07 SFすげぇ

 正に異世界だ。

 盛り付けを開始した時からもう既に分かっていた事だが、コース料理の最初に提供される前菜の時点で、異世界の料理感をまざまざと見せ付けられた気がする。

 どれもコレも聞いた事の無いお名前の食材だったのだ。かろうじて料理名は聞き覚えのあるものだったが、それでも専門用語クラスだから他の奴は異世界の料理名としか思えないだろうな。

 見覚えのありそうな食材ではあったが。

 それと1つ突っ込みたい。


 これは何処のディナーだ?


 いや、確かにメインは結構軽めのメニュー。肉は分厚いように見えて、意外にもサッパリとした味わいだった。何より、朝だがかなり腹が減っていたからペロリと完食してしまった。

 フランス料理で言うフルコースと同じ順番で、それらは出されたのだ。ルディが料理名っぽいものを言っていたのだが、何度か聞き返さなければよく分からない発音の物もあった。

 量は腹八分目でちょうど良いけどさー。


「デザートまで洋風で、何でコーヒーポジションから後が和風なんだよ……」

「まあ、異世界だし、和風とかっていう概念は……あ、あるね」


 料理名に『和風』ってモロに入っていた。最後に出てくるお菓子は、いわゆる最後の口直しみたいなイメージのお菓子の事だし、それまでと趣向を変えたって言えばそれまでか。

 簡単に言うと、半透明の餅に酸味のあるジャムが入っている和菓子だろうか。よく冷えていて、熱いお茶が欲しくなる一品だった。

 ちなみに水饅頭が正式名称だったはず。


「で、イユはどうだった」

「美味しかった……! もっと食べたいかも」


 一応、俺達が食べた量の三倍で提供してもらったのだが、彼女は満足していないらしい。前菜は良いとして、ルディにその旨を伝えたら快く承諾してくれた。

 イユは小さい頃からよく食べる奴だ。保育園でご飯が出ない日は、中身がぎっしりと詰まった二段重ねの弁当箱三つが常識で、それに加えて先生や友達からおすそ分けをしてもらったくらいにはよく食べる。俺なんて、イユ専用の弁当を持っていったほどだ。

 ん? 母さんが作ったのかって?

 いやいや。俺が自分で作った弁当だ。母さんにやらせると、どうやってもキャラ弁になるからな。しかもかわいいキャラクターの。女子受けはいいが、俺が男だという事を踏まえてほしいよまったく。せめて戦隊ヒーローものにするとかしてほしい。俺は刑事ドラマの方が好きだったけど。


「それはまた今度だな。今は色々と事情を聞きたい」

「そう、だねぇ。私達が何でここにいるのか、それを説明出来る人がいるんでしょ?」


 ハルカさんは、自身の横に控えていたルディへと視線を投げかける。ルディは途中から自分に何かしらの質問が来ると踏んでいたようで、すぐに「はい」と答えた。


「で、いつだ」

「それは――」


 ルディは心なしかバツが悪そうに目を泳がせて、黙り込んでしまった。

 しかし答える気はあるらしく、言葉を模索しているようである。


「申し訳ありません。今しばらくお時間をいただけますでしょうか? 随分とお待たせしている身であります故、急いでおりますが、その、不適当な身なりで皆様の前へ出ますのは忍びなく。……端的に申し上げますと、もう少々時間が掛かるのです」


 ああ、なるほど。時間はもう十分かかっているから、せめて着る物で粗相はしたくない、と。出てくるのは女性なのだろうか?

 はきはきと喋っているが、ルディは気まずそうである。

 出てこない主の代わりに色々やっているようだし、当然といえば当然か?

