08 人族と魔族
食堂に戻り、各々の席に戻る。それを確認してから、ルディは息を吸いこんだ。
心なしか、ホッとしたような表情になっていた。
「皆様、お待たせいたしました。我が主がご到着なされました」
そう告げて、ルディは両開きの扉を一気に開ける。ルディが俺達から見て左側、別のもう1人が、外から右側の扉を開き、廊下の冷たい空気が足元まで流れてきた。
と同時に、廊下の匂いが漂ってくる。甘酸っぱい、知っているフルーツで言うと、オレンジが近いだろうか。そんなフルーティな香りが、先程まで食べていた料理の匂いに混ざった。
おそらく、扉の向こうに控えていた人物の匂いなのだろう。
「皆様、大変長くお待たせしてしまい申し訳ありません。私が城主、―フィレウォッカ=P=ディゼイエシア―です。以後、お見知りおきください」
そこには、白髪、いや、プラチナブロンドというべきか。肩に届かない程度に切りそろえられたサラサラの髪に、漆黒のドレスをまとった少女がいた。
黒に所々赤い布が混じるふんわりとしたシルエットのドレスの裾を軽く持ち上げ、深くお辞儀をする恰好で俺達の目に映る。
―― 上げられたその顔に、ひどく、見覚えがあった。
「皆様、我がアヴァロニアの料理はお口に合いましたでしょうか」
「はい、とても!」
いつもよりかは大きめの声で、イユが賛同する。ただ、熱意のこもった表情に比べて、その声量は俺達が普段会話する時程度の音量である。
「それは良かった。急ぎで作らせましたので、不手際が無いかと心配していたのです」
憂いを帯びた瞳は、吸いこまれそうな深い空色をしている。見た目は十代前半、ただ若干肌が露出しているせいなのか定かでないが、大人っぽい印象だ。
ドレスのスカートはくるぶし辺りまで丈があり、かろうじて黒いヒールが見えた。ドレス自体の方は過度な装飾などが無く、黒に銀らしき飾りの付いた大きなリボンが胸元にあるが、それ以外に少女らしい物も、高価そうな宝石の類も全く無い。
意図的に布の間に隙間を作り、そこから下にある赤い布地が見えるように細工が施されている。そういった漆黒だけではないというちょっとした主張以外で、趣味嗜好を凝らしたゴスロリのかわいい要素という物が見当たらない。
子供らしくないというか。逆に、大人っぽい雰囲気の装飾として、肌が透けて見えるバラ模様のレース製の黒い手袋は着けているが。
また、首から胸元、そして肘にかけては何も付けておらず、それこそが大人っぽいと感じた部分かもしれない。派手に飾らない、子供っぽさの程好く抜けた淑女のイメージそのままなのだ。
しかし醸し出す雰囲気とは裏腹に、顔立ちは随分と幼い。
そして何より、その頭上に輝く物で、俺達は少女が何者であるのかを悟る。
小振りで真っ黒な、美しい光沢があれどもシンプルなデザイン。少女と同じで飾りすぎず、しかし決して高貴さは失われない。よくおもちゃのコーナーで見たプラスチック製のティアラとは全く別物である事が、素人目でも分かる程度には美しい王冠。
あれは、本物。そして、手の平に収まるほどしかない大きさではあったが、王冠を付けられる立場の者。それは、王。城主というのはあながち嘘ではないだろう。
城主と言っても、正確には国王とかって立場ではない場合もある。城を預かっているだけの貴族、という可能性は無きにしも非ず。しかし彼女は王冠をかぶっていた。
互いの思考なんか読めやしないが、それでも6人の脳内会議は満場一致で、彼女が何者であるかを勝手に導き出す。
そしてそれはきっと、当たっている。
「初めまして、異世界の方々。改めまして、早くにご説明できなかった事、お詫び申し上げます」
