見つめる。
睨むでもなく、ただ静かに、立場関係無くその場にいる者達と目線を交わす。
その目線は全て同じ言葉を交わし、互いに同じ回答を返す。
遂に彼等はそれを俺に問う。
そして俺もまた、彼等と同じ調子で答えを返した。
曰く。
「「「何だそりゃ?」」」
「知らん」
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