 とりあえず、イライラしている感を出しておこう。

 溜め息を1つつくと、ルディは若干、顔を青ざめさせた。


「……もう少し、だな?」

「は、はい! それはもう!」

「じゃあ、手洗いに行きたい。その間に来る事を祈っているよ」

「承知いたしました。ご案内いたします」


 客人を待たせているのだ。このくらいの脅しは許されるだろう。

 そして……俺の『意図』を感じ取ったのか、俺達は全員席を立つのだった。



「先生、どう思います?」


 お手洗いは個室が3つあった。何とも奇妙な話だが、扉を開ければ目前に白い陶器製の水洗トイレがあるというファンタジー感台無しの個室から早々に出て、先生と二人で話す。

 クラナ先輩には悪いが、あの人が話しについてくるか分からないし。

 少し音が響くが、小声だしまあ大丈夫だろう。

 ちなみに、お手洗いは男女の部屋が向かい合って配置されており、音によるモールス信号での会話は無理そうだ。


「まず、この世界は明らかに僕達のいた世界ではありません。君の方では分かりませんが、こちらでは本が空を飛んでいたので。それも、蝶のように羽ばたいていましたからね。それとルディ君、でしたか。本当に申し訳なさそうでしたね」

「あー、まぁ。意地悪でしたよね、俺」

「ふふ。そうですね。大人気なかったとは思いますが、こちらにはこちらの道理がありますから。彼もそれを理解しているからこそ、下手に出ていたのですよ」

「そう、ですか」

「それに、幾ら君が大人気ない行動をしても、おそらくあの子は冷静に事を受け止めるでしょう。見た限り君達よりも幼いようでしたが、あれは……」


 ですよね。子供っぽさが色々と抜けていますよね。

 だからつい、若干演技を混ぜてしまったわけだが。


「容姿が年齢と合っていない種族、とかでしょうか。異世界ですし」

「いえいえ。あれは年相応ですよ。大人びていても、先生はごまかせません。そうですね、14歳、でしょうかね」

「そ、そうですか?」

「ええ。まだお客人への対応が少々拙いですからね。気遣いが出来る良い子ではありますが」


 かなり堂々としていた気がするけど。


「僕達がご飯を美味しくいただいた事を確認していた時、イユさんを見た瞬間、あれはもう、とてつもなく安心していましたよ」


 相変わらず観察眼が鋭いなぁ、この先生。

 逆に怖い。

 というか、クラナ先輩が異様に遅い。

 ルディは中まで付いて来ていないし、話し合うなら今なのだが……先輩はともかく、女子とコミュニケーションが取れないのは痛いな。


「おぅい」

「……?」


 奥の個室から、小さく声が。


「紙、取ってくれ」


 あぁ、無くなったのか。

 俺は手洗い場の下に用意されていたトイレットペーパーを1つ掴んで、奥の個室へ行く。


「先輩、紙です」


 俺はトイレットペーパーを投げ入れる。手を伸ばしてもジャンプしても、全然手が届かない位置にトイレットペーパー1個分の隙間があるのだ。


「おう、悪いな。あ、これお礼な」

「お礼? あ」


 と、ドアの下のちょっとした隙間から、板のような何かが出てくる。

 ……。



 スマホ、ジャナイデスカ。



「あのー、これ」


 ピロン♪

「あ?」


『何かメールしたら繋がったぞー。お兄ちゃんグッジョブだぞー。という旨を伝え忘れたから、スイト、お兄ちゃんに伝えてくれー』


 ……。

 何だろう。メルヘンでファンタジーな感覚が完全に壊れたぞ、今。


『何で通じるんだ……?』

『僕に聞かれてもなー。というか、スイト、今からLEINに誘いたいから、先生を通じて登録しろー』


 それわざわざメールしなくても、先生に言えば通じたような気がしなくも無い。

 が、そうか。LEIN。あの無料通話&メールアプリな。

 では早速、先輩にスマホを返して、と。


「先生」

「うん、来た。驚いたね。まさかこっちでスマホが使えるとは」


 異世界でファンタジーだという事を失念するほど、このトイレは俺達の世界に近いぞ。何だコレ。


S『来たぞ』

M『おー。それは良かったぞー。一応ケータイは持っていたようだなー』

H『私も鞄に入れていたけど、あの時は不安で鞄から取り出したからね……良かった』

I『私は電源を切っていました。でも、演劇部の部室に行くのに貴重品を置いていけませんから』

K『俺はいつでもマキナの元に駆けつける為に常備しているぞ』

A『では、グループ名は【異世界通信】で』

M『お、思った以上に安直だぞー……』


 それぞれが好きなキャラクターや写真の隣に、それぞれが書いた言葉が表示される。本当は文字を書く手間を省いてボイスチャットを使いたいところだが、それだと女子陣と男子陣で声が交互に出ることもあるだろうし。なるべくこちらの手の内をさらすわには行かない。