自分用の席であろう入口から最も近い席の横で、再び深々と頭を下げる少女。それに異世界の方、か。やはり転生ではなく転移だな。先生の見解は当たっていたわけだ。
もっとも、そのくらいは状況をかんがみればある程度察しがつくし、この女の子が説明してくれるという事の重要さはそれほど変化していない。
「では、説明を開始させていただきます」
落ち着いているように見えるが……どうだろうな。この部屋にこの子が入って来た時の様子は、若干場に慣れていないように感じた。
彼女がもし、女王ではなく王位継承前の王女とかお姫様という立場でも、大勢の人の前で会話する、説明するなんて事は多くは無くともこなしているはず。
俺のイメージどおりのお姫様ならな。
世の中、そう上手く事が進まない事は高校生ながらに知っている。たとえ、俺の通っている高校がエスカレーター制の学園の高等部だったとしてもだ。
言っていなかったが、俺達の通っている高校はただの高校じゃない。
ああいや、超絶自由な校風って事以外で。
保育園、初等部、中等部、高等部、更に大学までも完備された学園で、何と、学園の敷地の隣には病院や消防署、警察署、更に知事公館など、重要施設が併設されているのだ。
保険室という物があるにはあるが、そこを管理しているのが病院で働いている医師であり、事あるごとに救命行動を指導してくる。おかげさまで、脱臼、骨折、心配停止、熱中症など、日常的に起こりうるトラブルの対処法は、うちの中等部生ならある程度出来る。
きれいな包帯とか、人工呼吸用のマウスピースとか、骨折時用の添え木に使える鉄製の棒とかが支給されるせいで、鞄は重いがウチの生徒はよく頼りにされているらしい。
しかも、だ。
新人の消防隊員より良い動きで、火事で建物に残されていた人を救ったなんてニュースがちらほら。さすがにこういう危険な事は高等部生がやっていたが、一生徒がそんな危険に巻き込まれるとはね。
同じ学校の生徒だから、他人事では無い。ニュースを見かける度に怖いわ。
と、話がそれたな。
「まず、皆様が異世界からの来訪者である事を考慮し、この場所の事を第一に伝えます。この世界は、皆様よりも前、古来より異世界の方を召喚するとある習慣がございます」
「習慣、ね。100年に一度とか、そういう事か?」
「いいえ。この世界には大きく分けて二つの勢力があるのですが、これらは、古来より争いが絶えません。今現在は双方戦争の準備期間に入った事で、成り行きで休戦協定を結んだ状態となっておりますが、どちらがいつ攻めてもおかしくないのです。異世界人の召喚は、本来、どちらか一方の勢力が、もう一方の勢力による進攻に対して困窮した時にする最終手段なのです」
「本来、と言うと?」
「はい。多くの歴史を刻む中、我等の勢力は異世界人の召喚を躊躇う傾向にあるのです。あちらの勢力では失伝しているようですが、こちらは、異世界人召喚に伴うリスクを知っているのです」
「リスク、ですか」
「はい。実は、一方の領地で召喚をすると、もう一方の領地にも、同じく異世界人が召喚されてしまうのです。人族の領地には『勇者』が。我が魔族の領地には『賢者』が召喚されます」
「……それは、ここが魔族の領地だという事ですか?」
先生がほんの少しだけ顔をしかめつつ、女王に尋ねた。
「はい、そうです。ここは魔族の領地の中でも、その中心地。異世界人召喚をする為の遺跡を元に創り上げられた城と、それを囲むように城下町が広がる――
―― 魔王国家、アヴァロニアです」
女王の言葉に、俺は息が詰まるような、そんな感覚を覚える。
魔族の、領地だと?
「では、貴方は魔王国家の女王、魔王という解釈で間違いありませんね」
「ええ、その解釈で間違っておりません」
相手はどうやら下手に出ているようだが、それでも女王、もとい魔王という立場である。明らか、というほどではないが、自分達の一族が嫌悪されているという事は分かる表情は、向こうには失礼に当たるだろうが、先生の反応は分からなくも無い。
魔族の領地、なんて聞けば、オタクではない俺でも良いイメージがほとんど無いのだ。魔族の、ひいては魔王の城に俺達はいるだなんて、RPGが好きな奴なら卒倒するだろう。
召喚されたばかりの、戦争が無い日本から来たレベル1の冒険者。それがイキナリ最後に出てくる大ボスクラスの元へ召喚されたとなれば、そりゃ怖いだろうし。
俺? 怖くないよ。
だって、魔王と言うにはかわいらしい外見だし。魔王だといわれても信じられない事が半分、だからどうしたって思うのが半分という所だ。
むしろ、怖いのはその女王の右。俺から見て左側に座っている男性だよ。
さっきから先生と俺を睨んできて怖い。
顔をしかめた先生の表情に、更に顔をしかめる魔王の脇に控えていた男性二人。
中でもより女王に近い席に座っていた者は見るからに怒気を発しており、今にも何か叫びそうにうずうずしている。が、女王が咄嗟にその男性の口元に小さな手を出し、けん制すると、男性は渋々ではあるが口を引き結んで座り直した。
服を着ていても分かる筋骨隆々の肉体。髪色が焦げ茶色で、ゴリラを連想させる。というか、まんまゴリラだ。胸板が広くて厚い上、顔がもうゴリラ以外の何者でも無いのだから。
もう一人は、見た感じだと我関せず、かな。横に座る武男の行動に若干溜め息は漏らしていたけど、先生の態度には文句が無いようだ。
こちらは白髪だけど、女王やルディとは違って年齢によるものだろう。髪の一部がまだ黒く、その根元が白い物が多いのだ。染めるとしたら全体だし、少しでも見栄えが変わればすぐに染め直すものだよな。
どちらの服装も、黒を基調とした軍服。勲章の種類と数が違う程度で、それ以外はサイズが違うというだけであり、デザインは同じだ。それ故に二人は同業者だと思うのだが、何の職業なのか、二人の性格に共通点が見出せないので分からない。
もっとも、服からして軍関連だろうが。
それとだ。正直に言うと、先生が真っ先に相手が不快になりそうなことをするわけが無い。
だって先生だし。
実年齢からして若いけど、この先生はかなり先生って感じの先生なのだ。最年少の教師にして、学校一のベテラン。それがこの先生なのだ。
要するに、先生は相手を試したのである。
武男はどうも素直というか、とりあえず単純な性格である確率が高い。クラナ先輩とは同類っぽい雰囲気がある。
反対に紳士風は冷静、または相当腕のある役者。鋭い目つきは狐っぽい。
そして女王は冷静。こちらも役者である可能性はあるが、こういう人間観察と分析は先生に任せておこうかな。俺の分析能力なんて、先生に比べればお粗末だろうし。先生ほど、正確無比で冷静沈着な無情冷酷の分析が出来る人は中々いないよ。
というか、さっき女王が、賢者が召喚何ちゃらとか言っていたな。先生こそがその賢者なのではないだろうか。うん、きっとそうだ。
「説明を続けさせていただきます。我等は祖先の遺言に従い、可能な限り異世界人召喚は避け続けてきました。しかし人族の者は、たとえこちらが侵攻せずにいた時期であろうと、自身の都合に合わせて勇者を召喚しているようなのです」
「今回もそれだと?」
これは俺からの質問だ。
さすがに休戦中と聞いた時点で、私利私欲のために召喚したわけでは無いだろう。当然、その目的は魔族領地への侵攻であり、魔族の侵略である。
これは単に、あくまでも仮説に留まっている俺の考えを肯定もしくは否定するための質問だった。
この手の『人の方が悪い』といった設定の小説だとかゲームとかは、案外知っている方であると自負している。まさか自分がそれで頭を悩ませる側になるとは考えていなかったわけだが。
「そう、断言できるわけではありません。皆様の魔族に対する認識がどのような物かは分かりかねますが、どこにでも盗賊などの愚か者は存在し、それが一種の侵攻に見えなくも無い、とだけ」
とだけ、と言っている割にかなり具体的に話したな。どこの誰が、なんて事は把握していないし、していたとしても俺達がどこの誰も分からない状態だからな。地図を渡されない限り、こちらの地名なんて分かるはずが無い。その上どこぞの誰だと言われても、それこそ分かるわけが無い。
とりあえず、魔族としては侵攻していないが、人族とやらは襲ってきた盗賊が魔族だと気付いて、それが魔族からの侵攻作戦であると勘違いした、と。で、休戦協定の破棄が起こったという理由で、あちらが勇者を召喚したのだ、と。
そして俺達は、そんな人族の方の影響で、勇者の召喚と共に今現在魔族の領地で賢者側の人間として召喚されてしまった、と。
要するに戦争のために呼び出されたって事だよな、勇者。
魔族の王である魔王が、人族を脅かしている。そこに、異世界から召喚された勇者が魔王を倒すっていうゲーム的展開が異世界召喚にありがちの設定が、異世界人にありがちの思考。
疑り深い奴もいるだろうが、そういうのは賢者のような知恵者に任せ、勇者は魔王を倒す為にレベル上げって感じか?