 いやまあ、俺達にすらこれがどういう原理で繋がっているのか分からないから、ばれたとしてもどうしようもないのだが。

 まあ、時期を見てどっかで見つけた魔法具です、とか言っておけば通じるような気がしなくもない。


 見ると、モニターの上部に圏外と表示されているのだ。だが、ちゃっかり通じているので問題は無いか。最近は例のゲームばかりで、こっちの電池は使っていないから充分あるし、持つだろ。

 誰かのスマホの電池が切れるまでは、この会議が続けられそうだ。

 まあ、そんなに長く続ける気は毛頭無いが。

 スマホ。俺達の世界にある、文明の利器。電波が通じればいくらでも暇つぶしは出来るし、時計はいつでも超正確。パソコンをそのまま小さくしたこのスマホは、それまで使われていたガラパゴスケータイを押しのけ、知らない人はいないとまで言われるほどの物となった。

 むしろ、ガラパゴスケータイって何? て言う子もいるほどに。

 ちなみに俺はガラケー派なのだが、親が知らない内に機種変更を済ませていたのでスマホは持っている。今、持っていて良かったと心底思ったよ。


 LEINはスマホでしか使えない、大量の人間とコミュニケーションを取れる文章での通話アプリ。写真も送れるけど、それなら普通のメールでも良くね? って、最初は思ったさ。

 だが、無料でいくらでも通信していられるこのLEINは、俺自身が知らない人にまで友達の輪を広げちゃう事が出来てしまうのだ。

 どうやるのかは知らないが!

 だってタツキから聞いただけだし!

 俺はタツキとその他クラスメイトの一部くらいと連絡が取れれば問題無いし!

 むしろ文章量が少ないから口から伝えるだけでも良いと思うけど?!

 ……それはスマホ以前に、ケータイの意味が無くなるな。


S『で、お前等はルディの事、どう思うよ?』

A『あの子は大人ですよねー』

S『ちょ、先生はちょっと黙ってください。えっと、先生が言うには、態度は随分大人に見えるが、実際には14歳くらいだと思う、そうだ』

H『そっかぁ。先生が言うならそれは間違い無いだろうね。服装からして執事さんかな?』

M『ハルカっちはよく見ているんだぞー。僕は何とも思わなかったのだがなー』

S『いや、何か言っておけよ』

M『そう言われてもなー。まだ会ったばかりの人間をどう思うかなんて、個人を無視した決め付けにしかならないぞー?』

K『マキナ、お兄ちゃんは味方だぞ!』

M『お兄ちゃんは黙っていろー』

K『Oh……』

I『き、決め付けかはともかく、たしかに執事さんみたいだったよね。スイト君の世話役、だっけ。それとルディ君のあの服。デザインはシンプルだけど、かなり良い生地を使っているみたいだった』

S『お高いって事か』

I『うん。素材の感じからして、絹、とまではいかないかな。ちょっと見覚えの無い物だったけど、上等な物をふんだんに使っているみたい。材料があったらそれで譲ってもらえないかな……何か作りたい』


 作れるのかよ。


S『……ここで話せることはもうほとんど無い、かな』

M『良いと思うぞー? あとちょっと良いかー』

S『何だ』

M『これ以上長引くと、女子は致命的な精神ダメージを食らう可能性があるぞー。とりあえず大きく笑い声を出したりはしているがなー』


 ああ、あの「う」から始まるやつだな。

 言わないけど。


S『じゃあ後で、隙があればもう一回スマホが使えるか試すか。あと、マナーモードにしておく事、忘れるなよ?』



 そんな俺の言葉の後は、LEIN特有のスタンプと呼ばれるイラストが送られてくる。どれも賛成とか、同意を示すもので、俺は偶然持っていた『解散』の文字があるスタンプを押しておいた。

 そして、俺達は手早く手を洗って、適当なタイミングで外へと出て行った。

 ……。

 それにしても、SFってすげぇ。

 何でこんな異世界でスマホが繋がるんだか。

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