後から聞いた事だが、そういうパターンは数多くあるそうだ。賢者の多く刃は話を聞き入れて魔族の側に付いてくれたそうだが、逆に疑って人族に付いた事もあるらしい。まぁ、これだけ丁寧な対応をしてくれるのだから、味方につきやすいのは分かる。
中には勇者達が諌めてくれた戦争もあるが、中には賢者が魔王に洗脳されていると盲信して賢者を亡き者とした勇者もいたらしい。
「勇者と賢者の一行は、同じ世界からやってくる友人や同僚であるらしく、過去の記録を読み返して、これは愚かだと思った事も……あぁ、失礼」
さすがに同郷殺しのくだりでは女王主観の感想が出てくる辺り、呆れているようだ。慌てて口元を隠したが、そんなに意味は無いかな。
聞いている限りでは洗脳など無かったようで、聞いている側としてはむしろ、勇者の方が洗脳されているように聞こえたぞ。何がどうなったら同郷の、しかも友人を殺すに至るのかが全く分からん。
「召喚された異世界人は、全て同じ世界からやってくるのですか」
「はい。ただし、一回につき召喚先である世界は変わります。皆様の故郷である世界と前回召喚された賢者様方の故郷は別の世界である可能性が高いです。必ずしも違うという事は無く、皆様は一様に『ニホン』から来たと仰るようですが、その前の方達、更にその前の方達のいた『ニホン』とは違ったようです」
日本、か。イントネーションが微妙な辺り、さすがにそこら辺は伝わっていないのかもしれないな。
「どのように、ですか?」
「例えば、魔法が使える世界、異能力がある世界、機械が発展した世界、崩壊間近だった世界など、それはもう色々と違いました。ニホンとは別の国から来たと言う方はいたようですが、ニホンという国は知っていたようですね」
日本に関係する者達、という事か? 先程、召喚される賢者と勇者は友人もしくは同僚だと言い切るという事は、かなり狭い範囲にいた者達が召喚されるようだ。
今回の場合、あの時校舎に残っていた者達、か?
だったら―― タツキ達が、こちらに来ている可能性がある?
こちらにいないのなら、向こう。人族領地の勇者として。
……って、待てよ?
「あの、賢者とか勇者とか、どうやって決まるのか聞いて良いか?」
「はい。とは言っても、こちらもあまり把握しておりませんが。こちらでは資質に応じて、レベルの上昇と共に様々な技能を取得していくのですが、その取得する能力の質や速度が一般のものに比べ驚異的である、と言い伝えられています。ただ肝心の選定方法は……申し訳ありませんが」
「つまり、後からそう呼ばれるという事か」
「あ、いえ。そうでした。皆様はこの世界の者ではありませんので、あれの説明をしなければ」
そうして、女王は目線を右に向ける。
ああ、そうだった。女王の左に座っている二人の事は話したけど、右に座っている一人の事は全く話していなかった。
それは俺達がお手洗いからこの部屋に戻ってきて、一番に目に付いた事である。
「――ルディ」
女王の隣に、どういうわけかルディがちょこんと座っていたのだ。
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